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第四章   クズのお仕事 vsボルフォス


「お、おい……止まれっ!」

「何だっ!? 何だテメェはっ!」

 ただ近付いただけでそんな反応をされ、マグは内心で傷付きつつもニィとみを浮かべて見せた。

「俺の事を知らないのか?」

「な、何言ってやがるっ」

「おい、来るなっ! 来るんじゃねぇっ!」

「俺はマグ。マグ・デュリッシュモ。王都のギルドマスターだ」

 マグはゆっくりと足を進める。

 すでに最初男達が立っていたラインはえた。

 つまり、もうスラムの領域。

 だが、男達との距離はちぢまらない。

 最初の二人から四人に増えてはいるが、一歩進むごとに一歩下がられる。それだけならまだしも、誰かが報告に向かった様子すら無いというのは、マグにとって困りものだった。

 なにせ、陽動ようどうとして来ているのだ。

 人を集められないのでは、仕事にならない。

 だからこそ、マグは表情をけわしいものへと変えて、えた。

「王都のギルマスが≪ボルフォス≫を潰しに来てやったんだっ! 出迎えはどうしたぁっ!」

 大気がビリビリと震え、相対あいたいしていた男達が腰を抜かす。

 通路先をいろる皮のテントのいくつかがくずれ、くずれなかったテントからも多くの人が逃げ出してゆく。

 そんな中で、数人だけが向かってきた。

 中心に立つのは大きな男だ。

「うっせぇなぁ。何時だと思ってる」

「あ、兄貴っ! 遅いですよっ!」

「うるせぇ」

 男が拳を振り下ろすと、声を上げた男の頭に突き刺さり。その首をあらぬ方向へと曲げた。

 見た目通りのパワーだ。見張りのボスと言った所か。

 相対あいたいしたマグは、そのデカブツを観察する。

 身長はマグと同程度。ただ、マグが大きいと表現するのなら、男は太い。スラムに住んでいるのが信じられないほどの横幅だ。

「ったく。デカブツ一人始末できねぇのか。使えねぇ」

「どうやら、俺が知らないうちにスラムは養豚場ようとんじょうになっていたらしいな」

「ンだと?」

「そのうえ流暢りゅうちょうしゃべる。目が覚めた時に解体されていないといな?」

 既に間合いにまでせまっているにも関わらず、構えすら取らないデカブツ。

 その腹に、マグはずっとかついでいた黒い棍棒こんぼうを振り放った。

「ぼぅっ」

 それが、デカブツが発した最後の声だった。

 轟音ごうおんと共に左手の家屋がくずれ、男の姿が消える。

 飛んでいった方向へとマグが顔を向ければ、随分ずいぶんと見晴らしが良くなっていた。

 この辺りの建物は、ほとんど全てが数日で作ったような薄い木造の家屋。ぶっ飛ばされたデカブツを止めきれずに三件ほどがつぶれ、それに連鎖れんさして更に数件が潰れたらしい。

