伊達藤次郎政宗、仙台城から出撃する
織田信忠率いる織田勢は仙台城を攻めあぐね、2週間経っても城はおろか大年寺山や八木山すら取れない状況が続いていた。信忠の将、坂井越中守は信忠に
「流石に山中の罠も数が減ってきて出尽くしてきたと思います。ここは私に軍勢をお預けいただければ比叡山のように焼き尽くしてご覧に入れましょう。」
と進言した。滝川一益は
「ここは大年寺山にこだわらず、仙台城に全兵力をつぎこんで一気に押しつぶすべきです!弾薬も糧食も不足が見えてきて兵にも疲れが見えます!」
と進言したが、信忠は
「ここは大年寺山を攻め取れば仙台にも腰を据えて攻略できるであろう。長可!坂井とともに大年寺山を攻め落とせ!」
と勇将で知られる森長可を付けて大年寺山を包囲させた。
当初は静かであったが、織田勢が山を上り始めるやあちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。
「敵は小勢ぞ!多少討たれても押し潰せ!」
と坂井越中守は発破をかける。森長可は家老の各務元正を呼ぶと、
「各務、これはどうも臭いな。」
「殿、これはいけませんな。」
と相談し、坂井勢を先行させて山麓で陣を整えて攻め手を控えさせた。
「鬼武蔵が聞いて呆れるわ!おれが先に攻め取ってやる!」
と被害を出しつつ坂井越中守はついに大年寺山の頂までたどり着いたが、そこで待っていたのは伊達方の若武者が率いる一隊であった。
「真田信幸、手柄首にさせていただく。」
と若武者は名乗り、まだ山を登って息が上がっている坂井越中守に襲いかかった。坂井も幾ばくは粘ったが真田信幸の恐るべき技倆の前に数刻もせず槍の錆とされてしまったのであった。
「坂井越中守!真田信幸に討たれ討ち死に!」
「毛利良勝殿!八木山で鮭延秀綱に討たれ討ち死に!」
信忠のところには悲惨な報告ばかりが飛び込んでくる。
「信忠様、ここは仙台城を!」
と滝川一益が迫る。なおも渋る信忠に、大年寺山から戻ってきた森長可が
「信忠様!こちらの弾薬もかなり手薄になってきた!時間をかけ過ぎだ!ここは一戦して押しつぶすなり相手に被害を与えて引くなりケリを付けないとそろそろ持たん。」
「そんなはずも……」
「水に浸かった弾薬も食料も使い物にならん!」
なおも逡巡する信忠に急使が飛び込んできた。
「伊達政宗、仙台城の大手を開いて出陣してきました!」
織田と共に仙台を攻めていた北条氏照であったが、こちらは鉄砲に頼らない兵制を採っていたため名取川氾濫の被害は比較的少なかった。しかし氏照本人としてはあまり積極的に攻めて被害を出すのもバカバカしい、と考えており、泥濘の中を攻めあぐねる信忠勢を横目に、包囲してなんとなく攻めかかる様子を見せているばかりであった。
そんな中、信忠勢の弾薬は目に見えて減っていき、うちかけられる鉄砲の音もどこか閑散とし始めていた。
「伊達はたしかに鉄砲をなかなか撃ってこないが……こちらも潮時ではないか。これでは我らの小田原城を攻めている上杉や武田と変わらん。とても攻めきれるとは思えんな。」
と密かに配下の諸将に伝達を送り、北条勢はいつでも撤退できるよう準備を密かにはじめていた。そんな中、仙台城から伊達政宗が出陣、の報を聞いて氏照はその軍勢を確認しに前線へかけよった。
「ぬうぅ。なんだあの数は。1万足らずといったのはどこのどいつじゃ!それに……あれは伊達の鉄砲隊ではないか!いかん。ここは潮時じゃ。北条勢は兵を取りまとめて下がるぞ!陣を鶴翼にして伊達に背を向けぬようにして下がるのじゃ!」
