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徳川家康、小牧に着陣して羽柴秀吉と睨み合う

 徳川家康、3万の兵を率いて出陣し、尾張に入る、の報はいち早く大坂の羽柴秀吉に届いた。秀吉は諸将に号令し、美濃に集結しよう、としたが


「佐々成政が徳川家康に呼応して秀吉様に謀反。越中で出兵の準備をしているとのこと。」

「前田利家様は佐々に対する対応のため領国の加賀・能登から出陣できないそうです。利家様からは背後の上杉にも警戒したいと。」

「上杉も動いているのか?」

「いえ、上杉成実は兵を発しておりません。こちらからの使者に対しても当家にて期待するつもりはない、と。」

「佐久間盛政を匿っておってか?」


 秀吉は訝しんだ。


「その佐久間盛政を赦免して貰えれば兵は出さぬ、と。」

「ふん。どこか気に入らぬがそれで引いてくれるなら又左(前田利家)だけで佐々は抑えられるであろう。悪い話ではないな。よし、玄蕃(佐久間盛政)については当家からはとやかく言わないから今の状況は見守っていただきたい、と使者を送れ。」

「はっ。」

「四国の長宗我部も阿波に攻め入り、そのまま渡海して大坂を窺う勢いかと。」

「あの蝙蝠めが!そちらは秀長(羽柴秀長)と官兵衛(黒田孝高)、権兵衛(仙石秀久)を抑えとさせる。尾張が片付いたら四国ははっきりさせんとな。」


 と各所に抑えの将を置いたため、美濃に集結したのは秀吉の本軍、馬廻りのほかは甥の三好秀次(元来四国担当だが箔付けに呼び寄せていた)、池田恒興と中川清秀などの摂津衆が主体であった。史実の小牧の役で突出したため被害を出した森長可は奥州で討ち死にしたためおらず、森家を継いだ森忠政は年若く領を継いだばかりであったため、森一族は不在だったのである。


 森長可の先行もなかったため、羽柴・徳川両軍は大きな戦闘もなく睨み合う事態となった。しかし伊勢方面では近江日野の蒲生氏郷が侵攻し、織田信雄の本領である伊勢を荒らし回っていた。


「しかし筒井順慶は何をしているのだ!」


 秀吉は怒った。蒲生氏郷らの活躍で伊勢では優勢であったが、伊勢の直ぐとなり、大和の領主筒井順慶の隊の動きが鈍く、信雄方の反撃と抵抗を生んでしまっていたのだ。激しく詰られた筒井順慶は気が動転して病を発し、まもなく死んでしまったのである。


 いくら動きが鈍いとはいえ当主が死んでは筒井隊もますます行動が取りづらくなり、伊勢は羽柴方が優勢ではあるもののどうにも決定打を欠く状態となった。


「こう長期対陣となってもどうにも動きがありませんな。」


 秀吉の幕僚石田三成がぼやく。


「こちらは兵が多い分糧食にも費用がかかりまする。適当に兵を引いて釣り合わせては?」

「ばかいえ、相手は『海道一の弓取り』だぞ。兵の数を減らせば危ないのはうちの方だわ。」


 秀吉が言下に否定する。


「では中入りではどうだろうな。」


 と言い出したのは池田恒興である。


「中入りとは?」

「別働隊を出して三河を突くのよ!そうすれば家康も慌てて陣を引き払うだろう。」


 秀吉には到底その考えがうまくいくとは思えなかった。諜報の面でも織田・羽柴家が主に使っている甲賀者は家康が使っている伊賀者にたいしてどうにもしゃっきりしない印象であった。兵を出してもその情報がもれないとはとても思えない。


「しかしたとえ上手く行っても岡崎を落とせる、とお思いですか?」


 と信長の乳兄弟である恒興に秀吉は下手したてに出た。


「主力が小牧に張り付いておる今なら可能であろうよ!家康の主力が反転してきても戦える兵を与えてくれればそこを羽柴殿と挟み撃ちにすればよろしい!」


 と秀吉から見るとあまりにも楽観的に見える意見であった。だいたい徳川の主力と戦える、となると4-5万ほどもよこせというのか。


「叔父上、俺も中入りに出陣して戦果を上げたいと思います!」


 と気楽に言ってくるのは三好秀次である。秀吉は頭が痛くなってきた。名人久太郎と呼ばれる名将堀秀政が


「私が軍監についていきましょうか?」


 と尋ねてくる。確かに堀久太郎がいれば全滅はしないであろう。しかしどうにも引っかかる。暫く考えた後、秀吉は諸将に告げた。


「中入りは認めぬ。」

「なんと。」

「横暴だ。」

「我らが戦果を上げるのが悔しいのか。」


 などと乗り気だった諸将が抗議する。


「徳川がそんな規模の兵団に気づかぬとは思えぬ。だいたい回り込んだ所で徳川の本拠地で捕捉されるのが落ちであろう!」


 と皆を説く秀吉であったが、池田恒興らは頑として譲らなかった。秀吉はなおも説得したがどうしても頭を縦に振らない諸将についに頭にきて行かせることにした。ただし堀久太郎の同伴は認めず、堀は筒井の遅参で膠着している伊勢方面の攻略を命じられ、中入りに参加するのは池田恒興一門と三好秀次の兵合わせて5千のみとされた。


「これぐらいならば上手く行けばお前らのいう通り密かに三河を襲うことも可能だろうて。」


 と不満げな両者を言いくるめて出陣させる。石田三成は


「よいのですか?あれでは太刀打ちできないと思いますが。」


 と進言してきたが秀吉は


「いいのだ!失っても手痛くないところで手を打った。」

「三好様は御一門ですが。」

「ああ意固地では将来期待もできぬだろう。生き延びてくればまた認めてやろう!」


 と割り切った表情の秀吉であった。こうして史実の中入り隊からは窮地を救った堀秀政抜き、猛将森長可抜きの炭酸抜きのビールのような中入り隊が三河に向けて進発したのである。

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