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第二章   リムの新装備


 翌日。

 治療に大金を使ったばかりなので手早くかせぎたい所ではあったが、朝一で来たのはギルドの地下訓練場だった。

 ギルドの教習きょうしゅうなどがあれば話は別だが、基本的に朝一だと人は居ない。

 来るとしても早めに仕事が終わった真面目君とかぐらいなので、人が増えてくるとしても昼過ぎぐらいからなのだ。

 なので、そなえ付けの武器防具を気軽に使える。

「ん~……」

 ブンブンと木剣を振るのはリム。

 さすがに武器が必要かと思い色々と触らせてはいるのだが、どうもピンとくるのが無いらしい。

「ゲームとかだと小さい子ほど大きい武器を使ってたイメージだけど……」

「難しいの」

 ためしに一番大きい大剣やハンマーを使わせてみたのだが、横薙よこなぎなら兎も角、振り下ろしが全くと言って良いほど使い物にならない。

 人や魔物が相手だと想定すると、一番威力が出るタイミングのはるか手前で当たってしまうのだ。

 いくらリムの腕力が優すぐ)れているといっても、それでは宝のぐされだ。

「ナイフと小盾とか、二刀流も無理だったしなぁ」

 解体とかならちゃんと出来るのだが、武器として使用しようとすると、何というか不器用なのだ。

 の長い武器は身長的にアウト。かといって得物えものが短ければ良いかと言えば、見るからに力の入れ方が間違っている。

 何というか、根本的に武器で相手を傷付けるのが苦手って感じだ。

 色々と武器を変えては振って、回ってとためしているのだが、本人が違和感いわかんを感じる以上に、見ていて合わないのが分かる。

「……じゃあ、いっそのこと無手むてでやるか?」

「むて?」

「ナックルとかでこぶしを守ってなぐる、るって感じだな。護身術ごしんじゅつにもなるし、まずはそっちからにしようか」

 正確に言えば、グローブやナックルがない本当の素手が無手なんだが、武器を持たないと言う意味で無手。要するに格闘術かくとうじゅつだ。

 軽くかまえて、左手を放つ。

 基本のジャブだが、最底辺さいていへんの迷い人であってもパンッと空気がぜる。

 王城でやしなってもらっていたさい無手むて武術ぶじゅつも習ってはいる。それでもプロボクサーに比べればはるかに短い期間でさまになっているのだから、最底辺とはいえチートはチートって感じだ。

 パンッと、真似したリムがいい音を出した。

 うん。どこの世界にも天才ってのはいるもんだ。

「他は?」

「合う合わないはあるけど、まずはリズム。でもって近接戦きんせつせんだから、攻撃は全て引きを意識する。全力でなぐるとしても、すぐ動ける事を意識しておく事が大事だ」

 トントンと軽くねながら、ジャブ、ジャブ。んでブローを放ち、み込んだ足ですぐ横へとんで、再びジャブ。

 ボクシングっぽい動きではあるが、あくまでぽいだけ。蹴りもある。

 腰をひねって太ももを前に。途中からひざを伸ばして、パンッと一発。すぐさま足を戻しつつ、軸足じくあしで後ろへぶ。

 この世界の格闘技かくとうぎは、基本的に時間稼じかんかせぎ。剣や鈍器で殴るか、魔術で殺した方が確実かつ楽なので、必然的ひつぜんてき護身術ごしんじゅつとしての側面そくめんが強くなっているのだ。

