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第五章   悪魔の所業とその結末

ちょっと短いですが、長いよりはマシかと分けてます。


 この世界の人の、朝は早い。

 厳密に言うのなら、夜が早い。

 パソコンもテレビも無く、本もそこそこ高いので、日が落ちてからの娯楽ごらくという物が少ないのだ。

 なので、必然的に朝が早い。

 まだ日の出前でも、空が明るければ朝なのだ。通りを歩いている人が多いのも、日常的な風景である。

 そんな時間帯を、俺は路地裏を通る事でやり過ごしていた。

 なにせ、生首持ちだ。

 魔法袋に入れる事は出来るのだが、貴重品や食べ物以外は入れたくない。

 なので、生首片手にこそこそと。

 ハッキリ言って、敵拠点に侵入するより緊張きんちょうする。

 この時間帯だと屋根の上を走っていればバレるし、路地裏ですら朝の準備をする人と遭遇そうぐうしかねない。

 森を歩く以上に慎重しんちょうに。

 音と気配を必死で探りつつ、いつもの三倍は時間をかけて辿たどいたのは、教会の裏口だった。

 そこまで辿り着けば、一安心。

 俺は肩の力を抜いて、裏口をひらいた。

「なに……キャアァァーーッ!」

 俺を見た女性神官が悲鳴を上げ、他の神官も集まってくる。

 数は七人。

 その中には、ミモラ枢機卿すうききょうとメイリもいる。

「サガラ様。貴方あなたは、一体何を……」

「何って、調べるって言ったんだから、理解してんだろ?」

 一歩前に出てそう発したミモラに、俺は苦笑を返しつつ生首を投げつけた。

 それを受け取り、取りこぼしたミモラは、わなわなと唇をふるわせた。

「な、な、なんと罰当ばちあたりな……」

罰当ばちあたり? 巫山戯ふざけんじゃねぇ。神では無く王家にびを売る貴様等こそが、神を利用する不信心者ふしんしんしゃだろうが」

「……何を、言っているのですか?」

 どうやら、ミモラは本当に知らないらしい。

 まぁ、だからといって許すつもりはないけども。

「そいつは、スラムのボスだ。ちゃんと白状はくじょうしてくれたよ。まぁ最も、詳しく説明してくれたのはベルフェーヌって女だったが」

「何と言う事を……。スラムを混沌こんとんの時代に戻すつもりですかっ!」

「ンなもん知った事かぁっ!」

 ミモラの叱咤しった怒声どせいを返す。

「そもそも、元凶はテメェ等だろうが。王家から依頼を受けて、俺をボコって花町に捨てるようスラムの奴に依頼したんだろ? 裏は取れてるんだ」

「そんなはずは……」

「申し訳ありませんっ!」

 そう叫んで崩れ落ちたのはメイリ。

 祈るようにひざまづき、涙を流しながら同じ謝罪を繰り返し始める。

「メイリ、貴女……」

「申し訳ありません、申し訳ありません……」

「……サガラ様。全ては、私の罪です」

「違いますっ! 私が――」

「お黙りなさいっ!」

 ミモラは泣きじゃくるメイリを一喝いっかつすると、真っ直ぐに俺を見て再び頭を下げた。

「本当に、申し訳ありません」

「ホントにな。マッチポンプで俺から金を巻き上げて、調べると言って何にもしねぇ。神を利用しないだけ、そこらのガキの方がまだ信心しんしんぶかいんじゃないのか?」

「貴様ぁっ!」

「殺してやるっ!」

めなさいっ!」

 きびしい一喝いっかつに神官達は踏み出した足を止めたものの、その様子に俺が口をゆがめるのは当然だった。

「なるほど、ここの神官らしいな。神を片手間に王家をあがめているとそうなるのか」

「……何が、望みなのですか」

「そうにらむなよ。俺は事実を言っただけだろ?」

 下唇を噛み、睨み上げてくるミモラに苦笑する。

 嫌みはこれぐらいでいいだろう。

 相手は神官だ。普通に利用価値が高い。

「じゃあ、最初に自分で言ったように、スラムが混沌の時代に戻らないよう全力で支援しろ。手始めにギルドからだな」

「……何を、おっしゃっているのですか?」

「スラムの奴を三百人ぐらい冒険者として引き受ける。実際は幾らか減るだろうが……まぁ、偽善ぎぜんって奴だな。まずは、それの手助けをしろ」

 グラシェみたいな奴も、少なくは無いはずだ。

 神官が協力してくれるとなれば、何かとマグも楽になる事だろう。

「あぁ、当然無償の奉仕ほうしだ。こっちだって無償で働いてんだからな」

「それは構いませんが……」

「後、俺から巻き上げた金を返せ」

「はい」

「今からすぐにギルドに向かって、マグに金を渡しといてくれりゃあ良い。で、スラムの奴らの為にお仕事。昼からは新しいスラムのボスと、ギルマスと、あんたとで打ち合わせだ」

