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第七章   竜と勇者と眺めぬ結末


「ゴガアアアァァァァァッ!!!」

 何かが、えている。

 耳鳴りが、ひどい。

 背中が、痛い。

 それでもどうにかまぶたを開けば、腕の中で頭部の耳をぺたんと伏せたリムが見上げてきていた。

 あれだけの衝撃しょうげきの中、意識を失いもしなかったのだろう。

 大したものだ。

 感心しつつ、リムの頭をでて周囲を見回す。

 意識が寸断すんだんしただけで済んだのは、巨大なベッドが盾になってくれたからだろう。

 部屋の角をおおうようにしてベッドが立てかけられている。シーツががれ、のぞく瓦礫の先端を見る限り、命の恩人はこのベットだ。

「何があったんだ一体。……くさ五月蠅うるさいし」

 大きな生き物の咆哮ほうこうだというのは分かる。

 ただ、これだけ絶え間なくえられると、さすがにいらつく。

 ベットをたおすと、景色は一変していた。

 窓や壁が無くなり、先程まで王とミモラがいた部分は丸ごと消し飛んでいる。扉も同様で、ウィリアムの姿も無い。

 だがまぁ、あいつらなら無事だろう。爺さんはそれほどの凄腕すごうでだし、ウィリアムなら自衛じえい程度なら問題ないはずだ。

 問題は、無くなった壁の先に見える景色。

 本来なら離宮が見下ろせたんだろうが、そこでは赤い鱗を纏った巨大な存在がえていた。

 王城の三階だと言うのに、その化け物の顔が真横に見える。

 つまり、十五メートルはある巨体だと言う事だ。

 ドラゴン。

 この世界にいるとは聞いていたが、まさかこんな近くで見る羽目はめになろうとは。

『皆殺しにしてやるぞ人間共がっ!』

 そのドラゴンの咆哮ほうこうが、不意ふいに理解できた。

 ゴブリンでもあった事だ。不思議はない。

 不思議は無いが、発言が物騒ぶっそうすぎるので止めていただきたい。

「さ、さがら……」

「大丈夫。ちょっと待っててくれるか?」

 俺の言葉に、抱きついてイヤイヤと首を振るリム。

 まぁ、この状態で離れてと言われても、そりゃあ嫌だろう。俺だって怖い。

「……近付くけど、大丈夫か?」

 こくんと頷いたので、リムを背負って立ち上がる。

 出来るなら逃げたいが、さっきから延々(えんえん)と物騒ぶっそうな事をえているのだ。

 浄化じょうかだの、罪深きだの、まるで邪教じゃきょう説法せっぽうだ。

 逃げ切れる保証も無いし、会話でどうにか出来そうならそうすべきだろう。どうせこのままでは、さっきみたいにブレスを喰らって死ぬ。

 床の端にまで辿たどくと、そこから見える地面は黒く固まりつつあった。

 離宮があった位置を狙ってブレスを吐いたんだろう。その威力は見たとおり、直撃した場所はマグマ化しているし、余波よはだけで王城の分厚い壁が吹き飛ぶほどだ。

 こんな一撃をはらわれたら、逃げてても無駄だ。

 どうせ死ぬなら、せめて努力ぐらいはすべきだろう。

 会話の可能性にけて、俺は声を上げる。

「おーいっ!」

『人間がぁっ!』

 振り向くなり吼えられて、俺は思わず後退あとじった。

 風圧もそうだが、何より臭いっ!

 これがそこらのオッサンなら、ぶん殴った上で『歯を磨けっ!』と怒鳴っている所だ。

「待ったっ! 敵意は無いっ! なんで怒ってるか教えてくれっ!」

何故なぜだとっ!? 貴様等の罪だろうがっ!』

「それが分からないから聞いてるんだっ! 皆殺しにしても、理由は教えてくれっ!」

 俺の言葉に、ドラゴンは臭い鼻息をまき散らすと、身体をこちらに向けた。

 イメージにあるドラゴン同様、ずんぐりとした胴体だ。だが、翼はそれ以上に大きい。王城を包み込めるほどのサイズで、全力で羽ばたかれただけで周囲の建物が全て吹き飛びそうだ。

