梵天丸、雉子尾川で相馬盛胤と対峙する
梵天丸の祖父(本来なら曽祖父)伊達稙宗の葬儀は丸森城で密やかに行われた。嫡男で現在の当主、晴宗とは道を別れた後、隠居城に引きこもっての死だっただけに米沢の本家からの扱いはぞんざいで、父(本来なら祖父)の晴宗からは梵天丸に
「ちょうどそちらに入るので都合が良い。梵天丸が伊達家名代としてつつがなく葬儀を行え。」
と書状が来る始末であった。兄(本来なら父)の輝宗からは
「本当なら丸森に行くか米沢、せめて先の本拠である西山に稙宗殿を迎えてきちんと葬儀をしたいところであるが、父や中野宗時の目が厳しく、挨拶の者を立てるだけで許していただきたい。」
と丁重な書状が送られてきたのであった。
伊達稙宗の葬儀が行われてからしばらくしても、丸森城の城代はまだ決まらず、梵天丸は仮城代として滞在していた。ある日、出羽三山の修験者が訪ねてきた。
「ぼ、梵天丸さんっ、ごめんなさい!」
と突然修験者は謝ってきた。
「い、いかがなさった?」
「あ、すみません。梵天丸様にお伝えしたいことが。」
と修験者は語りだした。
「某、羽黒山の修験者なのですが、相馬盛胤、金山城から井戸川将監らを率いてこの丸森に向かっております。」
「なんと!」
「蓑頸城からも佐藤好信が嫡男、佐藤為信と城代門馬雅楽助らと共に小斎城を伺う軍勢を出しております。」
「その数は?」
「各々備は一つずつのようです。」
梵天丸は修験者に厚く礼を言って褒美を与えると、城内のものを集め、軍議を開いた。
「相馬盛胤本人が乗り出しているとなると相馬の主力、こちらは無勢で危険です。ここは無理せず西山に撤退をしましょう。」
と家臣の一人が言いだした。
「いや備一つだけとは本気で攻め取りに来ているとは思えませぬ。ここは牽制ではありますまいか?」
「確かに。金山の軍勢は牽制で本命は小斎へ向かった部隊では?」
他の者がいう。梵天丸はそれを聞いた上で
「うむ。金山の軍勢が牽制もしくは囮で、小斎へ向かった箕頸城の部隊こそが本命という意見、この梵天丸も同意見である。」
「では小斎に援軍を送られますか?」
「いやそれではこちらが手薄になって今度は金山から来た相馬盛胤が牙を向くだろう。」
「では?」
「小斎の小斎平太兵衛には申し訳ないが無理して籠城せず、早々に城を脱して丸森に向かっても良い、と使者を送れ。」
「は!」
「しかして金山から来る相馬盛胤にはどう対処なさるので?」
「丸森も立て籠もっていてはじり貧であろう。ここは討って出る!」
梵天丸は高らかに宣言した。
「おお、しかし相馬のほうが数も多く、相馬騎馬軍は精強ですが。」
「諸君はこの梵天丸と共に軍を鍛えてきたではないか!ここは座して相馬に無為に取らせるのではなく、伊達の強さを知らしめるのだ!」
「梵天丸様!」
「我らもやりまする!」
諸将は力強い梵天丸の宣言に立ち上がり、惜しみなく称賛を送った。そして梵天丸の指示通りに軍勢を仕立て、丸森城を出立したのである。
丸森城を出立した梵天丸に率いられた軍勢は、ちょうど丸森城と金山城の中間に近い阿武隈川の支流である雉子尾川を挟んで対陣した。梵天丸は金山台町古墳群の丘陵を活かして陣を張っていた。川向うから大将と思しき大鎧を身に着けた見事な武将が進み出てきた。
「伊達の諸将に物申す!こちらは相馬盛胤である。」
総大将の相馬盛胤が出てきたのだ。梵天丸も馬に乗って対岸に進み出る。
「相馬殿!こちらは丸森の城代を勤めさせていただいている伊達晴宗が一子、梵天丸でござる!祖父がなくなって間もなくでありますが、その軍勢は弔問のためでしょうか?」
「うははは。晴宗が末子梵天丸か!そこもとがいる丸森城、そなたの父晴宗殿に稙宗殿が破れて逃げ込んできたのを、この相馬盛胤がお守りして住んでもらっていたのだ。我らの庇護で住まわれていたのだから稙宗殿が亡くなったなら相馬に返すのが道理というもの。」
「これは異なことを申されますな。父、晴宗が私をここに送ったということはこの梵天丸こそが祖父稙宗の後を継ぐと認められたということ。伊達の所領は伊達で守ります。盛胤殿の弔問の意は承りましたのでどうか心安らかにお帰りいただけましたら。」
「言わせておけばこの小童め!さっさと米沢に逃げ帰って母の乳房でも吸っていれば良いものを!」
「これはこれは盛胤様、私の母は米沢ではなく京に住んでいるのはご存知では。ならばその軍勢でこの梵天丸をお守りいただき、上洛して瀬田に旗をたてていただけるということで。」
「何をいうかこの減らず口が!痛い目に遭わせてやらんとわからんのか!伊達の鬼子は鉄砲狂いとは聞いていたが鉄砲の数も片手もなさそうではないか。そんな戦力でこの相馬に立ち向かえると思うのか。」
「おお、怖い怖い。さすがは精強、相馬家でございますな。上洛ついでに私に陸奥の領地をお預けいただいて下総の相馬御厨に皆さんでお帰りいただくのも良いかもしれませんな。」
「この餓鬼が!目にもの見せてやる!」
相馬盛胤は踵を返すと、相馬の軍勢は慌ただしく動き始めた。そして備を動かし、雉子尾川を渡河してきたのであった。いよいよ伊達と相馬の激突が始まるのである。