織田信忠、再起を期して白石に向かう
伊達政宗との戦闘が膠着していた織田信忠の軍に、南部信直勢が襲いかかった。
「なぜじゃ!南部は我らが味方のはず!」
「桐紋も見えます!あれは留守政景、おおかた丸め込まれたのかと!」
「おのれ南部信直、ここを切り抜けたら政宗ともども族滅してやるわ!」
と怒る織田信忠であったが、味方の北条は戦意乏しく後退している有様であり、司令の滝川一益はとにかく兵をまとめて後退させることにした。
「信忠様、名取川を渡れば蘆名盛輝や相馬義胤とも合流できます。そこで体制を立て直しひとまず白石まで引くべきかと。」
一益は信忠に進言した。信忠はここに至り仙台城攻略は諦め一益の策に従い、こちらも鶴翼の陣形を取り、北条に遅れて南を目指す。
明らかに後退を始めた織田勢を見て政宗は追撃を控えさせ、こちらは魚鱗の陣を取り、南部信直の軍勢と合流した。
「信直殿!まさに素晴らしい頃合いであった!」
「兵を整えるのにときが必要で申し訳なかった。」
と信直は謝る。
「いやいや、今こそがまさに絶好の機会だったので!さて、共に仕上げと参りますか。」
一旦陣を整えた伊達・南部勢は織田・北条勢を追撃する。北条勢は名取川を無事に渡河したが、織田勢は追いつかれ、散々に被害を出しつつもどうにか名取川を渡った。
「これで一息つけますな。」
と森長可が信忠にいう。
「うむ。ここは早く蘆名や相馬と合流して陣を立て直そう。そうすれば最上も到着するであろう。」
と援軍に期待して一路南を目指した。伊達政宗の軍はあまり積極的に攻撃を仕掛けてこず、遠巻きにしながら追いかけてくる。
「奴らもしつこいですのう。」
と滝川一益はぼやいた。そして阿武隈川にたどり着いた時に、織田信忠が見たのは対岸を埋め尽くすような蘆名と相馬の軍勢であった。
「蘆名殿!出迎えご苦労!さあ、伊達を討ち……」
と言いかけた使番の首はまたたく間に地に落ちた。
「ふん、政宗、我らにも働かせようとわざと討たなかったな。」
と使番の首を見つつ蘆名盛輝はつぶやき、
「相馬義胤殿にも伝えよ!織田に阿武隈川を渡らせるな!」
と総攻撃の命令を下した。
前からは蘆名の弓矢が降り注ぎ、後ろからは伊達の鉄砲が雨霰と撃ちかけられる。
「伊達政宗め!このときのために弾薬を温存していたか!」
気付いた滝川一益はそれでも陣を立て直そうをするが、川に飛び込んで溺れるものも相次ぎ、どうにか対岸に渡ったものには相馬の騎馬隊が素早く駆け寄って討ち取っていく。
「進むも地獄!戻るも地獄じゃぁあ!」
と誰かが叫んだ声とともに織田勢は総崩れとなった。北条氏照はそれでも北条勢をよくまとめていたが、白装束を着て政宗のところを訪れると
「織田に誑かされて戦うこととなりましたが、これまでのご友誼に免じて許していただきたい。」
と降伏した。北条勢は武装解除の上ひとまず岩沼城に送られた。
滝川一益は
「もはやここはなんとか逃れて白石に向かいましょう。船岡城は蘆名が抑えておりますから山を越えて。」
と進言し、森長可や僅かな手勢とともにどうにか柴田から蔵王を越えて、ついに白石川を渡って白石を望む地まで逃れてきた。
「伊達政宗め……斎藤利治と合流したら陣を立て直して宇都宮の父上のところまで後退するしかないか。その後は西国勢のすべてを注ぎ込んで滅ぼしてくれるわ……」
とイキりながら白石城を包囲しているはずの斎藤利治の陣を目指した。すると前方からボロボロになった小勢がやってくる。すわ、敵か。と思った信忠に声をかけてきたのは斎藤利治であった。
「信忠様!ご無事でしたか!」
「利治!その様子はどうした!」
「……それが白石城を包囲しておりました所、最上義光が1万5千の兵で来まして……」
「やはり敵であったのか。」
「どうしてそれを?」
「我らも南部や蘆名にしてやられたのだ。」
「なんと。それで最上勢に挟み撃ちにされた我らは散々に打ち破られ、どうにかここまで来たのです。白石の周りは落ち武者狩りで満ちております。」
それを聞いた信忠一行は、山に逃れてどうにか南下し、そしてとうとう桑折西山城に辿り着いた。
桑折西山城は佐竹義宣が包囲していたはずだが、その軍勢は城の周りには見えず、城に翻るのは佐竹の五本骨扇に月丸である。
「おお、佐竹殿は城を落としていたか。これは助かる。」
と斎藤利治は門の傍に行って
「織田信忠様の一行である。開門を!」
と音声を挙げた。
次の瞬間。斎藤利治は無数の矢で射られて針鼠になっていた。
「佐竹まで!ここは父上と合流してまず常陸征伐だな!」
さらに逃れようとした信忠であったが、踵を返すとそこには伊達政宗率いる南部、蘆名、相馬、最上の諸将を擁した大軍の姿が眼前にあった。
「織田信忠殿ですな?」
伊達勢から合流に成功した片倉景綱が声をかけてくる。
「うゎあああああ!」
信忠は逃亡した。滝川一益は追おうとしたが見失い、しかしその武勇を発揮してどうにか下野まで脱出に成功した。森長可主従は信忠に付き従い、伊達勢に追いつかれそうになった時に反転して死にものぐるいで戦い、一説によると三百もの首を上げたという。そして最後は百段もろとも深田に嵌ったところを眉間を撃ち抜かれて撃ち殺された。各務元正も鬼神の働きぶりであったがついには力尽き、自害しようとするのを取り押さえられて捕縛された。
そして織田信忠は山中の寺に逃げ込み、助命嘆願を行ったものの、
「だったら杉目直宗の命を返してくれ。」
と言下に伊達政宗に切り捨てられ、絶望して寺に火を放って自害したのであった。
今宵はここまでにしとうございます。