 なので、一撃の重さでは無く、回避かいひに重点を置いた攻撃が基本となる。

「……んっ!」

 真似を始めたリムは、中々(なかなか)さまになっていた。

 と言うか、武器を使っていた時と違って吸収が早い。たまにブンッと力任せな音が聞こえはするが、ちゃんとパンッと音を立てて引き戻す事が出来ている。

 やっぱり無手むての方が合っているんだろう。

「じゃ、手合わせしてみるか。好きに攻めてきていいぞ」

「いいの?」

「これでも一通り習ってるからな。本気でこい」

「うんっ」

 うなずくなりリムが踏み込んでくる。

 迷いが無く、とんでもなく速い一歩。

 だが、身長の低さは間合いのせまさでもある。

 リムが放とうとした一撃は、その腕が伸びきるよりも速く俺の左手につかまれていた。

 それでもパァン! と響いた音に、顔をしかめる。

 想像以上に痛い。まともに受けるのは止めよう。

「攻撃までがおそい」

「ふっ」

「軽い。まわりなら軸足じくあしを――」

「しっ!」

「――ちゃんとつけろ。最初の一撃が一番マシだったぞ?」

 回し蹴り、さら二段にだんりと器用な事をやってきたので、その足をつかんで見下ろす。

 リムは不機嫌ふきげんそうにほおふくらませていた。

「ずるいのっ!」

「まぁ、身長差はなぁ」

 リムを下ろして、お手本に移る。

 まずはパンチ。さっきの場合だと正拳せいけんきだ。

んでから始動しどうではあるけど、基本はひねり。身体を前に出すんじゃ無く、こし。でもってむねだ」

「むぅっ!」

 一回手本を見せれば、ふくれっつらでもちゃんと真似できるんだから素直に感心する。

 格闘技かくとうぎの道場でもあればまよわず入門させるんだけど……この世界じゃ需要じゅようが無いから、そんな場所がない。

 なのでまぁ、俺が基礎きそを教えるしか無い。

「蹴りも同じ。重要なのはじくこしだ」

「じく?」

「身体のしんだな。今のところ問題は無いから、腰だけ意識すれば良い」

「……腰」

「蹴る時も、腰を回すイメージだ。さっきのだと、単に足を出したのとあんま変わらないから、軽くなる。……そもそもが軽いから、りとかはめた方が良いな」

「むぅっ!」

「ま、まずはそれだけ意識してみれば良い。後は、どうやったら俺に攻撃を当てられるか、考えながらためしてみれば」

 カタとかは、必要があればでいいだろう。

 副騎士団長ふくきしだんちょうとの訓練もこんな感じで、俺自身型は習わなかった。

 知識として調べはしたが、副団長ふくだんちょうをぶん殴る為に必要だったのは相手を見る目と、反応、そして一秒先を考える思考しこうだった。

 まぁ要するに、実戦だ。

 つちかわれた経験こそが武器になるのだ。殴る蹴るの基本さえ覚えれば、後は実戦あるのみ。

 リムが殴り、蹴る。

 それを俺は、大体は回避かいひして、当たりそうな一撃だけを受け流す。

 途中からリムは、打撃につかみを混ぜてきたり、フェイントをぜてきたりと工夫を始める。

 最初の模擬戦もぎせんから何を言うでも無くそこまで考えつけるのは凄い。

 だがそれ以上に凄いのは、持久力だ。

 俺は最初の時、十分ともたずに両腕がパンパンだった。だと言うのにリムは、一時間以上も動き続けている。

 基本的に受けてかわしているだけの俺ですら汗だくだ。

 さすがに、ダルい。

 なので腰を落として攻撃の体勢へと入ったリムへと一気にり、その頭に手を置いた。

「終わりだ。疲れた」

「……はふっ!」

 息をき、大の字で寝転ねころがるリム。

 と、パチパチとひかえめな拍手はくしゅひびいた。

「ん? ……あー、ダルクとアーサー、だったか」

「うっスっ! お久しぶりっス!」

「名前を覚えてくれていたんですね。嬉しいです」

 暑苦あつくるしそうなのが赤毛で角の生えた青年、アーサー。さわやかな笑みを見せているのがダルクだ。

 若手四人パーティーの前衛ぜんえいつとめる二人であり、後衛こうえいの女性二人はリムの元にかがんで水をあげたり風を出してりしてくれている。

 訓練場を見回してみれば、他にもちらほらと人が居る。訓練している様子は無いので、こっちの練習を見学していたんだろう。

「サガラさんは格闘も出来るんッスねっ!」

「リムさんも凄いですね。てっきり単なる荷物持ちの子かと思っていたんですけど」

「あぁ、そういえば聞きたいんだが、獸人ってみんなああなのか?」

「「ああ?」」

 顔を見合わせて首をかしげる二人へと、言葉を続ける。

「戦闘訓練は初めてなんだが、スタミナは凄いわ力も凄いわで……普通に疲れた」

「あれで、初めてッスか?」

「それは……いくら獸人とはいえ、異常ですね」

 リムへと顔を向けたダルクは、首をかしげた。

「特徴も一般的な半獸人はんじゅうじんと同じですし……」

半獸人はんじゅうじん?」

「この国では形骸化けいがいかされた言葉ですけど、獸人は獣に近い外見ほど力が強く、上位の存在という認識だったらしいです。なので、人としての特徴が強い獸人は半獸人と呼ばれていたらしいですよ」

