4-10 北関東へ一時帰省
K都府、K都市。
東山山頂より、貴船神社奥宮へ龍脈開けて抜ける。
夜10時になろうとしている境内には、龍の巫女の伊織さんが待って居てくれた。
周りを見ると閑散としていて、流石に有名どころの神社でも、夜10時ともなれば人は居ない。
「お帰りなさいませ……あら!? 子狐ちゃん達は、どうしたんですか?」
「千尋の術の巻き添えで、寝ちゃったのよ」
子狐ちゃんズを見て、吃驚する伊織さんに、香住が説明をする。
すみませんね。龍達だけなら、耐性があるので大丈夫だったんだけど、子狐ちゃんズの事はすっかり忘れていたんだよ。
バツが悪いので、話題を変えようとして――――――
「そう言えば、宮司さんは?」
「叔父は、早寝早起きがモットーですから、もうお休みに成られました」
あぁ、朝の禊と御供えがあるので、早めに寝たのか……懐かしいな。
僕も龍神に成る5月までは、毎朝やってたっけ?
今では御供えを供えられる側だし、境内の掃除ぐらいしかやっていない。
朝餉の用意も、神使の桔梗さんに任せっぱなしだしね。
「おやすみなら、騒がせる訳にも行かないし。一度、北関東の瑞樹神社へ戻ろうか? 子狐ちゃんズを布団で寝せてあげたいから」
「確かに、騒いで宮司さん起こすのも悪いものね」
香住……騒がしくなる、自覚はあったんだ。
まあ……このメンバーで、静かにしている処なんて、想像もつかないけどね。
「伊織さんも一緒に来てくださいな。分霊とはいえ、同じ淤加美様を祀る神社ですし、お茶を御馳走しますから」
「良いのですか? 実は少しだけ、龍脈移動に興味があったのです」
そうと決まれば、早速龍脈を開け、北関東の瑞樹神社へ移動する。
夜も遅いので、当然ウチも参拝者は居ない。
「瑞樹神社へようこそ。所々修繕してあって、拝殿の見た目がちょっとアレだけど……あまり見ないでね」
そう言って、伊織さんを歓迎するが――――――
「はえ~目がチカチカして視界がまだ……良く見えません。しかし、あれが地中を流れる地球の氣……龍脈ですか……初めて乗りました」
明るい龍脈の氣の中から、急に暗い外に出た為に、眼がまだ慣れていないようである。
しかし、その程度で済んでいるなら良い方だ。
小鳥遊先輩の兄である尊さんなんて、龍脈で氣酔いしてたしね。
そんな時、不満そうな2龍が――――――
「はぁ……不完全燃焼も良い処だ」
「あぁ、玄武も青龍も戦えなかったし」
セイと赤城の龍神さんが肩を落として玄関へ向かって行く。
「お二人さん、そう腐りなさるな。朱雀は任せるからさ」
「あん? どうせ大婆様か、香住嬢ちゃんに、手柄を持ってかれるんだろ?」
「そうでもなさそうだぞ。だって香住は、22時だし門限でしょ」
僕の言葉に門限を思い出したのか、慌ててスマホで時間を確認する香住。
「やばっ!! そうだったわ」
香住は慌てて駆け出して、玄関の上がり端に置いてある鞄を拾い上げると――――――
千尋、明日学園に遅れないよう起きなさいよね! と釘を刺し、石段を駆ける様に降りて行った。
そんなに慌てて転がり落ちるなよ……というか、淵名の龍神さんを降ろさずに、連れて行っちゃったし。
まあ香住が気にしないなら、別に良いか……しかし、親にどうやって隠すんだか……
「あと淤加美様だけど……」
玄関の引き戸が乱暴に開けられたと思うと、豊玉姫様が顔を出した――――――
「淤加美よ!! 待っておったぞ!!」
その豊玉姫様の後ろに、疲れ切った顔の弟神、穂高見様が居るところを見ると、ずっとゲームの練習に付き合わされて居たんだと推測できた。
「くっくっく。数日練習しただけの付け焼刃などで、妾を倒せると思うなよ」
そう言って、居間へ入って行く2柱の神。
「ほらな、これで香住も淤加美様も、朱雀戦には現れないぞ」
