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エピローグ   王都のこれから


 王都キャピケイルの王城にドラゴンが襲来らいしゅうしてから二週間。

 相変わらず王城は混乱の最中にあった。

 離宮は完全に消滅し、王城の一部が崩壊ほうかい。更に第三王子と第二王妃が死亡した。更に第三騎士団も半壊はんかいと言えるほどの被害を受けている。

 過去百年、一度として無かったと断言できるほどに大きな被害だ。

 たった二週間でその混乱が収まらないのは当然なのだが、問題は同時に流れ始めた噂だった。

 『サガラの呪い』

 それは、下町から始まった噂だった。

 ドラゴンが去った時にはすでに流れ始めていたという、『捕まったサガラがキレてドラゴンを呼んだ』という噂。

 それがいつしか、王城にまで広まっていた。

 『サガラは第三王子に復讐ふくしゅう目論もくろんでいた』、『刺されたうらみを、第一と第三騎士団にも向けていた』。

 そんな事実をともなった噂が、結果として『サガラの呪い』として恐怖を広めていたのだ。

 実際に第三王子は死に、第三騎士団に大きな被害が出ていたのも大きい。密談みつだんの為に第一騎士団を動員していた為、そちらにも被害が出た。

 その事実が、実在する『サガラの呪い』として不安を広めている。

 この世界にまねかれた際、一年この王城に住んでいたというのも、不安や恐怖に拍車はくしゃをかける理由の一つだ。

 迷い人としての能力が低かった事もあり、サガラに対して好意的な対応をしていた者が少なかった。そして、今回のドラゴン襲撃しゅうげきに巻き込まれた者は、必然的にサガラに対して冷たかったり見下していたりと、そんな対応をしていた者ばかりになる。

 だから、王城の関係者にとって『サガラの呪い』は確かに存在するのだ。

「困ったものだな……」

離職りしょく希望者も相次あいついでいます。≪かげ≫の者からの報告では、相当お怒りのようでしたから……本当に呪いかも知れませんね」

「笑えんぞ、ユピテル」

「私抜きでくだらない事をするからです」

 メガネ越しに冷たい眼差しを向けてくる宰相に、国王は引きつった頰をかくすように頬杖ほおづえをついた。

「今回は、仕方あるまい。家族の問題だ」

「ほぅ。その結果がこれですか」

 執務机しつむづくえに山と積まれた資料に、ユピテルは更に分厚い束をせた。

「では、家族の問題に関して口は出せないようですので、私はこれで失礼します」

「待てユピテルっ! これは国としての仕事だぞっ!?」

「ほぅ。家族の事で起こした問題が、国の仕事になるのですか」

「いや、それは……。そ、そうだ。仮にお前に相談していても、結果は変わらなかっただろう?」

「そうかも知れませんね。ですが、サガラさんに関してここまでひどい噂が広がる事は無かったとは思います」 

 ユピテルがいつも以上に冷たいのは、それが理由だった。

 多忙たぼうから来る疲労ひろう、自分抜きで話を進められた事にも未だ怒りはあるが、それ以上に許せないのがその噂だ。

「無理矢理連行するような真似をしなければ、こんな事には……」

「それは結果論だろう」

 国王の言葉に、ユピテルはムッと眉間みけんしわを刻んだ。

「私は、初日に、言ったはずです。あらぬ噂が流れぬよう、人員を割けと」

「……いや、その人員がな?」

 ドンッと執務机に手を置くと、ユピテルは微笑んだ。

「陛下。彼は、恩人なのですよ?」

「う、うむ」

「襲撃があったとすぐ逃げ出した者と、会話によって国家を救った者。どちらが偉大いだいでしょうね?」

 ユピテルは、正しい事が好きだ。

 ゆえにこの国が好きだし、国王に対しても忠誠ちゅうせいちかっている。

 だから今回の事は許しがたかった。

「レメ王妃、ボルド王子に関しては同情いたします。それを表に出さず執務をこなす姿にも、敬意を示しましょう。ですが、それとこれとは話は別です」

「ユピテル……」

「サガラさんの――いえ、サガラ様と言うべきですね。あの御方おかた名誉めいよそこなう噂が公然こうぜんの事実となっているだけでも不愉快ですが……もしその噂を勇者様が知ったらどうなるか、考えたのですか?」