「へー」

「アーサー。養成所ようせいじょで習っただろ?」

 ダルクの半眼に、アーサーはそっぽを向いて嫌に上手い口笛を吹き始めた。

 二人共に見た目通りの生徒だったと言う事だろう。

「えーっと、まぁそんな感じなので、特徴的には初めてであそこまで動けるって事は無いと思うんですけど」

「だよなぁ。……単に天才ってだけかね」

 両親が冒険者とか言っていたので、訓練ぐらいはしていたのかもしれない。

 まぁ、優秀な分には不満は無い。

「ありがとな。じゃあリム、行くぞ」

「……はい」

 どうにか立ち上がったリムを支える、女性二人。

 キッとにらんできたのは金髪の方。確かサリアとか言う名前だったと思う。

「あんた、リムちゃんをどうするつもりよ」

「どうって、普通にこれから仕事だけど」

「はぁ? ばっかじゃ無いのっ!?」

「えぇ……」

「リムちゃん疲れ切ってるじゃないっ! なのに酷使こくししようなんて、どんだけクズな訳っ!?」

「やめろっ!」

「やめなさいっ!」

 青年二人が駆け寄ってきて、サリアとの間に立つ。

 サリアをいさめるというより、守ろうとしているかのようだ。

「申し訳ありません、サガラさん。ちゃんと言って聞かせますので」

「あーっと……そう。他のパーティー事情に口を出すのは、冒険者として御法度ごはっとだからな。うん、サリアが悪い」

「はぁっ!? なんで私が――」

「黙りなさいっ!」

「殺されるぞお前」

 中々の剣幕けんまくでサリアをにらむ二人。

 って言うかアーサー。さすがにリムの事で怒られたからって、『じゃあ殺そう』ってなるほどイカレてる人間じゃ無いんだけど……。

「はぁ。もういい」

 相手にするだけ悪評あくひょうが広まりそうなので、リムを小脇こわきかかえて歩き出す。

 こちらの様子をうかがっていた他の冒険者達が、『あの状態の子供働かせるってマジかよ』『クズって言うか外道じゃねぇか』なんてささやき合っているのが聞こえてくる。

 俺の時は本気で足腰あしこしたなくなるぐらいまで訓練だったし、それに比べれば一二時間で済ませた訓練なんて可愛いものだと思うんだが、世間一般では違うんだろうか。

 少なくともリムに関しては、かかえられてうれしそうに尻尾を振ってるんだけど。

「……今日は簡単な依頼を引き受けておくか」

「うんっ」

 何をやってもクズって言われそうなので、もう悪口はあまんじて受け入れる。

 けど、それでも。

 リムに対してまで鬼畜きちくだと思われるのは少し不愉快なので、軽めの依頼を引き受けたって事実でちょっとは誤魔化ごまかしたい。

 でもって、リムの装備だ・

 こっちは評判関係なく、リムの生存率を上げる為にも最低限さいていげんそろえる必要がある。

 ……出費がかさむなぁ。


「ふんっ、ふんっ」

 リムはご機嫌でシャドーボクシングをしている。

 初めての戦闘訓練でテンションが上がっているってのもあるだろうが、一番の理由は新調しんちょうした装備だろう。

 皮鎧かわよろいうでて、すねて。さらに鉄製のナックルガード。開拓村でもらった一式があるのでぱっと見では変化が見えないが、一通り装備させている。