 説明を終えると、ミモラは困ったように眉根を寄せ、うかがうような眼差しを向けてきた。

「……それで、よろしいのですか?」

「ちゃんとやれよ? 同時に布教する分には構わんが、利益を求めるようなら貴様等の実情じつじょうを公表する。ちゃんと、神官らしく、その身をくせ」

 俺の言葉に、ほっと胸を撫で下ろすミモラ。

 楽な罰だと思ったのかも知れないが、勿論違う。

 スラムのあれやこれやを、教会そのものに丸投げしたのだ。

 ギルドに登録する奴らだけの支援なら楽だろうが、その『混沌の時代』とやらに戻さない為には、教会としてスラムそのものに介入かいにゅうする必要も出てくるだろう。

 それなりに苦労するはずだ。

 でもってこの要求の最大のメリットは、俺が楽を出来ると言う点だ。

 何せ教会を誘致ゆうちしたのだ。マグがあれこれと要求してくる事は無いはず。

 めた真似してくれたメイリに関しても、所詮しょせんは王家の下請したうけ。スラムの組織みたいに直接何かされたわけでは無いし、治療して貰って金も返ってきたなら実質無傷。

 なので、対価としては十分。

 後は、王家への復讐ふくしゅうだけだ。

 ……うん、まぁ、さすがの俺でもそれは無理だけど。

 復讐ふくしゅうは、自殺とは違う。可能性が無いならノータッチだ。

「じゃ、任せた」

 軽く手を上げ、自分が蹴破けやぶった裏口から外に出る。

 これで仕事は終わりだ。

 何の利益も無かったが、実行犯はどうにか出来たし、まぁいいだろう。

 後は、王家。

「王家かぁ。さすがに無理だよなぁ……」

 知っている王族はまともだったので、せいぜい会えたら文句を言う、ぐらいだろう。

 まぁ、一般人が王族と会うなんて機会、普通に無いけども。

 日本人的に言えば、天皇陛下に会うみたいなものだ。フツーにそんな機会なんて無いし、会えたとしても遠目に一目見るぐらいなもの。

 そう考えると、こちらの世界に来てからの最初一年、王城で面倒を見てくれたというのはかなりの恩情おんじょうだったのだろう。

 その恩をあだで返すってのもさすがに。

 クズと呼ばれていても、俺は道理に沿って生きているだけだ。

 恩には恩を、罪には罰を。

 だからまぁ、今回は一般人らしく泣き寝入りで良いだろう。

 ベルフェーヌに指示を出していた時はもうちょっと頑張るつもりだったけど、今はもうやる気がゼロだ。

 十分働いた。

 王族への復讐なんてハードルが高すぎて、色々考えていたけどもう面倒い。

 そんな事を思いつつ宿に辿り着くと、入り口にリムが立っていた。

 涙目で、頰をふくらませて、キッとにらんでくる。

「サガラっ!」

「えっと……うん、ごめんなさい」

 素直に謝ったものの、リムがそれで許してくれるはずも無い。

 その後俺は、二時間にわたってひたすら怒られたのだった。


「悪いが、好きに座ってくれ、飲み物はすぐ来る」

 部屋に招いておきながら雑にそう告げて、マグは真っ先にソファへと腰を下ろした。

 体力の限界。

 既に日は高いというのに、つい先程まで戦い続けていたのだ。

 どうにかギルドまで戻ってきたものの、立っている事すらつらかった。

 その結果が、上半身裸で見た目通りの行動をする粗野そやなオッサンである。

 自分の見た目を知っているからこそ、サガラのような一部の例外を除いて、客人相手には礼儀正しく行動する事を心がけているマグではあるが、それすら出来ないほどに疲弊ひへいしていた。

