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大坂冬の陣 その5


西国大名の連合軍はついに大坂城に総掛かりで攻撃を始めた。細川ガラシャ率いる北国勢は大坂城の北面から攻撃を始めるべく、聖歌を歌いながら進軍する。


「あれではますますフス派の様ではないか。」


 司祭カブラルは不満そうに漏らす。フス派はチェコの異端キリスト教徒である。異端を討つべくオーストリア皇帝が十字軍を編成して戦った際に、少女たちが聖歌を歌いながら行進したところ十字軍がそれを恐れて瓦解した、というエピソードがあった。


しかしその清らかな歌は戦い慣れた大坂城の武士たちには全く響かなかったようで


「ねーちゃん別嬪さんだね!そんな厳つい格好をしてないで俺といいことをしない?」


 などと声をかける将もいる始末である。それは水野勝成であった。


水野はそのまま一隊を率いて門から出陣すると自らが先頭で槍を構えて突撃してくる。


「鉄砲隊!撃て!」


 とガラシャの号令一下一斉射撃が水野隊に降り注ぐが、その速度に照準が追いつかず当たらない。見る見る間に間を詰めて銃兵に槍を入れていく。


「ここは防御陣形よ!」


 とガラシャの命令一下、荷車が円形に並べられ、細川隊はそこに立て籠もって銃撃を浴びせる。


「ふーむ。姉ちゃんとバカにして悪かったな。ここは焦らず攻めるか。」


 と体制を立て直す水野勝成。


「……ますますフス派ではないか!あれはフス派が得意としていた戦法『ワゴンブルグ』!」


 とカブラルはわなわなと震えている。


「エルナン!わしは日本に神の王国を打ち立てる、というそなたの言葉を信じてここに来た!しかしあやつらは正しいキリスト教徒ではない!明らかに異端!魔女のたぐいだ!」

「カブラルの旦那、そんな細かいことを言わず。と入りあえず戦に勝ってからあれらを処分すればいいのです。ほれ、あの大将のガラシャなんていい女でしょう…あれを『異端審問』で拷問してたっぷり愉しめば…グヒヒ。」

「…もはや貴様のような下賤の言うことには聞く耳を持たぬ。わしが誤りであった。ここは蛮族の地というより魔境や地獄のようなところだ。わしは長崎に帰り、オルガンティノに謝罪して解放する。」

「そんな旦那!殺生なことを言わないでくださいまし。旦那がいなければキリスト教徒の旗頭が…」

「知らぬ。後はオルガンティノ殿に任せてわしはゴアに帰る。」


 と言い残すとカブラルは早々にその場をさり、木津川口から毛利水軍を捕まえると九州へ去っていってしまった。呆然とするエルナンの後ろにすっと一人の将が立った。


「そこのエルナンとやら。」

「は?お主は…てお主イスパニアの言葉を話すのか?」

「わが父細川藤孝は古今伝授を受けた英才。我もその片鱗は授かっていればイスパニアの言葉も多少は操れる。」

「…ではなんとかこの戦場を立て直してくれないか。礼はたっぷりとするんで。」

「断る。」

「な、なぜ。」

「貴様は先程我妻玉を弄ぶと言った。」

「た、たまってガラシャのことか。」

「そのような汚れた名前ではもはや玉のことを呼ばせぬ。貴様の考え、万死に値する。」


 と言うと太刀を抜き放つ。


「待ってくれ、あれは俗っぽいカブラルを丸め込むための誘い文句ってやつでさぁ。決してあんたの姫様をどうこうって…ぐはぁ!」


 と話している途中で袈裟懸けにエルナンは真っ二つになった。


「…つまらぬものを斬ってしまった。」


 と言い残すと細川忠興はイスパニア勢の内、指揮官とめぼしいものを片っ端から切り捨てて自陣に帰還した。


「ふむ…さすがはこの『三十六歌仙』、切れ味は最高だな。」


 と思いついて従者に持たせていた南蛮人の首を数えると、ちょうど12個あった。


「ここはこの刀を『三十六歌仙加え十二聖人』と名付けよう。」


 それからワゴンブルグに立て籠もり、水野隊に抗戦するガラシャのところにたどり着いた。


「これは旦那様…ヒッ!」


 とガラシアは従者に持たせている『十二聖人』の首をみて思わず怯える。


「玉よ、戦は終わりだ。もう無理をするな。」

「そう言われましても私には神の国を作る、という理想が。」

「それはこのエルナンなる狗族に騙されてのこと、そなたが信奉するバテレンの大司祭殿が『そなたは異端ゆえ破門だ。』とこの破門状をよこしたぞ。」


 と書を差し出す。エルナンの陣に入る前、大坂から去ろうとするカブラルを捕まえて破門状を書いてもらったのだ。カブラルは


「あの魔女のことなら破門で済むならむしろ手ぬるい…おっと旦那様でしたな。我々の世界に近づけないで愛していただけるならあなた達夫妻に紙、じゃなくて神の御加護を!」


 と投げキスをして去っていった。


 忠興の差し出した書を見て、ガラシャはガックリと力を落とした。


「そんな…主は我を見捨てられたのか。」

「そんなどこにいるかわからない主ではなく、わしがいるではないか。」

「旦那様…それはそれ、なのですが…ここは旦那様の言うとおりですね。」

「うむ。太閤殿下にはわしが詫びを入れるゆえ、兵を引くのだ。」


 こうして戦意を喪失したガラシャに代わり、細川忠興は素早く陣を立て直すと水野勝成に使者を送った。エルナンの首を送り、大坂城とやり取りをした結果、ガラシャはエルナンに騙されて傀儡とされただけであり、事実上囚われていたガラシャを救い、エルナンを討った忠興の功績はむしろ大、とされた。そのため戦後細川家の所領は安堵され、ガラシャは細川の本城として戦後拡大整備された舞鶴城に幽閉、となった。しかしそもそも忠興は何人であってもガラシャの姿を見ることを許さず、元々屋敷の奥深くにしまい込むようにして生活させていたので、事実上ガラシャの生活は変わらなかったのである。


 後年、キリスト教を破門されたガラシャは新たなる救いを求めて各国に使者を送り調査させた。その結果バリ・ヒンドゥーにたどり着き、舞鶴城の奥では定期的にケチャの激しいリズムが鳴り響くようになったと言う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フス派は漫画の乙女戦争でしか知りませんが マニアックですね
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