…というお話だったのさ。
メインの執筆環境をWindowsからMacに変更して色々手間取ってました。
またよろしくおねがいします。
「……という夢を見たのだが貴殿はどう思う?」
「どう思うって……お主、わしは老いたとは言ってもそこまで弱っても耄碌してもいないぞ。」
と聚楽第の居室であまりにも酷い、楽観的な話をする徳川家康に部屋着を着てゆるりと座っていた豊臣秀吉は茶をすすりながら呆れたように言った。
「いや、こう天下人が並んで窮屈だとここは『ぱっと』なんか変化をつけたほうがいいと思ってな。これでうまくいきそうならいっそのこと。」
「おい、わしを勝手に殺すな。」
「で、秀吉殿を殺すのはともかく、これで伊達を討ってわしが唯一の天下人に慣れると思うか?」
「……どうしておぬしはそう『関ヶ原』にこだわるかのう。」
「わしの本能が関ケ原で勝利することが道を開くのに必要だと告げているのだ。」
「それはそうやもしれぬが、そんなことでご自慢の三河譜代はついてくると思うか。」
「三河譜代ならついてくるじゃろ。」
「それはどうかな……」
「どうかな、とは。」
と家康が尋ねると部屋のふすまがザッと開いた。
そこにいたのは本多忠勝、榊原康政、井伊直政、本多正信、大久保忠隣、と徳川家の重臣でも重きをなす者が揃っている。
「お前ら、どうした。」
「それよりも殿、関白殿下を害して聚楽第や大坂を押さえて立ち、天下に号令をするという考え、私には到底うまくいくとは思えませぬ。」
と本多正信がいう。
「なんと。」
「殿、それがしも正信の意見に賛成であります。もしそのようなことがあれば殿の元から離れて名古屋の秀忠様のところにこもります。」
「なんと、忠勝が正信と同意見だと。他の皆も同様か。」
「それがしも同意見ですが、殿に殉ずる所存……」
「殉ずるって直政、お前わしが負けると思っているのか。」
「僭越ながら殿、殿は海道一の弓取りで野戦で伊達の小倅に負けるようなことはありますまい。」
「であろう、忠隣。ならばそのまま天下を平らげられよう。」
「しかしそれは殿のお味方がちゃんとやる気があって、の話。西国大名がまるごと殿の下知に心から従うかどうかは。」
「海道一の弓取りなれば勝利は必定であり、働かざれば戦後どうなるかはわかるであろう。」
「それは父上の話がそのとおり進み、また伊達がその話を知らなかったときでないと無理ですな。」
と外から入ってきたのは家康の嫡男、徳川秀忠である。
「なんと秀忠、ここに来ていたのか。しかし事を素早く進めれば伊達が知る前に形勢を固めることもできよう」
「そこが甘いのです。伊達がこれまで何度忍びの者、『黒脛巾組』を用いて状況をひっくり返してきたか。」
「そうはいっても奴らがわしの頭の中まで掴んでいるとは…というかお主、どうして名古屋からここに?」
「この者が知らせてくれたのです。」
といつの間にか秀忠の脇に黒っぽいねずみ色の地味な着物を着た者が平伏している。
「黒脛巾組の太宰金七と申します。家康殿の腹案を知り、暴走を避けるために、と主、伊達政宗の命を受けて秀忠様をお連れしました。」
「く、黒脛巾組。」
と部屋の外で大きな鐘太鼓が打ち鳴らされる音が聞こえてきた。一同は何事、と天守に登り、高欄から外を眺めた。そこには
「な、なんだとあの大軍勢は。どこもかしこも金ピカではないか……関白殿下の手勢で?」
と家康が尋ねると、秀吉は首を振った。
「派手好みはわしに通じるが……編成をみて変に思わぬか。」
「……長槍はおりますが、弓がほとんどおりませんな……と言いますか、なんだあの鉄砲の数は!槍隊以外のほぼ全てが鉄砲を持っているではないか。抱え大筒も何百といるのか。」
「伊達じゃよ。」
「まさか、伊達が、なぜ。」
「『突然馬揃えをやりたくなったので根こそぎ都に連れて行って行進するのだ。』と政宗殿が言っておりましたぞ。私はそれに同道したまで。」
と秀忠。
「事を密かに、どころか伊達にバレバレじゃな。」
とカッカッカと秀吉が笑う。
「それでもわしを刺して立て籠もるか?」
「……それでは単なる無謀でありましょう。」