 自分で表情がけわしくなるのを察して、ユピテルは背筋を伸ばすとメガネを取って眉間のしわを伸ばした。

 サガラはこの国を去った。

 事実は分からないが、迷宮都市テザルムへと向かった事は確か。距離的にも、一年は戻ってこないだろう。もしかしたら、一生戻ってこないかも知れない。

 異世界から招いた国として、その事実は重い。

 彼がヤマ王国にび出された迷い人だと言う事は、それなりに知られているのだ。他国に行った、帰ってこないと言う事実が知れ渡れば、ヤマ王国の評判は少なからず下がる事だろう。

 いま蔓延まんえんしている噂と共に知られれば、評判自体は下がらないかも知れない。

 だが、勇者からの信頼が地に落ちる事は確定だ。

「勇者様が他国へと出奔しゅっぽんする事になれば、我が国の名誉は急速に下がります。現状をかんがみれば、帝国が攻めてくる事は間違いないでしょうね」

「むぅ。……しかし、今は≪かげ≫の手も不足しておるのだ」

「知った事か」

 ユピテル自身驚くほど低い声が漏れて、慌てて一つ咳払い。

「勇者様がドラゴンを従えた、と言う噂を流しましたが、現状では『サガラの呪い』が噂のまとです。出せる情報に限りがあるのは分かりますが、全力で取り組んで下さい」

「……分かった」

 沈痛ちんつう面持おももちでうなずく国王に、ユピテルは一つため息を吐くと、積まれた書類の幾つかを手に取った。

「ここのところ連日言っていますが、決済関連の書類は後回しで良いです。噂の塗り替えと、死んだ者達への対応を優先してお願いします」

「うむ、すまん」

「そう思うなら、二度とこのような事が無いようにお願いします」

「分かった」

 しょんぼりとした国王にそれ以上言葉を続ける事はせず、ユピテルは書類を持って国王の執務室を出て行ったのだった。

 仕事は山積み。

 今日も三時間も眠れたなら幸せな方だろう。

 それほどに、国王達が犯したあやまちは重い罰となって王城勤めの者を苛んでいた。


「と言うわけで、国から苦情が来ている」

 冒険者ギルド局長室。

 一応応接席に座らせた二人を前に、マグはけわしい視線を向けていた。

「俺たちにそう言われても」

「ねぇ」

 顔を見合わせた二人は、ぶはっと吹き出して笑い始めた。

 マグからしても良く分からない冒険者二人組である。

 Bランクで実力がある事は分かっているのだが、それだけ。

 特別問題を起こすわけでは無く、かといって仕事をしているふうでも無く。気がつけばギルドにいて、隣の酒場で飲んでいるような二人。

 ハッキリしているのは、比較的最近帝国方面からやってきた冒険者という事だけだ。

 そんな二人が、腹を抱えて笑っている。

「ドラゴン呼んだって……ぶはははははっ!」

「さいっこーっ! やっぱサガラさいっこーだよっ! あはははははっ!」

「だからっ! そんな噂広めたのが問題だって言ってんだろうがっ!」

 宰相にされて直接怒られた事もあり、マグの怒りは本物だった。

「テメェ等が噂の発端ほったんだって事は分かってんだよっ! いい加減にしろよっ!?」

「いや、そう言われても。俺たちは、サガラが第一騎士団にとっ捕まったって報告しただけだし」

「だよねぇ。それが……捕まってぶち切れたサガラが、ドラゴン呼んだって……」

「その上、王族ぶっ殺して、逃げたって……ぶふっ」

「ぶはははははははははっ!」

「あはははははははははっ!」

「笑い事じゃねぇんだよっ!」

 一頻り笑った二人は、涙が溜まった目を擦りながら口を開いた。

「いやぁ、でもホント、噂が勝手に一人歩きしわたけですし」

「ねぇ。誰が悪いかって言えば、そんな噂が普通に広まるサガラが悪いと思う」

「……うっ。ま、まぁ、その点は否定しないが」

 マグも宰相にその点だけは文句を言ったのだ。

 そんな噂を信じられるサガラも悪い、と。

 普通は、ドラゴンを呼んだなんて噂は広まらない。信じる者がいないのだから当然だ。

 だが、広まってしまった。

 『クズのサガラ』

