プロローグ
読んでくれてる人がいるようでしたので、続き書きました。
ブックマークとか評価とかあって、嬉しかったです。
ありがとうございます。
霞む視界で、夜空を見上げていた。
無数の星と共に輝くのは、二つの月。
「……っ」
月が綺麗だ———なんて思う間もなく、俺は横を向いて咳込んだ。
反射的に右手で口元を抑えるが、たったそれだけの動きですら激痛が走る。
咳の一回が涙が出そうなほどの痛みを伴うが、止まらない。
胃から迫り上がってくるモノが咳と共に吐き出され、喉にまとわりついてまた咳込む。
自然と身体を丸めて咳込み、その激痛に唇をキツく結ぶも、咳は止まらずに何度となく咽せる。
そんな地獄のような時間がどれだけ経ったか。
ようやく咳が落ち着いて、俺は仰向きに戻る。
ただそれだけの行為にすら激痛が伴い、「いっ」と思わず声が漏れてしまったほどだ。
「……やられた、な」
殆ど記憶に無いが、鈍器で後頭部を殴られた事は覚えている。
幸か不幸か、襲われたのは公衆浴場に行く途中。
最近パーティを組んだリムが一緒じゃなかったのは、間違いなく幸運だった。
逆に、公衆浴場用の小銭と着替えしか持っていなかったのは不幸、と言うか油断だ。
ヤマ王国首都キャピケイル。
冒険者としての拠点であり、冒険者ギルドとも上手くやれているので、甘えた。
自分の評判を甘く見積もりすぎていたと言っても良いだろう。
クズのサガラ。
最近ではそこに、鬼畜やらロリコンやらまでつくようになったのだ。
闇討ちを警戒していなかった俺が悪い。
とはいえ、絶対に報復はするけども。
「さて……どうしたもんかな……」
報復云々(うんぬん)よりも、問題は現状だ。
動けば痛いし、動かなくても痛い。
歯は殆どが砕けていて、顔がパンパンに腫れ上がっているのが分かる。瞼を開くのすら大変なほどだ。
唯一の救いは、四肢に欠損が無い事ぐらいか。
ただ、大腿骨が両足とも折られているッぽいのがキツい。右腕だけは罅ぐらいで済んでいそうだけど———さて、何カ所折れている事やら。
「異世界じゃなかったら、死んでたな。———ぐっ」
俯きになっただけで顔を顰める。
こっちの世界に来てから色々あったので痛みには慣れているつもりだったけど、全身骨折みたいな現状は普通にキツい。
異世界に来て身体能力強化なんてのも使えるようにはなったけど、あれは簡単に言えば筋力の強化だ。骨が折れている状況でそんな真似したら、多分痛みで気絶する。
なので俺は、補強程度の強化をかけてから、右腕を前に出した。
片腕だけで匍匐前進だ。
現在地は見覚えがある。
花街近くのゴミ捨て場。
ゴミの量的に、焼却日まであと二日はあるだろう。最悪でも入り口までは辿り着かないと、このまま死にかねない。
……まぁ、入り口で力尽きても同じ結果になりそうだけど。
何せ俺は、花街から出禁を喰らっているのだ。
娼婦達からの憎悪はそりゃあもう酷いもので、こんな状態で見つかればトドメを刺される事間違いなしだ。
なので、激痛を堪えて少しずつでも進んでゆく。
当てはある。問題は、そこまで意識がもつかどうか。
荒い息を吐きながら、どうにかゴミ捨て場の入り口へ。、
頰を伝って落ちてゆく液体が、汗なのか、血液なのか。どれだけの時間を這いずっているのか、それすら曖昧ながらも、ひたすら進む。
「ひっ」
「……あ?」
声に顔を上げれば、修道服の女性が尻餅をついていた。
視界がぼやけてハッキリとは見えないが、この辺りでそんな服装をしているのは二人だけの筈だ。
そー言うプレイ中でも無い限りは。
「メイリ、か?」
