最後の空
全てが白くて、隔離された。
淋しい部屋。
私はその白い世界で生きている。
今日も生きるために……。
私は今、豪華な家の前に一人で立っている。なぜ私が豪華な家の前に立っているかと言うと、それは遡ること数時間前。
私のところに一通の手紙が届いた。差出人はラン・ヴェノール。この豪華な家の主人であり、私の友人である。付け加えるなら情報通で女性ということ。
「んー」
手紙には詳しいことは書いておらず、ただ急いで家に来てほしいというものだった。なのでお店のことをユンさんにお願いして急いで来たんだけど……チャイムらしきものがない。
「この間まではあったのに……」
ランの家の回りに他の家はないので諦めて大声を出してみたけど、一向に誰も出て来ない。困ったぞ。たぶん豪邸すぎて私の声が届いてないんだ。このままだと不審者扱いされて、警察のお世話になってしまう。それだけは嫌だ。とりあえず誰かに出会いたい。
あ、ランと無関係の人は却下で。
そう思いながらうろうろと豪邸の前を歩く。さらに不審者間は増してしまうけどしかたない。
「あら……? リラさんじゃないですか」
鈴の音のような可愛らしい声が、私の耳に届いた。その声に、ばっと勢いよく振り向くと見慣れた姿があった。
「あっ! ネムさんだ! こんにちは!」
「こんにちは。それより門の前に立ってどうしたんですか?」
「あのですね、ランに呼ばれたから急いで来たんです。でも、ついこの間まであったチャイムがなくなっていて……ネムさんが話しかけてくれてよかったです! 警察のお世話にならずにすみます! ありがとうございます! うわーん!」
「あらあら、本当だわ。チャイムがなくなってる」
チャイムがあったはずの場所を手で触れて、少し困り顔のネムさん。
「これはあとで直しておきますね。さあ、中へ入ってください」
にこりと笑ったネムさんは鍵で門を開け、私を中へと招いてくれる。私はもう一度お礼を伝えて門をくぐった。
***
「……」
来るたびに思うけど……長い廊下だなあ。体力のない私には優しくない廊下だ。
「そういえばリラさんは、ランさんに呼ばれたんでしたよね?」
「はい」
「たぶんいつもと同じ奥の執務室にいると思いますよ」
「ああ、執務室……ランが本に埋もれてないことを願いつつ行ってみます」
「それは大丈夫だと思います。つい昨日整頓したばかりなので」
「ネムさん。相手はランですよ」
「……そうですね。何かありましたらいつものように呼んでください」
「そうします。では行ってきますね!」
「はい。タイミングを見てお茶をあとで持っていきますね」
「ありがとうございます! 私、ネムさんが淹れてくれるお茶大好きなので嬉しいです!」
途中でネムさんとわかれて、ランがいるであろう執務室へと向かう。毎回この家で迷子になるから、今日こそは迷子にならないよう気をつけなくては。
「ん……わあ、きれい」
思わず声が出てしまうくらい綺麗な湖の絵が私の目に映る。あまりにも綺麗でじっと絵を見つめていると……絵の奥から何かを感じた。
昔……一度だけ、感じたことのある懐かしさが絵の奥にある。
その懐かしさの正体を探そうと、絵から少し離れた壁に触れた。そして壁の向こうへ意識を集中する。
『ららら、らーらら』
微かに聞こえる歌声は、泣いているようにも聞こえる。
『らららら、らら、らら』
壁の向こうにある映像が頭に浮かび、私の瞳の奥に映る。
――真っ白な部屋。そこには私と同じくらいの女の人がいた。
今にも溶けてなくなってしまいそうな雪のように白い肌。
蒼くて綺麗な髪。
瞳は燃えるような紅。
「……っ」
その人は見えないはずの私を、真っ直ぐ見つめた。
……なんて悲しそうに揺れる瞳なんだろう。ああ、そうか。私はこの人のために、ここに来たんだ。
「リラ」
不意に声をかけられ集中が途切れてしまう。壁から手を離し、声の主のほうへ振り向く。
「久しぶりだね、ラン」
「ああ、久しぶり。よく来てくれた」
「大切な友人のためですから」
「ありがとう」
ランの視線が私の後ろにある壁に移った。私もランの視線を追い、さっきまで触れていた壁を見る。
「……見たか?」
「見たよ」
「なら話は早い。来てもらった理由は……あの子に空を見せてやりたいからなんだ」
空――それは私たちが普通に見ることができるもの。だけど、彼女にとっては命がけだ。
「……無理か?」
眉を下げてすがるような声で問いかけられる。
「無理だろうね。そんなことをすれば彼女は消えてしまう」
「……」
ランにとって彼女はとても大切な存在なんだろう。だからこそ失敗したくない。失敗して失わせてしまうくらいなら、と思う。
「だけど……私ができる精一杯の力で頑張るよ」
「本当か……!?」
「うん。できるだけのことはしてみる」
「リラ、ありがとう! 私にもできることがあったらなんでも言ってくれ」
「うん。それじゃあ私はいったん準備しに帰るね。急ぎでやりたいことがあるから」
「ああ。帰りも気をつけて」
「ありがとう。あ、ネムさんにお茶ごめんなさいって伝えておいてほしいな。さっき淹れてくれるって言ってくれたんだ」
「わかった。伝えておく」
「ありがとう。それじゃあまたね」
私は来た廊下を早足に戻っていく。
「……」
やっぱり長いよ、この廊下。




