4-13 丑の刻参り(うしのこくまいり)
時刻は0時を回った、北関東の瑞樹神社にて
京で大雨を降らせた為に、ずぶ濡れになった龍3匹が、玄関を開ける。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ。暖かい御風呂が沸いております」
玄関の上がり端で、そう迎えてくれる蟹の神使、桔梗さんに――――――
「桔梗さん。お気持ちは嬉しいのですが……先に龍の巫女の伊織さんを送って行かないと、もう既に良い時間だしね。先にセイと赤城さんを御風呂へ入れてあげてよ」
僕がそう言うと、セイたちが――――――
「あのなぁ千尋。俺達は水龍なんだぜ? 外の滝壺で水浴びした方が全然嬉しいし。お湯とか……茹で龍になるわ」
セイの言葉に同意だと、隣で頷く赤城の龍神さん。
うーん。こればかりは、人間歴の長かった僕には、分かり合えないなぁ。暖かいお湯に浸かった方のが疲れが取れるし。
だいたい茹で上がる程、長湯するんじゃないよ! アホ龍め!
と言いかけて、昔のある出来事を思い出した。
「そう言えば、前に風呂が壊れた時なんか、銭湯へ一緒に来なかったっけ?」
「ふっ、何を言い出すかと思えば……そんなの決まってるだろ! 雌に変身して女湯に入る為だ!」
コノヤロウ……隠すつもりも無く、堂々と言い放ったな。
「わ、我は違いますからね。そもそも銭湯とか言うのに、入った事無いですし」
慌てて言い繕う、赤城の龍神さん。貴方は人間嫌いですしね。
そう言えば、あの銭湯騒ぎの時は、一緒に行ったの……淵名の龍神さんだったか?
全く、スケベな龍が多い事。
僕がチベットスナギツネの様な目で雄龍達を見ていると、意外なところから龍達への援護があった。
「ちょっとだけ、龍神様達の気持ちも分かります。お湯だと肌が赤くなってしまって……」
桔梗さん……それ蟹の身が茹で上がってますよ。
「あのね桔梗さん。あまり無理せずに、冷水のシャワーも出ますから」
セイ達みたいに神社裏の滝壺だと、浄化槽通さずに垂れ流しになる為、石鹸とかシャンプー類が使えないからね。
そんな僕の気遣いを台無しにする、セイの一言が――――――
「タレをつけて食べたら美味……」
そこまで言いかけたセイの頬に、一筋の傷が出来る。
「ちっ! 外しましたか……首を狙ったのですが……」
桔梗さんの右手は、いつの間にか巨大な鋏になっていた。
「危ねーだろうが! この蟹女!」
「次は外しません」
また喧嘩が始まったし……どうして仲良く出来ないかな……
正直3連戦で疲れているので、止める気にもならず。
赤城の龍神さんと一緒に玄関を上がり、脱衣所でタオルを拾って、頭を拭きながら居間へ向かう。
「おおっ! 千尋よ、帰ったか? 朱雀戦はどうじゃった?」
丁度、淤加美様がゲームを休憩をしていて、芋菓子をお茶請けに、お茶を啜っていた。
「どうもこうも……淤加美様の光か闇の何方か片方は、僕の中に常駐して居るのだし、中から見ていて知っているでしょうに」
「うむ。今回は光も闇も使わず、水氣だけで倒したようじゃのう。さすがは妾の子孫じゃ」
感心感心と頷いて居る淤加美様。
その後ろで、お茶に手をつける時間も勿体無いとばかりに、弟神の穂高見様とゲームの練習に勤しむ豊玉姫様。
あーあ。結局ゲーム好きにしちゃったよ……
まあ、昔はこんな娯楽が無かったので、嵌まるのは仕方がないとしてもだ……堕落するのは流石に問題である。
豊玉姫様。現に御自分の神佑地を、放置しているしね。
其処へ、新しく湯を沸かし直した、貴船の龍の巫女、伊織さんが現れ――――――
「あら、千尋様。お帰りなさいまし。そう言えば赤城の龍神様に、お電話がありましたよ」
「へえぇ、赤城さん宛とか珍しいですね」
「我に連絡するような輩は、巫女の志穂に決まっています」
赤城さんはそう言って、伊織さんから電話番号の書いた紙を受け取ると、廊下の固定電話へ向かって行く。
「赤城さん。電話の掛け方分かります?」
居間から廊下へ顔だけ出して、赤城さんへ問いかけると――――――
「大丈夫ですよ。同人誌即売会で、志穂のスマホの掛け方を見てましたから、バッチ……リ…………ええぇ!?」