『……ん? 何故なにゆえ、私達の言葉が分かる?』

「それは、こっちの世界で言う迷い人って奴だからかとっ!」

異界いかいの者か。……あぁ、声を上げずともい。聞き取れる』

「そうですか」

 怒りが霧散むさんしたようで、ほっと胸を撫で下ろす。

「あの、それで何故なぜお怒りで?」

『貴様等がっ! ……いや、異界の者ならば知らぬも道理か。龍脈りゅうみゃくは、知っているか?』

「えぇ、はい。名前程度は」

龍脈りゅうみゃくとは、大地の血液だ。貴様等で言う所の魔力に当たる』

「はい」

『個が利用する分には構わぬ。生あるモノは、自然と魔力を受けて育つ。多少己が為に多く使おうと、ことわり支障ししょうは無いのだ』

 そこまで言うと、ドラゴンは金色こんじきの瞳に宿やど瞳孔どうこうを縦へと変え、えた。

『貴様等は、そのことわりに手を出したっ! 膨大ぼうだいなマナを引き抜き、流れを途絶とだえさせたのだっ! その罪許しがたしっ!』

「……はぁ」

『なんなのだその気のない返事はっ! 大罪を犯したのだぞっ!』

 ドラゴンの咆哮ほうこうに口を閉ざしたのは、気圧けおされたからとか恐怖とかじゃ無く、単純に臭いからだ。

 言わないし、言えないけども。

 空気が落ち着いた所で、俺は口を開く。

「あの……それで皆殺し、ですか?」

『そうだ。罪には罰を与えねば、理解すまい』

「その意見にはもの凄く同感ですけど、多分無駄ですよ?」

『何がだ』

「えっと、そもそも龍脈りゅうみゃく干渉かんしょうしていたからドラゴンが来たって認識になってないです」

『……む?』

 巨大な顔がかたむく。

 大きすぎて愛嬌あいきょうも何も無いが、キレている時よりははるかにマシだ。

「罪の理由を、理解してないんです。多分、それをやったのはそこの人達だけですので」

 指さす先は、ドラゴンの足下。

 王が希代きだいの嘘つきでも無い限り、第三王子がいた離宮だけの出来事だ。今となっては、実行犯全員が死んでいるのかもしれない。

『……確かに、龍脈りゅうみゃくの流れは戻っている。何をした?』

「いえ、それはこっちの台詞せりふなんですけど」

『むぅ』

 ドンドンと、離宮があった位置を確かめるように踏みしめるドラゴン。

 たぶん、そこに装置かなんかがあったんだろう。

 何があったのか、皆目かいもく見当はつかないが。

「えっと、じゃあ帰って貰えませんか?」

『そうはいかん。貴様等人は、愚かしい生き物だ。罪には罰を与えねば』

「そんな義務みたいに言われても」

『義務なのだ』

 真っ直ぐに俺を見据みすえ、ドラゴンは言葉を続ける。

 そう言われてみれば、声を発しているが風はほとんど来なくなった。耳も痛いと感じるほどじゃないし、気を遣ってくれているんだろう。

 巨大なくせに、繊細せんさいな事をしてくれるものである。ありがたい。

『数百年に一度、人は龍脈に手を出す。その愚かさを知らしめる為に、都市の一つ、国の一つでも滅ぼさねばならん』

「……ドラゴンの義務、なのか?」

龍脈りゅうみゃくの管理者としての義務、だな』

「それは……キツいですね」

 数百年に一度。

 そのスパンに心底から同情の声をらすと、ドラゴンは大きく頷いた。

『そうなのだ。退屈たいくつなのだ』

退屈たいくつ?」

『今回は私の管理下であったから良かったが、そうでないと領域から出られずにひまなのだ。龍脈りゅうみゃくの管理は誇りではあるが、ただ待ち続けるのはキツいのだ』

 そりゃあキツいだろう。

 その間何もしていないとは思ってもいなかったが、普通に考えれば道理ではある。

 こんな生き物が自由気ままに動き回っていれば、国としての体裁ていさいたもてている国家なんて極僅ごくわずかになっていた事だろう。

 条件があるからこそドラゴンに会う事なんて普通は無く、すべて世は事は無し。

