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第六章   破滅への偉業


「いやぁ~、ボロもうけだなぁ」

 スラム襲撃から二週間。

 俺のふところは十分すぎるほどにうるおっていた。

 へそくりが返ってきたというのも大きいが、魔物が急増しているのだ。

 スラム出身の新人ですら、パーティーを組む事で問題なく狩りが出来、問題なくその日のかてを得られるほど。

 ギルマスとしては街中の仕事をこなして欲しかったらしいが、全員が稼げる環境というのは素晴らしい。

 まぁ、教育する側の冒険者なんかは狩りに出るタイミングがあまりなくて、ストレスを溜めているらしいけど。

 その辺りは俺には関係ない事だ。

 毎朝ギルドでリアカーを借りて出発。運が良ければ今日みたいに昼には魔物を山盛りにして帰還きかんできる。

 おかげで昼過ぎにはこうやって、ちょっと良いレストランでだらだら出来るのだ。

 幸福ってのは、こういうものだと思う。

 道行く人々を優しい目でながめられるし。

 うん、頑張って働くが良いよ、愚民ぐみんども

 ちなみに、リムはテーブルの向かいでひたすらケーキをむさぼっている。

 ホールのケーキだ。

 見ているだけで胸焼むねやけがしてくる代物しろものだが、当人は幸せそうだったりする。

 お昼ご飯も、俺の倍は食べているはずなんだけど。

「……うん。よく食べて、よく寝るのは子供の義務って言うしな」

 与えただけ食べるリムから視線を移し、大通りをながめる。

 相変わらず花町への圧力は続いているらしいが、こうしてみる限りだと何も変わらない。魔物が増えているお陰で、昼間っからぱらっている冒険者が増えたかな? ぐらいの変化だ。

 明日の生活費があるから働かない。

 そー言う生き方もいいと思う。

 と、この辺りでは見慣れない馬車が近付いてきた。

 巨大な黒塗くろぬりの箱。それをくのは同じく巨大な、黒王と言う名前が浮かぶような黒い馬二頭だ。

 軍用護送車ぐんようごそうしゃ

 動いているのを見るのは、俺でも初めてだ。

 四方を騎士が囲み、業者も全身鎧の騎士。意匠いしょうらした鎧だけでも上位の騎士というのは分かるが、フルフェイスに付けられた羽根飾りでどこの所属かも分かる。

 第一騎士団。

 騎士団長、副騎士団長である統括とうかつ統括補佐とうかつほさが率いるヤマ王国の最大戦力だ。

 数で言えば他の騎士団の方が倍以上多いのだが、実力によって選び抜かれた百名の兵は、その個々人が歴戦れきせん猛者もさである上に、集団としての行動も可能という優れっぷり。