やっぱりなぁ。
固定電話は、スマホと違って画面タッチじゃないし。
「赤城さん。画面のタッチ式じゃないだけで、順番に番号を押すのは、スマホと同じですから」
「わ、分かりました……頑張って見ます」
大丈夫かな? 深夜に間違い電話とかすると……相手もキレるからね。
しかし、僕の心配は杞憂に終わり、ちゃんと電話は掛かったようだ。
さすがは修学旅行。深夜だけど神木先輩も起きていたようで、何やら話をしていた。電話の内容までは聞こえなかったけどね。
僕も中学の修学旅行を思い出すが、やっぱり夜更かしして居て教員に怒られたっけ……それも正哉が枕を持って暴れたから……
なんで正哉が暴れたかと言うと、毎晩妹の紗香ちゃんへ、チャット型アプリでメッセージ送るもんだから。最後は、お兄ちゃんのせいで寝られないからと、紗香ちゃんにブロックされて、泣いて暴れたんだよね……
僕らも暴れる正哉を、布団で簀巻きにして、事なきを得たんだが……引率の教員に見付かり、後日反省文を書かされたんだよ。
…………学園の修学旅行は、正哉と違う部屋にして貰おう。
正哉好きの鴻上さんも居るので、同じ部屋だと中学の修学旅行より、酷い事に成りそうだし……まあ2年後の話だけどね。
というか、僕は男子部屋と女子部屋……どちらに泊まれば良いんだろう?
それも決めて置かないとね。一晩とはいえ、男子と一緒に同じ部屋で寝るとなると、身の危険を感じるし……
そうやって将来の我が身を案じて居ると――――――
「そう言えば千尋。伊織を送って行かなくて良いのかぇ?」
淤加美様がお茶を啜りながらそう言ってくる。
「んー。それなんですけど……伊織さん、泊まって行くって言うのはどう?」
もう朝送るのも、今送るのも同じ気がして、伊織さんに聞いてみると――――――
「元龍の巫女をされていた、千尋様なら分かると思いますが、朝は禊から御供え…御社の掃除など、やることが沢山ありますので……朝は凄く早いのですよ。此方の桔梗さんは、寝なくて平気なんでしょうか?」
と、巫女仲間として、桔梗さんの心配までするけれど、桔梗さん……あれでも蟹の神使ですからね。
社を外敵から護るために、神使の力を使ったりしなければ、数日から一週間は寝ずにいられるそうで……今は、かなり力が有り余ってる状態だとか……
伊織さんは純粋な人間なんだから、桔梗さんと同じに考えると倒れますよ。
上に着る物なら貸せるのがあるけれど、下着などの肌着の着替えを持って来てないとの事なので、仕方なく帰る事になった。
本人に泊まる気が無いなら、こうしている時間も睡眠時間が減ってしまい勿体無いので、着の身着のまま、雨に濡れた巫女装束のままで、境内へ出て行こうとすると、玄関にて――――――
「千尋様。お出掛けですか?」
桔梗さんの右手が蟹の大鋏になってセイへと突き出し、それを両手で受け止めているセイ。
まだやってたのか……
「えっと……伊織さんを、龍脈移動で貴船まで送って来るだけなので、すぐに戻りますよ」
と桔梗さんに移動先を伝えると、僕の後ろから、桔梗さんの蟹の腕を見た伊織さんが――――――
「あんな術、私も使ってみたいです」
天然かっ!? あれは腕だけ人化を解いてるだけだっちゅうに……いい加減、桔梗さんが人間じゃないと気が付かないのかな……
まあ、伊織さん本人も気にしなそうだし、別に良いか。
見ている参拝者が居ないので、境内の真ん中へ龍脈を堂々と開くと、伊織さんと飛び込み京の貴船神社の奥宮へ移動する。
こちらも、夜遅いので参拝者は誰も居らず、境内の真ん中へ出たのだが――――――
「すみません伊織さん。本当なら御実家の旅館前まで送るのですが……結界があるので……」
「大丈夫ですよ。ここから目と鼻の先ですから」
20代、妙齢の女性を、夜中に放置するのも申し訳ないので、結界のあるギリギリまで送ろうとして、何だか変な音がするのに気が付く。
「えっと、伊織さん。変な事聞きますけど……ここ貴船は、夜中に啄木鳥が出るんですか?」
「いえ、そんな事はありませんよ。それにこれは……啄木鳥ではなく人間ですね」
こんな夜中に、樹をコンコン叩くような音をさせてるのが、人間だって!?
