人を愛した、アナタ
彼女を想うと胸が熱くなる。
彼女が笑うと呼吸のしかたを忘れる。
彼女が泣くと水の中にいるような息苦しさを覚える。
この想いに気づいていはいけない。
この想いに名をつけてはいけない。
ワタシは人ではないのだから。
広く青い海が見える崖の上。そこには似つかわしくない、黒いローブを身に纏った人が立っていた。私は迷わずその人物に話しかける。
「久しぶりだね、シュルト」
「ああ」
「急にどうしたの?」
「お前に頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「ああ。サラという女性を探してほしいんだ」
サラ。その名をどこかで聞いたことがあるような……。
「……」
んー、でも思い出せないということは大したことじゃないんだろうけど。あれ、それより私って魔法使いだよね。探偵とかじゃないはず。
「ちょっと待って。私、魔法使いだよ」
「そんなことは知っている。それで依頼は受けてくれるのか?」
「いや、だからね! 私、魔法使いなんだってば! 人探しは専門外!」
「お前にしか頼めないから、こうして来てもらったんだ」
真剣な表情と声色に口を閉じる。だけど頭の中では考えがぐちゃぐちゃに散らかっている。
……意味がわからない。この世界に人を捜すのを専門とする人は沢山いるのに。なぜ私なんだ。
あまりにも意味がわからなさすぎて眉間に皺が寄ってしまう。それに気づいたらしいシュルトは静かに口を開いた。
「お前の得意術に記憶の蘇りがあるだろう。それをやってもらいたい」
「っ……ちょっと待って! シュルトの依頼はサラさんを捜してでしょ? その術は人を捜すためにある訳じゃないから、使っても意味がないよ」
「……言い方を変える。クルファマの土地を少しの間だけ、昔のようにしてほしい」
「クルファマって、確か……」
「そうだ」
私の言いたいことを察したのか、シュルトは言葉を遮り肯定した。
……あ、なんか大変なことに首を突っ込んだかも。そう思ったけれど時既に遅し。私には諦める選択しか残っていなかった。理由はシュルトの願いに気づいてしまったから。そしてそれのお手伝いができるのは私だ。
私はシュルトから視線をずらし、彼には聞こえないよう小さく息を吐いた。そして視線をシュルトへ戻し、じっと見つめ口を開く。
「シュルト……依頼を受ける前に一つだけいい?」
「なんだ」
「過去は変えられない。それだけは覚えておいて」
瞬間、切な気に伏せられる瞳。
「……わかっている」
出てきたその言葉は微かに震えていた。私はそのことに気づかない振りをして、シュルトの依頼を受ける。
「すまない」
「謝らないでよ。依頼を受けるって決めたのは私だからさ」
私はシュルトの左腕を軽くぽんぽんと叩き、笑顔で言い切る。するとシュルトも少し安心したように小さく笑った。
シュルトが昔からの友人だからか気づいた小さな感情の揺れ動き。それはシュルトの溢れんばかりの、サラさんっていう人への優しい想い。
美しくて、温かい。けれどとても儚く危うい……。恐らくないとは思うけど、シュルトが過去を変えないようにそばにいようと思う。
***
私は今一人でクルファマの土地にいる。理由は昨日シュルトに頼まれたから。お店はユンさんにお願いしてきたから大丈夫。
「ふう……」
今回ばかりは私も気張っていかないとな。なぜなら今回私が使う術は三大魔法と呼ばれる強力なものだから。失敗すれば……それなりの代償が必要となる。まあ、失敗しなければいい話なんだけど。でも完璧な魔法使いはいないから、いつ失敗してもおかしくない。なのでこの魔法を使うことはしたくない。
友人であるシュルトのお願いだ。全力以上に頑張りたいと思う。
『リラ。準備が終わったぞ』
『リーさま。ワタクシも終わりました』
「二人とも準備ありがとう」
私の使い魔である二人のおかけで魔方陣は出来上がった。あとは私が魔方陣の中心に立って、詠唱を始めるだけだ。
「よし!」
頬を叩き気合いを入れる。そして頭に浮かんだ言葉を音にしていく。
「泡揺る夢は遥か昔に……」
とても長い詠唱を終えると、土地が音を奏で始めた。そしてゆらゆらと淡い光が宙を舞い始め、何もなかった景色を変えていく。
ゆっくり……ゆっくりと時を巻き戻していく土地。
綺麗な花畑が広がり、それに続いて建物が並び大勢の人々の声が聞こえてくる。
淡い光が消える頃には……賑やかな町へと戻っていた。




