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梵天丸、米沢の中野宗時に『奥』を贈る

 梵天丸が相馬盛胤の軍勢を退却させて程なくして、伊達当主、伊達晴宗は家督を嫡男である伊達輝宗に譲って隠居し、伊達家の本領たる信夫郡しのぶぐん杉目城へ移った。杉目城は晴宗の居館程度の規模で、信夫郡の本拠は晴宗の弟、実元の居城である大森城にあった。


 伊達輝宗は米沢で采配を振るうことになったが、依然として晴宗の代の家老、中野宗時の権勢は巨大なものがあり、家中の意思決定は中野宗時の顔色を伺いながらしなければならなかった。しかし中野宗時の胸中は伊達家を拡張しながらその権勢を高めるのではなく、天文の乱に乗じて拡大した自らの所領とその所領に対する利権を確保することに集中しており、自領以外の主君の影響の及ぶ範囲の、例えば領土の境界や徴税権の調停などの、宗時から見れば些事について決定するために態々米沢に顔を出すのは億劫になった。


 そんな時に目をつけたのが僧出身で自ら宗時に売り込んできて雇った家人の遠藤基信であった。基信は中野宗時と伊達輝宗の間の連絡役に任命され、宗時の意思を輝宗に伝える立場になったのである。


 しかし遠藤基信は、輝宗のところに行くとすぐに意気投合して中野宗時との仲立ちではなく、輝宗の相談役となった。そして輝宗と図り宗時に心地よい情報を流すようになったのである。


 中野宗時は遠藤基信からの


「輝宗殿は宗時殿を第二の父と敬い、晴宗殿を上回る権威を与えることを考えているとか。」

「輝宗殿は伊達家は中野殿によって支えられていることを自覚し、中野殿により多くの所領をおまかせすることを考えているとか。」


 などの情報を聞き、これまで自領の確保に血道をあげてそれ以上は控えめに望んでいたのが、段々と自らが伊達家に成り代われるのでは?と野望を抱くようになった。

そして嫡男、牧野久仲を呼んで密談をはじめた。


「輝宗殿は我々を畏れ敬っているようだ。こうなれば我らが奥州探題に成り代われるのではないか?」

「とはいえ伊達に忠義を尽くすものも多くおります。輝宗も我らを敬う、とは言っても口先だけかと。」

「これまで通り伊達の所属にそれぞれ仲たがいをするように書状や噂をばらまき、結束させないようにするのが肝要かと。」

「うーむ。」


 と中野宗時は続けた。


「輝宗に対して対立して祭り上げられるものを作り、相克させて弱らせないとな。」

「今までは大殿(伊達晴宗)と輝宗の間を利用されていましたが。」


 徐々に興が乗ってきたのか輝宗、と呼び捨てになっている中野父子である。


「晴宗は『中野の言うことをよく聞け、家臣の考えを無碍にしてはならぬ。』といってくれるのは良いのだが、『わしは隠居した。後は輝宗に任す。』とも言われて今ひとつ頼りにならぬ。」

