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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死人に口なし

作者: 水田

親友の楼花が死んだ。

それは夏の終わり、秋の風がほんのりと吹く頃。

学校の人気者であった楼花の死は、瞬く間に学校中の話題になった。人間は二回死ぬと言われている。一回は、心臓の鼓動を止めた時。そして二回目は、人々から忘れ去られた時。人気者であった楼花も、そのルールには抗えなかった。楼花の死から一年経った今、楼花の名前を口にする生徒は一人もいない。楼花は二回目の死を迎えたのだ。


もう皆から完全に忘れ去られた親友の幽霊が見えるようになったなんて言ったら、間違いなく病院に連れてかれるだろう。勿論心療内科に。

ここは私の部屋で、呼んだ記憶のない人がいるのはおかしい。死んだ親友の幽霊なんて、招き入れた覚えはない。だけど幾ら目を擦っても、私に微笑みかける親友は消えない。…いや、もしかしたらそっくりさんの可能性も無くはない。楼花の幽霊説より、ずっと現実的だ。世界には自分とそっくりな人間が三人いると言うし。


「久しぶり、梨花。」


最もらしいが無理のある現実逃避を並べた私を切り捨てるように、彼女は口を開いた。その声は、一年前まで毎日のように聴いていた、紛うことなき楼花の声。

私は目の前の少女を、楼花の幽霊だと認めるしかなかった。

死んだ親友が幽霊になって会いに来てくれた。シチュエーション的には感動の再会の筈なのに。私はまだ非現実的な現実を受け入れられてないし、当の親友は我が物顔で私の部屋を散策し出した。


「相変わらず部屋汚いなー。ちゃんと掃除してる訳?あ、このぬいぐるみまだ持ってたんだ!一緒にクレーンゲームで取ったやつだよね?あ、あれ私が誕プレであげたやつじゃん!飾ってくれてたんだ。」


戸惑いと驚きで未だに言葉が出ない私と対照的に、まるで一年の空白を埋めるように楼花は忙しなく喋る。相変わらず遠慮のない物言いは変わらないらしい。昔はその悪く言えば、デリカシーに欠ける言動に苛立っていたが、今は寧ろ変わってない事に安心した。幽霊になっても、楼花は楼花のままなのだと思えた。


「クローゼットには何が入ってるのかな〜?」


「ちょ、汚いからクローゼットは開けないで!…相変わらずだね。心配して損した。」


「お!やっと喋ってくれた。暫く会わないうちに寡黙になったのかと思ったじゃん。」


「それより、どうしてここにいるの?あんたは死んだはずでしょ?」


私はこの目で、確かに見た。冷たくなってピクリとも動かなくなった楼花の姿を。


「うん、確かに私は死んだ。だけど一つ心残りがあったから、戻ってきちゃったの。」


「心残り…?」


呟いた私に、楼花はにっこりと笑う。場違いなぐらい良い笑顔で、こう言った。


「私を殺した犯人に、復讐がしたいの。」




夏の終わり、秋の風がほんのりと吹く頃。

楼花は十八歳にしてこの世を去った。死因は通り魔により刺殺。遺体はかなり損傷が酷く、二十箇所以上刺されたらしく、最後は両目を抉られて、そして何故か片目の眼球だけ見つかってないそうだ。犯人も未だ捕まってない。警察が捜査しているが、現場の目撃者がおらず、現場近くに防犯カメラが設置されていなかったのもあり、犯人の特徴すら分からない。目星すらつけれず、流石の警察もお手上げらしい。だけど、刺された本人が化けて出たなら話は別だ。


「犯人の顔を覚えてるの?」


「いや、それが全く覚えてないんだよね。殺された衝撃で犯人の記憶が飛んじゃったみたいで。」


「…そう。じゃあどうやって犯人を探し出すつもり?」


「記憶が戻るまで地道に情報収集するよ。生憎幽霊には時間は無限にあるからね。それに、もうある程度目星はついてるから。」


「え、そうなの?」


「学校の生徒なのは間違いない。ただ、刺される心当たりが多すぎて誰か分からないんだよね。そこで、梨花の出番ってわけよ。」


「つまり、学校で怪しい人達に片っ端から探りを入れろってこと?」


「そういうこと!梨花なら私の頼み、聞いてくれるよね?」


疑問形ではあるけど、断らせる気が一切無いのは長い付き合いで知ってる。この手法で何度無理難題を頼まれたか、両手じゃ数え切れない。まさか死んでも尚、頼み事をされるなんて。私はいつものように、力なく頷くしかなかった。