「そ、そんな……」

「デムさんが、一撃だと?」

「安心しろ。多分死んではいない」

「嘘をつけぇっ!」

 突っ込んでくる男に苦笑しつつ、マグは土埃つちぼこりを払うように得物えものを一振りした。

 黒い棍棒、ガラツバット。

 サイズこそマグに見合った巨大な代物しろものだが、その名前の通りバットはバットである。

 通称つうしょう、ホームランバット。

 一見すれば黒いだけの金属バットだが、実際はガラツと呼ばれる海生生物のからを加工して作られた一品だ。

 その特性は、高い硬度こうどに高い弾性だんせい

 馬鹿でも当てれば全てホームランになると言われるほどで、ゆえ球界きゅうかいからは違法指定されたバットである。

 勿論もちろん、マグ本来の得物えものでは無い。

 派手にぶっ飛びはするが、当たり所が悪くない限りはそうそう死なない――筈。

 そう判断したから、マグはこれを武器に選んだのだ。

 だからマグは、気楽きらくに振る。

 自分の行為が、サガラに任せるよりははるかにマシだと信じて。

「おい、さっさとかかってこい。それともボスのところまで案内してくれるのか?」

「う、うおおおおっ!」

 ようやく戦う気になってくれた男達を前に、マグは笑顔と共にガラツバットを振りかぶったのだった。


 アーサー達三人は、静かに行動を開始していた。

 ギルマスの頼みと言う事もあり、アーサーのやる気は満ちあふれていた。

 だが、不安要素もある。

「……これなら、マリを連れてきても良かったかもな」

「反射でフレイムアローなんて撃たれたら大惨事だいさんじよ?」

「そりゃそうだけど」

 先を行くサリアの言葉に、アーサーは顔をしかめた。

 四人組のパーティーなのだが、今は二人足りない。

 魔術師であるマリは前述ぜんじゅつの理由で、タンクのダルクは彼女の警備もねてギルドに残った。

 護衛ごえい潜入せんにゅう任務にんむと言う事もあり、動ける二人だけにしたという面もあるのだが。

「止まって」

 サリアの指示に従って壁に背をあずけると、すぐ近くの通りを大人数だいにんずうが走って行く音が響き始めた。

 物騒ぶっそうな事をわめきながら走っている。

 アーサーの聴覚では正確な人数までは分からないものの、少なくとも二十人はいるだろう。

「ギルマスが動いたみたいね」

「グラシェさん、ルートは分かるんだよな?」

「えぇ。……あの感じなら、普通に歩いてる分には大丈夫だと思う。こっちに」

 頭からフードをかぶって、走り出すグラシェ。

 アーサーとサリアも、頭からフードをかぶってその後に続く。

 だが、遅い。アーサーが思わず呟いたのも、グラシェの足の遅さがあるからだ。

 冒険者と比べるのがこくだというのは分かっているので、直接文句を言いはしないが。

 グラシェは皮と木で作ったような長屋の一角で足を止めると、扉を叩いた。

「爺さん、いるかいっ!?」

「……こんな時間から騒々(そうぞう)しいのぉ」

 ギッと音を立てて扉を開いた老人は、アーサー達を見るなり目を細めた。

 目深まぶかにフードをかぶってはいるが、その汚れ具合でスラムの者かどうかの区別ぐらいは出来る。

「グラシェ、何を考えておる」

「三百人だけだけど、ギルドが面倒見てくれる。相応ふさわしい奴に声をかけて」

「……馬鹿者が。それでどうなる」

「何も変わらないかも知れない。けど、三百人ぐらいは救われるんだ。手を貸して」

「たかがその程度の為に、どれほどの混乱が起きると思う」

「もう起きてる。起こしてるんだよ、あの人達が」

 フードを下ろしたグラシェは、老人へと微笑んだ。

「ギルドマスターが動いてくれてる。どれだけ数が減ったって、分かりゃあしないさ」

「まさか、組織に喧嘩けんかを売ったのかっ!?」

「そうなるね」

 老人はその場に崩れ落ちると、力なく首を振った。

阿呆あほうが。……たった三百人の為に、スラム全体を犠牲にするつもりか」

「何言ってんのさ。このまま生きてたって、意味ないんだ。たった三百人でも、救われるだけマシだろ?」

「残された者はどうなる。どれほどはげしい粛正しゅくせいになる事か……」

「その点に関しては問題ねーぜ、爺さん」

 アーサーが前に出て言葉を続ける。

「ギルマスが出てるのもそうだが、サガラさんの怨敵おんてきだ。ヤバい組織みたいだけど、どんな結果であれそれなりに被害はこうむる。粛正しゅくせいする余裕なんて残っちゃいねぇよ。絶対」

「それで? 残されたワシ等はどうなる」

「どうって……好きにすりゃあ良いだろ。クソ組織が潰れるってだけだ」

「はっ。全く分かっておらんの、小僧」

 老人の言葉にアーサーはムッとしたものの、にらけられて言葉をんだ。

 威圧いあつされたわけでは無い。ただ、その目には、長きを生きた者特有の重さがあった。

「どれだけの人数を動かしてくれているのかは知らんが、組織をほろぼした所で次の者が台頭たいとうするだけじゃ。その際に、どれほどの血が流れるか。それを止める手筈てはずは整っておるのか?」

