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「さあ、現実世界に帰りましょう!」


 元気よく笑顔で言うと、ファラさんは困った顔をした。


「ファラさん、どうしたんですか?」


「あの、私は帰ってもいいんでしょうか……?」


「もちろんですよ! 一緒に帰りましょう!」


「でも、こんなに迷惑をかけて……」


「大丈夫です! みんなファラさんの帰りを待ってますから!」


 ファラさんの手に触れて言えば、困った顔からくすぐったそうな笑みに変わった。


「だからファラさんはなにも心配しなくていいんです」


 ファラさんの手を優しく引いて、出口だと思うほうに歩き出す。


「あの、リラさん」


「はい! なんですか?」


「出口はそっちじゃないですよ」


「え?」


「あの、出口は湖なんです」


「えへ……そうなんですね」


 照れ隠しで笑ってみせる。


「ふふ、リラさん可愛い」


 おおう、可愛いって言われた。ちょっと照れてしまう。でも私はファラさんのほうが百万倍可愛いと思います。


 笑顔が特に……きゅんってくるくらい可愛いと思ってます。


「リラさん。帰りましょう」


 今度はファラさんが私の手を引いて、湖に向かって歩き出す。


「リラさん。ありがとうございます」



「……」


 あ……あれ、なんかファラさんの言葉に違和感が。


 そう思ってファラさんの顔を見ると……あの時の彼女のような表情をしていて。嫌な予感に冷や汗が身体中に溢れてくる。


「ファラさん……」


 湖の前に立った私たち。


 駄目だ。今ファラさんの手を放したら。


 そう思うのに、ファラさんにあっさりと手を放されてしまった。


「リラさん、本当にありがとう。あなたに出会えて幸せでした」


 とんっと軽く肩を押されて、湖に向かって落ちていく体。ファラさんに手を伸ばして腕を掴もうとするけど体が上手く動かせなくて。


「さよなら」


 あの時と同じ言葉に表情。


 私は……また助けることが出来ないの。いろんな人が力を貸してくれたのに。


 本当はね、無理にでもあなたを連れて帰る気だったの。でも貴女が優しく笑ってくれたから。だから大丈夫だって、一緒に帰ってくれるって安心してた。


 涙が溢れて、胸が痛いほど締め付けられる。


 背中が湖の水面にあたり、徐々に私の体は沈んでいく。


 ファラさん。私はもっとあなたと一緒にいたかった……。



            ***    



「……ん」



 意識が戻ったとき私は知らないベッドで寝ていた。


 頭が混乱している。


「起きたみたいだね」



「……ラン」


「お帰り」


 そう言ったランの瞳が赤くなっているのに気づいた。そこで思い出す。


 ファラさんの中で起きた出来事を。


「ねえ、ファラさんは?」


 出した声は思った以上に震えていた。


「ファラは……」


 言葉を濁されて、焦った私はベッドから下りて走り出した。後ろでランの止めるような声が聞こえたけど、心の中で謝りながら走る。


 ちらっと横を見ると、窓越しに今は憎らしいほどの青がどこまでも続いているのが見えた。


「ファラさんっ!」


 ファラさんがいるはずの部屋の扉を開けて中に飛び込む。


「あ……」


 一面に広がっていたクリスタルはなくなっていた。そして……ファラさんもいない。


「ファラさん、どこですか……?」


 また走り出す。向かう場所なんか決めていない。ただ、走る。がむしゃらに走る。


 でないと泣いてしまう。


「ファラさん……ファラさんっ!」


 いない。

 いない。

 どこにも、いない。


 いろんなところを探したけど、探し求めている人物の姿が見つからない。


 あなたはどこにいますか――。


 涙が出そうになるのをぐっと堪えて、走り続ける。


 嫌だよ。あれがお別れだなんて。絶対に嫌だ。会いたい。ファラさんに、会いたいよ。


 魔法石、お願いだからファラさんを助けて。ファラさんを助けてくれるなら、君が望むものをできるだけ叶えるから。


「だから、ファラさんを助けてっ……!」


 走り続けているせいか、心臓がばくばくと騒ぎたてていて息が苦しい。


「あ……っ」


 ずてんっ、大きな音をたてて庭の草の上に転んだ。


 ああ、もう駄目だ。悲しいのと痛いのが混ざって、涙が溢れてきた。きっと涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになってる。でもそんなこと気にしない。だって今は悲しくてしかたないから。


「リラさん」


 なんか幻聴が聞こえる。もう、ファラさんはいないのに……。


「リラさん」


 あ、幻聴と一緒に幻覚まで。優しく微笑んで私を見ているファラさんがいる。


 ああ、なんて綺麗な笑顔なんだ。幻じゃなくて、本物のあなたに会いたかった。


 余計に涙が溢れて、ぼろぼろと地面に染みをつくっていく。


「あの、リラさん。大丈夫ですか?」


 ファラさんは涙や鼻水でぐちゃぐちゃになっている私の顔を、ハンカチで拭いてくれる。


 ん……んん、拭いてくれる。


「え……? ファラさん?」


「はい、ファラです」


 私は微笑むファラさんに勢いよく抱きついた。


 あったかい。


「生き、てる……?」


「はい。リラさんのおかげで生きてます」


「え?」


「リラさんがくれた魔法石が、私を変えてくれたんです」


「え、え?」


「あの時、私の体はすでに宝石になっていたんです。だから私は戻れなかった」


 優しく説明してくれるファラさんには悪いけど、感動しすぎてファラさんの言っていることに頭がついていかない。


「でもリラさんとお別れしたあと……」


 言葉を切って大きく息を吸うファラさん。


「光が私を包んだんです」


「……?」


「そしたら宝石になっていた体が元に戻って……私はこの世界に帰ってこれました」


 あ、魔法石が助けてくれたんだ……。でも宝石から元に戻っただけで、なんで日の光を浴びて普通でいられるようになったんだろう。


「ファラさん。日の光にあたって大丈夫なんですか?」


「あ、はい! なんか体の特質も変わったみたいで、肌の色が白じゃなくなったんです」


 そう言われてみれば、肌の色が心なしか違うような気がする。なんか前は儚い感じだったけど、今は明るくて元気な感じだ。


「それで試しに外に出てみたら……消えなかったんです」


 嬉しそうに話すファラさんが可愛くて堪らない。


 嬉しい、とても嬉しい。あれが最後のお別れじゃなくて……本当に嬉しい。それと安心した。ファラさんが笑ってくれて、空を見ることが出来て。


 本当に、本当によかった。


「ファラさん。お帰りなさい!」



「っ……ただいまです! リラさん」


 手を握りあって笑いあう。


「リラ、驚いたか?」


 突然現れたランは柔らかく笑っていた。


「ラン! どうして教えてくれなかったの!」


「教えようとしたら走り出したのはリラだろう?」


「う、ぐ……確かに、走り出したのは私です。ごめん、ラン」


 確かに話を最後まで聴かず走り出したのは私で、ランの瞳が赤くなっているのに気づいて早とちりしたのも私。今度からは最後まで聴こうね、私。


「リラ」


「なに?」


「ファラを助けてくれてありがとう」


 私は笑顔で頷いてランと抱き締めあう。そして私とランはファラさんのほうを向いて、二人一緒にファラさんを抱き締める。


 本当に、ファラさんが無事でよかった。


 お帰りなさい、ファラさん。これからもよろしくお願いします。

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