「では。」

「そこで考えたのだがな、梵天丸を御輿にしてはどうだろうか。」

「あの初陣で相馬を退けたという梵天丸ですか。」

「うむ。幸いどこの養子にもまだなってない。」

「といいますか生まれを考えると迂闊に養子に出すのも難しそうですな。しかし梵天丸は輝宗を何故か『父』と読んで慕っているとか。」

「そこがわからぬのだが、所詮は童よ。やつの言うことを聞いてやるようにしていればこちらになつくだろう。」


 こうして中野宗時は丸森城の梵天丸のところに度々使いを送ってくるようになり、梵天丸は懐いた様子で宗時のことを『亜父様』と呼んで色々と強請るようになった。


「しかし鉄砲狂いとは聞いていたが!金がいくらあっても足りぬな!」


 丸森城についに二百丁目の鉄砲と弾薬を収めた中野宗時は悲鳴を上げた。


「確かに我家の金蔵はもう空っぽに近くなっております!」


 牧野久仲も苦虫を潰したような顔で応じる。


「だがな、ついに『伊達の総領となった際には当方幼少につき亜父様に奥をお任せ致す。』と書いた約定を送ってきたぞ!」

「この『奥』というのは?」

「子供の言うことだ奥州のことに決まっておろう!」

「父上のいうとおりです。さて金も厳しくなってきました折、ついに新田義直が我らの謀議に加わる決意をしてくれました!」

「おお、新田殿が。これは頃合いか。」

「いよいよ我らが奥州の総領に。」


 等と語り合っていたその頃、遠藤基信は新田義直の父、新田景綱が息子と中野父子が謀反を企んでいると密告した、と伊達輝宗に報告していた。


 新田景綱は素早く軍を起こすと息子・義直の居城である館山城を襲い、義直の首を差し出して企みは明らかになった。伊達輝宗は米沢城下の中野宗時の屋敷を囲むべく軍を発したが、中野宗時は火を放って逃亡、息子の牧野久仲の居城、小松城に逃げ込んだ。中野宗時の放った火は城下に広がり、米沢城下は炎に包まれほぼ全焼したのである。


 小松城では息子の罪を注がんと奮戦した新田景綱と小梁川宗秀が主力で攻撃した。中野父子もよく防戦して小梁川宗秀が戦死するほどの事態となったが、輝宗の軍は続々と到着してじり貧であるのは誰の目にも明らかであった。


「かくなる上は脱出しよう。」


 中野宗時は牧野久仲に語った。


「父上、ここはどこに逃れるので?」

「杉目の晴宗殿のところならば安心であろうが、すでに守りを固めているらしい。」

「らしい、というのは?」

「昨日信夫郡から来た商人に聞いていたのだ。」

「となると蘆名へは?」

「蘆名盛氏のせがれ、盛興に先日輝宗の妹の彦姫が嫁いだばかりだ!」

「となると相馬ですか?」

「ならば相馬の前に梵天丸殿と合流して軍勢を建て直すのだ!」


 と方向を変えて丸森に向かった中野父子であったが、高畠城主小梁川盛宗・白石城主白石宗利・内親城主宮内宗忠・角田城主田手宗光はいずれも宗時とも親しい間柄だったため、中野勢の通過を見逃した。しかし亘理元宗率いる亘理勢は戦意旺盛であり、中野一行は大いに数を減らしたが、どうにか丸森の近くにたどり着いたのである。


「おお、中野殿。」


 中野勢を出迎えたのは梵天丸であった。


「おお、梵天丸殿、その鉄砲があれば我らの安全も守られましょう。今まで苦労して送ったかいがあった。」

「おかげさまでどうにか格好も付いてきました。後六千丁ぐらいほしいですが。」


(この贅沢者め……うまく行ったらどこかで謀殺してやる)と思いつつも中野宗時は応えた。


「梵天丸様に『奥』をいただけるのも先になってしまいそうですが、ここは我らとともに立ち上がっていただき、相馬とともに伊達を梵天丸様の手にしていただきましょう!」

「中野宗時、何を言っているのだ?」


 不思議そうな顔をしながら梵天丸は言った。


「と申しますと?」


 呼び捨てにされて無礼、と思い怒りを隠しながらも中野宗時は答えた。


「『奥』ならちょうど今貴殿に差し上げようと思ったところだぞ。」

「何を言っているので?」

「奥といえば奥の院、など遠く彼方ではないか。そなたらには伊達を離れて遠く彼方やいっそのことあの世への『奥』への旅路を送って差し上げる、と我も書いたではないか。」

「なにを!梵天丸!謀ったか!」

「では行ってらっしゃい。」


 と梵天丸がいうと同時に鉄砲隊が火を吹いた。牧野久仲は全身に銃弾を浴びて絶命し、その首は米沢に送られた。中野宗時はどうにかその場を逃れ、付き添うものもわずかに二人を残すのみでほぼ身一つで相馬家に転がり込んだのであった。

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