 訓練に混ぜられた時は、本当に死ぬかと思った。

 そんな奴らの馬車が、俺たちの目の前で止まった。

 扉が開き、姿を現したのは碧眼へきがんの騎士。

 キャアアアァァァーーッ! っと悲鳴じみた歓声が上がるのも納得の美形さんである。

 その外見で俺より年上だというのだから、この世界はおっかない。

「久しぶり、だな」

「つっても、まだ三ヶ月ぐらいだろ?」

「あぁ。まぁ、そうだが」

 歯切れが悪い。憂鬱ゆううつそうに息を吐くなんてのは、初めて見るかも知れない。

 そもそもこの騎士団長、表情をあまり表に出さないのだ。こんな困っているとわかる仕草しぐさをする事自体がめずらしい。

 そんなわずかな表情の変化すら、一般の女性にとってはご褒美ほうびらしく、何人かがパタパタと倒れていたりする。

「あーっとだな、サガラ……」

「だんちょー。迷い人相手だと優しくなるのやめましょーよー」

 そんな軽い口調と共に馬車から出てきたのは、糸目の男。

 団長であるウィリアムも線は細いが、奴はそれに輪をかけて細い。鎧を纏っているというのに、貧弱ひんじゃくな体型なのが丸わかりな程に。

 でもって、ヘラヘラした顔つき。

 何というか、腹黒さがにじているタイプだ。

 単にこの副団長、ヤクモとの付き合いが長いからそう感じてしまうだけかも知れないが。

「ウィリアム。俺、あいつ嫌い」

「ぶふっ」

「ちょっとだんちょー、そこ笑う所じゃないよー?」

「あ、あぁ、すまん。……ハッキリ言うのがサガラだけだからつい、な」

 そう答えると、ウィリアムの雰囲気がいつものものに戻った。

 無表情で、人を寄せ付けない雰囲気。にじむ威圧は肌に刺すようで、子供なら泣き出してしまいそうな鋭さがある。

 ふと、何となくリムへと視線を向ければ、最後の一口を口に運んだ所だった。

 いつも通り、幸せそうに頰に詰めた残りを咀嚼そしゃくし出す。

 大物である。

「サガラ。同行願おう」

「……ん? もしかして、俺を連れてく為の護送車か?」

「そうだ」

「マジで?」

 素で驚きの声を漏らす。

 そんな頑丈がんじょうさが取り柄のような馬車というだけで分かるように、犯罪者用の馬車だ。それも、重罪人護送用の。

 驚いたのは何かしらの犯人扱いというのもそうだが、それ以上に第一騎士団が出張でばっているという事実に対して。

 裁判は基本司法局の管轄かんかつであり、治安維持も同様で衛兵は司法局しほうきょくの所属になる。

 対して、騎士団は軍務局ぐんむきょく。軍務局も裁判権を有し、司法局で対応しがたい犯罪に対して代行する事がある、と聞いた覚えがある。

 要するに、貴族や王族などのお偉いさん用の裁判だ。

 この国にはちゃんとノブレス・オブリージュの精神があるので、軍務局主導の裁判は必然的に刑は重くなりやすい。地位ある者が罪を犯したのならば、一般人よりも重い罰となるのは当然、と言う考えなのだ。