 まぁ、会っちゃった以上どうしようもないけども。

『だから、ただ帰るわけにはいかぬ』

「そー言われても」

『……貴様を見逃してやろう。この国は龍脈に手を出したから滅んだと、そう伝えるがい』

「外道過ぎない?」

『ならばどうしろというのだっ!』

 怒鳴られて、一歩下がる。

 風圧が凄くて踏みとどまれないのだ。それでも多分気を遣ってくれているから、吹き飛ばずに済んでいるんだろうけど。

「……ん~、じゃあ旅でもしてみたら?」

『旅だと?』

「今回の件はちゃんと伝えるし、百年も経たずにまた起きたら問答無用で滅ぼすって方向でいいんじゃない?」

『だが、義務がある』

「それって、今も領域に帰りたいって訳? それとも、義務を果たしたら帰りたくなるの?」

『…………?』

 ゆっくりと、首を横にかたむけるドラゴン。

 爬虫類顔はちゅうるいなのに本当に不思議そうな表情で、今度はちょっと愛嬌あいきょうがある。

『……言われてみれば、良く分からんな』

「なら、ちょっとぐらいぶらぶらしても良いんじゃない? 退屈たいくつまぎれるだろうし」

『うむっ! 人の浅知恵あさぢえもたまには聞いてみるものだなっ!』

 ご機嫌なドラゴンに苦笑しつつ、背負っていたリムを下ろす。

 この調子なら、まぁ大丈夫だろう。

「言葉、分かるの?」

「なんでかね」

「すごいのっ!」

 目を輝かせるリムをでてドラゴンへと顔を向けると、何故か背中が見えていた。

し、乗れ』

「……は?」

『旅には道案内が必要であろう。光栄に思え』

「いや、待って。ちょっと待って」

 これは不味まずい。

 「なんて言ってるの?」と見上げてくるリムを相手にする余裕も無く、必死で思考をめぐらせる。

 だれにえささげるか。

 パッと思い浮かんだのは王とウィリアム。

 王は無理だし、ウィリアムは基本的に無愛想ぶあいそだ。ドラゴンを怒らせたら、ヤバい。

 いで、犠牲にしても良い人材でヤクモが出てくるが、あいつは嫌いなので除外じょがい。ドラゴンと仲良くなられても不愉快ふゆかいだ。

 そうやって何人か思い浮かんだ所で、うってつけの人物を思い出した。

「そうだっ! どうせならちゃんと案内できる奴の方がいいだろっ!?」

『貴様で十分だ』

「いやいやっ! どうせなら貴方とも戦えるぐらいの人物の方が良いに決まってるっ!』

『この私と、戦える人物だと?』

 ドラゴンの顔がこちらを向いた。

 興味を持ってくれたのなら、後は楽勝だ。

「そうだ。何せ、この国が呼び出した勇者。それも、歴代最強って言われるような人物だ。凡人ぼんじんの俺なんかより、旅の相方として最適だろう」

「リムも行くっ!」

「え? いや、リムは別に……」

「行くっ!」

 何を勘違いしたか、俺の身体にしがみついてくるリム。

 まぁ、ドラゴンが行ってくれれば関係ないので、今は気にしない。

『ふむ。興味深い。案内せよ』

「それは大丈夫。サンダっ!」

「お主に呼ばれる覚えなど無いのだがのぉ」

 音も無く突然隣に現われた爺さん。

 いつも通りの様子から察するに、王もミモラも無事だったんだろう。

「じゃあそう言う事で、セイギのとこまで案内を頼む」

「貴様の指示など受けん———と言いたい所だが、喜んでおう」

 そう言うと、爺さんは頭巾をとってドラゴンへと向かってひざまづいた。

 爺さんの素顔を見るのは初めてだ。

 とはいえ、特徴があるわけでは無い。好々爺(こうこうや)ぜんとしたしわくちゃな顔で、白髪がちゃんと生えているのが特徴と言えば特徴か。

龍脈りゅうみゃくを守護せし大いなる御方おんかたよ、私の名は、百地ももち三太さんだはるか昔より受け継がれし名を持つ、忍びの頭領とうりょうであります。矮小わいしょうなる身ではありますが、どうか同行の許可を」