「それってもしかして……」
「シーッ。すみませんが、少しお静かに…………こっちですね」
そう言って参拝用に整備された道から外れ、山の中へと入って行く。
僕は伊織さんの後を、屈み腰で着いて行くと、音の発生源に近付いているのか、段々樹を打つ音が大きく成って行った。
するとどうだろう、白い装束を着た女性が、一心不乱に目の前の御神木へ何かを打ち付けているではないか!
でも、頭に挿しているロウソクはLED式らしい。変な処で環境にエコな奴だな。
そこに配慮するなら、御神木に釘を打つのはやめて欲しい、それも自然破壊ですよ。
しかし……なんか、凄いヤバイものを見てしまった。
顔は般若の面を被っているかのような形相で、あそこまで人を憎むことが出来るのかと恐ろしくなる。
と思ったら、本当に般若の面を被ってるし!! そこは白粉だろう!!
何もかもが中途半端だな!!
僕は囁くぐらいの小声で――――――
「伊織さん、危険だし見なかったことにして戻りましょうよ」
「駄目です。御神木に呪いを打ち込んでるんですよ。見逃せるはずがありません」
本当に打ってるの、五寸釘か? シイタケの菌が入った、コマじゃないだろうな?
まあ、御神木からシイタケが生えたりしたら、それはそれで吃驚するわ。
そんな時、伊織さんがスマホを懐から出して、写真を撮ろうとしていた。
「伊織さん、何やってるんですか? 早い処、逃げましょうよ」
「いえ、警察を呼ぶ前に、証拠写真を撮って置かないと……」
そう言って、スマホに付属のカメラでシャッターを切る伊織さんだが、思いっきりシャッター音が鳴り響いているし。
「誰だ!?」
うわ、見つかった!! なんとか誤魔化さなければ……
「が、がお~ん。僕は龍である」
「なんだ……龍か……て、そんな鳴き声するかぁ!!」
「本当に龍なんだってば!! だいたい、鳴き声なんか知らないし!!」
「もっと、こう……相応しい鳴き声があるでしょう!?」
「例えば?」
「…………知らないわよ!! それよりも見たわね?」
「イイエ、ミテマセンヨ」
無言で見つめ合う僕と丑の刻参りの女性。
その間も、伊織さんが警察に電話しているので、丑の刻参りを見ていたのは明白だった。
「やっぱり見ていたんじゃないの!! 丑の刻参りはねぇ……他人に見られると、効果を失うだけでなく……呪いが跳ね返って来るらしいのよねぇ…………」
丑の刻参りの女性は、地面に置いたリュックから、何かを取り出すと、此方に向けて引き金を引いた。
その銃口から飛び出したモノが、僕の隣の樹に刺さる。
「これは……釘!?」
「そうよ。これは電動式釘打ち銃の安全装置を取っ払って、連射できるようにしたものよ!! 藁人形の代わりに貴女達を、釘で打ち付けてあげるわ!!」
(※釘打ち銃とは言え、安全装置を外して、人に向けるのは犯罪ですので、真似しないように)
洒落にならねぇ!!
