梵天丸、米沢で父に夢を語る
梵天丸が6歳になった正月、米沢城の大広間に一族重臣は新年の年賀に集まっていた。
その場で父、伊達晴宗が梵天丸に聞いた。
「梵天丸よ、正月の場でもあるから将来の夢を語ってみよ。」
「おじいさま、将来の夢ですか。」
「いいかげん父をおじいさまと呼ぶのはやめよ。なんか老け込んだ気がするわ。」
「そうだぞ梵天丸父上はお前の父なんだから。」
「父上すみません。あ。」
と梵天丸は輝宗の方を向いて『父上』と呼んでしまった。これには二人とも苦い顔をしている。
『いかんいかん、つい癖で兄上のことを『父上』と呼んでしまう。』と梵天丸は心中つぶやいた。
『どうも物心ついてから一度送った人生のことが記憶に蘇ってきてしまい、それに引きづられてしまうな。それは夢なのかもしれないが、長く、はっきりしすぎている。むしろ逆に今のこの場こそが人生をやり直している夢なのかもしれない、とも思ってしまう。』と考え込む。
「これ、梵天丸。なにをボーッとしている。」
伊達晴宗から再び声がかかった。
「はっ。父上。」
今度は間違えずに返事をした。
「梵天丸は奥州を統一し、関東を飲み込み、天下を統一したいと思います。そのためには鉄砲がたくさん必要です。」
おお、と諸将から感嘆の声が上がった。
「……鉄砲はどれほどいるのだ?」
「少なくとも数千、できれば万は。」
「なんという壮大な夢。」
「若君らしい。」
と諸将が褒めちぎる。梵天丸は
『うむ。子供は夢を大きく語ったほうが良い、とは毛利元就も言っていたではないか。』と一人納得していたが、ふと伊達晴宗の方を見ると苦虫を噛み潰したような顔をしている。
伊達晴宗は立ち上がると言い棄てた。
「この鬼子めが!」
驚いた諸将は晴宗の方を見る。
「わしが……わしがどれだけ苦労してあの後先考えずに洞を広げ、奥州を差配しようとした父上(稙宗)と戦って今の伊達家を作り上げたと思っているのだ!梵天丸!お前の考えはその父上と同じだ!だいたい鉄砲なぞ高価なもの、数十でも大変なのに数千も揃えられるか!このうつけ!!」
「父上!子供のいう事なれば。」
と輝宗が止めにかかる。
「いや許せん!梵天丸、お前のような大言壮語を吐く奴原はこの米沢には置いておけぬ!」
「かと言って都に返してしまっては帝に喧嘩を売るのも同然ですな。」
と手を上げて意見したのは中野宗時である。
『ふふふ。梵天丸は都に返すより伊達家に置いておいたほうが伊達家中がまとまるのを防げるというものよ。そして家中がまとまらなければ、わしが采配を振るえるというもの。』
と計算していたのだ。
「ではいかがいたす?」
「出羽三山に預けるというのはいかがで?」
こうして梵天丸は出羽三山に預けられたのであった。しかし、二年もしないうちに出羽三山のお付きのものと一緒に梵天丸は米沢に戻ってきた。
「梵天丸様は山寺には収まらない器の持ち主。お返しいたします。」
と使者が言上する。
「なんと?どういうことだ?」
と聞き返す伊達晴宗。
「梵天丸様は修験者共と親しく交わり、その知識の深さ、見識の広さ、夢に心服する者が続出しました。そのうち僧兵たちとも親しくなり、教練をして指揮までなさるようになり、あちこちの野盗を討ち果たしたのみならず、我らに敵対した豪族との戦いにまで乗り出す事態でして。このままでは出羽三山は梵天丸様に感化され修業の場ではなく戦の場になってしまいます。かくなる上はもののふはもののふらしく武家で過ごしていただくのが良いかと。」
「なんとしかし、当家としてはぜひまたお願いしたいのですが。」
「いえ、梵天丸様はいうならば越後の龍、上杉謙信と同様なものにござりましょう。」
「そういえば謙信も寺に入れられて戻ったと。」
「さようにございます。」
「謙信のように働くか……しかし梵天丸。ならば謙信のように自らの領地を拡大するのではなく、おのれの義のために働くか?」
「はい。父上。」
と言いつつ梵天丸の心中は『そんな訳なかろう』と知らんぷりであった。しかし晴宗は
「ならばよいか……しかし米沢に置いておいても困るな。よし、梵天丸。」
「はい。」
「……なんかちょっとやる気がない返事に思われるがいいか。お主は丸森城に行け。」
「丸森城に?」
「そこにはお前にお似合いな男がいる。我が父、伊達稙宗だ。」
「ひいじいさまが。」
「ひいじいさまでなくお祖父様だ!間違えるな!しっかし梵天丸、誰に似たのやら。」
「父の輝宗、じゃなくてあ、兄の輝宗殿に。」
「真面目で誠実な輝宗にお前はまったく似ておらんわ!まったくお前といるとじいさまじいさま呼ばれて年取った気がしてかなわんわ……」
こうして梵天丸は出羽三山から米沢に戻ったが、荷を解く間もなく伊達稙宗が隠居城としている伊具郡、丸森城に向かうことになったのであった。しかしこの出羽三山での経験は梵天丸に大きな財産となった。修験者たちと親しい関係を作れたことで各地の修験者を通じた情報が梵天丸のところに来るようになったのである。そして後に忍軍、黒脛巾組を作る際にもそれは大きな助けとなった。出羽三山はこの後、梵天丸個人の明確な味方となり、今後様々な場面で援助をしてくれるようになったのであった。