鳥居元忠、上田城を攻める
鳥居元忠率いる徳川勢の上田城攻めが始まった。泥だらけの体を拭って上田の城下に突入する。
「しかし道が曲がりくねっていて面倒……うゎ。」
と驚く鳥居元忠。曲がり角の先には逆茂木と柵が設けられており、そこから銃弾が放たれてくる。さすがは名将鳥居元忠であり、怪我をするようなこともなく素早く退避させ、角から反撃しては敵が退いたのを確認して前進する。
「しかしこれでは遅々として進みませんなぁ。いっそのこと、焼いちゃいましょう、町。」
との大久保忠教の進言を入れ、一旦引き下がって町を遠巻きにして火矢を放ち、上田城下を焼き払う。
「うはははは。燃えろよ燃えろ、炎よ燃えろ!」
と浮かれる水野勝成に苦笑いしながら、鳥居元忠は上田城下が焼け野原になるのを待った。
焼き払った後は上田城は丸裸である。
「しかし尼ヶ淵の断崖の方から登るのは現実的ではありませんな。」
と大久保忠世。
「うむ。となるとやはり大手口の方からか。」
と答える鳥居元忠。
「しかも尼ヶ淵の方に兵を多く置いて大手の方は手薄なようですぞ。」
と大久保忠教も意見をする。
そこで一丸となって大手門から力攻めをしてみることにした。すると大手門の守りや予想以上に薄く、容易に突破して徳川勢は乱入した……はずであったが、待ち構えていたのは目を疑うばかりの鉄砲の数であった。
「いらっしゃ~い。」
と手を上げて号令したのは矢沢頼康である。一斉射撃が徳川勢を襲う。
「罠だ!下がれ!下がれ!」
と鳥居元忠は号令し、被害を受けつつも大手門から転がり出る。
それを追撃して真田勢が大手門から出撃してくる。
「我らをなめたか!そうはいかぬ!」
と大久保忠教は長柄隊を指揮して真田勢の突進を止め、忠世が弓隊に命じて真田勢に矢を降らせる。
しかし真田の大将と見える若武者はそれも介せず前進してくる。
「猪武者めが!」
といって水野勝成が飛び出していって若武者と槍を交え始めた。
「……猪武者に猪武者と言われるのはどうなんだろうな。」
とそれを見ていた鳥居元忠。
「しかしあの大将、水野勝成の猛攻にも怯むどころか互角以上の戦いをしておりますな。」
「うーん。あのような勇将、討ち取れば大きな手柄となろう。」
と元忠は命じて大久保兄弟が救援に兵を出す。するとそれを見て取った若武者は
「真田信幸、さすが徳川勢は良き兵であった。では。」
と言い残すと隙を見せずに城内に撤収してしまった。
「これはなかなか攻めづらいですなぁ。」
と大久保忠世は鳥居元忠にいうと
「うーむ。力押しにはこちらの兵力が足りぬか。増援を一旦待とう。」
軍議は決し、徳川勢は一旦依田信蕃が守る小諸城まで撤退した。
小諸城で鳥居元忠率いる本隊は井伊直政が率いる上野からの軍勢を迎え入れた。
「鳥居様、お待たせいたしました。」
と井伊直政。直政の率いる井伊の赤備えは武田の衣鉢を継ぐ勇猛な部隊であるとともにその出自から真田の軍略にも通じていた。
「よし。これならば我らも優勢となろう。真田の動揺を狙うために我らと井伊殿は上田城攻めを。そういえば井伊殿のところには小笠原貞慶殿がいたはずですが。」
「おりますな。今回嫡男の秀政殿もこうして従軍されております。」
「こたびの戦いで手柄を上げ、真田領を手に入れた暁には石川様が城代を務める深志城を任せていただきたく。」
と挨拶する小笠原秀政。
「おお、その心意気や良し。励むのだぞ。で、父上は。」
と鳥居元忠は小笠原秀政に言った。
「上野で石川様の嫡男康長様と真田家の上野の軍勢に備えております。」
と井伊直政が言い添える。
こうして増援を得た徳川勢は再び上田城に向かうが、雨で増水した神川を渡るのに手間取った。
「また水か!上田に来るといつもずぶ濡れだ!」
とぼやく大久保忠教。
目立った真田方の攻撃もなく、流石に先に焼けた城下町がただちに再建されるようなこともなかったので、今度は腰を据えて包囲に取り掛かる。
「上杉を探らせましたが、今の所真田に援軍を出す兆候はなさそうです。」
と伊賀者に探らせた服部半蔵が報告する。
「うむ。上杉も積極的に真田に与することはないか……付き合いを『義』などといって吹聴する上杉らしからぬが、まぁ助かるな。」
「川中島でも密かに山を下りた故事もあるゆえ、警戒は怠らぬが良いかと。」
と井伊直政の進言通り、越後方面にも警戒する兵を置きつつ、上田城を兵糧攻めにする構えを見せた。
「こうなりますと上田を孤立させるのが開城の道になりそうですな。」
と大久保忠世の嫡男で英才で知られる忠隣が進言する。鳥居元忠は
「うむ。上田を囲み、動きを封じつつ真田の諸城を落としていく方がよいか。一気に上田を落として降伏させるのが簡単ではあったが……さて、殿(徳川家康)に諸城を攻める軍勢を回してもらうように頼むか。」
「榊原康政様や本多忠勝様もまだ出陣しておらず、殿の馬廻りとともにこちらに来れば真田の諸城もすぐ降りましょう。」
と大久保忠隣も答える。そこで鳥居元忠は上田攻めが持久戦になったこと、そのためさらなる増援を求めること、上杉家は動いていないことなどを書状にしたため、家康の所に使者を送った。
程なくして、鳥居元忠の本陣を使者が訪れた。元忠は先に送った使者の返事だと思い
「おお、いらしたか。で増援はいつ来る?」
と聞いた。すると使者は
「……増援?なんのことですかな?私は上野から来ました。佐々成政が挙兵し、真田の所領の名胡桃城を落とし、占拠したとのこと。それを急ぎお知らせに来ました。」
「……なんだと?」
鳥居元忠はじめ徳川勢の一同は狐につままれたような顔になった。