 その名が妙に広がっているのもそうだが、あいつならやりかねないと、悪い意味で信頼されてしまっているのだ。

 実際、マグも最初はその噂を信じた。

 と言うか、遠目にドラゴンがやって来たのを見て、絶望的に思ったものだ。

 第三王子と第二王妃に復讐ふくしゅうする為に、ドラゴンまで呼びやがったか、と。

 良くも悪くもしでかしかねない。

 それが、一般的なサガラに対する認識だ。

「だがな、間違った噂ってのが問題なんだ。お前等でどうにかなんねぇか?」

「そー言うのは、吟遊詩人ぎんゆうしじんの仕事だろぉ」

「そもそも、ドラゴンが勇者の仲間になったって公表したのも不味まずいよねぇ。そりゃあ面白おもしろ可笑おかしくセットで広がるよ」

「だよなぁ。サガラがドラゴンと話を付けたから国が救われた、なんて噂を広めようとしてるみたいだけど、そりゃあ無理だって」

「サガラがしでかしたって話の方が、そりゃあ食い付くよね」

「っつーことだよ、ギルマスさん。物語に英雄譚は鉄板だが、噂話は人の不幸が美味うまいんだ。花町だってそうだろ?」

「……そりゃあ、分かってんだがな」

 花町に関しても、女帝本人が『サガラに救われた』と証言している。

 だが、同時に側にいた者が『サガラが女帝ごと誘拐犯を殺そうとした』と話した事で、後者こそが公然の事実となった。

 女帝本人が違うと言おうと、大衆がその噂を望んだ結果、既に覆せない事実としてそれは存在するのだ。

 だから、今回もそれは同じ。

「どーしようもねぇか……」

「何言ってるのっ!」

 バンッと乱暴に扉を開いた女性の言葉に、三人の顔が向いた。

 美しい女性だった。

 片目を眼帯で覆い、耳の形は千切れたように歪ながらも、それを差し引いてあまりあるほどに美しい顔立ち。

「グラシェ……」

「マグはギルマスなんだから、ちゃんとしなさいっ!」

「いやでも、こいつらの言い分も理解できるし……」

「命令すれば良いのっ! 噂を消せってっ!」

「はい。噂を消せ」

「「えぇ……」」

 逡巡しゅんじゅんする事も無く命令してきたマグに、二人もドン引きである。

「もう尻にかれてんじゃん」

「会って二日で婚約したって、マジだったんだ」

「うるせぇっ! 良いからテメェ等は命じられた事につとめろっ! おら行けっ!」

 マグは立ち上がり、見た目通りの乱暴さで二人を追い払う。

 尻に敷かれている事は事実。

 だから、これ以上この場に二人をいさせたくなかったのだ。

「……もう、マグってば」

「まぁ、ギルマスとして相手をおもんぱかるのも仕事だからな」

「マグが立派なギルマスって事は分かってる。けど、ここは妥協だきょうしたら駄目だからね?」

 メッと指を立てられて、マグは思わず倒れそうになった。

 可愛い。

 見た目はいかついが、マグの美的感性びてきかんせいいたって普通である。

 だが、それゆえにマグは今までモテた事も、お付き合いした事も無かった。

 過去に一度モテた事があると言えば、魔物であるオークのメスに囲まれた時だけだ。

 だからこそ、マグは今幸せの絶頂にいた。

「分かってる。ちゃんとやる」

「うん。……それで、今夜は?」

「いつも通りで大丈夫だ」

 笑顔で頷き、出て行くグラシェを見送って、ラグはソファへと倒れるように座り込んだ。

 サガラの不名誉な噂に対し、ギルマスが動く理由は宰相の命令だからだけではない。

 『彼のお陰で、貴方と出会えた』

 グラシェにそう言われたマグが、全力で取り組まないはずも無かった。

 噂を消せるとは思っていない。

 ただ、グラシェと出会う機会をくれたサガラの為に、マグは今日も頑張るのだ。


「あ、ボスっ! おはようございますっ!」

「ざーっすっ!」

「ういーっすっ!」

 方々からかけられる挨拶に、ベルフェーヌは愛想笑いで手を振って返しつつあゆみを進めていた。

 あれから二週間。

 スラムは劇的げきてきに変わりつつあった。

