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滝川一益、名取川の畔で疑念を抱く

 織田信忠に率いられた織田家の軍勢と北条氏照・氏直が率いる北条家の軍勢、合わせて5万はついに仙台城を望む今でいう仙台平野に入った。名取川には防衛戦が設けられているだろう、と警戒していたが存外目立った抵抗もなく、大年寺山を望む名取川の手前で陣をとった。


「ここまで表立った抵抗がないと逆に不気味ですな。」


 と実質的な司令を務めている滝川一益が信忠に言った。


「ふん。仙台に残る伊達の兵力は1万足らず、大方白石城に持てるだけの鉄砲をつぎ込んでこちらにはろくな兵も鉄砲も残っていないのだろうて。」


 と信忠は返す。


「……しかし殿、その伊達の残る兵力が1万という数、どこから出てきたので?」

「甲賀の手のものが仙台に忍び込み、政宗らが極秘に会議を行っている様子を聞き取ったのよ。間違いないわ。」

「であればよいのですが……伊達の直轄領は100万石を優に超えます。その割に2万程度しか動員できないというのが納得いかんのです。」

「一益は心配性だのう。甲賀のものの報告で我が織田が敵に回った時点で逃散が相次いでおる、と政宗たちが言っていたのだ。実際逃散している様子も確認しておる。ごちゃごちゃ言わずに明日の仙台城攻めについて考えよ。」

「はっ。」


 と言って滝川一益は引き下がったが、今ひとつ納得行かなかった。再び信忠のところに行き、陣を一旦下げて南の高館辺りに置くべきでは?と進言したが信忠に


「しつこい!」


 と一喝され、やむなく名取川の川岸で全軍はその夜休息を取ることにした。もちろん仙台城を指呼の間に挟む距離であるから警戒は怠らず、鉄砲を始め軍装を解くことなく、むしろ即応じられるように一益はキツく配下の諸将に言って回った。


 夜半、ゴゴゴゴゴゴゴゴとすさまじい地響きのような音がして滝川一益は飛び起きた。


「名取川が増水だと?忍びの者は上流に不審な点はない、と言っていたではないか!」


 名取川は濁流となり凄まじい勢いで押し寄せ、溢れ出してくる。滝川一益もまさか送った忍びの者が処分されて偽物が代わりに報告に来たとは思っていなかった。恐るべき黒脛巾組の横山隼人の業である。


「名取川が増水だ!」

「急いで逃げよ!」


 織田信忠と北条の軍勢は慌てふためき逃げ回った。増水そのものに対しては滝川一益がそもそも警戒させていたこともあって死傷者は少なかったが、名取川一帯は見渡す限りの泥濘となり、動きも取りづらくなった。そして何よりも補給の糧食や弾薬が水に濡れて多くを失ってしまったのが痛かった。


「伊達にやられましたな。ここは一旦体制を立て直しに引きましょう。白石城の斎藤利治殿の軍勢も合わせて戻ってくればこの泥濘もまだマシになっているかと。」

「攻めるも滝川、と言われた名将も老いぼれたものだな。補給が減ったとはいえ我が方には十分な兵力と弾薬がある。ここで引いては奥州諸将に侮られて今度は政宗につくものすら出るやもしれん。ここは一気に仙台を押しつぶす!」


 と織田信忠は滝川一益の進言を却下し、泥濘の中を全軍に攻撃の命令を出したのであった。


 織田家の備は泥の中を這いずるように進んだ。しかし仙台城側からは出撃してこず、織田・北条の軍勢は仙台城、八木山、大年寺山の集まりからなる仙台城の山体を取り囲むように包囲した。


「……後は山を登って攻める形になりますな。行くぞ!百段!」


 と森長可は愛馬百段にまたがり、十文字槍人間無骨を振りかざして大年寺山の山麓を登ろうとする。


「なんじゃこりゃ!」


 突然カラカラと音がするとそこに矢が飛び込んできて、近侍していた侍が討たれた。他にも落とし穴や突然丸太や大石が落ちてきて押しつぶされるなど山に一歩入るとそこは罠で埋め尽くされていた。


「信忠様!大年寺山も八木山も罠と伏兵で一向に進めませぬ!」

「罠を潜り抜けたと思えば潜んでいた兵にやられます!死兵かと思えばそのようなことなく、一戦しては逃げ去りこちらの被害がかさむばかりです!」


 使番の方に織田信忠はイライラしていた。


「山に閉じこもって罠で相手をさせるとは伊達政宗、何たる卑怯……まともに城攻めらしい城攻めをしているのは仙台城の正面ぐらいではないか。」

「その仙台城にしても予想以上に鉄砲を射掛けてくるようなことはなく、弓矢や投石が中心ですな。」


 と近侍していた服部一忠が言った。


「うむ。やはり伊達自慢の鉄砲は白石城の方にあるのであろう。ここでしぶとく粘っている間に停戦の勅許を待つつもりなのではないか?そんなものは主上を京に幽閉しておるから来ないがな!」


 と坂井越中守が答える。それに信忠は深くうなずきながら


「孤立無援なことを思い知らせてやろう……しかしこう泥だらけではこちらも上手く鉄砲も使えぬ。」


 とボヤいた。



 その頃、伊達政宗は仙台城の天守で戦況を京都土産の遠眼鏡で眺めながら見守っていた。


「おお、また滑りおったわ。泥だらけで滑るのによく登ってくるのう。お、やはり大年寺山では罠にかかって転がり落ちたか!それもこれも全て真田昌幸殿、貴方のおかげですな。こころから礼を申す。」


 と背後に控えていた真田昌幸に深々と頭を下げて礼をした。


「いえ、政宗様に仙台に来れないか、と聞かれた時は何のことやら、と思いましたが……我らが川をせき止めてから押し流し、山で戦うことに長けているのをどこでどう見抜かれたのか。」


 そう。真田家は史実でも上田城攻めを受けた際に川をせき止めてわざと決壊させ、徳川家を濁流に飲み込んだのだ。名取川をわざと決壊させ、仙台平野を泥濘にする作戦は元々政宗が持っていたものであるが、そこに真田の力を生かせば更にうまくいく、と真田昌幸を招聘したのだ。そして山岳地帯では真田家は北条家を寄せ付けない恐るべき戦力を発揮し、矢沢頼綱の率いる罠と神出鬼没の兵は織田・北条の兵が大年寺山や八木山を登ることを全くさせなかったのである。


「そもそも我らが1万、というのもわざと聞かせていただけだからのう。のこのこと泥田に嵌りに来おって。羽柴秀吉殿ならこんな策には引っかからずにもっとはじめは慎重に動いただろうにな。」


 と政宗は嘯いた。


「忍者でこちらを覗く時、また忍者もそちらを覗いているのだ。うははは。わざと覗かせているのを見破れぬとは忍びとして三流だのう。」

「政宗様の智謀の恐ろしさ、この昌幸も感じ入りました。1万の小勢に力及ばずとも加勢を、と思って来てみれば……」

「うん。『士分が1万』だから嘘はついてない。嘘は。普通はその士分に従者がつくからねぇ。だいたい今回は決戦だからちょっと無理してもらっても良いだろうしね。」

「まさか3万以上もいるとは。」

「まあ白石の小十郎に結構精鋭付けちゃったから数合わせではあるのだけど……

弟の直宗を問答無用で殺した織田はちょっと赦してやるわけにはいかんのだ。」

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― 新着の感想 ―
[一言] 大物(徳川)狩りに定評のある昌幸を味方につけるとは流石ですね
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