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『ねえ、リラ』
私の名前を呼ぶのは、彼女。
彼女の紅い瞳は優しく細められている。いつもなら私も笑顔になるところだけど、今回は嫌な予感がして笑えない。そのせいで心臓がざわざわと騒ぎ、背中を冷たい汗が伝う。
私はそれを誤魔化すように、声を明るくして彼女に話しかける。
『ルア、どうしたの?』
『私はこのままだと、空を見ることができないわ』
『なに言ってるの……? 大丈夫だよ、絶対。私が絶対に空を……』
『いいえ、もういいのよ。あなたはよくしてくれた』
止めて。それ以上は聞きたくない。
耳を塞ごうとしたけど、両腕がなにかに固定されたように動かなくて。
――瞬間、頭が警報を鳴らす。
ここにいたら駄目だと。
彼女を中に入れなければと。
彼女はそんな私に気づかない……いや、気づかないふりをして私が聞きたくない言葉を口にした。
『ありがとう。私は幸せだった、本当に』
『ル、ア……』
視界がぼやけて、涙が零れた。
……ああ、もう、なんで過去形なの。これから幸せになれるよ。空だって見れる。
一緒にいよう。
一緒に生きよう。
一緒に幸せになろう。
たくさん……たくさん言いたいことがある。
けど、声が出なくて。
『泣かないで。別れづらくなるでしょう』
だったら一緒にいられるね。
『リラ、好きよ。私の初めてで最後の友達』
真っ暗だった空が明るくなってきて、私はもっと焦る。そこでやっと声が出た。
『ルア! お願いだから中に入って!』
ルアは首を横に振って中に入ることを拒絶する。
『お願いだから……っ!』
ぼろぼろと零れる涙は止まらない。
嫌だよ、こんな別れかたは。
嫌だよ。ねえ、ルア。
残酷にも朝日が世界を照らす。
ああ、どうか時間よ止まれ。
『リラ、ありがとう』
『ルア……!』
彼女は日の光に当たって、徐々に身体が光の泡になっていく。そして、その泡は宙に溶けていき……消えていく。
――さよなら。
最期にルアは笑った。
私が見た中で一番素敵な笑顔。
っ、ああ、ああ、ああああ。
『あああああああっ!』
悲しい悲しい、悲しい。
見れたよ、明るい空を。
でも、それが最初で最後なんて。
もっと見せてあげたかった。
一緒に、見たかった。
ああ、なんて私は無力なんだ。
***
とても寝苦しくて、目が覚めた。がばっと体を起こすと汗が頬を伝い、心臓がばくばくと騒いでいる。
なぜだろう。すごく、嫌な予感がする。さっきの夢が原因かもしれない。そうだ。夢見が悪かったからだ。そうに違いない。
「うん。気のせい気のせい」
自分に言い聞かせるよう言葉にする。
「っ……!」
突然、電話が大きな音をたてて鳴り出した。
こんな時間に電話がかかってくるなんて……なにか大変なことが起きたのかもしれない。
出なきゃと思うけれど、緊張と身体の震えで動けない。
すると電話が留守番電話に変わった。そして伝言が残される。
その伝言を聞いた途端、血の気が引いた。
「……」
身体中の血液がなくなるような、そんな感覚に襲われる。
「どう、しよう……」
今の私に出来ることはなにか。
……なにもない気がする。私が行っても、またあの時のようになってしまうかもしれない。
そんなのは嫌だ。絶対に……嫌だ。だったら私は行かないほうがいい。
そのほうが――。
『だああああっ! まどろっこしい! うだうだ考えるな!』
「……」
『黙ってあいつのとこに行けよ! そっからなにが出来るか考えろ!』
「でも……」
『あれはただの夢だ! お前の中でルアとのことはいい思い出になったんだろ! ならファラと比べるな! あいつはまだ生きてる!』
……そうだ。ファラさんはまだ生きてる。ルアとは違う。まだ生きてるんだ。
「うん」
『あー、あと悪いほうには考えるな。お前はやればできるやつだから。な?』
にっと笑ったクダラを見て、だいぶ気持ちも頭も落ち着いてきた。
「クダラ、ありがとう。とりあえず急いでファラさんのところに行ってくる!」
『ああ。行ってこい』
「あ、あとユンさんにこのことを伝えておいてほしい」
『わかった。任せとけ』
「よろしく。行ってきます!」
私は簡単な荷物だけを持って、家から飛び出した。
ファラさん……私はあなたに生きてほしい。そして一緒に笑いあいたいです。