行進は近づいてくると、伊達の本体と思われる純白の『晴嵐徒士隊』とその中央の漆黒の甲冑をつけた人物が、大手門から入城してきた。伊達政宗である。どうやら予め秀吉とは話がついていたようであった。
コ―、ホーという息遣いの音とともに天守の階段を伊達政宗が上がってきた。
「皆様御機嫌よろしゅう。いやこの甲冑有名なので効果は抜群なのですが、息が上がりましてな。『奥州の暗黒卿』伊達政宗です。」
と政宗が名乗った。
家康は口をパクパクさせている。
「いや家康様、そんなに関ケ原で決戦をされるのがお好きでしたとは。いやあっさり城を開門していたので、むしろ三方ヶ原の『空城の計』でしょうか。」
「おいおい、城を開けたのはわしじゃよ。」
と秀吉がニヤニヤしながら言う。
「父上、こうなっては関が原どころではありませんな。」
と秀忠の言葉に肩を落とす家康。
「で、大将軍様と関白殿下はわしをいかがなさるおつもりで。」
とようやく声を絞り出した。
「そのような夢を見たのも家康様がお疲れなせいでありましょう。」
と伊達政宗が口を開いた。
「しかし家康様には秀忠様という立派な後継ぎとそれを支える立派な家臣の皆さまがいらっしゃいます。」
うんうん、と秀吉がうなずく。
「大将軍様のご配慮ありがとうございます。父は隠居する、とのことです。」
と秀忠が続ける。
「しかし動乱を企む夢を見たのはけしからん。」
と秀吉が引き取っていう。
「ですので、徳川宗家はこの秀忠が尾張・三河・遠江の三国を治め、父上は隠居領として駿河一国とし、駿府城にお住まいいただきます。他の領地は返上いたします。」
「なんたる心がけ、さすがは秀忠様。」
と政宗が反応する。
家康は思った。自分の計画はとっくに嗅ぎつけられていてこの者たちは予め示し合わせていたのだ、と。
「とはいえわしもそろそろいい歳じゃ。」
と豊臣秀吉が言い出した。
「聚楽の城も古臭くなってきた。ここは取り壊して政宗殿の伏見城でも譲っていただき隠居しようかな、と。」
「そ、それで秀頼様はいかがなさるので。」
と慌てて家康が聞くと
「うーむ。秀頼には伏見と丹波亀山城を与え、武家は伊達殿にお願いして摂関家と並ぶ公卿として豊臣家は生きていくのがよいかもとな。」
「そんな弱気でどうするのです!」
「いや政宗殿も藤原家と並んで秀頼やその係累が関白に就けるように努めてくださるというしな。」
「ですからそんなので大丈夫かと。」
「家康殿、今の状況がわからぬか?」
「と申しますと。」
「家康殿は武器を携帯してこの場に居る。そして伊達の大軍がこの城を取り巻いている。」
「で?」
「家康殿の先の話のようにするならば、この場でわしと家康殿を両方討ち、『家康が乱心して関白殿下を斬った。そこに駆けつけた伊達が家康を討ち果たした。』などと喧伝してわしらをまとめて処分することもできるのだぞ。」
「そ、そんな無茶な。」
「その無茶をお主先程まで企んでいたではないか。」
こうして家康のクーデター計画は未然に防がれた。肩を落とす家康を秀忠や家臣たちが送っていったのであった。
そして秀吉は関白から退いて太閤となり、政宗から譲られた伏見城に隠居した。とは言っても伏見城は物流の拠点にあるのでむしろ物流の流れを抑える、という点では前よりも積極的に行うようになったと言える。
家康は素直に駿府城に入り、一旦腰を落ち着けた。最初はぼやくことも多かったが特に生活を制限されたわけでもなく、直に落ち着いて精力的に鷹狩や水泳を楽しむようになった。
そして聚楽第と二条城を解体して二条城を建て替えて新城とした。秀吉と家康の引退によりついに伊達政宗は天下の主となったのである。
「殿、祝着至極にございます。」
二条新城の天守で伊達家重臣片倉重綱が挨拶する。
「うむ。これで天下もスッキリとしたというもの。」
「上様、今後はどうなさるおつもりで。」
「そうだな……イスパニアなど南蛮の国と交易をして国を富ませようかと。」
その政宗の判断は妥当なものであった。しかしそれが今後多くの厄災を招き入れることになる。




