決してボロアパートでない格安物件【なろラジ大賞2ノミネート作品】
一人の男に不動産屋は物件を紹介する。
家賃たったの7500円。
公共機関まで相当遠い、今にも倒壊しそうな木造アパートを想像するが違う。
築数年の立派なアパートだ。家族で住めるくらい大きい。男はすぐに気に入った。
「こんな物件に誰も興味を持たなかったなんて」
「いやぁ。興味がないわけじゃないですよ」
「ん?」
「いやいや、こちらの話で」
キッチン、リビング、寝室が二つ。立派な家具も備え付けで身一つで今日から生活できる。
「流石に何かあるでしょ?」
涼しげな顔をして男が問うと、不動産屋は何も聞かずに流してくれればいいのにと顔色を変える。
「まぁありましたね」
「そういうのもちゃんと言うのがお仕事でしょ」
「この物件が7500円になるわけないでしょ。普通は10万円はします。もうその時点でお察しです」
「事故物件?」
不動産屋はファイルを持った手をぞんざいに上げて、どうせ借りないでしょと言うような手つきをした。
ふと──。男は台所、リビング、寝室、それぞれに移動して、手を合わせた。寝室に関しては二箇所。不動産屋は息を飲む。
「どうして?」
「──強いて言えば見える人だからです」
不動産屋はうろたえたが、胸を押さえ絞り出すように語り出す。
「当時はニュースでも報道されましたがヒドいものでした。家族4人が凶器でメッタ刺し。台所で料理を作る奥様。リビングでくつろぐ旦那様はお子様を寝室に逃がしましたが、誰も逃げられませんでした。幸せそうな、人の恨みを買うようなご一家ではなかったのに。犯人は未だに捕まってません。それからこの部屋を面白半分に借りた方は何かに怯えすぐに出て行ってしまいました」
「──そうでしたか」
不動産屋は細くため息をつく。男はそんな不動産屋の様子に笑顔で答えた。
「借ります」
「え?」
「気の毒な霊を慰めてあげたいと思います」
「なんてお方だ! この部屋はあなたを待っていたのでしょう。もちろんリフォームしてあります!」
不動産屋は喜んで契約書を出し、男はそれにサインする。不動産屋が出ていった後、男は備え付けの寝心地の良さそうなベッドへと体を倒した。
「見える体質でよかった。もういないもんな。誰かを呪って満足したんだろ。俺でない誰かを──。家族仲良く成仏したところで住まわせて貰う。ピーピーうるさかったけど、いい物件だよ。ありがとう」
男が的確に四箇所に手を合わせたのはその場所を知っていたから。コイツは嫌らしい顔で鼻を鳴らした。