『ほぅ。人にしては随分ずいぶんと道理を知っているようだな。かろう、同行を許そう』

 ドラゴンは随分とご機嫌な様子で喉を鳴らした。

 案外チョロい。最初からたたえてれば良かったんじゃ無いだろうか。

「サガラ。御方おんかたはなんと?」

「あぁ、いって」

「ありがとうございまするっ!」

 深々とこうべを垂れる爺さんに、ドラゴンは豪快ごうかいな笑い声を上げて再び背をこちらに近付けた。

『乗れ。行くぞ』

「乗れって」

「はっ。感謝のきわみ」

 一礼し、爺さんがドラゴンの背へと跳躍ちょうやくした。

 光沢を放つ赤い鱗は随分ずいぶんと乗りにくそうだが、爺さんは平然とその背に立つ。

 その様子を見て、俺はドラゴンへと手を振った。

「いってらっしゃーい」

『何を言っておる。貴様も乗るのだ』

「……なんで?」

 思わぬ言葉に疑問を返すが、ドラゴンは平然と口を開く。

『当然であろう。誰が私の言葉をかいす』

「なんかさぁ、別に人の言葉話せそうな気がするんですけど」

『……乗れ』

 スッと視線をらしながらも強めの口調で言われて、思わず黙る。

 機嫌を損ねたら一発アウトだ。ちょっと強めに突っ込みたくても、残念ながら無理。

 ただ、素直にうなずけない原因が俺の身体にしがみついていたりする。

「リム」

「やなのっ!」

「……うん、ですよねー」

 待ってて、と言う言葉を先読みしての否定に、俺はあきらめて肩を落とした。

「あのー、この子も一緒で良いですか?」

『構わん』

「……落とさない?」

配慮はいりょはするが、そこは貴様が努力しろ』

「う~ん……」

 正直、俺自身が落ちそうなんですけども。

「さっさとせぬかっ! 落ちぬようワシが対応してやるっ!」

「信じるぞ爺さんっ!」

 ドラゴンのご機嫌をそこねてもアレなので、即判断。

 俺はリムを抱えると、その背に向かって跳躍ちょうやくした。

 着地の感覚は、硬い岩。触れた感じも岩のような硬さとざらつきがあり、だが生物の暖かさがある。

「ほれ、しっかりしばれ」

「……大丈夫かよ」

「貴様等より先に落ちる事は無いから安心せい」

 そう言うなら、信じるしか無い。

 爺さんから受け取った一本のロープ。頑丈な繊維せんいまれたザイルを手にしばらく考えて、リムを一度下ろしてから両腕を広げる。

「リム」

 ぱあっと目を輝かせて抱きついてきたリムは、分かってないんだろう。

 空の旅。

 飛行機ですら無く、野ざらし的な状態で高速で飛ぶとどうなるか。

「……こごえ死ななきゃ良いけど」

 落ちるのも嫌だが、そっちも問題だ。

 ぬぐいきれない不安を誤魔化すように、俺はリムのぬくもりを感じつつ、ザイルをキツく巻いたのだった。


 そらのたびは、じごくでした。まる。

 そう言葉にも出せず、俺はカチカチと奥歯を鳴らしながらドラゴンの背からすべり落ちた。

 寒い。

 胸だけはリムのお陰で暖かいが、他がヤバい。指先なんてぽろっと落ちてしまいそうだ。

龍神様りゅうじんさままこと見事みごとでした」

『うむっ。私の背に乗れた事、末代まつだいまでのほまれとするが良い』

 言葉は分からないはずだが、満足そうと言う事は分かるんだろう。

 うんうんと頷くドラゴンに爺さんは目を細め、ひざまづいたまま深々と頭を下げた。

 何故なぜ爺さんは、あんなに平然としてるんだろうか。

 寒すぎて、俺は立つ事すら出来ずにリムを抱きしめるだけだ。

 ちなみに、ドラゴンの背にいる間、あまりにも寒くて一度リムの背中に手を突っ込んだら、腕を背中に回されて全力で抱きしめられた。

 あんときは、内臓が出るかと思った。

 なので今は、服越しにリムの体温でだんをとる事しか出来ない。

 当のリムはさほど寒くないらしく、腕の中でゴロゴロ音を立てているのがちょっとムカつく。

「サガラ。何をしておる、さっさと立たんか」

「む、無理……」

「全く、情けない」

 あきれたとばかりに首を振った爺さんは、俺に向かって五本のクナイを投げつけてきた。

 俺を中心に星形を描くようにクナイが突き刺さると、地面に魔術陣まじゅつじんえがかれ急速に空気が暖かくなって行く。

「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~」

「うなああぁぁぁぁ~~~」

 これは、良い。

 下から温かくなってゆく点もふくめ、まるでお湯にかるようだ。

 急速に温かくなるおかげで、肌がピリピリする。ちょっとした痛みすらあるが、同時に血液が戻って行く感覚もあって気持ちいい。