 子供用だし材質が高い物でも無いのでお値段はそれなりだったのだが……そろそろ懐がヤバい。

 ここのところ出費続きなのだ。

 冒険者としてはまだ十分なたくわえがあるものの、日本人としては安心できる範囲の貯金が欲しい。

 だが今回は、かなりお安い依頼を引き受けた。

 引き受けた依頼はゴブリン退治たいじ報酬ほうしゅうは金貨一枚だ。

 依頼受注いらいじゅちゅうさかんな朝方が過ぎても残っていたように、美味しい依頼にはほど遠い。

 安全な仕事をするんだな、と言う印象付いんしょうづけの為に引き受けたので仕方ないけども。

「あー、めんどい」

 南門先の田園地帯でんえんちたいで農家のまとめ役を探して、受注書を渡すだけでもうもうお昼。

 取り纏め役に受注書を渡した場所から畑を突っ切れば狩り場まですぐだってのに、「畑に入るな」と怒られたので大回りだ。

 まさか、依頼を引き受けているのに入れてくれないとは。

 まぁ、畑に入るだけで犯罪者なのが現状だ。例外を作りたくないのも理解は出来る。

 そのせいで無駄に歩くのは非常にめんどいが。

 と言う事で、一度王都に戻って飯を食っての再出発だ。

 畑を左手に、城壁じょうへき沿いを西へと向かう。

 王都内は東西南北に道がびているものの、西門はない。狩り場となる森がずっと北にまで広がっているので、通用口程度の扉があるだけだ。

 なのであえて外から向かう。あの辺りは治安も良くない、と言うかスラムになっているのでわざわざ近付きたくない。

「うわぁ……」

「なんだここ」

 思わず足を止めたのは、そこだけ花がみだれていたからだ。

 畑道だし衛兵えいへいが定期的に巡回じゅんかいしているはずなのでありえないのだが、その道を両断するように緑がしげり、白い花が咲いている。

 畑も同様で、そのラインだけ野菜が育っている。トマトの瑞々(みずみず)しい赤が美味うまそうだ。

すごいの」

「だな。……魔術か何かか?」

 城壁にまで、そのラインだけびっしりとこけが生えている。

 特に何かあったと聞いた覚えはないので、昔からの事なんだろう。多分。

「そういえば、森でもぶっとい木ばっかりが生えてるラインがあったな」

 いきなり植物の分布ぶんぷが変わったので、異世界って滅茶苦茶めちゃくちゃだな、なんて思ったものだが、多分このライン上だけが異常なんだろう。

 このまま真っ直ぐこけが延びているなら花町辺りだろうが、そんな話は特にない。城壁までって条件でもあるんだろうか。

「ん? こんな所で何をしている」

 草花をみつけて近寄ちかよってきた男が、一応程度に腰の剣へと手を置いてそう発した。

 ギリギリでオッサンとは呼ばれないような外見の男性だ。衛兵らしくちゃんと鎧は着ているが、ちょっと暖かい時期と言う事もあって汗だくだったりする。

「ゴブリン退治の依頼を引き受けたんですよ」

「あぁ。で、この道は初めてって訳か」

「まぁ、こんな道通りませんしねぇ」

 一応、まっすぐ行って田園地帯を抜ければすぐに森。なので狩り場ではあるのだが、普通の冒険者は南門を真っ直ぐ南へと行って、田園地帯をえた所から西へと向かった場所を狩り場にする。