 ちなみに、上半身裸なのは、ギルドに入る前に水をぶっかけて貰った結果である。

 言動はざつでも、五時間戦い続けた自身の体臭を無視できるほど、デリカシーに欠けているわけでは無いのだ。

「こんな格好で悪いな。……あー、まずは自己紹介させて貰おう。もう知っているとは思うが、一応な」

 対面に腰を下ろした二人へと顔を向け、マグは頭を下げた。

「王都のギルドマスターをしている、マグ・デュリッシュモだ。わざわざ出向いて貰って感謝する」

「はい。では、私が」

 マグの言葉に頷いて、ミモラが口を開く。

「レリッククリスチャニティで枢機卿すうききょうの地位をいただいています、ミモラです」

枢機卿すうききょう……」

 驚きの声を漏らしたベルフェーヌは、視線が集まっている事に気付いて一つ咳払いをした。

「べ、ベルフェーヌよ。≪ボルフォス≫のリーダー代行を務める事になったばかり」

「……代行?」

「悪魔にボスがぶっ殺されたのよ。組んでたんなら知ってるんじゃ無いの?」

 ベルフェーヌが向ける冷たい視線に、だがマグは苦笑するとソファに寄りかかった。

「知っての通り、止めてくれるまで陽動に従事じゅうししていたものでね。……まぁ、何があったのかはその言葉だけでも十分に分かるが」

 サガラが仕事を終えて一人帰っていたと聞いた時は、ひざから崩れ落ちそうなほどの疲労感に襲われたものだ。

「悪魔に命令されたから、ギルドと話をしたい。そう聞いたが、話ってのはなんだ?」

「ギルドと話を付けろって言われたの。話がなんなのか、知りたいのはこっちよ」

「……まぁ、分かった」

 サガラなりに気を利かせてくれたんだろう。

 そう判断したマグは、ミモラへと顔を向けた。

「それで、そちらは?」

「同じく、ボスの首を投げつけられて、ギルドを手伝うように命令されたのです」

「ごめんなさいっ」

 微笑むミモラに、マグは勢いよく頭を下げた。

 サガラならやる。

 そんな確信があるばかりに、理由も考えずに謝罪していた。

「あの馬鹿、なんて事を……」

「お気になさらず。こちらにも不手際はありましたので」

「そう、ですか。……それについてお聞きしても?」

 うかがうマグに、返ってきたのは笑顔だった。

(これ以上踏み込んだら不味い)

 すぐにそう判断したマグは、ベルフェーヌへと顔を向けた。

「あー、話を付けろって事だが、こっちで受け入れるスラムの人に関してだろう。そちらにはそちらの道理があるだろうが、ギルドとして、手を差し伸べられるのならばそうしたいと考えている」

「そんな事なら、好きにしてくれて良い。組織を立て直す方が急務きゅうむだし」

「それはありがたいが……あー、何か手伝える事はあるか?」

 そう言葉にしてしまったのは、罪悪感からだ。

 相手がスラムのイメージそのままの人ならばマグでも罪悪感を抱かなかっただろうが、色気のある女性だ。

 スラムの者にも、個人個人の人生がある。

 それを知ってい筈なのに、サガラにかどわかされて行動してしまったのだ、

 だから少なからず反省するマグに、ベルフェーヌはつやっぽく笑った。

「気持ちは嬉しいけれど、こちらの人と関わるのはちょっと、ね」

「でしたら、私達の支援でしたらいかがでしょうか」

「……教会が?」

 いぶかしげなベルフェーヌに、ミモラは優しく微笑んだ。

「炊き出しなどで、繋がりはあります。怪我人や病人の治療を名目に、私達との繋がりを今少し強くするというのはいかがでしょうか」

 その言葉に、ベルフェーヌはマグを一瞥いちべつした。

 その視線の意味が分かるから、マグは口を開かない。

 陽動として、それなりな数をぶっ飛ばしたばかりなのだ。何も言えるはずが無い。

「それは助かるけど……お金は払えないわよ?」

「先は兎も角、落ち着くまでは無償むしょうで行いましょう」

「本気で言ってるの?」

「あの方の被害者という意味では、同じだと思いますよ?」

 ミモラの苦笑に、フェルフェーヌも続いた。

「そう。なら、お願いするわ」

「はい。……ですが、布教の許可と、常駐じょうちゅうする場所をいただきたいのですが」

「場所なら用意するわ。ただし、小屋ごや程度にはなるけどね。布教に関しては、無理強いしないなら好きにして」

「それで十分です」

 組織を纏める為に、教会の治癒魔術は有効だ。

 そして教会としても、信者を増やせる機会があるのなら、無償であっても意味はある。

 つまりWin-Winの関係だ。

 そこからハブられたマグは、おずおずと口を開いた。

「あー……じゃあ冒険者ギルドとしては、今まで通りでいいのか?」

「スラムから受け入れた方に関しては、まずは私達が治療をほどこします。そう命令されましたので」

「……その、なんかすまん」

「あの方の命令ですからね。ギルドマスターは気になさらなくてもいいのですよ。……そういえば、あの方も冒険者でしたか」

(あの馬鹿野郎、とんでもねぇババア利用しやがって)

 般若はんにゃごとき微笑みに、マグは冷や汗を流しながら内心で毒突どくづいた。

 枢機卿を使える、というのは単純に考えれば凄い事だ。

 だが、真っ当な手段で協力を得たわけでは無いのだろう。

 サガラらしいと言えばそれまでだが、対応しないといけない現場の事を考えてほしいものだ。

(……マジで、何をどうやって動かしたのやら)

 そうは思うが、聞けるはずも無い。

 なのでマグは、引きつった笑みを浮かべて口を開いた。

「教会の協力を得られるのなら、心強いです」

「ふふっ。まぁ、安心して下さい。教会の名をおとしめるような真似はいたしませんので」

「……よろしくお願いします」

 つまり、仕事自体はちゃんとすると言う事だ。

 逆に言うのなら、別の方面から圧力をかけたりする事はある、と。

 権力やコネがある者のやり口は知っている。

 だからこそマグは、頰を引きつらせつつも愛想笑いを浮かべ続ける事しか出来なかった。


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