「変な声を出す出ないわ。ほれ、さっさと立て」

「お、おう。で、ここどこなんだよ」

 ロープをほどきながら問いかけると、爺さんはため息を吐いて口を開いた。

「少しは把握はあくしておけ。共和国きょうわこく北部の森の中じゃ」

「きょうわこく……、共和国?」

 確かに真っ直ぐ南に移動していた事は把握はあくしていたが、想像以上の距離を進んでいた事に驚きつつ腰を上げる。

 共和国。正式名称をヴィスタヴィラ共和国と言い、ヤマ王国の南に隣接する国家である。

 共和国とは言うが、元の世界でいう共和制を取り入れた国というわけでは無く、君主制くんしゅせい。その名の由来は、人種による差別が無いと言う意味だ。

 ヤマ王国も人種差別はほとんど見受けられないが、ヴィスタヴィラ共和国は国のおこりから全人種の平等をうたっている。他の国と大きく違う点はまさにそこで、法で全人種への差別が禁じられているのはこの国だけ、らしい。

「……国境は?」

龍神様りゅうじんさまがおるというに、人のことわりに縛られてどうする」

い事を言うでは無いか』

「いや、俺たちは人なんですけど」

 一応突っ込むが、どいつもこいつも聞く耳ゼロだ。

 仕方ないので他の疑問を口にする。

「それに、こんな所にいるのか? 共和国まで、馬車で四ヶ月じゃ無かったか?」

 空を見上げてみれば、真上に太陽が。

 その周りを小さめの太陽が二つ、時針と長身のような感じで回っている。サイズが小さいとは言え、二個多い分気温も上がるはずなのだが、普通に四季があるのはどうなっているんだろうか――ではなくて。

 セイギ達が四ヶ月もってないのに馬車で四ヶ月かかる場所にいるというのもおかしいし、半日程度でこんな場所まで辿たどけてしまったのも異常である。

「二日前に、大型の魔物を狩る為にこの森に入ったと報告を受けておる。龍神様りゅうじんさまには上空を旋回せんかいして貰ったでの。待っておればすぐ来るじゃろう」

 四ヶ月の距離からどうやって報告を受けているのか気になるが、聞いても答えは魔導具か企業秘密のどっちかだから、あえて聞かない。

 効力を失ったクナイを拾い集め、爺さんに返す。

 と、木々がわずかにれ、爺さんが声を上げた。

「やめよっ!」

 それは、魔術を放とうと魔力を集め始めた見えざる相手への警告。

 距離は十メートルほどだろうか。姿は見えないが、魔力の動きは分かった。

 俺も成長しているようである。

 近付いてくる音は、二つ。

 そして、久しぶりに見るイケメンが姿を現した。

「よぉ」

「サガラさんっ!? どうしてこんなところにっ!」

 警戒しつつ顔をのぞかせたものの、俺を見るなり笑顔で駆け寄ってくるイケメン、セイギ。

 へだて無く万人ばんにんに対して優しいセイギだからこそ、俺に対して特別心を開いているわけでは無いと分かっている。

 けど、したってくれているように感じられて素直に嬉しい。

「それにこんな、ドラゴンさんと一緒だなんてっ! 凄いですよサガラさんっ!」

「それに関しては、本当に申し訳ない」

「……はい?」

 首をかしげるセイギから視線をらし、ドラゴンを見上げる。

 と、ドラゴンは豪快に笑った。

 言葉が分からなくても笑っていると分かるほどに、ハッキリと。

『素晴らしいっ! 素晴らしいではないかその男っ!』

 やっぱり気に入ってくれたらしい。

 セイギは美形で、まと雰囲気ふんいきもまた異質。ドラゴンで無くとも、一目でそれに気付く。

『過去に、私の元に辿たどり着いた者はいた。己を勇者だと、英雄だと自称じしょうする者も多く存在した。だが……だが貴様は、本物だっ! この私が認めようっ!』

「ドラゴンさん、何か凄く楽しそうですね」

「うん、ホントごめん」

「……? さっきから、なんであやまるんですか?」

 セイギの疑問に、俺は再び視線をらした。

 その先から、ダッシュで駆け寄ってくる女性が一人。

「ちょ、ちょっとっ! あんたなんてもん連れて来てんのよっ!」

「よぉ、ユイナ」

「よぉじゃないわよっ! そもそもあんたに名前呼ばれる覚えは無いんだけどっ!」

 セイギと一緒に召喚された女子高生、ユイナ。

 美人なんだけど、なんというか相変わらずだ。

「ユイナ。サガラさんに失礼だよ」

「失礼なんかじゃ無いわよ。……セイギ、貴方が優しいのは美徳びとくだと思うけど、こんなクズにまで優しくする必要は無いの。げんに今だって、どう見たって厄介やっかいごと運んできてるじゃない」

