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『ねえ、シュルトさん』
さっきまでいた場所に戻って来たら、たいぶ話が進んでいた。
……ごめん、シュルト。
今度こそバレないように地面に伏せて、二人の会話に耳を澄ませる。
『私と約束してほしいことがあるの』
サラさんは過去のシュルトの顔を見ずに、ぽつりと言葉を漏らした。
『約束……?』
『そう、約束……あのね私を迎えに来ないでほしいの』
『……何を言っている』
真意を探るようにサラさんを見つめるシュルト。その眉間には薄くしわが寄っている。
シュルトの視線に気づいているだろう。けれどサラさんはシュルトを見ない。
ああ、もどかしい。自分に何か出来ることがあるなら、私は力を使うのに。今の私には何も出来ない……ううん、何もしてはいけない。
ここは、過去なのだ。
その想いのせいか、過去のシュルトの気持ちとリンクし始めた。
「『……』」
『私を迎えに来るのは他の人がいい。そう言っているの』
『どうしてだ……』
『あなたの中に残る最期の私の顔が、笑顔であってほしいから……だから他の人にしてもらいたいの』
そう言ったサラさんは笑顔でシュルトを真っ直ぐ見つめた。
『……』
『シュルトさん、私はあなたに出逢えてよかった。毎日のこの時間が私の唯一の楽しみ』
『サラ』
『ん、なあに?』
サラさんを呼んだシュルトは、ぐっと本当に伝えたいことを飲み込んだように見えた。そして笑顔でサラさんに伝える。
『ワタシも楽しいよ』
ああ、本当に優しくて一途で……馬鹿な死神だ。
私は過去のシュルトの顔が涙で揺れて、見ることが出来なかった。そして飲み込む必要なんてないと、私はそう思った。
***
あれからサラさんの日常は早送りで過ぎていった。
朝は花に水をあげ小鳥たちとの会話を楽しみ、昼は日向にあたりながらお昼寝。夜になればシュルトがサラさんの前に現れ、他愛ない話をして。
楽しそうに過ぎていく日々。
私は心のどこかで、サラさんはこのままお婆さんになるまで生きられるのではないかと思った。
ううん、どこかで生きている。
そう祈りにも似た想いが心を埋め尽くす。けれど……その想いは幻のように消えていった。
――突然、サラさんが家の中で倒れたのだ。それを見たシュルトは、血相をかえてサラさんの元に走り出そうとした。
「シュルトっ!!」
私は名前を呼んで、シュルトの腕を掴んだ。振りほどかれては困る。私は必死にシュルトの腕にしがみついた。
「シュルトっ、落ち着いて!!」
「放せ! 放すんだ!!」
シュルトが声を荒げるのは初めてのことで、怯みそうになったがそれでも腕を放すまいとしがみついた。
「駄目だよ! 記憶に干渉するのは!!」
「わかっている!!」
「わかってないよ! とにかく今は落ち着いて……!!」
「ワタシは落ち着いている! だから放すんだ!」
……ごめん、シュルト。
私は右腕だけ放し、シュルトの頬を思いっきり叩く。
「シュルトはっ……!!」
情けない。涙でシュルトの顔はぼやけるし、声が上手く出せないしで……本当に叩かれなきゃならないのは私だ。でも、そうじゃないだろう。しっかりしろ、私。
「……シュルトは、この先を見るために私に依頼したんじゃないの? それとも過去を変えるため?」
「……」
「この先を見ることによって、あなたは前に進む事が出来る。だから今は辛くても耐えて……」
「リラ……取り乱して悪かった。もう大丈夫だ」
そう言ったシュルトの声色がさっきとは違い優しくて少し安心した。私は溢れる涙を袖で拭い、サラさんを見つめた。
倒れたサラさんは、たまたま家を訪れた郵便配達の人に発見された。そしてお医者さんがかけつけてくれて、サラさんを診察する。
『……』
お医者さんの顔はどんどん暗くなっていく。苦しそうに息をするサラさんは、どこか遠くを見ていて。