 スラムの取り纏め代行として名を上げざるを得なかったベルフェーヌは、今や名実めいじつともにスラムのボスだ。

 それにもスラムの変化が大きく関わっている。

 教会の支援に加え、国からも支援金が支給されるようになったのだ。

 スラム改善の為と支給されたお金で、スラム街の掃除や改修を進めさせている。王城の再建にスラムの者でもやとって貰えたと言うのも大きい。

 その辺りが、全てベルフェーヌの実績となり、『スラムの心姫しんき』などと呼ばれるようになってしまったのだ。

「……なんで、こんな事になったのかしらね」

「サガラさんのせいでしょうね」

「そこはサガラ様のおかげ、だろ」

 独り言に返答したのは、幹部であり護衛でもあるダマススとクアピト。

 サガラ襲撃の際に、名前を出して命令した二人である。特別仲が良かったわけでは無いが、今や姫の護衛としてスラムの顔になっていたりする。

「まぁ、良くも悪くもあのとき姫がサガラさんの名前を出したのも不味かったかと」

「良かったんじゃねぇのか?」

「結果としては纏まりましたからねぇ。俺たちの地位も盤石ばんじゃくになりましたし」

「あれがなきゃもうちょいゴタゴタしてたよな」

 二人の言葉に、ベルフェーヌはわずかに顔をしかめた。

 サガラがボスを殺し、その場を去った後。

 早急さっきゅうに組織を纏めるべく、ベルフェーヌは殺すべきを殺し、それ以外を集めた。

 内部分裂や、ボスの後釜あとがまを代行する事に対するうらつらみを抑える為に、明確な宣言が必要と判断したのだ。

 そこでベルフェーヌは、皆に伝えた。

 全ては、ボスを殺したサガラの命令である、と。

 『ボスを殺した者の手先』というイメージよりも、『ボスを殺せた者の指示』と言う重さが先に立つと判断しての宣言。

 それが結果的に、スラムの安定を招いた。

「ドラゴン呼んで王族殺すような奴の指示だもんなぁ。……そりゃあ反抗心はんこうしんなんてしぼむわ」

「えぇ。まさか、そこまでだいそれた事をやる人だとは思いませんでしたけど」

だいそれ過ぎだっての。そのくせスラムの事は考えて行動してくれてたし……わかんねぇよなぁ」

 サガラのスラムでの評価は、『慈悲と悪意のクズ』、その呼び名に集約しゅうやくされていると言っても過言では無い。結局は『クズのサガラ』で安定してしまってはいるが。

「冒険者としての引き取りに、教会の支援、国からの支援金だってサガラ様の手配って話だろ? ボスが殺された時だって、俺たちがやりやすいように毒をいてくれてたし」

「この国からは逃げ出したようですけど、戻ってきたときのことを考えたら……ちゃんとしなければいけませんね」

「ねぇダマスス。そのちゃんとって、何をすればいいと思う?」

 ベルフェーヌの憂鬱ゆううつは、常にそれだ。

 彼に任された。だから彼の意に沿うように行動しなければならない。

 けれど、彼はもういない。

「まぁ、スラムをよくして行けばいいと思いますよ?」

「サガラ様に喧嘩を売る奴が出ないよう、徹底しとくべきだろうな。前のボスは、それでああなったわけだし」

「……そう。そう、ね」

 結局は、やる事をやるしかない。

 目の前のすべきことだけでも山積みだが、それでもベルフェーヌの憂鬱が晴れる事は無く、小さなため息を漏らしたのだった。


読んでくれる人がいるようで、嬉しかったので続きです。

望んでる感じになってますかね? 『違うんだよなぁ』とかだったら、申し訳ないです。

加えて、誰の視点かをしめす【マグ】とかを無くしたり、一章を短めにしたりしたんですけども、読みにくくなってなければ幸いです。


ブクマ、評価、ありがとうございます。最初プクマ1の評価0が普通だったので、もの凄く嬉しいです。


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[良い点] ブレない主人公大好きです 面白い作品をありがとうございます
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