 それ自体は好ましい。

 好ましいのだが……何故一冒険者がその対象になるのか。

「え、えー……何した?」

「それは……」

内乱罪ないらんざいだよー」

「……はぁ?」

 内乱罪。

 言葉だけならそんなに重く無さそうだが、『国家転覆こっかてんぷく目論もくろんだ』という容疑だ。

 クーデターの首謀者とかに当てられる罪だったはず。

「いや、意味分かんねぇし」

「まぁ着いてきてよ」

「……分かった。ただし、リムの面倒は見てくれ」

「聞いてるよー。まさか、あのサガラが子供を養うなんてねぇ~」

「うるせぇよ」

 俺の苛立いらだちを楽しむように、くっくっと喉を鳴らして笑うヤクモ。

 だからこいつは嫌いなのだ。性格が悪い。

 と、食べ終えたリムは椅子を降りると、俺の元まで来て左腕にしがみついた。

「……えーっと?」

「王城に連れて行く分には問題ない」

「いやいやっ! リム、宿で待っててくれないか? あ、これを好きにして良いから」

「やだっ!」

 魔法袋を渡そうとしたものの、リムは首を振って俺の左腕から離れようとしない。

「そー言われても……」

「くっくっくっ。別にだいじょーぶだよ~。何があっても、その子の安全は保証するから。じゃあ行こうか」

 そう言って馬車へと進むヤクモに、渋々(しぶしぶ)続く。

 と、馬車に乗る直前、野次馬の中にいる二人と目が合った。

 知り合いではあるが名前すら知らない、ちょいちょい見かける二人だ。

 彼らはにたりと笑みを浮かべると、きびすを返して駆けだした。

「ちょっと待てぇっ! またろくでもない噂広げるつもりだろっ!」

 怒声混じりの声を上げるが、二人はあっという間に視界から姿を消した。

「どうした?」

「あ、あぁ。……気に、しないでくれ」

 また変な噂が広まると思うと、気が重い。

 肩を落としながら馬車に乗り、椅子に座る。

 貴族の護送に使われるだけあって、ソファはふかふかだ。宿のベットよりも遙かに座り心地が良い。

「で、この後は?」

「……王に会って貰う」

 ウィリアムが一瞬リムを見た事で、俺も納得して口を閉ざした。

 リムの前では言いにくい事なんだろう。

 気は重いが、気をつかってくれるのはありがたい。

「ふかふかっ!」

「おう、そうだな」

 状況を理解していないのか、一人楽しげに座席でねるリムに、俺はどうにか笑顔を返したのだった。


「やー、サガラが育ててるとは思えないほど、純粋じゅんすいな良い子だねぇー」

「まぁ、パーティー組んでるだけだからな」

 リムはあれだけ食べたというのに、王城のお菓子につられて普通に離れた。

 まぁ、メイドさん達にも好評こうひょうだったし、ヤクモの宣言せんげんどおりリムに危険は無いだろう。

「それで、どこに向かってるんだ?」

「君が最初に呼ばれた場所だよー。だんちょーももうそこにいるからぁ~」

「あぁ。召喚の間とかいう広場か」

 所々に石が生えているだけの、荒野。幻覚なのか、別の場所に繋がっているのかは知らないが、王城の地下にある扉からそこに繋がっている。

 召喚された時は、如何いかにも王様って奴がいてドン引きしたものだ。

「……って、まさか、帰れるのか?」

 思わず足を止めて問いかける。

 他の理由が思い付かない。

 けど、いざ帰れるとなっても普通に困る。

 半年と経っていないが、元の世界に帰ってもクビになっている事は確実なのだ。

 下手すればアパートからも追い出されている。さすがに、ヤバい。

 ドッドッと鼓動こどうが速くなるのを感じながらも、思考は回転を続ける。

 呼び出された時は、ちゃんとジャージを着ていた。身に纏っていた物は持ち帰れる。

 なら、金になるのを持ち帰る必要がある。

 今腰にいている魔剣は、こっちの世界ならもの凄く価値がある一品だが、あっちだと銃刀法違反で捕まるし、高く売れるかどうかもあやしい。

 なら、魔剣を売って金貨を抱えて返るのが一番かも知れない。

「いや、違うよ?」

「違うのかよっ!」

 必死に考えた分、どっと疲れが押し寄せてくる。

 そんな俺にヤクモはくっくっと笑うと、再び歩き出した。

「万が一にも干渉されたくないからねー。仕方なくって奴だよ~」

「裁判なんだろ?」

「どっちかと言えば、話を聞きたいって面が強いかなぁ~。まぁ、良くは知らないんだけどね」

「知らないのかよ……」

 こいつの相手はホントに嫌だ。

 辟易へきえきしつつ廊下を進むと、警備の兵が増えてきた。

 王城の地下への入り口は一カ所。

 そして、その先は宝物庫に繋がっているのだ。

 宝物庫にある扉が召喚の間につながっているので、あの扉自体が国宝の一つなのかもしんない。

 いつもなら宝物庫内に人はいないはずだが、今日は等間隔で騎士が立っている。

 俺が国宝を盗まないようにする為の対策だろうか?

 全く、失礼な話である。

 クズだの何だの言われているが、俺にそんな事をやる勇気は無い。

 犯罪、駄目、絶対。

 まぁ、こっちの世界の法に触れないなら、泥棒でも人殺しでも平然とやりはするけども。

「失礼します。武器をお預かりします」

「あぁ」

 今更か、と思わないでもないが、お偉いさん相手なら武装解除ぶそうかいじょも当然だ。

 なので、腰からさやを外す。

 視界の端で、不思議そうに振り向くヤクモの顔が見え、

 ズブリ

 脇腹に突き込まれた熱に、俺はさやを外そうと動かしていた右手をすぐにつかへと動かした。

 ハメられたっ。

 痛みよりも、そんな強い後悔に顔をしかめるが、身体は動く。

 痛みに対して、反射的に行動できるように訓練した。

 だからこそ、剣を引き抜きざまに騎士の首へと刃をすべらせる。

「待てっ!」

 鎧の隙間すきまから僅かに見える、白いうなじ

 それを裂くはずだった一閃いっせんは、だが宙を舞っていた。

 腕は振り抜いた。

 右手首から先が、宙を舞ったのだ。

 踏み込み、斬り上げたヤクモの一閃いっせんによって。

「———っ。ヤクモぉぉぉぉっ!」

「だから、待てってっ!」

 何故なぜかヤクモは苦悶くもんの表情を見せているが、知ったこっちゃない。

 殺す。

 宙に浮いた右手を引っ掴み、振り下ろす。

 だがそれすら、左腕を斬り落とされて無力化された。

 けど、まだ。

「がああああぁぁぁっ!」

 まだ、歯がある。

 目の前の騎士だけでも殺すべく、咆哮ほうこうと共にそのうなじへと噛みかかる。

 だが、その姿が消えた。

 ヤクモ。

 騎士を蹴り飛ばし、真正面へとおどてきたのだ。

「ったくっ!」

 ヤクモの剣のつかが、せまる。

 その一撃を、俺はかわす事など出来ず。

 あごくだける音と共に、意識を手放したのだった。


「ん……」

「サガラっ!」

 寝起きと同時に抱きついてくるリム。

 全身が痛いし、だるい。

 だがそれ以上に、リムが無事だった事に安堵あんどする。

「なんで……」

 何故なぜ安心した?