「それは……」

「無いじゃろうな。外の者がすることじゃ。スラムの事を理解しているはずも無い」

 自嘲気味じちょうぎみに笑った老人は、緩慢かんまんな動作で立ち上がると、足を踏み出した。

「……死ぬにはしい者が、それなりにおる。ワシが話を通そう」

じいさん……」

「気にするなグラシェ。お主もふくめ、若者は日の光の下で生きればい。こんな場所でしか生きられぬ者は、この地にしずむ。ただそれだけじゃよ」

 そう呟いて歩きだした老人の背を、アーサーは黙って見つめる事しか出来なかった。

 スラムに生きる者。

 アーサーは、その存在を見下していた。

 弱く、生きる価値がない者がって集まるクズの巣窟そうくつ

 漠然ばくぜんとそう思っていた。哀れまれるだけの存在なのだと、思っていた。

 だが、この老人も含め、生きている。

 自分達と同じ、人。

 その事実が、罪悪感にも似たみょうな感情をアーサーの胸にうごめかせていた。

「アーサー」

「あ、あぁ。今行く」

 彼らの為に、何が出来るのか。

 今更そんな事を考えた所で遅きにいっし、アーサーはただ自身に与えられた任務をこなす為に足を踏み出したのだった。


「……うん。良い陽動してくれてるな」

 敵拠点屋上。

 そこから見下ろす先では、たった一人が相手とは思えないほどの人数が、だらだらと移動を始めていた。

 見ていた限りでは、第三陣だ。

 第一陣は、血気けっきさかんな奴らがまとまりも無く走ってゆき、第二陣では如何いかにも組織の人間といった感じで数十人が集まって移動を開始。

 そして、今見下ろしている団体が第三陣。まとまりが無く、武器すら持っていない奴もいる。兎に角数をそろえて迎撃げいげきとでも命令されたんだろう。

 その中心となっているのが、敵の拠点から出てきた三十人ほど。彼らはちゃんと装備を調えていて、それなりに冒険者っぽい見た目になっている。

「話通りならまだ敵拠点にかなり残ってそうだけど……さすがにこれ以上はキツいか」

 それでも三桁さんけたは引きつけてくれたのだ。

 グラシェの方も安全に勧誘かんゆうが出来るだろうし、ギルマスらしい良い仕事だ。

 と言う事で、移動を開始。

 今の俺は、いつもの装備に加えて、口元を布でおおっている。

 相手に顔を知られたくない――訳では無く、楽に仕事をする為の工夫だ。

 拠点端きょてんはしに足を引っかけて、さかさまに。

 マグが行動するまでひまをしていたわけでは無く、色々と調べておいたのだ。

 その一つが、どうにか手の届く位置にある吸気口きゅうきこう。邪魔だったので、すでにカバーは外してある。

 そして懐から取り出したのは、革袋。

 この中に入っているのは、この前リムが採取してくれたキノコの粉末だ。

 『三回ぐらい煮沸しゃふつさせれば、食べられる』とはリムの言葉だったが、赤青黄色のグラディエーションをまとった不気味なイソギンチャクに似たそれを食べる気なんて起きるはずも無かった。

 そこで薬屋に持って行ったら、そこそこ強い麻痺毒の元になるとかで、宿の外にしておいたのだ。

 ちゃんと乾燥させれば取引額とりひきがく10%上乗せ、なんて言われたから干したんだが……当然水分は抜けるわけで、グラムでの買い取りだったらそんした感が強かった。使用機会があって良かったと思うべきだろう。