「ちょっと、電話している場合じゃないですって!! 伊織さん逃げますよ!!」
全然逃げる気のない伊織さんを、僕は脇に抱えて走り出すが、先ほどから釘が風を切り裂いて飛んで来ているのが感じられた。
普通の銃と違って、ライフリングという溝が切っていない為か、命中率が著しく低いのだが、それでも数打ちゃ当たるってモノであり、すでに命中確定と言える弾道線上の釘を、尻尾の鱗の部分で、何発かは弾き落としている。
必死に逃げる背後から、奇声を上げて釘打ち銃を乱射し、追い掛けてくる丑の刻マイラーの女性。
まさにカオスである。
やがて整備された道へ出るが、ここで結界のある方へ逃げてしまったのが、僕の運の尽きだ。
「あら? もう逃げないのね。もう少し、追い掛けっこが続くと思ったのに……興醒めだわ。命中率の悪いこの釘打ち銃も、近付けば嫌でも当たるわよねぇ」
そう言いながら、ゆっくりと歩みを進めて来る、丑の刻マイラーの女性。さながらホラー映画の様である。
結界ギリギリに追い詰められる僕だが――――――
「伊織さん逃げてください! 伊織さんは純粋な人間ですので、結界に引っ掛からずに、向こう側へ逃げられるはずです」
そう言って脇に抱えた伊織さんを地面に下ろすと、直ぐ傍の貴船川から水を呼び寄せる。
「千尋様、大丈夫です。警察が10分以内に来てくれるそうです」
「10分って……カップラーメンが出来上がるまでの時間ですら、無傷でいられませんよ!!」
場所が山の中なので、10分でも早い方なのだろうけど……1分もあればサボテンの様に、棘だらけならぬ、釘だらけにされてしまうってば。
こうなったら、仕方がない。例のアレをやるか……
水と空気中の成分を使い、麻酔であるエーテルを創り出す。
今回は、朱雀と違い相手が人間なので、薄めに創って置いた。
それを霧状にして、丑の刻マイラーに飛ばす。
般若の面を被っている為、効いているのかが定かではないが、やがてフラフラしてきたと思うと、そのまま地面へ崩れ落ちた。
「凄いですね! さすが龍神様です」
「おかげで、寿命が100年は縮んだよ……」
龍が何年生きるかは知らないけど、正にそんな心情だったわ。
取り合えず、倒れている丑の刻マイラーから、釘打ち銃を遠ざけて、警察を待って居ると、10分と言わず5分で来てくれたのだ。
そこで、伊織さんが神社の関係者だと事情を説明し、証拠写真もある事で、丑の刻マイラーは、そのまま警察がお持ち帰りする事になった。
まあ、僕の身分証明を求められなくて良かった。二人とも巫女装束だったし、そのお陰で神社関係者だと疑われなかったのが幸いしたのだ。
「いやぁ、やっぱり貴船神社は丑の刻参りが多いんですね。年に数回は丑の刻参りの通報がありますよ。例の橋姫伝説を信じて、真似するんですかね……」
と、二人組の警察官の一人が、もう一人の警察官とそんな話をしていた。
簡単な事情聴取の後、通報のご協力感謝します! と言ってパトカーに乗り込む警察官に、駆け付けてくれたお礼で、頭を下げる僕達。
そうか!! 今の警察官さんの言葉で思い出したが、此処貴船神社には、宇治の橋姫伝説があるんだった。
宇治の橋姫は、丑の刻参りの原型となった話であり。
丑の刻参りの呪いで鬼と化し、恨む相手のみならず、その縁者も呪い殺していったのだが、名刀『髭切』を持った『渡辺綱』によって両腕を斬られ、その鬼の両腕は、当時の安倍晴明によって、封印されたと言う。
「ここでも、安倍晴明繋がりか……」
パトカーの赤いランプを見送りながら、またもや陰陽師かと、妙な縁を感じさせられるのであった。