 その理由はいくつかあるが、目の前の男もその理由の一つだ。

 田園地帯は、国から派遣はけんされた衛兵えいへい巡回じゅんかいしている。必然的ひつぜんてきに魔物が少なくなる為、狩りには向かないのだ。

 なら今回の依頼は何かと言えば、単なる農家のアピール。

 『自分達も努力してますよ』と、衛兵達えいへいたちしめす為の依頼。だから安いし、朝一の受注ピーク時間を過ぎても残っていたわけだ。

「ならこの光景に驚くのも当然か。これは龍脈りゅうみゃくって奴だ」

「龍脈?」

「あぁ。くわしい話は俺にも分かんねぇが、龍脈の上ならこんな感じで植物が育ちやすかったりするらしいな。そこのポギール大森林も、龍脈があったからあそこまで広がったって話だ」

「……動くんですか? その、龍脈とか言うの」

「実際動いてるからなぁ。俺がガキの時は、西城壁全体が苔塗こけまみれだったんだぜ?」

「へ~」

「ま、だからクソガキの俺でも城壁掃除の仕事を貰えて、そのえんでこの仕事にけたんだがな。龍脈様々だ」

 豪快ごうかいに笑う男に、俺も頰をゆるめた。

 人に歴史あり。

 彼は彼で、色々あったんだろう。

「あー、そういえばゴブリンとかっていました?」

「そーいや、依頼受けてたんだったな。……農家の奴らドケチだからなぁ。何体か狩らないと報酬ほうしゅうなしだろ?」

「ですね。ゴブリン五体狩ったら金貨一枚です。それ以上狩っても報酬は増えませんね」

「何匹か狩ってりゃあ死体の位置を教えてやるんだが、今日はゼロだ。悪いな」

「いえいえ。それでは」

「おう。あ、指定区域で狩ってたって報告してやるから、目印は上げなくて良いぞ」

「そりゃどうも」

 今回みたいな依頼の場合、目的の場所に着いたという合図が必要になる。

 大した手間ではないのだが、『合図が見えなかった』などとイチャモンを付けられる可能性はゼロではないので、衛兵がそう言ってくれるのはありがたい。

 なので会釈えしゃくを返してから城壁沿いを進む。

 ゴブリンを最低五匹。

 あいつらは基本群れているので、問題ないはずだ。

「サガラ」

「ん?」

「どこまで行くの?」

「あそこで畑が終わるから、ちょっと南に行ってから森に入る感じかな」

 一応田園地帯をおおうように畑道があるので、それに沿って曲がっていく感じだ。後は適当な所で森に入れば良いだろう。

「分かったのっ!」

 返事をするなり駆け出すリム。

 新しい装備を早く試したいんだろう。

 王都がすぐ横と言う事もあり、この辺りで危険な魔物は報告されていない。動物の猪と、魔物の狼系が同列で危険とされている程度だ。

 まぁリムなら放っておいても大丈夫だろう。

 ちゃんとした戦闘訓練は今日が初めてだったが。昨日の猪もふくめ、そこそこ戦闘はしているのだ。万が一にも大怪我おおけがをする事はない———筈。

 考えててちょっと不安になったので、小走こばしりで進む。

 リムはもう森の中。全力で走っていったらしく、姿はもう見えない。

「……大丈夫、だよな?」

 森の中の移動速度は、リムの方が上だ。

 なので、どれだけ距離が開いたかももう分からない。

 まぁ、敵と遭遇そうぐうすれば戦う音ぐらい聞こえてくるだろうし、ヤバければ大声ぐらい出すだろう。

 そう自分に言い聞かせて、普通に進む。

 雑魚ざこが相手だとしても、不意打ふいうちはキツい。

 街中でさえ殺されかけたのだ。魔物がいる森の中は、ちゃんと警戒しつつ進まないと命に関わる。

 十分じゅっぷんほども進んだだろうか。

 太い木のみきをこえると、目の前にリムが立っていた。