氏照の号令に北条勢は素早く陣立てを整えると仙台城から離れて名取川の方に向かい始めた。
「だいぶ乾いたとはいえ名取川をうまく渡ることができるか……」
氏照は胸中の不安を振り払うことができなかった。
織田信忠は伊達政宗自ら率いる軍勢が出陣、の報を聞くと飛び上がって喜んだ。
「みよ!ついにしびれを切らせて出てきおったわ!数も装備も我らのほうが上じゃ!政宗の首をとってこの戦を終わらせよ!」
「殿!ここは兵をまとめて退却を!」
と進言したのは滝川一益である。
「なにをいうか!伊達の兵力は1万!我らは5万!全軍が出てきても我らのほうが……」
「あれが1万に見えますか?」
「ふん!計算違いにせよまだ明らかに我らのほうが多いわ!一益!グダグダ言わずに攻めてラチをあけろ。」
と言われ滝川一益はもはややむを得ん、と軍勢を立て直して魚鱗の陣で迎え撃つ。
それに対して政宗が採った陣形は鋒矢であった。
「竜騎兵!『雷電』じゃ!敵に突入してこじ開けよ!晴嵐徒士隊は我と続き穴を開けるぞ!」
政宗の号令と共に陣太鼓が打ち鳴らされる。ダンダンダカダダンダカダダンダン、
それとともに晴嵐徒士隊の法螺貝が響く。ボーボーボーボッボボーボッボボー。
「なんじゃあれは?」
信忠はその異様な響きに思わず近習に聞く。
「あれは伊達本陣の『帝国行進曲』なる軍楽にございます。あの調べがなると伊達は総掛かりを仕掛けてくるのです。なんでも南蛮人に聞いた回教帝国の軍楽に倣ったとか。」
「あのやかましい音を止めさせろ!鉄砲隊!撃て!撃て!」
と号令するも弾薬がすでに不足していた織田勢からはそれなりの弾幕しか張られない。そこに竜騎兵が鉄砲を背負って手槍で突入し、降りると一斉射撃をしては離脱を繰り返す。
「ええい鬱陶しい!長柄隊を前に出せ!三間槍で敵の動きを止めよ!」
滝川一益の号令に槍隊が全面に出る。それに対して伊達も三間槍の長柄隊を押し出し、共に打ち合い、膠着状態となった。
「今だ、北条氏照殿に伝えよ、先に進んで伊達の側面を付け、とな。」
一益は急ぎ指示を出す……がすぐに耳を疑った。
「北条氏照殿、兵をまとめて後退を始めております。むしろ我らの左翼が空きつつありますが。」
「なんと。今は引くときではない!今押し出せば伊達が予想より多いとはいえ我らが優位なのだ!」
と言ったそばから側面から銃弾が飛んでくる。
「側面に伊達の親衛軍が入り込みました!」
「左翼弾幕が薄いよ!なにやってんの!」
信忠は怒鳴りつける始末であった。森長可が
「では、止めてくる。」
と出陣しようとするも家老の各務元正は
「今本陣を離れては信忠様が危のうございます。我ら森勢は本陣を固めるが先決かと。」
と進言したため、森勢は正面の伊達の圧力を受け止め、その進行を止める事に成功した。
しかし左翼から侵入した純白の晴嵐徒士隊の異相に織田勢は疲れと混乱を見せ始めていた。伊達政宗はその漆黒の兜からコー、ホー、と息を漏らしながら
「さすが織田、よく粘りおる。しかし頃合いだな。」
とつぶやき、
「無理せずともよい、敵を拘束しろ。」
と命令を下した。
そんな中、北から新手の軍勢が現れた。対い鶴に九曜の旗印である。織田信忠は
「来た!南部信直の軍勢だ!これで我らの勝利だ!」
と手を叩いたが、次の瞬間、雨霰と矢が降り注いだのはその信忠の陣にであった。