「うわー!学校久しぶりだなぁ、全然変わってないじゃん。」


楼花は当然のように学校まで着いてきた。霊感の無い私に見えるのだから、他の人にも見えるのかと思ったが、誰も楼花の姿は見えてないみたいだった。見えていたら一瞬で凄い騒ぎになるだろう。死んだ生徒が学校にいるなんて、学校の怪談になりそうだ。


「……本当に、私以外の人には見えないんだ。」


「見えない方がいいでしょ。それより、早く容疑者達に会いに行こう!」


「最初は誰に会いに行くの?」


「私の元カレ。」


早速もう帰りたくなった。



楼花はあまり男癖が良くなかった。親友をそんな風に言いたくはないけど、事実だから仕方ない。二ヶ月関係が続いたら良い方で、酷い時は月に一度のペースで彼氏が変わっていた事もある。しかも別れ話は毎回梨花の方からするらしく、円満に別れた試しが無いそうだ。そんな、円満に別れなかった元カレに楼花の話を聞くのはかなり荷が重い。


「あいつは最悪な女だったよ。あっちから言いよって来たくせに、いざ付き合ったらすぐに次の男に行きやがったんだ。」


やっぱり、予想通りの答えが返ってきた。

かなり楼花に恨みを抱いてる。まぁ、された事を考えれば仕方のないことだ。


「楼花を殺した犯人って誰だと思う?」


「知らねーよ。犯人も俺みたいにボロ雑巾みたくあいつに捨てられた奴なのかもな。」


皮肉っぽく笑ってそう言うと、彼は話を切り上げて足早に去ってしまった。これ以上楼花の話をしたくないようだ。追いかけてまた追求しても、新しい情報は得られないだろう。ついため息を零す。話題が話題なだけに気疲れが半端ない。当の話題の人物は、ケロッとした顔をしている。


「あいつは犯人じゃないね。人を殺す度胸無いもん。よし、また次の容疑者に会いに行こう。」


「………次は誰?」


「元親友」



生前の楼花を一言で表すならば、完璧人間。

容姿端麗、成績はいつもトップで、スポーツ万能と来たら神は二物を与えずなんて嘘だと分かる。まぁ、その代わりとばかりに性格はよろしくなかったけれど。

楼花が生きていた頃、私の学校での立ち位置は、楼花の引き立て役だった。確かに二人の間に友情はあったし、楼花は私を引き立て役だなんて思ってない。けれど美少女の隣に地味な女がいれば、周りは勘ぐってしまうのは自然な事だ。

それに、私と仲良くなる前によく一緒にいた子が、楼花と同じぐらい可愛ければ尚更。その元親友について、前にサラッと話してくれたことがあった。大喧嘩をした末に喧嘩別れしてそのままだとか何とか…。


「あんな性格悪い女見たことない!自分の人気を鼻にかけて、いつも人を馬鹿にしてた。だから耐えきれなくなって絶交したの。てか、なんで今更あの子のこと聞いてくるわけ?」


「ち、ちょっと気になる事があって!」


元親友は可愛らしい顔を歪ませて、訝しげに私を睨む。この子にもだいぶ恨まれてるようだ。一度は親友だったなんて嘘みたい。


「あんたも楼花に引き立て役にされて、かなり恨み溜まってたんじゃない?正直見てて可哀想だったし。私の次にあんたを隣に置くとか…露骨過ぎて引いたわー。」


「あはは…。そういえば、楼花を殺した犯人って誰なんだろうね。」


「私を疑ってるならそう言えば?バレバレ過ぎるんだけど。あんな女殺して人生棒に振るほど、馬鹿じゃない。私みたいに楼花をよく思ってない人は腐るほどいるしね。まぁ、私には関係ないけど。」


話はそれだけ?と聞かれて頷くと、彼女は友達の待つ方へ行ってしまった。怒らせてしまったみたいだ。…後々面倒臭い事にならないといいけど。


「あの子も違うなー。そこまで私に執着してなさそうだし。また次の容疑者に会いに行こう。」


「まだいるの!?今度は誰?元セフレとか?」


「いいや、生徒会の後輩。」




楼花は一部の生徒からは嫌われていたが、大人からの信頼は絶大だった。明るく聡明で、授業態度も良く、成績は常にトップ。表面だけ見れば、大人の思い描くいい子のお手本の様な子だった。楼花自身もそれを自覚していて、いかにもいい子ちゃんがしそうな事は片っ端からしていた。その内の一つが、生徒会に入る事だ。軽い気持ちで入ったが、予想以上に大変だとよく愚痴っていた。仕事はほぼ後輩に押し付けていたそうで、その後輩はさぞ楼花に苛立っていただろう。先程の二人のように、楼花を罵るに違いないと、そう思っていた。