 粉にしたキノコを、吸気口きゅうきこうへと流し込む。

 適量てきりょうが分からないので、採取したキノコ三個分全部だ。

 三回茹でただけで毒が抜けるらしいので、これだけで致死量って事は無いだろう。たぶん。

「さて、と。……ま、手早くやってくかな」

 五階の構造は極単純ごくたんじゅんで、トイレと風呂以外は一室になっている。

 でもって、ボスが誰かは一目瞭然いちもくりょうぜん。女を両腕に、大の字で寝ている髭面ひげづらのオッサンだ。

 他に人はいない。四階からはそこそこ人がいるものお、ガバガバ警備と言っていいだろう。

 それだけスラムがぬるいって事でもある。

 競合きょうごうする組織が無い以上、ぬるま湯にかったような環境になってしまうのは仕方ないかも知れないが。

 ロープを伝って、風呂場の窓から中へ。

 換気の為だろうが、開けっぱなしはどうなんだろう。スラムである事を忘れているとしか思えないほど、危機感が無い。

 風呂場から出て、まずは階段に撒菱まきびしを。

 元の世界と同じ、と言うと若干じゃっかん語弊ごへいはあるが、植物の種を乾燥させたものなのでプライスレス。

 手持ちを全部ばらまいてから、ベッドへ。

 女性二人には悪いが、首を両断りょうだんして手早く殺す。

 彼女たちも被害者なのかも知れないが、知るよしも無い。邪魔だから殺した、それだけだ。

「ん……?」

「ちょっと黙ってろ」

 枕を引き抜き、髭面ひげづらの顔に押し当てる。

 女性の生首が、床へと落ちる。

 俺は男の顔に枕を押しつけたままその身体へとまたがり、抵抗する男の右腕をとした。

 抵抗がはげしくなる。

 だが、左腕だけで体重を乗せて押す俺の右手を退かせるはずもない。

 かといって、このまま殺すつもりは無いし、死なれるのも困る。

 魔剣に魔力を通して熱を放ち、血があふれる男の右腕断面へと押しつけた。

 ジュゥと肉が焼け、人肉のげる匂いがただよう。

 男が全力で身体をねさせるが、音はわずかしか響かない。良いベッドだ。

 これが宿のベッドなら、五月蠅いを通り越してぶっ壊れ、今頃いまごろ轟音ごうおんを立てていた事だろう。

 そんな事を思いつつ男に枕を押しつける事数分。

 大人しくなったのを確認してから枕を外す。

 呼吸こきゅうは……している。気絶しているだけのようだ。

 ほっと胸をで下ろし、風呂場へと男をってゆく。

 俺としては、ここからが本番だ。

 バスタブの冷め切った水に、男の顔面を押し込む。

 数秒ほどで男の身体に力が戻り、暴れ始めたので顔を起こす。

「おい」

「げはっ! ごふっ! なんだっ!? 何が」

 再び水の中へ。

 間隔は分からないので、暴れる力が弱くなるまで顔を押し込み、上げる。

「ごほっ! ごふっ!」

「俺をボコるように指示を出したのは、お前の組織だ」

「な、何を言ってやがるっ! 俺を、だれだ」

 ザパンと音を立てて、再び水の中へ。

 男が無駄口を叩かなくなるまでに、五回同じ行為をする必要があった。

 片腕を斬り落とされてるってのに、大した精神力である。

「どういう理由で、俺をおそわせた」

「ごふっ! ……あ、あれ、か。冒険者の、サガラを、襲え……と」

「そうだ」

「……教会から、接触が、あった。ベルフェーヌの、部下からだ」

「教会? どういうつながりだ」

「はぁ、はぁっ。……昔から、だ。しとかで、世話になるから……手伝う奴も、多い」

何故なぜ教会が俺を襲う」

「知らねぇ。知らねぇンだよ。金を貰えるから、許可をした。それだけ、なんだ」

「なら、そのベルフェーヌとか言う奴に聞けば良いのか。分かった」

「待ってくれっ! 俺は役に立つっ!」

 組織のトップを張っているだけあって、さっする能力は高いらしい。

「部下達には何もさせねぇっ! ベルフェーヌだって呼んでやるっ! だから殺さないでくれっ!」

「……まぁ、いいか」

 さすがに残りの構成員全員と正面からやり合うのはキツすぎる。

 室内なのでそこそこ戦えると思うが、四階には幹部かんぶとかが三十人で、下の階にはその部下がそれなりの人数いるのだ。