 疑問はすぐに意識を覚醒させ、俺は周囲を把握はあくすると同時にリムを抱えて転がった。

 出入り口にウィリアム。ベットの脇にあるテーブルの上に俺の装備。

 ベットから降りるのに二回転も必要だったが、転がり落ちながら剣を手に取り、片膝かたひざをついた状態で構えた。

「サガラ……」

「寄るなっ!」

 あわれむような目と共にこちらへと一歩踏み出したウィリアムを、キツく制する。

 両手がある。

 普通にしゃべれるし、刺されたはずの部分も特に痛みはしない。

 その代わり、全身に引きつるような痛みがあるが。

 治癒魔術、だろう。身体のだるさもそのせいだ。

 救われたと言う事は分かる。それなりの待遇たいぐうをされていると言う事も。

 だが、それと警戒しないというのは話が別だ。

「サガラ、話を聞いてくれ」

「黙れっ!」

 一喝いっかつしつつ、周囲を探る。

 上等な一室だ。寝ていたのは天蓋てんがい付きのベットで、ウィリアムの先には応接用のセットまである。

 そこに座ってのんびりと茶をしばいているのは老人二人。

 国王と枢機卿だ。

 とんでもない二人がいるが、まずは無視。

 窓から差し込んでくる光を見る限り、朝方。

 見慣れた配置からすれば、過去に勇者であるセイギに与えられていた一室だ。

 王城の三階西側。

 他国の王族などを持て成す用の部屋であり、万が一の場合に対応しやすい一室でもある。

 何せ、この辺りは客間があるだけで、外に出るには王城中央へと向かう必要がある。ここが一階なら第三王子がもっていると言う離宮への通路もあったのだが、三階は袋小路だ。

 厚遇こうぐうと見せつつ隔離するには便利な部屋だ。

「サガラよ。こちらに害する意思はない」

「黙ってろと言ったはずだ」

「サガラぁっ!」

「やんのかゴラァッ!」

 激高げっこうしたウィリアムに怒声を返す。

 王への無礼にキレたのは分かるが、ハメられたのはこっちだ。キレる権利は俺にある。

 ただ、威勢いせいく怒鳴りはするけど、勿論もちろん俺ではウィリアムに勝てない。 

 打てる手は一つだけ。

 魔剣で炎をばらまいて逃げる事だ。

 王とミモラを守る為にウィリアムは俺の追撃ついげきが出来ないだろうし、逃げ切るだけなら出来る。最初から逃げの一手しか考えられないのは情けないが、その一手があるからこそ強く出られると言うモノだ。

「……まるで野生動物ですね」

「まだ野生動物の方がなつくだろうな」

 勝手な事を言って笑い合う二人を一睨ひとにらみして、リムの背中を叩く。

 離れろ、と言う合図だ。

 大人しく一歩分離れてくれたので、ガウンを脱いでテーブルに置いてある服を着る。

 下着は新品。胸当ても綺麗にしてくれたのか、つやが出ている。

 普通にありがたい。

「まぁ、聞け」

「うるせぇ」

「はぁ。……サンダ」

「ここに」

 国王が呟くと、すぐ横に黒い影が現われた。

「サンダ、説明を」

拝命はいめいつかまつる。……と言う事で、聞け、サガラよ」

「……爺さん」

 黒装束くろしょうぞくに身を包んだ小柄な老人。

 だがその存在に、俺は頰を引きつらせた。

 ≪かげ≫の頭領とうりょう、モモチ・サンダ。

 俺にこの世界を生き抜くすべを教えてくれた人物の一人であり、頭領という通りとんでもない殺し技の使い手だ。

 この状況で戦力増やしてどーする。

 俺の警戒を解かせる気が無いんだろうか?