「正解」

「正解じゃ無いわよどクズっ!」

 思わず指さしたら、その手を力一杯はたかれた。

 ほんと、相変わらずである。

 でもってこのユイナ、セイギと一緒にちゃんと召喚された存在なおかげで、チートも十分。ただはたかれただけなのに、手首から先が吹き飛んだと錯覚さっかくするほどに痛かった。

 だからこの子は嫌なのだ。

 加減は知らないし、思った事をすぐ口に出すし。

「でっ!? まさかセイギにあいつと戦えって言うんじゃないでしょうねっ!?」

「……おっしゃるとおりで」

「ばっかじゃないのっ!? このクズっ! イカレ野郎っ!」

 胸ぐらを捕まれて前後にすられるが、抵抗は出来ない。

 腕力が凄いってのもあるが、今回ばかりは単純に俺が悪いのだ。あまんじて受け入れるべし。

「やめてっ!」

「ユイナっ!」

 リムが俺に抱きつき、セイギが間に割って入ってくれる。

 だが、リムを目にしたユイナは若干じゃっかん戸惑とまどった表情を見せた後、すぐにきた異物いぶつような冷えた視線を向けてきた。

「人間のクズが」

「違うぞっ!?」

「異世界だからって奴隷どれい幼女ようじょ買ったんでしょっ!? 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いっ!」

「違うってのっ! っつーかこの世界じゃ奴隷どれいの扱いがまともだって分かってんだろうがっ!」

 さすがに全力で否定しておく。

 奴隷自体は存在するが、重犯罪じゅうはんざい奴隷どれいでもなければ法で守られているし、それがないならそもそもスラムなんて存在しないって話である。

 借金奴隷しゃっきんどれいは、価値があるから自分を売って奴隷になれる。端的たんてきに言えば、借金奴隷となってもスラムの住人よりは価値が上なのだ。そもそも、奴隷になら何をしても良いってんなら、五体満足なスラムの住人は今頃丸ごと奴隷になっていた事だろう。

