5
ゼノは私がプレゼントしたピアスを嬉しそうに眺めていたのだが、突然ふっと表情が変わった。
何かを決意したような……でもどこか悲しそうな表情を浮かべている。
「なあ、リラ」
「ん? なに?」
返事をすると、ゼノは目を伏せ小さく息を吐いた。そして弱々しい声で話し出す。
「俺は魔王として生きたくないって思っていたし、親父のようにもなりたくなかった」
「……」
「俺にとって魔王っていう肩書きは邪魔でしかないんだ。だから俺は町に逃げる」
「うん」
「……」
「……」
少しの沈黙。
ゼノの気持ちは何となくわかったような……わからないような。でもこれだけはわかる。
だから――。
「ねえ、ゼノ。私が思ったことそのまま言うね」
「おう」
「気持ちは何となくわかったような、わからないような微妙な感じ。だけど逃げるのが良いことだとは思わない」
「それじゃあ、どうしろって言うんだよ」
ゼノの声が低くなった。うん、機嫌を悪くしてしまったかもしれない。だけど続ける。
「だからね伝えるんだよ」
怪訝そうな顔で私を見つめる。そんなゼノを見つめ返し、笑みを浮かべる。
「にししっ」
「なんだよ」
「ふふっ。私的には、立て札とかいいと思うんだけど」
「立て札……?」
「そう。立て札! それなら勇者と顔をあわせずに、伝えることができると思うんだ」
これは名案だ、そう心の中で一人頷く。
「俺は字が下手だ。それに立て札の中に字をおさめる自信がない」
不安そうに揺れる瞳。
そこまで下手じゃなかったと思うけどな。うーん。ゼノの字を見たのは昔のことだからな、思い出せない。どんな字だったかな。でもまあ……うん。
「大丈夫大丈夫! 問題は気持ちなんだから! 思いっきり書けばいいんだよ! ね?」
まだ不安そうな顔をしているゼノの背中を押し、工房から出る。とりあえず必要な物を明日買いそろえなくては。
……これでゼノの気持ちが少しでも楽になればいいな。
そう思い――にししっ、とゼノに気づかれないよう笑みを浮かべるのだった。
次の日、私がプレゼントした板とペンキを持ちゼノは国に帰った。そしてそれから早くも数週間が過ぎ、お店をユンさんにお任せして私はゼノの元を訪れていた。
「……」
ゼノの、とは言ったが実はまだゼノに会っていない。
なぜなら私は城の前に建てられていた看板を見つめ、固まってしまったからだ。
うん、予想はしていた。
だがしかし――。
「何て言うか暗い! 黒のペンキ渡してないはずなのに! なんでか黒のペンキで書かれてるし! もっと明るくしてほしかった!」
私は感想を言いながらじっと看板を見つめる。どろどろとした雰囲気が滲み出ていて暗い。
うぐぐ、このままでは駄目だ。これじゃあ勇者にゼノの本気が伝わらない。それは嫌だし、絶対に回避しなくてはならない。
なのでここは、ウルトラスーパーな魔法使いリラが一肌脱ぎましょう。
そう心の中で意気込み、鞄の中からお人形と猫ぐるみ、それから星のキーホルダーを取り出す。
「よし! 可愛く賑やかな仕上がりにするぞ!」
一人楽しく看板を飾り付け始める。
「よし! これで完璧!」
私は満足気ににんまりと笑みを浮かべ、かいてもいない汗を拭う。
ちょっと可愛すぎるかもしれないけど。
「ふふ! これでゼノの気持ちが勇者に伝わるはず!」
きょろきょろと辺りを見回し、勇者がいないか確認する。
「……いない」
残念だ。勇者が見たら、どんな反応するのか見たかったのに。しかたない。今日は諦めて帰るか。
私は使った物を鞄にしまい、帰ろうとしたのだが、ここに来た意味を思い出し魔王城の大きな扉を叩く。
「ゼーノー! 開けてー!」
どんどんどん、何度も叩く。だが反応がない。私は耳をすまし、中の音を聞く。
「静かだ……」
うん、不気味なくらい何も聞こえない。留守なのだろうか。それだったらしかたない。
私は持ってきたお饅頭の箱を扉の前に置き、置き手紙を書く。もちろんお饅頭には防腐魔法と守護魔法をかけておくのも忘れずに。
「これで……よし!」
あとは誰か帰ってきたら、ゼノに渡してくれるだろう。
私は自分が飾りつけた看板をもう一度見てから、お店へと帰るために歩き出した。そして後日、お人形と猫ぐるみを持ったゼノが顔を赤くしてお店へ来たのは言うまでもない。
やっぱり可愛すぎてしまったか……。




