関白秀吉、伏見城に伊達政宗を訪ねる
南朝鮮に新しい総督として豊臣秀俊を送り出してからしばらくして、秀吉に新しい嫡男が生まれた。拾と名付けられたその男児の誕生を祝い、諸侯は駆けつけた。
一通りの祝賀が終わってしばらくしてから、豊臣秀吉は伏見城の伊達政宗を訪ねてきた。
「関白様、今回はまことにおめでたく。」
「おう。将軍殿の所も先年次男(後の秀宗)が生まれたと言うではないか。幼子は可愛いものだのう。」
と相好を崩す。
「ところで関白様、本日のご用件は?」
「それなのだが、将軍殿、お主、徳川家康殿をどう思う?」
「我らとともに日の本の政務を担っていらっしゃる重鎮で大事な同盟者ですが。」
「であるな。ただ。」
「ただ?」
と政宗は聞き返した。
「どうであろう。あまりにも強大すぎると思わんか。」
政宗は人払いをすると聞き返した。
「といいますと。」
「徳川殿の領国は約300万石。わしとそなたが差配する西国と奥州はそれぞれそれよりはずっと多いが、直轄領は将軍殿が160万石ほど、わしは100万石もない。」
「ですな。しかし郎党が多くおりますれば。」
「なはずであるが、見よ、先日の毛利のように独立せん、とされてもわしには押さえ込む力がない。毛利一族が独歩を嘯いている今、わしの勢力はそれだけで200数十万石が消し飛んだのだ。」
「それは他人事ではありませんな……」
「毛利は中国の大半のみならず、伊予も乗っ取り、長宗我部はせっかく国持に戻してやったのに毛利に阿るばかり。四国の軍監の仙石秀久も頭を痛めているという。九州の黒田はまだ古い付き合いだからわしと親しくしてくれておるが間に毛利が割り込んでしまい、やり取りするのにも難渋する有様。そのまま島津も態度を曖昧にしておるし……まったくもって頭が痛いわ。」
「朝鮮も小早川隆景殿が絶大な権力を持って今や宰相のように振る舞われているとか。」
「そこよ。毛利は朝鮮もまるで自分の領土のように振る舞っている有様だ。しかし迂闊に手を出すには毛利は大きすぎる。」
「かと言って諸侯を集めるには名分が足りない、と。」
「その通りだ。この様にわしの立場は脆弱なのだ……」
と泣き出す秀吉。しばらくして気を取り直すと秀吉は続けた。
「ところが徳川殿は全て直轄と譜代の所領ゆえ、300万石がいわば一体となっておるのだ。」
「ですな。」
「であるから、三巨頭などと言っておるが、地力で言うならば徳川殿の一人勝ちなのだ。」
政宗は向き直って秀吉に聞いた。
「関白様はそれでいかがお考えで。」
「わしは三人の中でももっとも歳上で老い先が短い。となると我が子拾の先行きが不安なのだ。その上で徳川殿の勢力はあまりにも強大過ぎる。今のままならわしが死ねばわしの勢力をそのまま飲み込み、そうなれば次は貴殿となろう。そうなっては拾も生かしてもらえるか。」
「その話を我の所に持ってきたのは。」
と政宗が問うと秀吉は
「織田信雄が奥州に来た時にさっさと殺さずに生かした貴殿ならば拾も助けてもらえるのではないかと思ったのだ。」
「そこまで言われて拾様を害するような事はこの政宗、いたしますまい。」
「おお、ありがたきお言葉。」
と言って秀吉は政宗を拝みだした。
「関白様、それはいくらなんでも。」
と政宗がいうと、秀吉はニカっと笑って
「さて、よりよい我らの未来のために今後の方策を話し合おうではないか。」
「しかし徳川様は東海一の弓取りと呼ばれる戦上手。喧嘩を売れば負けるのはこちらかもしれませんぞ。」
「であるから智謀で鳴る貴殿のところに来たのではないか。」
「関白様のところにもそれこそ黒田殿とかいらっしゃるでしょう。」
「クロカンは逆に何を考えているのかわからん。わしの失敗に乗じて天下を狙っているのやもしれん。」
「それならば我も同じでしょう。」
「いやお主はすでに将軍になっている。だからそう迂闊にはできまい。」
「ですからうかつに動けなければなにもできないでしょうってば。」
「そこを何とかするのがお主ではないのか?将軍殿?」
と言って秀吉はニカリと笑った。
上機嫌で伏見城を去っていく秀吉を丁重に見送った後、政宗は近臣を集めた。
「……関白様は家康様を恐れているのですな。」
と後藤信康が言った。
「その通りだ。しかし関白の言うことにも理はある。確かに家康殿の力は大きすぎる。」
「上様にとってもそれは障害となりましょうな。」
と鮭延秀綱が言った。
「うーむ。実のところ家康公の腰巾着に努めて今の仙台を保てれば将来的に江戸は手放しても、と思っていたのだが、予想よりも徳川家も我家も大きくなりすぎたのだ……今のままで生き残れるのか不安に思ってきた。」
と言って膝を打つと
「うむ。ここはどうにかして塩梅を整えねばならぬだろうな。覚悟を決める他なかろう。者共、近うよれ。」
と呼んでなにやら陰謀めいたことを相談し始めたのであった。