 イカレてるどうこう言われている俺でも、無策むさくで突っ込むほどの自殺願望者じさつがんぼうしゃではない。

 ちなみに、こいつが助けをわなければ、外から室内をのぞいて、安全に殺せそうな奴から仕留しとめていくつもりだった。

 そのベルフェーヌとやらが見つかるかどうかは運頼み。それでもまぁ、ボスに幹部を何人か殺せれば、ボコられたうらみも多少は薄れるというものだ。

「しゃーない、立て。めた真似すればどうなるか、分かってるな?」

「分かってる。……分かってる」

 自分に言い聞かせるように呟いて、男は立ち上がった。

 いざ立たれると、かなりデカい。マグほどでは無いとは言え、二メートルはあるだろう。

 その上、若干ふらついてはいるが一人で歩けるのだ。

 もしまともにやり合っていたら、ヤバかったかもしんない。

 そんな事を思いつつ風呂場から出ると、うめごえが響いていた。

 男を追い抜いて階段まで向かえば、その下で横たわってうめいている男。彼をかこむように五人ほど集まっている。

 マキビシをんで転がり落ちたんだろう。

 丁度ちょうどいので、俺は声を上げる。

「おいっ! 幹部連中呼んでこいっ!」

 ぽかんと見上げてくる男達。

 まぁ、いきなり見た事無い奴から指示されれば、そんな反応にもなるだろう。

 ようやく横に並んだ男が、口を開く。

「幹部連中を呼んでこい。すぐにだ」

「は、はいっ!」

 一人が返事をし、すぐに五人が走り出す。

 倒れている奴はそのままだ。

「……おい。寝てていいか」

「好きにしろ。ただし、そこそこそろったら起こすぞ」

「あ、あぁ、分かってる」

 フラフラとベットまで歩き、首の無い女の間に倒れ込む男。

 そいつを無視する形で、俺はバーへと歩み寄った。

 バーテンダーはいないが、ちゃんとカウンターがあって色んな種類のお酒も置いてある。

 お酒は苦手なので、探すのはジュース。

 たなには無かったので冷蔵庫を開き、果物ジュースっぽいびんがあったのでふたを開けて一嗅ひとかぎ。

 ……うん、アルコールは無し。

「うぇ」

 安心して飲んだものの、とんでもなく甘かった。

 リンゴとパイナップルを濃縮のうしゅくして、更に酸味さんみを抜いたような味だ。美味うまいには美味うまいけど、砂糖を濃縮のうしゅくしたような甘さだ。

 高いんだろうなぁとは思うけど、俺には合わない。カルピスを原液で飲めるような人なら大好きかも知れない。

 そんな事を考えつつ他の飲み物をあさっていると、人が集まり始めた。

 ベットの惨状さんじょうに警戒しているようだが、俺が冷蔵庫を平然とあさっているからか剣を抜くような奴はいない。大声を上げる奴もゼロだ。

 教育が行き届いていると言うより、ボスの力がそれだけ強いのだろう。ベッドで死んだように倒れている男に、駆け寄る奴すらいないのだから。

「おい。そこそこ集まったぞ」

「死ねっ!」

 ベッドへと歩み寄りながら投げかけた言葉に、返ってきたのは銃弾じゅうだんだった。

 ベッド周辺にかくしていたんだろう。

 連続でトリガーがしぼられ、響いた銃声は六回。残った左腕をどうにか伸ばして、全力を振り絞ってトリガーを引きまくったんだと分かる形相ぎょうそうだ。

 だが、残念ながらここはファンタジー世界。

 俺のような迷い人がくさるほど来訪らいほうしていて、何故なぜ銃が普及ふきゅうしていないか。

 その理由は単純で、コストに対する性能が低すぎるからだ。

 ようするに、一般人より優れてる程度の俺でも、銃弾を見た上でかわせると言う事。

 そもそも、当たる射線しゃせんの銃弾が一発だけだったので、右足を下げるだけで簡単に回避は出来たが。

 カチ、カチと。引き絞るトリガーの音が、むなしくひびく。

「俺なら、当たれば効果はあっただろうけどな」

 銃を構えたままふるえる男に、苦笑しつつ歩み寄る。

 マグ辺りなら、魔力を纏わせて皮膚を硬化する事で、銃弾ぐらいははじけただろう。

 だから銃は普及しないのだ。

 弾丸に魔力をまとわせる事が出来るのなら話は別だが、基本的に物に魔力をまとわせて強化する場合、直接触れる必要がある。

