清須会議のような清須会議でないもの
織田(神戸)信孝の呼びかけで織田家の諸将は清州城に集結した。
「皆様、本日はお忙しい中……」
織田信孝が挨拶を始めると、柴田勝家が不機嫌そうに遮った。
「別に信孝殿のために集まったわけではない。仕切ろうとしないでもらいたい。」
「それがしも同意である。」
と羽柴秀吉も答えた。
「たまたま畿内にいたからと言って家督を継いだつもりになってもらっては困るな。」
と織田(北畠)信雄も遮る。
「たまたまですと。伊達に捕まっていた北畠殿が偉そうに。」
と信孝は噛み付く。
「神戸が何をいうか。俺は今回の父上の件が起こる前から織田に戻っておる。」
と浪岡御所での一件があって以来織田を先に名乗っておいてよかった、と信雄は密かに思った。
「まあまあ皆様この辺で。」
と諍いを打ち切ったのは丹羽長秀であった。
「丹羽よ、この者たちをどうにかしてくれ。」
と信孝が言い出したのを制すると
「私は別に信孝殿のために止めたわけではありませぬ。織田家の今後を話し合うこの場で話が続かないのを危惧したまで。」
とピシャリとしめる。織田信孝は
「父上不在の畿内を守っていたのは俺だぞ!俺が家督で何が悪い!」
と喚くが、諸将は無視して話をはじめた。
「まずは上様と信忠様の遺領をどう管理するかですが……」
と羽柴秀吉は『管理』といって収奪ではないことを強調する。
「うむ。我らが管理していかないとな……」
と柴田勝家も応じる。
「まずは羽柴殿が攻略していた山陽、山陰の諸国はそのまま羽柴様にお任せでしょうな。そして北陸の諸国は柴田様が。」
と信長の乳兄弟の池田恒興。諸将も全く異存がない様子である。
「明智光秀旧領の丹波は羽柴様の所領に接しているので羽柴様に、丹後の細川と摂津、和泉の諸将は羽柴様の寄騎に。現在もっとも戦力が充実しておりますので山城の奉行もお願いしたい。」
丹羽長秀が次々と所領を割っていく。
「若狭はこれまで通り某が。近江が分断されているのも困るので、それぞれ上洛して来たときなど用の飛び地を作りつつ、近江の北側と大和はこの丹羽がひとまず預かり、と。」
「丹羽様なら間違いないでしょうな。上様不在の畿内の安寧を保っていたのは丹羽様の功績にて。」
と羽柴が言い、柴田がうんうん、とうなずく。
「飛騨の諸将は柴田様の寄騎に、伊勢、志摩、伊賀を織田信雄様の直轄に。信雄様には安土城と伊賀につながる近江の南半も。信雄様は伊達政宗に囚われはしたものの関係は悪くなく、徳川家康と交渉をしていただくのも適任かと。」
「うむ。徳川家康を相手にするには織田宗家の格があったほうが良かろう。」
と柴田勝家。
「……では俺はどこに……」
と織田信孝。
「信孝様は美濃と尾張を。織田家の本領でございますぞ!良かったですな!ご兄弟の羽柴秀勝様は争いから身を引いて山城に淀城を築いてその城主となられるだけですのに!」
とどこか明るく、軽薄に丹羽長秀が言った。
「……で織田の跡目は誰が継ぐというのだ。」
と信孝。自分が本領を得られたのならその目があるのでは?とギラギラし始める。
「跡目はそりゃ安土を継ぐ信雄様でしょ。」
と秀吉。
「は?勝家らもそれで良いのか。」
「信雄様ならあの激しい奥州の戦いを生き残ってきた実績がありますゆえ。また某も信雄様を支えますし。」
呆然とする信孝を相手に信雄は宣言した。
「勝家殿、よく言ってくれた。わしは柴田勝家殿、羽柴秀吉殿、丹羽長秀殿に加えて池田恒興殿、織田信孝を『五大老』とし、合議を行ってこれからの織田家を運営していこうと思う。」
「ふざけるな!」
と信孝は立ち上がった。
「それでは俺がまるっきり信雄の下、ということではないか。そんなものに参加はせぬ!」
「……ところで所領は……?」
「それは受ける!」
と言い残してその場を立ち去ってしまった。
「では信孝様が五大老を辞されましたので一族筆頭の役には織田有楽斎様に入っていただくということで。」
とまとめる丹羽長秀。
「ここは受けておけば一門筆頭の座を確たるものにできたものを……考えが浅すぎる。」
と柴田勝家が嘆息する。
「まぁまぁ柴田殿。ともに織田家を支えてまいりましょうぞ。」
と羽柴秀吉が慰めた。
こうして織田家は織田信雄を後継とし、実質羽柴、柴田、丹羽の三者が『三巨頭』と呼ばれて方針を決するようになったのである。柴田勝家と羽柴秀吉は折り合いが元々良くはなかったが、丹羽長秀がかなり大きな所領を得て並びたち、両者を調整した上で前田利家などの柴田の寄騎も羽柴との対立よりは協調を進めたため、両者の関係は比較的安定することができたのであった。
ある程度落ち着いたのもあって、織田信雄は安土城で盛大な信長の追悼式を行うことにした。安土城下で盛大に信長の霊を送るために送り火が焚かれたのだが
「……すべて燃えてしまいましたな。」
と羽柴秀吉。
「うむ。まさか城に燃え移るとは。」
と柴田勝家。そして天守も含めまるごと焼け落ちた安土城を前に立ち尽くす信雄なのであった。




