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 地獄の追いかけっこから解放されたのは、あれから数時間後のことだった。


 馬鹿ゼノ、あとで覚えておけよ。視界がぐるぐる回って気持ち悪くて大変なんだぞ。


 そう心の中で叫んだのは言うまでもない。


 ふー、と気持ち悪さを和らげるために息を吐き出す。そして隣にいるゼノに問いかける。


「それでゼノは私に魔王職を任せてどこに行ってたの?」


 場合によっては魔法石職人特製の封印石で懲らしめてやる。


「町に行ってた」


 それだけ言ってぶうたれ顔になったゼノに拳骨を一つプレゼントして続きを聞く。


「町に行って何してたの?」


「まあ、なんて言うか、あれだ、うん」


「意味のわからない返事をするんじゃない。馬鹿たれ!」


「……っこしてた」


「ごめん。聞こえなかったからもう一度お願い」


「町の子供と魔王ごっこしてた」


「……」


 ため息を吐きそうになったそのとき、隣からアラタさんの控えめなため息が聞こえてきた。


「魔王ごっこが楽しかった。またやりに行こうと思う」


 私の顔を見てはっとした表情をしたなと思ったら、突然なにを言い出すんだ。私は別に魔王ごっこの感想など聞いていない。私が言いたいのは……。


「魔王が仕事ほっぽって魔王ごっこなんてするんじゃないっ!」


 と半ば叫ぶように言えば、ゼノは悪びれた風もなくいそいそと町に行こうとしていた。


「こらこらこら待て! 待ちなさい! どこに行こうとしてるんだ!」


「町に」


「行かせるかっ! 私にも仕事があるんだからね! わかってる?」


「大丈夫だ。ちゃんとわかってる。だから一緒に行こう」


「いやいやいやいや! 私が言いたいのはそういうことじゃなくて……!」


「よいせ」


 話の途中で私はまたもや軽々と持ち上げられた。そしてアラタさんの制止の声を無視して町へと走り出した。


 ……もうさっき言ったことは忘れてもいいから私をお店に帰らせてください。



            ***



「リラ、大丈夫か?」


「これが大丈夫に見えるなら、あんたの目を疑う」


 心配そうな顔で様子を窺うゼノには悪いが、私がこうなっているのはお前のせいなんだぞ。


 そう言葉にしたいが、できないほど現在私はゼノ酔いしている。症状が一番酷いのは吐き気だ。そして次に目がこれでもかというくらい回っている。さっきの比ではない。この症状を和らげるのに一番必要なのは――。


「水がほしい」


「今すぐ持ってくるから待ってろ!」


 颯爽と水をとりに行ってくれたゼノは魔王らしくない。どちらかと言えば勇者のようだ。


 まあ、勇者のように熱すぎることはないが。


「本当にさ、優しいんだよね」



 ……私に魔王職を任せる以外は。


「リラ! ほら水だ!」


「ありがとう」


 ゼノからもらった水をごくごくと一気に飲み干した。


「ふう」


 水のおかけだろう。吐き気が少し落ち着いた気がする。


「リラ」


「んー?」


「もう大丈夫か?」


「あ、うん。少し落ち着いた」


 そう言うと、ゼノは安心したように息を吐いた。


 その姿はやっぱり魔王っぽくなくて笑ってしまった。


「突然どうした」


「ううん、なんでもないよ」


 魔王城のときのゼノは苦手だ。なんか笑顔とか話し方とかが魔王っていう仮面をつけてるみたいで。


 ……本当に小さな違いなんだけど、気になるんだよ。大切な友人だから。まあ、私は気づかないふりをして普通に話すし接するけど。やっぱりちょっと違和感があって苦手だ。


 それがどうだ。一度町へと出てみれば、彼はこんなにも昔のように表情豊かに接してくれるではないか。それが嬉しくて笑いが止まらない。


「おい、本当にどうした? 頭でも打ったか?」


「打ってないよ。あ、でもゼノの背中で鼻は擦った」


「あああああすまんっ! 大丈夫か! お前も女だしな! 本当にすまん!」


 やっぱり魔王になるには優しすぎる人だな。


 そう思って胸がちくりと痛んだ。

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