 銃自体に魔力をまとわせれば銃弾にも間接的に魔力をまとわせる事が可能だが、当然ロスい。投げナイフの方がまだ威力が出るくらいだ。

「ゆ、ゆ、許してくれ……」

「そりゃあ無理だな」

 魔剣に魔力を流し、その右腕を切り飛ばす。

 ほぼ同時に、ベッドに触れた切っ先が炎を生み、急速にベッドを燃え上がらせた。

「ぎゃあああああああぁつ!」

 炎にまれ、絶叫ぜっきょうと共にベットから転がり落ちる男。

 その姿を確認する事は無く、俺は集まっている面々へと顔を向けていた。

 大体男だが、女が二人。女性は扇情的せんじょうてきな服を着ているが、幹部を呼んだはずなので娼婦しょうふって訳では無いだろう。

「この中にベルフェーヌって奴はいるか?」

「テメェっ!」

 剣を抜いた男へと、ジャケットの内ポケットから引き抜いたナイフを投擲とうてきする。

 念の為二本投げたのだが、一本は額に、一本は胸に、狙いをたがう事無く突き刺さった。

 ボスがそこそこ強かったようなので警戒したんだが……腕っ節で選ばれた奴は少ないのかもしんない。

「そう、抵抗するならそんな感じで武器を抜いてくれれば良い。そこの焦げた男と違って、楽に殺してやる」

 一瞥いちべつしてみたが、燃えさかるベットの炎が邪魔で男の姿は確認できない。

 だが、多分生きているだろう。ほっといてもすぐに死ぬだろうけど。

「で、ベルフェーヌはどいつだ」

「わ、私です」

 ガチガチに身体を硬くして、小さく手を上げたのは女性だった。

 もう一人もそうだが、美人だ。顔で幹部になれたんだろうか。

 まぁ、どうでもいいけど。

「お前が部下に命じて襲わせたわけか。で、教会の誰から依頼された」

「は? ……あ、まさか……クズの、サガラ」 

 そこまで呟いて、あわてた様子で口を押さえる女性、ベルフェーヌ。

 一気に顔色が悪くなり小刻みに震え出すが、クズと言われた程度で殺しはしない。そんな事をしてたら、今頃指名手配犯だ。

「さっさと答えろ」

「は、はいっ! あ、あの、メイリです」

「メイリが?」

 ボコボコにされた俺に、治癒魔術をかけてくれたシスターだ。

「メイリは、ボルド殿下から、だと。もしかしたら、レメ王妃から、かも」

「殿下って事は、王子か。第一、第二?」

「第三王子、です」

 第一第二王子なら面識はあるし、自己紹介をした覚えもある。

 だが、関わっていないと忘れてしまうのだ。そもそも付き合いが薄かったのが悪い。

「第三か。理由は分かるか?」

「はい。龍脈りゅうみゃくもちいた新兵器の開発です」

「……なんだそれ?」

龍脈りゅうみゃくから、魔力を吸い上げる技術を確立したみたい、です。離宮りきゅうが現在龍脈上で、大型の核石に魔力を吸い上げている途中、とか。現在、龍脈りゅうみゃくが花町を通っていますので、そこを殿下がおさえる事で魔石の量産を進め、同時に兵器の量産を行おうと言う計画です」

くわしいな」

「情報収集担当、ですので」

「ふむ。その為に俺を利用しようとした訳か」

「そう、指示を受けましたので」

 まぁ、俺が花町と仲が悪いってのは、この街では常識になりつつある。

 色々やってる圧力の一環、そのついでに仕込んだ嫌がらせなんだろう。

「……殺すべきは第三王子、か」

「そうですっ! 私も協力しますので、どうか命だけはっ!」

 両手を組み、ひざまづくベルフェーヌ。

 他の面々もそれに続く。が、俺は三本ナイフを取り出して、投擲とうてきした。

 女一人に、男二人。

 驚きに目を見開く面々へと、口を開く。

「抵抗の意思が見て取れたからな。めた真似をするつもりがないなら、殺しゃあしない」

 ひざまづさいの一瞬。その時の表情だけで大体分かるものだ。

 状況を飲み込めず流れで真似してるだけの奴はさすがに分からないが、悪意がある者ならそう言う一瞬に本性が見える。

 だから殺した。それだけの事だ。

「じゃあお前、ベルフェーヌ。お前が仕切れ」

「……はい?」

「情報屋なら、どいつが敵か、危険因子きけんいんしかぐらいは分かるだろ。もうすぐ死ぬだろうそこの馬鹿に変わって、お前が組織を仕切れ」

「そんなっ、無理ですっ!

