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ぽかぽか陽気の昼下がり、私は一人顔を青ざめとある家の前で立ち尽くしていた。
遡ること数十分前。私は同じ魔法使いで占い師をしているルカに魔法石を届けに来たのだが、そこで問題が発生した。
「……」
もう一度確認のため伝票を見るが、やはり配達時間がもう一時間も遅れてしまっている。
……初歩的な失敗をしてましまった。お店を始めて短いとか長いの問題じゃない。お客様を待たせるとは、職人として失格だぞ。違う。そうじゃない。今は失敗を後悔している場合じゃない。今最優先にすべきことは、ルカに魔法石を届けることだ。
私は急いでルカの家の扉前まで行く。そして魔法石を入れた箱を持った手とは逆の手で扉を叩こうとした瞬間、扉が音をたてて開いた。そして出てきたのは今まさに悩みの種となっていた彼女だ。
「あら、リラじゃない。こんにちは」
「こ、こんにちは……あの、ルカ」
「どうしたの? 顔色が悪いわよ」
「……あの、配達時間がかなり遅くなってごめんなさい!」
勢いよく頭を下げて謝る。謝って謝って謝るぞ。本当に申し訳ない。
「ふふ……配達日は今日じゃないわよ」
「へ? でも、あれ?」
慌てて伝票に書いてある日付を見ると、確かに今日ではない。
「あちゃー、やっちゃった……」
そういえばさっき確認したときに時間しか見てなかった。これも配達時間を間違えることと同じくらいしてはいけない失敗だ。何をやっているんだ、私よ。
「ごめんなさい。私、ちゃんと日付を確認してなくて」
「ふふ、リラったらおっちょこちょいね」
「ルカ。本当にごめんなさい」
「いいのよ。気にしないで大丈夫。いつも頑張っているんだもの。きっと疲れているんだわ」
ルカの優しい言葉に救われる。いや、迷惑をかけたことにかわりないが。どんな理由があったって仕事なんだからちゃんとしないていけないのに。本当に申し訳ない。
「リラ。この配達物は受けとってもいいのかしら?」
「あ、うん。大丈夫。サインお願いします!」
伝票に名前を書いてもらったのでルカへの配達は終了だ。次からはもっとしっかり確認しよう。そうじゃないとまた迷惑をかけてしまう。それだけは絶対に駄目だ。
「リラ、私に何か手伝えることはない?」
「えっ?」
突然の言葉に驚きが隠せず、思いっきり肩を揺らして動揺してしまった。
「なんとなくだから間違ってるかもしれないけど……あなた何か困ってることがあるでしょう? だから手伝えることがあったら言ってほしいの」
「……」
さすが占い師さん。いや、ルカだから気づいてくれたんだ。嬉しくなってにんまり顔になってしまう。うん。もうなんて言うかは考えずに話してしまおう。そうだそうだ。いつだってルカは呆れたようにではなく、真剣に考えてくれた。
「あのね、パートナーがいなくなってしまって……」
「理由は?」
「いつもと同じ。私のところじゃ勉強にならないからって」
「あらあら。どうしてあなたのパートナーはそんなことを言うのかしらね」
「仕方ないと思うよ。だってほら、私は落ちこぼれだから」
あああああ。自分で言って悲しくなってきた。
はあ、私が空を飛べれば……きっとパートナーが何度も変わることはなかったと思う。
なぜ私が落ちこぼれか。それは、この世界で空を飛べない魔法使いは落ちこぼれと呼ばれるからだ。
私だって飛びたい。空が好きだ。風も好きだ。全部全部好きなのに飛べない。なんてこった。
「それじゃあ今はパートナー募集中なの?」
「うん」
「なら私のお客さんにも言っておくわね。魔法石職人のリラがパートナー募集をしてますって」
「ほんと? ありがとう!」
「ふふ、いいのよ。私はあなたのファンなんだから。ね?」
おおう、きゅんときた。今の笑顔は反則です。なぜか同じ女なのにとても照れてしまうくらいの威力がある。今の笑顔を男が見たら、キューピッドの矢でハートを撃ち抜かれルカに惚れてしまうだろう。うん。絶対に惚れる。
ルカは私の右手をそっと握って、可愛い笑顔のまま言った。
「リラ。人手が足りなかったら私に言ってね。必ず手伝いに行くから」
「ありがとう! すごく嬉しい! そんな優しいルカには飴ちゃんをあげちゃうぞ!」
言いながら握られていないほうの手でポケットをガサガサと漁る。
「飴玉は何味が出てくるの?」
「えっとスウィートオレンジ味です!」
「あら、私の好きな味」
「よかった。私も好きなんだ、この味。あ、この間食べたイチゴミルク味も美味しかったよ! 今度持ってくるね」
取り出した飴をルカに渡して、少し飴の味について話をしていた。
「……ぎょわっと!」
驚きのあまり突然変なことを言ってしまった。
……なんて言うか、楽しいときって時間が経つの早いよね。今、時計を見て思ったことだ。
「リラ、大丈夫?」
「あ、うん! 大丈夫!」
「あらあらまあまあ。もう空が茜色だわ」
「ごめんね。話に付き合わせちゃって」
「ううん、謝らないで。リラと話せてとても楽しい時間を過ごせたわ。ありがとう」
「私もルカと話せて楽しかったよ! ありがとう!」
「ふふ、またゆっくり話しましょうね」
「うん! 約束」
「約束ね」
指切りをしながら、にへへと笑う私とふふと笑うルカ。
「気をつけて帰ってね」
「うん! ルカも気をつけて」
私は大きくルカに手を振って、お店へと走り出した。
残ってる仕事も頑張るぞー。おー。