「その程度にしておけ」

「誰よお爺ちゃん」

「国王の直臣じきしんとでも思ってくれればいよ。それよりも、龍神様りゅうじんさまを待たせるでない」

『その通りだぞ人間っ! 普通この私を無視するかっ!?』

「あ、はい。ごめんなさい」

 全くもってその通りなので、素直に頭を下げる。

 何か謝ってばっかだ。実際自分が悪いんだけど。

「それでだな、セイギよ」

「もしかして……モモチ様、ですか?」

「うむ。過去に一度、王より説明があったな。覚えておったか」

 爺さんは嬉しそうに頷いたものの、すぐに表情を真剣なものへと戻した。

「すまぬが、龍神様りゅうじんさまにその力を見せてやって欲しい」

「ボクに、戦えと?」

「なんであんなクズの尻拭いしなきゃなんないのよっ!」

 今回ばかりは言い訳しようが無いほどのクズっぷりだと思うので、ユイナの言葉がふつーに痛い。

「ユイナよ。今回はサガラの責任では無い」

「どういうことよ」

「……国が犯した罪なのじゃ。むしろ、サガラは国家の危機を救ってくれた」

 ユイナは怪訝けげんそうな緯線を向けてくるが、セイギは違った。

「さすがサガラさんですっ!」

「いや、セイギに押しつける形になったし……」

「構いませんよっ! それが勇者としての役目ですっ!」

 なんてええ子や。

 罪悪感で顔が見られない。ユイナぐらい軽蔑けいべつしてくれた方が、むしろ気が楽だったかもしんない。

「……ごめん。頼む」

「任せて下さいっ!」

 そう答えたセイギは、ドラゴンへと向き直った。

「お待たせしましたっ! ボクはヤマ王国に勇者として呼び出されたセイギですっ!」

『そうか、き名だ。では、存分にその力を振るって見せよ』

 ドラゴンが咆哮ほうこうを上げる。

 こっちとしては大分慣れたのでリムが耳押さえた程度だが、ユイナは腰から地面に落ちた。

「む、無理よ、あんなの……」

「悪いんだけど、セイギに補助魔術かけてやってくれ」

「無理よっ! セイギが死んじゃうっ!」

「そうならないように補助魔術かけろって言ったんだろうがっ!」

 ユイナ相手には、初めて怒鳴ったかも知れない。

 俺の責任だ。けど、彼女の力は必要なのだ。

 爺さんが龍神りゅうじんと呼ぶような相手に、セイギが生き延びる為には。

「あんたのチートも必要なんだ。頼む」

「言われなくてもやるわよっ」

 アイテムボックスから見るからに高そうな杖を取り出したユイナは、詠唱えいしょうを始める。

 全部他人に押しつけて、自分は何もしない。

 我ながらクズだとは思うが、今回ばかりは仕方ない。

 出来るのは、使える奴を使う事だけだ。

 ユイナの魔術が発動し、セイギが淡く輝く。

 それにセイギは頷いて、ドラゴンへと剣を抜いた。

「行きます」

『来るが良い、勇者よっ!』

 そして、戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた。


 それは、大怪獣決戦と言えるような破壊はかいの嵐だった。

 セイギの斬撃は二桁の木々を容易たやすく斬り飛ばし、

 ドラゴンの一撃は大地を大きく陥没かんぼつさせる。

 超威力ちょういりょく超重量ちょうじゅうりょうの一撃が重なった時には、木々が折れ周囲一帯が更地さらちになるほどの衝撃が吹き荒れる。

 数キロ先からでさえハッキリと分かるその戦いは、まさに異次元いじげんの光景だった。

「……クズ」

「ごめんなさい」

「カス」

「えぇそうですね」

 そんなのを遠目にながめながら、俺はひたすら謝罪を繰り返していた。

 ユイナの事は好きじゃ無いが、気持ちは分かる。

 始まってしまったあの戦いには、ユイナですら干渉かんしょうできないのだ。

 そりゃあいらつくだろう。

 無力だと自覚している俺とは違って、ユイナはセイギがいなければ勇者になっていただろうほどのチート持ち。

 それでさえ下手に手を出せばセイギの足を引っ張るという事実は、プライドの高いユイナにとって受け入れがたい苦痛のはずだ。

「しかし……セイギの奴、また腕を上げたの」

「爺さんなら、干渉かんしょうできるんじゃないのか?」

「近寄る事すら難しいのに、干渉かんしょうなど出来ぬよ」

「そっか」

「バカ」

「はいはいごめんなさいよ」

 今いるのは崖の上。

 登るのに少し苦労したが、あの場にいても巻き込まれるだけだったので、視界が広くて離れた場所まで移動したのだ。

 ユイナは体育座りで、俺と爺さんはあぐらをかいて戦いの様子を眺めている。

 リムが大人しいのは、俺のあぐらの上に座って、更にゆっくりとでてあげているからだ。

 放っておくとユイナに威嚇いかくし続けるので、こればっかは仕方ない。

「勇者とは、凄まじいの」

「セイギが凄い事は分かっていたから、俺としちゃあドラゴンの方が凄いと思うな」

「そりゃあ龍神様じゃからな」

「だからって、状況考えてブレスを衝撃波しょうげきはで済ませてるってのは凄くないか? あの巨体で、セイギの動きに反応できてるし」

「龍神様じゃからな」

 爺さんの、そのドラゴンに対する絶対的な信頼は一体何なんだろうか。

「ゴミムシ」

「ユイナ、いい加減にせい」

 俺が謝罪を口にするよりも早く、爺さんがユイナをにらんだ。

「言っておろうが。今回はサガラの責任では無い、と」

「でも……」

「でもも何も無い。あえて最大の罪人を上げるのならば、ワシ等じゃ。責めるのならばワシを責めろ」

「……お爺ちゃんが誰か、知らないし」

 ぶーたれるユイナの言葉に、爺さんは苦笑した。

「そうか。まぁ言うなれば、王直属の情報収集部隊じゃな。……故に、ワシ等の罪なのじゃよ。その点サガラは、ワシ等より早く元凶げんきょうの危険性に気付いたと言えよう」

 まぁ、確かにその通りではある。

 単に私怨しえんで復讐の機会をうかがっていただけだけども。

「二百年ほど前、国家規模で龍脈が使用され、龍神様の怒りをかった。今回は個人のたくらみであり、危険性は無いと判断したワシのおろかかさがまねいた結果じゃ」

「何してたのか知ってたのかよ」

「当然じゃろう。核石を買い集め、多くの資材も搬入されていた。加工用の職人も常駐じょうちゅうしておったし、龍脈を用いて魔石の量産を画策かくさくしていた事ぐらいは分かる」

