徳川次郎三郎家康、安土城に織田信長を訪ねる
伊達藤次郎政宗は仙台城の本丸、懸け造りの御殿の広間で舞を待っていた。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり……」
片倉景綱が合いの手を入れる。
「本能寺!本能寺!」
「ところで小十郎。」
政宗は景綱に声をかけた。
「黒脛巾組の太宰金七は徳川様の所に着いたか。」
「は、徳川様の所に辿り着き、殿からの密書、たしかに渡したと。家康様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていましたが、その後『相解った。政宗殿のご助言どおりにいたそう。』とお返事を頂いた、と。」
「うむ。柳原戸兵衛と世瀬蔵人はすでに京に入ったか?」
「はっ。確かに。大町宮内もすでに安土に入り、信長の一挙一動をつぶらに調べております。」「信長は伊賀を滅ぼしたから忍びの者には心底嫌われておるからのう。忍びの出の滝川一益殿ぐらいしか使えぬのではないか。その上その滝川殿は今上野にいるからの。おかげで他国の忍びは入り放題じゃ。くくく。」
伊達政宗は配下の恐るべき忍軍、黒脛巾組を使い色々策動しているようであった。
その頃、羽柴秀吉は毛利方の備中高松城を水攻めにしていた。長大な堤防建築はうまく行き、城は湖にぽつんと浮かぶ小舟のようであった。しかし城将清水宗治は頑として降伏を拒絶し、睨み合っているうちに小早川隆景と吉川元春に率いられた毛利の本軍3万が到着し、秀吉の3万と五分の戦力で睨み合う事態となったのである。
秀吉はここにおいて信長の出陣を懇願する書状を安土の信長に送り、道中信長を迎えるために街道の宿泊や買え馬、食料の準備などをぬかりなく準備した。
「上様(信長)が軍勢を率いていらっしゃれば毛利なぞすぐ降伏するであろう。しかしあまり到着が引っ張られるとこちらは外征。毛利が傘にきて攻めかかってくるやもしれん。油断はできぬな。」
と参謀、黒田孝高に語りかけた。
「仰るとおり信長公さえ来援されれば、せめてどなたか軍団長格の方の軍勢が来れば毛利は平伏するでしょうな。」
「この際信長様でなくても十兵衛(明智光秀)や権六(柴田勝家)でもいいか!」
と言い、主従はカラカラと笑った。羽柴秀吉は信長が来るのを信じているのである。
徳川家康は新たなる居城、駿府城を出立し、信長が待つ安土城に入った。そこで待ち受けていた信長は、部屋に入ってきた家康が二人いるのに気づいた。
「家康、それが噂に聞く影武者か。」
徳川家康は呼び捨てにする信長が自分を見下しているのを実感して嫌な気分となったがわざと剽げた声で応えた。
「そのとおりでございます!」
「おい、影武者のほうが応えるな!」
信長の声に上座に座った家康が、横に控える家康の頭をポコっと殴った。
「影武者が差出ましい事をして申し訳ありません。」
「ふん、影武者を連れてきてもいざという時は両方討ち果たせばよいだけのこと。ところでその影武者、なんというか家康殿と比べるとぼさっとしているというか土臭いというか、あまり3カ国の太守には見えんな。家康殿の影武者は『完璧』と評されわしも会ったときにはどちらか見分けるには爪を噛むか噛まないかしかなかったが……こいつはすぐわかりそうだ。」
「さすがは上様でございます。」
家康は応えた。
「いつもの影武者は次郎三郎という者なのですが、あいにく体調を崩しまして、やむを得ず今回は二番手の三郎四郎を連れてきたのです。これでもその次の四郎五郎よりはパッと見は似ていまして。」
「うはははは。影武者を多く用意するとはまるで武田信玄入道のようだな!」
と言って信長は豪快に笑った。
その夜の宴会では徳川家康の好物、ということで鯛の天ぷらが供されたのだが、家康はパクパクと食べて信長を喜ばせたのに対して三郎四郎は天ぷらが苦手なようで『胃がもたれる』などと言ってあまり手を付けず、『主君の好みも再現できぬとはやはりこの者は大したことがない影武者よのう。』と信長を呆れさせたのであった。さらに家康が味が薄い、特に味噌が、といつもの様に田舎料理を求めたのに対し、信長は家康が幼少時織田家の人質だった時に常々そう言っていたのを思い出して饗応役の光秀を叱りつけて額を殴り飛ばし、料理の責任者を誅殺するように命じて家康好みの味の濃い、味噌をふんだんに使った料理を持ってこさせた。その気遣いに家康はうっすら涙を浮かべながら感謝し、
「うまい、うまい。」
と言って平らげた。それをみた信長はどこかほっこりした気分になったが、その脇で三郎四郎が
「わしゃせっかく偉くなったんだから味の澄んだ京風のほうが良かったのじゃ……」
などと言っているのを見て、ますます役立たずで不出来な影武者よ、と気分を落としたのであった。
翌日、徳川家康は堺を見物すると言って旅立った。信長は京へ向かい、本能寺に入って公卿と密議を行い、相国補任を受ける内諾を出した。
その翌朝、信長は本能寺の周辺が騒がしいのに気づいた。軍馬が犇めいている。
「乱丸、様子を見てまいれ。」
と小姓の森乱丸成利を出すと、すぐに戻ってきていった。
「本能寺の周辺はおびただしい兵で埋め尽くされております。」
「なんと秋田城介か?」
信長は常々嫡男、織田信忠が自分を恐れるあまり、謀反を起こす可能性を考えていたのだ。
「いえ、紋所は水色桔梗、明智光秀様の軍勢にござります。」
今日は話の筋的にこの話だけです。
すみませぬ。明日をお待ち下さい!




