勇者様を探してます
「貴方は勇者様でしょうか?」
ある日ウサギのような生き物に話しかけられた。いや、日本語喋っている時点でウサギじゃない。ならなんだという話だが……私の目にはタキシードをきたウサギに見える。あれだ。不思議の国のアリスに出てくるやつ。
いい表現を見つけたけれど、だからなんだという話だ。
「勇者様なら、僕たちを助けて下さい」
「……勇者ではないと思うけど」
白昼夢というものなのか何なのか。よく分からないけれど、私はウサギもどきの言葉に答えた。私は勇者と呼ばれた事など一度もない。ついでに、魔法少女でも日曜朝に戦う少女でも戦隊ヒーローでもない。普通の女子学生だ。
私が本当の事を言えば、ウサギもどきはぽろぽろ泣いた。ウサギって泣くんだ。いや、ウサギじゃなかった。ウサギはそもそも鳴き声も出せない生き物だ。喋るウサギはウサギではない。
「ボク……ボク、勇者を見つけなきゃいけないのに……勇者を見つけられない」
「どうして、勇者を見つけなければいけないの?」
しくしく泣く姿がどうにも放っておけなくて、私は話しかけてしまう。多分厄介事。分かっているけれど、無視するには主張が激し過ぎた。
「ボク、お父さんに言われたの。勇者様を見つけてきなさいって」
「お父さんに?」
「皆で探しているの。僕達を助けてくれる勇者を」
どうやら、その小さな背中に何やら使命をおびて、このウサギもどきはいるらしい。
「勇者はここに居るの?」
「分からない」
「お父さんはここに探しに行くように言ったの?」
「ううん。僕が住む場所ではない、別の場所で探すように言っただけ」
どうやら、私が住む場所にいるかどうかも分からない人物を探しに来たらしい。いや、そもそも探しているのは人間でいいのだろうか?
だって相手はウサギもどきだ。
「勇者は人間なの?」
「分からない」
「勇者は男なの? 女なの?」
「分からない」
「勇者はどんな姿なの?」
「……分からない」
「勇者には何か特徴があるの?」
「……分かんないよ……何にも」
質問をすればするほど、虐めているようになってしまって頭を掻く。
ウサギもどきは俯き膝を抱えて丸くなってしまった。
「ねえ。君の仲間の中に、勇者はいないの?」
「いないよ! だって、僕らは弱いもの。だから僕らは僕らを助けてくれる勇者を探さないといけないんだ」
私の言葉に、ウサギもどきは顔を上げて叫んだ。
確かに見た目はウサギ。私よりも弱そうだ。
「でも困っているのは君達なんでしょ?」
「そうだよ。僕達は困ってる。だから僕らを守ってくれる強い勇者様を探しているんだ」
「でもそうすると、君達と全く関係ない立場の勇者が、君達の困っている事を解決させなければいけないという事だよね?」
ウサギもどきは弱いかもしれないけれど、でも強いからと言って彼らの困りごとを何故別の人が解決させなければいけないのだろう。
「関係なくないよ。だって、勇者様だもの」
「何で関係なくないの?」
「勇者様になれるのは名誉な事なんだ。だから勇者様なら、困難に向かわないと」
「名誉な事なら、あなたが勇者になればいいんじゃないの?」
困っているのはウサギもどき。なのに勇者はそれ以外。強いかもしれないけれど、強いことがイコールで傷つかないわけではない。
「む、無理だよ。だって僕は弱いから」
「弱いと無理なの?」
「弱かったら、強い敵を倒せないじゃないか」
「でも勇者には戦わせるんだ。負けちゃうかもしれないのに?」
「だからみんなで沢山勇者を探してるの」
「ねえ。君達は弱いから傷つきたくないのかもしれないけれど、強い勇者も負けたって事は傷ついているんじゃない?」
おかしくないだろうか?
何故全く関係のない人間が、傷つくのはいいのだろうか? それとも、まったく関係ない人間だからいいのだろうか?
「分かんないよ。だって勇者は僕らと違うもの。とっても強いもの」
「強くても痛いよ」
「分かんないよ。だって勇者は僕ではないもの。僕らはとっても痛みに弱いもの」
「……本当に分からないの?」
自分にふりかかる痛みは想像できるのに、勇者に降りかかる痛みは本当に想像がつかないのだろうか?
「でも、お父さんは探せって」
「何でお父さんの言葉に従うの?」
「……僕が、弱いから」
ウサギもどきの耳はぺちゃりと垂れ下がった。
「お父さんは強いの?」
「……弱い」
私の質問にウサギもどきはポツリと呟いた。
そうだよね。弱いから他者に助けを求めるのならば、指示をする彼もまた弱くないといけない。そうでなければ、お父さんが勇者になれる。
「でも僕はもっと弱い……。ここが」
そう言って、ウサギもどきは胸に手を置いた。
目に見えない、心が弱いのだと。
「君は勇者を連れて行きたくないんだね」
「うん」
「だから勇者かと聞くんだね。貴方こそ勇者様だと言わずに」
「……うん」
勇者かと言われれば、そんな認識など誰も持っていないのだから、否定するだろう。そして否定される限り、彼は勇者を連れて行かずに済む。
「君は強いと思うよ」
「僕は弱いよ」
「ううん。弱くても、必死に勇者様を守ろうとしてるんでしょ? だったら、強いよ」
彼は必死に自分のできる範囲で守ろうとしている。
勇者だけが傷つくのはおかしいと思っているから。
でも弱くて、ただ立ち向かうだけでは願いは叶わないと知っているから。
「困った相手は、本当に倒さなければいけない相手なの?」
ウサギもどきの耳が震えた。
「分かんない。お父さんは倒さないと駄目っていうんだ」
「どうして倒さないといけないんだろう?」
「悪い奴らだって。倒さないと僕らが危険なんだって。追い出さなくちゃだめなんだって」
「本当に、悪い奴らなの?」
倒さなければ危険である事と、悪い奴であると事はイコールではないと思う。
ただ【悪い奴】というカテゴリーに入れてしまった方が、誰もが理解できる理由となるだけで。
「分かんない」
「なら調べたらどう? 君の目で、それが本当に悪で、倒すしか道がないのか? 倒さなくてもいいなら、勇者を探さなくてもいいでしょ?」
勇者を探さなくて良くなれば、彼の探すふりをする旅も終わる。
勇者の犠牲を見ないふりだってしなくて済む。
「それに倒す以外の方法だってあるかも。だって、倒さなければいけないと思っているのは君のお父さんであって、君が考えた答えじゃないから」
大人は子供よりも知っていることが多いけれど、大人がやることが何でも正しいとは限らない。
「うん。やってみる」
ウサギもどきはぴょんとはねた。
「僕は勇者様になれないけど、お姉ちゃんも勇者様にならなくていいよ」
そうウサギもどきが話せば、キラキラとチンダル現象のような光の粒が見え、次の瞬間には彼の姿は消えていた。
瞬きをすれば、そこはいつもの学校の教室だった。
今、私がウサギもどきと話していたなんて事、誰も気が付いていない。ただの白昼夢だったのだろうか?
そうかもしれない。
そうじゃないかもしれない。
ただ分かるのは、私は勇者様ではないという話だ。
私も彼と同じで弱い。
先生すら見ないなら、同じように見ないふりをしてしまう。でも大人が正しいとは限らないから。皆が見て見ぬふりをするから、そのままでいいとは限らないから。
私は何も知らないけれど、このままなのも嫌だから。
「おはよう」
私は何をされても物言わぬウサギのように過ごす隣の席の子に挨拶をしてみる事にした。戦わなくても、何かできる事があるかもしれないから。