朱雀戦はセイと赤城さんのモノだ! と言ったら、二人でジャンケンを始めた。
どうやら、何方が朱雀と戦うかを決めているらしい。
ていうかジャンケン出来るのかよ……
まあ、今はネットで何でも調べがつくし、どうせ何かのアニメでやってたんで、調べて覚えたのだろう。
僕に言わせれば、二人で共闘した方が楽で確実なのに……
朱雀は火氣の属性なので、水氣は相克に当たり、我ら水龍にとっても有利に戦えるのだから、その弱点の火氣をつかない手はない。
先程から、勝負がつきそうに無いので、取り合えずジャンケンに興じている二龍は放置で、伊織さんを中へ案内すると――――――
玄関に神使の桔梗さんが現れて、寝ている子狐ちゃんズを受け取った。
「お帰りなさいまし千尋様。そちらは、お客様ですか?」
桔梗さんの問いに、僕が紹介するより早く、伊織さんは自己紹介を始める。
「夜分遅く済みません。私は貴船神社にて、龍の巫女をし淤加美神にお仕えしている。小川 伊織と申します」
「これはご丁寧に、私は千尋様の神使をして居ります。桔梗と言う者でございます」
二人でペコリとお辞儀をし合う。
「伊織さんは京でお世話に成ってるので、今日は瑞樹神社へ招待しました」
「なるほど、我が主がお世話に成って居るなら、失礼の無いよう、御もてなしをしなければ成りませんね。それに……香住師匠からも、料理の腕前が良いと伺っております」
そう言えば香住は最近、淵名の龍神さんに龍脈を開けて貰って、京の料理を教わりに行ってるんだったね。
伊織さんも、実家が旅館をやってるせいか、料理の腕前もかなりのモノだった。
まさか桔梗さん……ライバル視してないよね?
「あの……桔梗さん。もう遅いから凝った料理とか良いので、お茶をお願いいたします」
深夜に凄い料理が出てき来ない様、一応釘を刺しておく。
僕の言葉を聞いて、ちょっとがっかり顔の桔梗さん。やっぱり凝った料理を、作ろうとして居たな? 危ない処であった。
取り合えず草履を脱いだ僕は、子狐ちゃんズを再び受け取ると。桔梗さんに、伊織さんを居間へ案内するようにお願いする。
そして、そのまま寝ている子狐達を、部屋へ抱きかかえていき、布団を敷いて寝せてやるが……
起きたら、絶対に文句言われそうだなぁ。
仕方がない、その時は素直に謝ろう……
子狐ちゃんズを布団に寝かせた後、僕が居間へ着くなり、どこか落ち着かないような伊織さんを発見する。
「特に席は決まっていないので、どこでも空いている、好きな場所で寛いで貰って良いんですよ」
「あっ、千尋様。なんだか広すぎて落ち着かないのです」
様はやめてって言ってるのに……仕方がないか。同じく龍の巫女である、神木先輩もやめてくれないしね。少し諦めモード。
「ウチの神社が広いのは、昔この辺りの村々の、寄り合い所だった時の名残で、皆が集まれるように、広く造られているんですよ」
「それで此れだけ広いのですね。納得です」
間仕切りを外せば、もっと広くなるけどね。
ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、ゲームをしている淤加美様と豊玉姫様を他所に、テーブルの上に地図を広げる。
もう何時もの事なので、ウチの者は誰も注意せず2柱を放置であるが、どうやら伊織さんは気になって仕方がない様だった。
「あのぅ……あちらの御方は?」
「え? そう言えば初めてですっけ? 海神の豊玉姫様ですよ。ほら、神話に出て来る黄色い船で川を上って、貴船神社まで来たって言う玉依姫の姉神様です」
「ええっ!! 玉依姫様って、日本国初代天皇、神武天皇の母君ではありませぬか!!」
「そうですねぇ。その姉神ですから、叔母に当た……あ痛!」
「誰がオバサンじゃ!!」
僕の頭に、豊玉姫様の投げた湯飲みがヒットする。
数千年も生きてて、まだ歳を気にするんですか?