「なら選べ。ここで殺されるか、ボスになるか」

 目を見開き、息をむベルフェーヌ。

「いいか? お前は、俺に喧嘩を売ったんだ。楽に死ねると思うな」

 使えないなら、俺に喧嘩を売った罰を受けてから死んで貰うだけだ。

 なので、個人的にはどっちでもいい。

 代わりは彼女の隣にもいるわけなのだから。

「あぁ、ちなみに他の奴らは全力で協力しろ。ボスになった奴は、裏切り者がいて手に負えないようなら俺に言え。そいつの友人から家族まで全員殺してやる」

 俺の言葉に、返事は無い。

 だが、明らかにおびえきっているので大丈夫だろう。

 大丈夫じゃ無かったとしても、その時は見せしめに何人か殺すだけだ。

「よし、いいな。じゃあベルフェーヌ、まずは俺をリンチした奴らを拷問にかけて殺せ。俺の手でやりたいところだが、王子のクソ野郎をどうおとしいれるか考えたいからな。そこは任せる」

「……え?」

「あと、今日の昼にでもギルドに顔を出せ。でもってギルマスと話を付けろ。互いにとって必要な事だ」

 もうめんどくさいので、後は丸投げだ。

 教会の件もあるし、王族の件もある。

 第三王子に仕返しなんてのは、幾ら俺でも難易度なんいどが高すぎる。まずは貴族に接触する事から初めて行くべきだろう。もしくは、マグに聞いて貴族の依頼を引き受けるか。

 どうにしろ、時間はかかる。

 王城に住ませて貰っていたので、副騎士団長とかにコネはあるのだが、王城での雇用に反対されている。そんな事実から考えれば、王城に入るだけでも年単位は必要そうだ。

 考えるだけで色々とめんどそうなのに、他の仕事は抱えたくない。

 なので丸投げ。

 結果として復讐ふくしゅうたされれば、それでしだ。

「あ、あの、意味が……」

「言ったとおりだ、上手くやれ。殺した方が良い奴がいるなら、ここにいる奴らで上手い事殺しとけ。それがスラム(ここ)の為だ」

 こんだけ大きな組織って事は、スラムにとっても必要な組織って事だ。

 混沌こんとん坩堝るつぼに落ちようとも俺としては構わないが、マグ辺りは心を痛める事あろう。

 だから丸投げする。心を痛めずに済むよう、頑張って欲しいものである。

 ふと思い付いて、俺は焼け焦げた男の元へと歩み寄り、その頭を掴み上げた。

 まだ生きている。

 もう意識が戻る事は無いだろうし、すぐに死ぬだろう。

 だからトドメを刺す必要は無いのだが、俺はその首を両断した。

 胴体付きだと重すぎる。

「じゃあな」

 そう告げて、俺は風呂場へと戻った。

 来た時同様、ロープを伝って帰るだけだ。

 昇りつつ見上げた空は、もう白澄しらずみ始めていた。


 悪魔は去った。

 だが、その場に残された者達はすぐには動けなかった。

 ボスが死んだ。

 スラムを一人で仕切れるような、実力とカリスマ性、更には残虐ざんぎゃくさまでそなえた本物のボスだった。

 それほどの人物がゆるしをいながら殺されたのだ。

 その事実は、重い。

 だが、それ以上に、あの男から命じられたという事実が重かった。

「ベルフェーヌ……」

「ダマスス。……ううん、みんな。お願い、力を貸して」

 声をかけてくれた男性だけではなく、ここにいた全員へと、ベルフェーヌは生まれて初めてと思えるほどに心底から助力を願った。

 根底にあるのは恐怖だ。

 いなくなってなお、あの男が残した言葉が畏怖いふを抱かせる。

「協力は構わないが、どうするんだ?」

「ボスが死んだってのは、ヤバいだろ。俺たちじゃまとめきれねぇよ」

「クアピトを持ち上げるか? 馬鹿だがナンバーツーだし、実力だけは確かだ」

「違う。クアピトを、殺す」

 ベルフェーヌの言葉に、沈黙が落ちた。