 ……まぁ、ウィリアムにこの人まで加わると、何をしても逃げ切れる気がしない。抵抗する気を無くさせる為には、最良の一手とも言える。

「まずは……すまんかったの。全てはこちらの不手際ふてぎわじゃ」

「……≪かげ≫の?」

 意外すぎる言葉に目をくが、爺さんは小さく頷いた。

「レメ王妃、ボルド殿下の周囲を探っておったのじゃよ。ボルド殿下は離宮からほとんど出ず、レメ王妃に関してもローゼンローグ大公家と連絡を取る様子は無かったでの。大公家の影にも動きは無く、油断しておったが原因じゃ」

 苦々しく言葉を吐き出すじいさん。

 相当そうとうこたえているのは分かるが、関係ないのでジャケットをかざして確認する。

 やっぱり穴が空いている。綺麗にしてくれてあるが、こればっかりはショックだ。

 ちゃんとナイフとかは入ったままなので、変に新品に交換されて訳が分からなくなるよりはマシだけど。

「レメ王妃と付き合いのある複数の貴族家による犯行じゃな。実行犯を含め、六人捕らえた所じゃ。……王妃がお主を危険視きけんしした結果が、今回の凶行きょうこうじゃな」

「なんで俺が?」

「花町の嫌がらせにお主を使ったら、スラム組織の破壊に、教会とギルドの協力取り付け。……そんな奴が密談みつだんで王城に来るとなれば、危機感を抱かぬはずがあるまい」

「呼んだのはそっちだろうが」

「じゃから、こちらの不手際じゃといっておろう。……お主を刺したのは、第三騎士団の女性騎士。こやつが婿むこまねいておるのじゃが、その婿が第三王子派の男爵家での」

「意味が分からん」

「ワシとて想定出来んかったからこのような事態になったのじゃ。……その女性騎士が第一騎士団の騎士と交際しておって、今回の密談みつだんを知り鎧を交換、入れ替わるなどと誰が考える」

 深々と息をく爺さん。

 それを聞く限りだと、今回悪いのは第一騎士団だろう。入れ替わった奴もそうだが、入れ替わりに気付けないのもヤバい。

「ヤクモは?」

「それは統括とうかつ管轄かんかつじゃな」

 爺さんが視線を向けると、ウィリアムが言いにくそうに口を開いた。

「状況的に、信用できる者が少ない。沙汰さたはおって下すが、現在は関係者の拿捕だほを命じている」

「舐めてんのか?」

「……あいつの行動は、間違っていない。今回は宝物庫内での任務と言う事もあり、爵位しゃくい持ちからの選別だったのだ。お前が貴族を殺していれば……問題は、更に大きくなっていたはずだ」

「だから?」

「……すまない」

 クソみたいな言い訳を続けないだけ、幾分かマシだろう。

 俺としては、なぐさめにもならないが。

「使えねぇ。おい、この落とし前どうつけるんだ」

 俺の言葉に王は目を見開くと、豪快ごうかいに笑った。

 ウィリアムから殺気が放たれたが、それすら一瞬で霧散むさんするほどの豪快な笑い。

「……あぁ、笑った。いや、すまん。そう言う奴とは知っていたが、実際にそう接してくれるとは思わなくてな」

うやまうべきはうやまう。今のあんたはそうじゃない」

「あっはっはっ! あぁそうだ、それでいい。……で、落とし前だが、実行犯となった女性騎士は法廷にかけられ、子爵家は取り潰し。犯罪教唆はんざいきょうさに当たる婿むこも同様、男爵家も取り潰しだ。第一騎士団、第三騎士団に関しても厳しい罰が下される」

「……それが落とし前だと?」

「君にとって、報復は金より重いのだろう? だから、罰するべきに関しての報告だ」

 王とは思えないほどにリラックスした様子で、言葉は続く。

「息子は廃嫡はいちゃく、妻に関しても残りの余生に関しては幽閉という形になるだろう。現在は第三騎士団に離宮を包囲させている。正午までに出頭しなければ、突入するよう指示を出してある」