……その先にいるのはシュルトではない、黒を纏った存在。
サラさんはその存在から目を逸らし、隣にいるお医者さんに話しかけた。
『……先生、少し席を外してくれませんか』
問いかけているはずなのに、有無を言わせない雰囲気だ。
『……』
お医者さんは何も言わず、目を伏せて部屋から出ていった。すると黒を纏った存在はサラさんに近づき、近くにあった椅子に腰かけた。
『シュルトさんは約束を守ってくれたのね』
サラさんは目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
『あいつじゃないことがそんなに嬉しいか』
『ええ。だって、あの人の中に残る私は笑顔だもの』
『今も笑っている』
『ふふ、そうね。でもこんなに弱ってはいないでしょう』
苦しそうに息を吐き、目を閉じるサラさん。
『一つ聞いていいか』
サラさんは目を開けて、真っ直ぐに黒を纏った存在を見つめる。
『お前は死が怖くないのか?』
『もちろん怖いわよ。けれどそれ以上に期待しているの』
『期待?』
『そう、願いにも似た期待』
『……?』
『ふふ、わからないって顔してるわね』
『焦らさずに教えろ』
『次は長生き出来る身体で生まれる……そして愛する人の側で生きたい』
『は……?』
『それが私の期待するもの』
黒を纏った存在は困ったような顔をして口をつぐんでいる。
『ねえ、そろそろ時間かしら?』
『あ、ああ……』
『連れていかれる時は痛いの?』
『痛くはない』
『そう』
『ああ』
『どうやって肉体から魂を取り出すの?』
『企業秘密だ。だが、お前は目を閉じるだけでいい』
『……取り出されるほうは意外に簡単なのね』
『まあな。もう思い残すことがないなら目を閉じろ』
黒を纏った存在に笑みを向け、サラさんはゆっくりと目を閉じていく。
――そして黒を纏った存在はサラさんの魂を取り出した。
私は視線をサラさんたちから、隣に立っているシュルトに移す。
「っ……!!」
ハッと息を飲んだ。
だって……シュルトが泣いている。声をあげずに、ただサラさんだけを見つめて。たぶんシュルトは泣いていることに気づいていない。
声をかけてもいいのかな。でも、どんな言葉をかけるの。
……わからない。でもこのまま放っておくことも出来ない。
声をかけようとしたけど……出来なかった。
「……」
もう時間のようだ。だって……ゆらゆらと揺れる淡い光が全てを包み込むように舞い始めている。
その光が増えるにつれて、綺麗な景色は魔法をかける前の姿に戻っていく。そして、全ての光が空に舞い溶けて消えた。
「リラ……」
不意に名前を呼ばれ、腕を引かれる。そして強く抱き締められると、シュルトの顔が肩に置かれた。
「……!」
驚いたけど、今はシュルトの好きなようにさせてあげよう。
「シュルト。ここにいるのは私たちだけだから……弱音を吐いても大丈夫だよ」
「すまない」
声が弱々しくて、壊れてしまいそう。
私も腕をシュルトに回してぽんぽんと背中を叩く。するとさらにぎゅう、ときつく抱き締められる。
「……人の一生はなんて短く脆いんだ」
苦しそうに吐き出された言葉は、しっかり私の耳に届いた。
「シュルト、サラさんは幸せだったと思うよ」
「……」
「シュルトに出逢って、恋をして……」
「……」
「人の一生は短いし脆いけど……だからこそ精一杯生きるんだと思う」
「……」
「サラさんの姿を見てそう思った」
「……そうだな。リラ、ありがとう」
さっきより声が明るいことに安心した。
「どういたしまして」
シュルトは私から離れて、空を見上げ微笑みながら口を開いた。
「サラ、ありがとう」
慈しむように、優しく優しく紡ぎ出された言葉。
どうか、サラさんに届け……。
『私も、ありがとう』
――風に紛れて嬉しそうな、サラさんの声が聞こえた。