僕が頭を擦っていると、穂高見様が湯飲みを拾い上げ――――――
「ウチの姉がすみません。今ゲームで負けてて、気が立ってますから」
そう言って、豊玉姫様の代わりに謝る穂高見様。
「ウチの姉って言われますと……」
「そう、こちらは穂高見命様。信州を起点として、日本の北側の海を統括する海神で、豊漁の神でもあります」
伊織さんに分かりやすく、神話の説明を交えて紹介する。
「どうも穂高見です」
「あっ、はい! 私は貴船の龍の巫女で小川伊織と申します。お見知り置きを……」
自己紹介が済んだところで、僕は二人の姉弟神様達に――――――
「御二方は、御自分の社へ帰らなくて良ろしいのですか?」
そう聞いてみると、姉の豊玉姫様はゲームに忙しいのか、代わりに穂高見様が――――――
「実は……ゲームを龍宮で出来ないかと、『ねっとかいせん』とか言うのを引いて貰う為、色々お店を回ったのですが……場所が海の底だと答えると、どの業者にも無理だと言われまして……」
そりゃあそうだ。水の中で息が出来ない人間では、潜水服に潜水艇でも用意して、ネット回線工事に赴かなきゃならないものねえ
無線のネット回線でも、海の底までは届かないだろうし……
成る程……それで帰らずに、瑞樹神社でゲームの練習してるのか、本当に負けず嫌いだなぁ。ウチの淤加美様も然りだけどね。
この調子だと、当分ウチの神社に居るな……そう思っていると、神使の桔梗さんが、お茶と御茶請けを持って現れる。
「はぁ……周りが神様達ばかりで、気後れしてしまいます」
「んー確かに、この神社で人間やってるのは、婆ちゃんぐらいだしねぇ」
「え!? 桔梗さんも神様だったのですか!?」
僕の言葉に、驚きの声を上げる伊織さんだが、すぐに桔梗さんが訂正を入れてくる
「私は神様とは違いますよ。私はただの神使ですから、神族とか畏れ多いです」
「良かった、桔梗さんまで神様かと思っちゃいました」
いやいやいや、神族では無いというだけで、人間ではありませんから。
人の姿はしていても、桔梗さんは蟹の神使だしね。
まぁ伊織さんを、あまり驚かせるのもなんだし、桔梗さん本人が話す気が無いならそれで良いや。
僕は本題に入るべく、お茶に気を付けながら京の地図を広げ直す。
「淤加美様。朱雀はどの辺に居ると思われますか?」
南を護っているので、南側に居るのは間違いないだろうけど。当時の様子を知る、生き証人の淤加美様に聞くのが手っ取り早い。
「今忙しいのじゃ! 後にせんか!」
なんか怒られたし。
どうやら、豊玉姫様が思ったよりゲームの腕前が上がっているので、苦戦しているようだ。
淤加美様が当てにならないので、タブレット端末を取りに行こうかと思っていると、伊織さんが――――――
「あのぅ……廊下から覗いてる子が居るんですが……」
伊織さんの視線の先を追うと、廊下から顔を少しだけ出して、居間の中を窺う伍頭目ちゃんの姿があった。
実は、オロチの心臓と融合しかけた騒ぎがあってから、怖くて近寄ってこなくなってしまったのだ。
どうしたものかと思ていると――――――
「千尋…………あの変な勾玉は?」
心配そうに、伍頭目ちゃんが聞いてくる。
最近ずっと避けられてたので、久しぶりに声を聞いた気がして、少し懐かしく思えた。
「勾玉は今は持って無いよ。ほら」
そう言って自分の胸元を開くと、勾玉のアクセサリーをつけていない事を証明する。
『千尋! 御主、勾玉はどうしたのじゃ?』
ゲームに夢中な淤加美様から、慌てて念話が飛んでくるところを見ると、さすがに持っていない事を危惧したらしい。