 それは、誰もがその行為を視野に入れていたからの沈黙。

 仲間を手にかけるという忌避感きひかんはある。だがそれ以上に、クアピトを殺せるかどうか。ボスに次ぐ実力者であった彼を殺そうとするならば、どれほどの被害が出るか。

 それを思うからこそ、考えてはいても言葉には出来なかったのだ。

 直接命令を受けた、ベルフェーヌ以外は。

「殺すなら、状況を知られていない今しか無い。他にも、ボスが死んだら厄介な動きをしそうなのが、ざっと思い付くだけでも十三人。クアピトは私達が、その十三人に関しては部下を使って殺させて。最悪、捕縛ほばくしておくだけでも良い。見せしめに使うから」

「いや、けど……」

「分かってんでしょっ!? 私達が殺されるわよっ!?」

 悲鳴じみたベルフェーヌの言葉に、反論する者はいない。

 幹部という地位にいているのは伊達だてでは無い。

 誰もが相応の苦労をし、相応そうおうのイカレ野郎達を見てきたのだ。

 だから分かる。

 アレのヤバさが。

「アレは、私達を人として見ていない。使えなければ、殺される」

「け、けど、相手は一人だぞ?」

「そうね。一人で、ボスを殺した。……それだけが、事実よ」

 憎しみも、怒りも無く。

 むしろ微笑んで、あのボスを殺した。

 その事実が、恐ろしい。

「私は、あんな風に、殺されたくない」

 身体のふるえは、恐怖から。

 あふれる涙は、安堵あんどから。

 目にした現実を、今更ながらに受け入れたベルフェーヌの心は、自然と身体にそう指示を出したのだ。

(殺されなくて、よかった……)

 ここに来た時には既に、ボスは憔悴しょうすいしきっていた。あのボスが、だ。

 どれほどの苦痛を与えられたのか、想像もつかない。

 その上で、殺された。

 最後の最後まで、苦しんで。

 ベルフェーヌが視線を落とした先には、額にナイフを生やして倒れた三人。

 彼らはまだ幸せだったのだと思う。

 そこまでの苦しみを味わう事無く、死ねたのだから。

(そういえば……)

 ベルフェーヌは、自分が遠慮無く言葉を発せている事に気付いて、面々を見渡した。

 自分を含めて七人。

 死んだ三人も、古くからの付き合いだ。

 スラムに生まれ、スラムで育ち、生き抜き、成り上がる事が出来た仲間達。

「……ねぇ。確か、倒れてた奴らがいたわよね?」

「マキビシんだ奴か?」

「違う。何か、気持ち悪いとか言って」

「そういえば、何人か……。――毒かっ!」

 何人かがあわてた様子で口を手でおおう。

 思い返してみれば、あの悪魔も口を布で覆っていたのだ。

 その雰囲気、目の動きから、布で隠しているとは思えないほどに表情を見て取れてしまっていたが。

「大丈夫。多分、私達には効かない毒。ボスに呼ばれたってのに来てない奴らから考えれば、すぐ分かるでしょ」

「……スラムが長い奴には、効かない毒?」

「そんなんあんのかよ」

「一体、何の目的でそんな毒を……」

「あいつなら、即死性の毒をきそうだし……別の奴か?」

 憶測おくそくが飛び交う中、ベルフェーヌは声を上げる。

「兎に角、今がチャンスよっ! こっちに従いそうに無い奴らをすぐに拘束こうそくっ! レミングストは見張りをお願いっ! 武闘派共が帰ってくるまでに掃除を済ませるわよっ!」

『おうっ!』

 重なる返事。

 それに頷くと、ベルフェーヌ自身も駆けだした。

 ボスが殺されたのは、幸運でもある。

 ベルフェーヌにも、望む未来がある。

 そこに手を伸ばす機会を、与えて貰ったのだから。


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