「な、何故私の名を……」
「サガラだ。悪いけど、治癒を、頼む」
「……は? え、サガラさんっ!? そんな、なんでっ! すぐに治療しますからっ!」
「頼む」
メイリに会えた事で力が抜け、うつ伏せに寝転がる。
ファンタジー世界という事でチートは色々あるが、一般人でも恩恵を受けられる最もメジャーなチートがこの治癒魔術だ。
病気以外なら大体治る。高位の治癒術士なら部位欠損まで治癒できる。
そこまでの恩恵に与れるのは限られた金持ちだけだが、そんな事が可能と言うだけで普通にチートだ。
「これは……。サガラさん、かなり痛みますよ?」
「もう、痛いから……好きに、やってくれ」
「……始めます」
メイリの呟きに続いて、詠唱が始まる。
「ぐぅっ、いぎぃぃぃっ!」
チートと呼べる治癒魔術にデメリットがあるとするのなら、この激痛だろう。
切り傷程度ならその部分を焼かれている程度の痛みで済むのだが、骨折とかになると神経から焼かれ縫合されているかのような激痛になる。
ぶわりと汗が噴き出し、悲鳴を押し殺すだけで体力が持って行かれる。
更に骨の位置がずれていれば、元の位置に戻る為に自然と動くのだ。これがまたとんでもなく痛い。
この痛みが、一カ所ではなく全身だ。
痛みに意識を失いかけて、同じく痛みで意識が引き戻される。
そんな地獄を味わう事三十分ほど。
最後に顔を治療して貰うと、途端に寒気が襲ってきた。
「……大丈夫、ですか?」
「あ、あぁ。……ありがとう」
立ち上がって頭を下げる。
眠気と疲労感が酷いものの、痛みが無くなったというのはありがたい。素直に感謝だ。
「あの、何があったんですか?」
「いきなり襲われてね。……本当に助かったよ」
心配そうに見上げてくるメイリは、相変わらず可愛かった。
日本人が想像する外人のシスターって感じだ。
身長はさほど高くなく、けど胸は大きくて、肩口まで伸びた金髪。不安そうに揺れる瞳は深緑色で、まるで宝石のようだ。
「治療費は……悪いんだけど、明日。中央教会に持ってくよ」
「あ、はい」
「悪いね。で、メイリはなんでこんな所に?」
「孤児院の帰りです。宿舎もこの近くですし」
「……あぁ、あったなぁ。けど、気をつけなよ?」
「ふふっ。王都は治安も良いですし、この服装の相手を襲ったら身の破滅ですからね。大丈夫ですよ」
ヤマ王国における教会の力は、さほど強くない。
だが、国に認められている宗派は王家の庇護下にある為、宗教関係者に対する犯罪はかなり少ないのだ。
「あの……送っていきましょうか?」
「大丈夫、ありがとう。じゃあ、また」
俺だって男だ。
深夜に二十代の美人さんからそんな事を言われれば下心くらい抱いてしまうが、正直そんな状態じゃない。
体力の限界。
昼間は冒険者としてちゃんと活動した上に、全身まんべんなくボコられて、更に治癒の激痛だ。正直、歩くだけでも辛い。
それでも、歩く。
いつもなら十分少々で済む道のりが、長い。
それでもどうにか辿り着く。
オズの木漏れ日。
冒険者ギルドから比較的近い、中道にある宿屋だ。
その前で、深夜だというのに仁王立ちで立っている一人の少女。
一ヶ月ほど前から一緒に行動するようになった獸人の少女、リムだ。
彼女は俺を見つけるなり、怒っていますとアピールするように頰を膨らませて猛ダッシュしてきたものの、目の前まで来ると不安そうな目で見上げてきた。
「ど、どうしたの……?」
「ちょっと、な。……部屋まで、頼む」
リムが無事だった事に安堵すると同時に身体の力が抜けて、俺はその小さな身体を抱きしめるように崩れ落ちたのだった。