「楼花先輩は僕にとって憧れでした。生徒会の会議がある度に、いつもお会いするのが楽しみだったんです。僕みたいな後輩にも分け隔てなく接してくれて…。」


予想に反して、彼は罵るどころか楼花に好意的な言葉を並べた。


「じゃあ楼花を恨んでいたりとかは…?」


「まさか!本当に惜しい人を無くしたと思います。まだ犯人も見つかってないそうですし…。あんな惨い殺し方、人間のする事じゃない。記事によると、二十箇所以上刺されていたそうです。犯人は随分と楼花先輩に恨みがあるようですね。梨花先輩は、犯人に心当たりありませんか?」


「そう、だね。アキレス腱を切れれたとか、最後に両目をくり抜かれただとか色々新聞で見たけど、その内容だけじゃ犯人を探すのは難しいし…。」


「やっぱりそうですよね…。楼花先輩、いつも梨花先輩の話をしてましたよ。すごく楽しそうに話されていて、本当に仲が良いんだなと思ってました。少し、羨ましいぐらい。」


そんな話は初耳だ。余計な事まで喋ってなければいいけど。そんな期待、楼花にはするだけ無駄かもしれない。


「話に聞いていた梨花先輩と話せて嬉しかったです。それでは僕は授業があるので、失礼します。」


綺麗に一礼をしてから、彼は廊下の人混みの中へと消えた。あの楼花の後輩とは、とても思えない。彼は随分と楼花を慕っていたみたいだし、犯人では無いだろう。寧ろ、何故容疑者に選ばれたのか分からない。

なんとも言えない顔で人混みを見つめる楼花に、問いかける。


「どうしてあの後輩を疑ってるの?すごく良い子なのに。」


「あいつ、学校でドラッグ売りさばいてる売人だよ。」


「え、そうなの!?」


「バラさない代わりに仕事押し付けてたから、さぞかし私が邪魔だったはず。でも、あいつは犯人じゃないみたい。」


あんな好青年を絵に書いたような子だったのに。人は見かけによらず、とはこのことか。まぁ兎も角、今回の犯人では無いようだ。

三人に聞いて回ったが、今のところ収穫はゼロ。今日までに手がかりを見つけるのは難しそうだ。


「楼花、また次の容疑者に会いにいかないの?」


さて、次は誰の元へ行くつもりなんだろう。さっきとは別の元彼?それともまた別の元親友?誰か1人に絞りきれないほど、楼花は人の恨みを買いすぎている。


「いや、もう大丈夫。犯人が分かったから。」


「………え!?でもあの三人は犯人じゃないって」


「あの三人は違う。犯人は…」


急にぐっと二人の距離が縮まる。そしてまるで逃げられないように、腕を絡められる。驚いて顔を上げると、楼花の端正な顔が目と鼻の先に合った。真っ直ぐに私を射抜くように見つめる瞳。その強い意志を持った瞳に、つい吸い込まれてしまう。


「犯人はあんただよ、梨花。」


「は?」


「最初からずっとあんたを疑ってた。でも確実な証拠が無いから、ボロを出すのを期待して容疑者回りに付き合ってもらったの。そして今、あんたが犯人だって確信した。」


「………証拠があるの?」


「さっき、最後に両目が抉られてたって言ってたよね。どうしてそれを知ってるの?」


「それは、新聞の記事にそう書いてあったから」


「誰も知るはずないよ。最後に両目を抉られたなんて、死体を見て分かるわけない。それを知ってる人は、抉った本人。つまり、犯人しかいない。」


最初から、私しか容疑者はいなかったって事か。元カレや元親友、後輩は私を騙す口実だった。まんまと一本取られてしまったらしい。ここまで来て、言い逃れをするほど馬鹿じゃない。

まさか1年経ってバレるなんて、とんだ誤算だ。


「私たち、親友じゃなかったの?どうしてこんな事、私の片目はどこなの?」


「…理由なんか知らなくていいし、知るべきじゃない。だって本来なら私が犯人だっていうのも知らずに、あんたは天国にいくはずだったのに。わざわざ化けてくるなんて、本当に救いようのない馬鹿だなぁ。」


秘密も眼球も全部、ずっとクローゼットに隠しておくつもりだったのに。運の悪い子だ。何も知らずにいた方が、幸せなことだってあるのに。

別に知られた所で、私は何も困らない。幽霊の言葉を信じる人なんかいない。そもそも、楼花は私以外には見えていないのだから。

死人に口なし。私はそんな言葉を思い出して、つい笑みがこぼれた。

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