 平然とそう言い切れるのは、さすが王と言うべきか。

 元より切るつもりだったのかも知れないけども。

「ただし、聞き取りには時間がかかる。一年は待って貰いたい」

「どーでもいい」

 リムから魔法袋を受け取って、一式を装備完了。

「……よし。今回は妥協だきょうしてやる。俺に、二度と、関わるな。クソ野郎共が」

「あっはっはっ! あぁ、その点に関しては約束しよう。今回呼んだ目的も達成された事だしな」

 第三王子関係で呼んだのなら、確かにその通りだろう。

 ぶっ刺されて、実行犯が第三王子は関係。

 俺の証言を聞くまでも無く、離宮に手を出せる状況になったわけだ。すぐにその辺りの関係を掴める≪かげ≫が凄いだけともいえるが。

 ただ、証言者を消すにしてもリスクが大きすぎる選択をしたものだとは思う。

 密談を止めたかっただけかも知れないが、貴族が馬鹿とは言えそこまで頭が悪いとは思えない。

 なら何故なぜか――

「陛下っ!」

 爺さんが動くのと、魔力の高まりを感じたのは同時だった。

 魔術を使えない身ではあるが、魔力を感じる事は出来る。

 まるですぐ目の前で魔術を使われた時のように――いな、それとは比較にならないほど膨大ぼうだいな魔力が、世界にあふれた。

 何が起きたか、何が起ろうとしているのか、分からない。

 ただ反射的にリムを引き寄せ、抱きしめる。

 次の瞬間、光があふれた。

 背を押す強い衝撃しょうげき

 鼓膜こまくが破れん程の轟音の中、あらがすべを持たない俺は、容易たやすく意識をられたのだった。


 数分前。

 ボルドは離宮の大半をめる研究室にて、自身の成した偉業を見つめていた。

 研究室には所狭ところせましとコードがのたうち、中央には生成した巨大な核石が鎮座ちんざしている。

 今、その核石に膨大ぼうだいな魔力が流れ込み、それを真なる魔石へと変えようとしていた。

ついに成しましたね、ボルド」

「はい、母様」

「これで、貴方が次期国王です。誰にも、文句を言わせません」

 恍惚こうこつとした表情で核石を見つめる母親を見上げ、ボルドもまた核石へと顔を向けた。

 ボルド自身は、次期国王という地位に興味は薄かった。

 ただ、母がそれを望んだ。

 そして、ボルドは研修が好きだった。

 その結果が、今というだけ。

 全てが、偶然、ったのだ。

 まず、ボルドは機械の存在に目を付けた。迷い人から伝えられながらも、魔力や精霊との相性の悪さから、大量生産と言うメリットが活かせない複雑な構造なだけの金属の塊。

 だが、個としてみれば魔導具としてそれなりに普及ふきゅうしている。

 コンロや冷蔵庫がその筆頭だ。魔石を燃料に動く道具。

 機械の回路と言う概念がいねんは魔導具製造に役に立ち、それは機械と魔石自体に相反あいはんする効果は無いと言う事でもある。

 そこでボルドは、核石への魔力まりょく充填じゅうてん――魔石化に機械を使えると考えた。

 その段階で論文を発表していれば、それなりの名声を得るだけで済んだんだろう。

 だがボルドは根っからの研究者気質だった。

 魔石化に成功した。核石さえあれば、魔石を容易よういに量産できる機械を作り上げた。

 そのままの勢いで、より多くの魔力を込められる核石の開発へと移行してしまった。

 環境も良かった。結果的には悪かったとも言えるが。

 母であるレメ王妃は、ボルドの才能に歓喜した。魔石の量産、それはつまり軍事力の容易よういな拡大が可能になったと言う事なのだから。

 正しい手順をみ、その上でこの成果を出せていたのならば、実績だけでボルドを王にす者も現われていたかも知れない。

 だが、レメは確実にボルドを次期王にしたかった。

 その欲が、ボルドの才能を隠蔽いんぺいした。

 明確な結果を。誰もがこばめないだけの、絶対的な実績を。

 それを求めた結果が、今日、その時だった。

 巨大な核石が、魔石へと変わってゆく。

 魔石は魔導具に使用されるが、単純に魔力タンクとしても用いられる。

 人間よりも大きいその魔石を正しく運用できるのなら、個人であっても大規模な戦略級魔術せんりゃくきゅうまじゅつを使用できるだろう。

 魔導具として使用すれば、それ一つで都市一つを破壊できる物を作れるだろう。

 それほどの魔石を、量産できる。

 龍脈上であれば、幾らでも。

 その成果は、まさしく偉業いぎょう

 全てが、偶然、噛み合ってしまったがゆえの、偉業。

 ボルドの才能が、王族という地位が、大公家というきぬ財力が、龍脈上という離宮の位置が。

 偶然、全てがその偉業を為せと言わんばかりにそろい――



 ――全てが、世界ということわりの前に、消し飛んだ。



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