伊達藤次郎政宗、山形で最上義光と鮭を語る
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出羽山形の大名、最上義光は山形城の門外にて、米沢から到着した奥州探題伊達家嫡男、藤次郎政宗を出迎えた。
「な、なんだこの鉄砲の数は。鉄砲狂いとは聞いていたがこれほどの数とは。」
伊達の軍勢で大将と思しき騎馬隊の後ろには夥しい数の鉄砲足軽が控えている。その後ろに並んだ長柄も見慣れたものよりは二周りは長い。
先頭の騎馬武者は漆黒の鎧を着けている。その胴は細かい札を繋ぎ合わせた伝統的な鎧ではなく、大きな平滑な鉄板を何枚か組み合わせた様な形状になっていた。後に『雪下胴』もしくは『仙台胴』と呼ばれる当世具足である。やはり漆黒の長い草摺は膝を越える様であり、背の母衣と呼ぶべきか陣羽織というべきか、天鵞絨の様な裏地のこれまた漆黒のそれは現代の言葉で言うならばマントというべきものであった。兜には黄金に輝く三日月の前立。そして面頬もまた特異であった。口のあたりはまるで鮟鱇が口を開いたように牙のような筋が入った三角形をしており、そこからは『コー、ホー、コー、ホー』と息のようなものが漏れている。義光はこれは魔神か妖怪か、何れにせよこの世のものではあるまい、とすら思った。するとその魔神めいたものは下馬し義光の方に近寄ってくる。思わず最上の一同は槍を構えて身構えた。
「な、なにものぞ!」
最上義光は伊達の出迎えをしていることも忘れて思わず誰何した。すると魔神は義光に近づくと、兜を外して小脇に抱えた。どうやら人間ではあるらしい。
「これは失礼した。伊達藤次郎政宗でござる。最上義光様でよろしいでしょうか。」
その青年は偉丈夫で知られる最上義光に比べると体格は普通であった。伊達家の他のものに比べると細面で整った印象の顔は、皇族の血を引いているという噂に真実味を与えていた。そしてその右の瞼から額にかけて走る傷跡は、確かに龍を思わせるものであった。
「その傷跡、確かに伊達の龍と言われるだけのことはありますな。失礼した。わしが最上義光である。ところでその鉄砲、凄まじい数でありますが伊達の全軍を連れてきたのでしょうか?」
「いえいえ。」
と言って政宗は笑った。
「恐ろしい相馬の抑えもありますからそちらにもだいぶ残してますよ!」
「そういえば相馬に対峙する金森の城は都から連れてきた石工により石垣を築かせているとか。」
「はい。織田の家中から快く話をつけていただきまして。石の城も良いものですな!」
これで全軍でないとは。義光はその戦力に驚くとともにそれだけの数の鉄砲隊を運営できる伊達家の財力も思い、またこれは手強い相手であるな、と実感したのであった。
義光は政宗を御殿の大広間に通し、対面した。鎧を脱ぎ、直垂姿となった政宗は先の異様な風体と違い、落ち着いた若武者らしい線の細さを感じさせる姿であった。
「まずは義光様、我らを迎い入れてくださり、心から礼を申し上げます。」
「伊達が父(義守)ではなく、我が援軍に来たと聞いて耳を疑いましたぞ。」
「叔父上こそが出羽を治めるべき方なれば。」
「お、叔父上とは拙者のことか。」
「我は義光様の妹君義姫様の子(養子)でありますれば、義光様は叔父にございます。それとも兄上と呼ばせていただいても。」
「と、突然の話ですこし面食らっておる。とりあえず心が定まるまでは義光で呼んでくれ。」
「はっ。義光様。これは手土産でございます。」
と言って政宗が合図をすると多くの荷を持ったものが入ってきた。
「まずは軍資金に砂金でございます。」
「うむ。味方に引き入れるにも資金はいくらあっても助かる。」
「そしてこちらが『鮭』でございます。」
「さ、鮭だと?」
「まずはこちらは蝦夷地から取り寄せた現地の土人が作っている燻製、『鮭とば』にございます。」
「おお、鮭を燻製にしたものか。」
「こちらは旨味は強いのですが硬いので歯を傷めないようにお気をつけください。」
「そしてこちらは名取の鮭を普通に燻製にしたもの。桜の木で燻して香りを強めにいたしました。」
「先程のものと違い柔らかいのか。」
「そしてこちらは最上様と同じ我が同盟葛西家より」
と『最上様と同じ同盟』と政宗はわざと言った。
「葛西の志津川名物の鮭を新巻にしたものでございます。」
義光は同盟の言葉を聞いたか聞かずか、ひとまずそれを否定することなく言葉を続けた。
「おお、わざわざ奥州でも名高い志津川の鮭を取り寄せてくれたのか。政宗殿、わしが鮭好きと知っての心遣い。こころから……」
と言い出した義光を制して政宗は更に続ける。
「そしてこれが越後村上の塩引き鮭でございます。我が叔父、実元の伝手にお願いして越後から取り寄せました。志津川の新巻と比べるのも一興かと。」
「おお!おお!」
最上義光は思わず立ち上がった。
「政宗殿、その心遣い、そして貴重な鮭を手に入れ、わしに贈ってくれるその行動力!この最上義光、政宗殿に心服いたした!」
「これも義光様のお力を見込んでのことでございます。」
「言ってくれるわ。今夜はこれらの鮭で宴ぞ!」
そしてその晩、最上家と伊達家は鮭づくしの宴会を開き、最上義光は大いに舌鼓を打ったのであった。そして伊達政宗と今後の方策について大いに語り合ったのである。