 血塗ちまみれで。

「出来たのっ!」

「お、おう」

 ちょっとびっくりしたのは内緒だ。

 向けた視線の先には、ゴブリンが六体。そのどれもが分かりやすく事切こときれていた。

 六体全部、頭がつながっていないのだ。

 ゴブリンは人間の子供程度のサイズで、見たまんま貧弱ひんじゃくではあるのだが、頭部をなぐって千切ちぎばすなんて真似は普通出来ない。

 ちょっとレクチャーしたとは言え、どんな威力でぶん殴ればこんな事になるのか。

 ……うん、リムは怒らせないようにしとこう。

討伐証明部位とうばつしょうめいぶいっておくから、リムは血を落としな」

「うんっ!」

 リムはこの腕力に加え、ちょっとした魔術なら使う事が出来る。

 俺よりスペックが高いんじゃないだろうか。

 現状でこれ。もう数年もすれば見た目も成長して、すぐに一流冒険者の仲間入りだろう。

 保護者的にパーティーを組んでいるだけなので、リムが他のパーティーに入る事になるってのは問題ない。むしろ、すぐそうなると思っている。

 けど、その時『サガラ、臭い』『クズとはちょっと』みたいな感じで軽蔑けいべつの目で見られないかどうかが不安だ。

 そんな事になる前に、リムには良いパーティーに入って欲しいものである。

「相変わらず臭いなぁ……」

 血の匂いもそうだが、そもそもゴブリン自体がかなり臭いのだ。

 その犬歯が討伐証明部位なので取らないといけないのだが、口を開けばなお臭い。さらに犬歯は見るからに汚いので、触りたくない。

 その上、一匹大銅貨一枚。

 日本円にすれば五百円だ。しょぼい。

 犬歯一本あれば証明にはなるので、右側の犬歯だけを引き抜いてゆく。

 本来なら両方欲しいのだが、右左が入り交じっていない限りは一本で一体として換算して貰えるのだ。

 討伐証明部位用の革袋に犬歯をしまい、腰をばす。

 後は死体を一纏ひとまとめに。これで一仕事終了だ。

 これだけ臭くても死体を食いに来る魔物はいるし、同族のゴブリンも食べに来たりする。

 夕方ぐらいまで近場で待機して、狩れそうなら狩るぐらいで良いだろう。

「洗ったのっ!」

「はいよ。その前にちょっと水出して」

「うんっ」

 リムの魔術で水球が生まれ、そこの手を突っ込んで洗う。

 その後は差し出されたタオルを受け取って、リムの頭をいてやる。

 思いっきりびたらしくビシャビシャだ。まぁこの時期なら風邪を引く事も無く、早めに乾くだろうけど。

「ほい、おしまい」

「ぷあっ! ありがとうなのっ!」

「ん。で、近接戦だから返り血はしかたないけど、もう少し工夫しような」

「くふう?」

「顔を殴るにしても胴体から千切れない程度に力をおさえる、千切れたならすぐ距離を取ったり、身体を蹴り飛ばす、とかかな」

「分かったのっ」

 まだ湿しめってるリムの頭に手を置いて、周囲を見回す。

 いつもの狩り場なら魔物が寄ってきてても不思議はないのだが、その気配はまるでない。

 情報通り、魔物自体が少ないんだろう。

 稼ぎに向かないエリアというのも納得である。

「ま、この近くでしばらく待機して様子を見るか。依頼はもう達成してるしな」

「うんっ!」

 リムの元気さに苦笑して、異臭立ちこめるその場から距離を取った。

 その後ゴブリンが来たものの、数は少なかった。

 本日の収入は、金貨一枚と大銅貨八枚。

 日本円にすれば一万四千円。

 リムの装備を調あつらえた影響で、大赤字である。


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