「……それをしていたらドラゴンが来るって分かっていたのに、あんな悠長な対応してやがったのか」

 おかげであの馬鹿共は花町を求めて、結果俺がボコボコにされた。

 そりゃあ爺さんをにらむってもんである。

「国家規模で行わぬ限り、本来そこまで龍脈に負荷ふかはかからぬのじゃ。どんな真似をしたのか分からぬが、想定外なんじゃよ。龍神様を怒らせるほどに、大量の魔力を吸い上げていたなどとは、な」

「どっちにしてもテメェ等のせいじゃねぇか」

「……すまん」

 大公家たいこうけが何たらかんたら言っていたので内情を把握はあくしていなかったと思いきや、大体把握していたらしい。

「ドラゴンが来る可能性があるって知ってて、野放しにしてた訳か。こっちがボコられて、あれやこれややってる間にも、悠長ゆうちょうに王族のご機嫌とって」

 舌打ちしつつリムを下ろして、腰を上げる。

「クソ野郎共がよぉ。おい、有り金全部出せ」

「な、なんじゃいきなり」

慰謝料いしゃりょうに決まってんだろうが。セイギに任せる羽目になったのも、俺のせいじゃなくてテメェ等マヤ王国の無能が原因じゃねぇかよ。それを、今の今まで人任せにしやがって」

「うっ……」

 爺さんの前に、右手を突き出す。

「無能だろうが誠意せいいがあるなら全額渡せ」

「わ、分かった」

 素直に渡された革袋を受け取って、中を確認する。

 思ってたよりもかなり多いが、国を救ってやった報酬とすれば小銭かもしんない。

「じゃがな、サガラ。龍脈に干渉かんしょうしてるとはいえ、本来個人では……」

「知った事か。俺にめた真似した元凶をちゃんと処分してりゃあすぐ済んだ話だってのに、クソみたいな面倒事にまで発展させやがって。死んでろ無能共が」

 ボコられて、刺されて、両腕まで斬り落とされて。

 思い出しただけでもムカムカする。

 国王も爺さんも、同じ巻き込まれた立場だと思ったから我慢していたのだ。

 だと言うのに、『ドラゴンが来る可能性を知っていたのに、見守ってました』ってんなら話は別だ。

 ドラゴンのブレスで纏めて死ねば良かったのに。

「ユイナ」

「な、何よ」

「セイギには謝っておいてくれ。こんなクズ共の命をちったぁ心配したせいで、ドラゴンをけしかける事になった。その点に関しては、本当に悪いと思ってる」

 国王と騎士団を差し出すべきだったのだ。

 あの判断は、痛恨つうこんのミスだったと言えるだろう。

「じゃあな。リム、行くぞ」

「ま、待てっ! 結末を見届けぬのかっ!?」

「全部テメエ等のせいだろうがっ! 見届けるも何も、全ての責任を負って、死ねっ!」

 腰を浮かした爺に怒声を返し、リムと手をつないで歩き出す。

「……怒ってるの?」

「まぁ、な。それよりリム、これから共和国で生活するけどいいか?」

「うんっ!」

 なんも考えていない速度で頷くリムに苦笑して、足を進める。

 着替えとかは宿の革袋に入れっぱなしだが、一番重要な装備一式と魔法袋は所持してる。ジジイから巻き上げたお金だけでも十分豪遊できるので、生活面で不安は無い。

「ヴィスタヴィラ共和国って言えば、迷宮都市テザルムがあるしな。ホームをその辺にするのもいいか」

「ほーむ?」

「新しい宿の事だよ。それより、国が変わると飯も変わるぞ?」

「ご飯っ!」

「あぁ。楽しみだな」

「うんっ!」

 嬉しそうに笑うリムに微笑んで、俺は轟音ごうおん暴風ぼうふうが吹き荒れるその場を後にしたのだった。


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