『大丈夫ですよ。ちゃんと分からない処にありますから』
『それってどこじゃ?』
『もう淤加美様は心配性だなぁ……セイの部屋にありますってば』
『あんな箱だらけの部屋では、ゴミと間違えられて、捨ててしまうのではないか?』
『いいえ捨てませんよ。だって、セイのお気に入りのフィギアに、持たせてありますから』
『ば、馬鹿者!!』
そう淤加美様の怒鳴り声の念話がした後に、豊玉姫様の歓喜の声が上がる。
「おおおっ!! 淤加美に黒星を付けてやったぞ!」
「ぐぬぬ……おのれ~、千尋との念話に気を取られ過ぎたわ!」
何やってるんだか……
しかし、伍頭目ちゃんは、僕が勾玉を持っていないと分かると、そのまま走り寄り、膝の上に乗っかって来た。
久しぶりに近寄ってくれたな。ずっと遠巻きに見てるだけで、近寄って来なかったから、嫌われたかと思っていたが、勾玉が怖かっただけなのね。
そんな伍頭目ちゃんを見て、伊織さんが――――――
「この子も神様なんですか?」
「えっと……説明が難しいのだけど、この子は記憶が無いんですよ。だから名前も無い状態でして……」
「そうなんですか!? 名前が無いのは可哀想ですね。何か候補は無いのですか?」
「候補は、小鳥遊先輩と言う方が居るのですが……あっ先輩と言うのは、前に貴船神社へお邪魔した時に居た、黒服の女性の事です。その先輩が『伍香』とかどうかなって」
伍香は密教で儀式に使う、5つのお香の事らしい。先輩の実家はお寺なので、仏道系での意見が出るのは仕方がない。
伍香でも良いんだけど、どうせなら神道系のオロチなんだし、神道系で名前をつけられたらなって思っている。
もし神道系じゃ無いならば、『巳』と言う字は入れてあげたい。名は体を表すって言うからね。
その辺を伊織さんに話したら――――――
「では、巳緒と言う名前はどうでしょう? 巳と言うのは十二支の蛇の事ですよね。そこに緒で物事の発端と言う意味もあります」
始まりの蛇。蛇の発端……日本神話のオロチ其のものだわな。あとの問題は、本人が気に入るかどうか……
伍頭目ちゃんの顔を覗き込むと、嬉しそうにニパァっと笑顔になっているので、どうやら気に入ったようだ。
「じゃあ、巳緒で決まりだな」
異論はなさそうなので、今度こそ地図を調べようとすると――――――
「すまんが、お茶を頼む!」
ゲームに白熱した2柱が、お茶の御代わりを要求してくる。
淤加美様達の言葉に、台所へ席を立つ神使の桔梗さんだが――――――
その後ろを、私も手伝います。と一緒に台所へ着いて行く伊織さん。
淤加美様達に邪魔されて、話が進まねえ……
僕が軽い頭痛に額を押さえていると、巳緒がテーブルに広げた地図のある一点を指さした。
その場所には『城南宮』と書かれていたのだ。
「ほう、城南宮に目を付けるとはやるのぅ」
お茶が来るまでゲームを休止していた、淤加美様がそう答える。
「城南宮じゃと? なんじゃ、平安京かや? それにしては凄い建物の数じゃな」
同じくゲーム休止中の豊玉姫様が、テーブルへ乗り出して来る。
「平安京というか……古神様達に分かりやすく言えば、1200年後の平安京の姿です」
「ほう、暫らく龍宮に籠る間に、えらく発展したのう」
地図を見て、街の様変わりように目を丸くする豊玉姫様。
そんな豊玉姫様を他所に、淤加美様が――――――
「朱雀は火氣の聖獣じゃじ、水氣の我らには楽勝であろう」
「ええ。楽勝ですからこそ、今玄関先で、誰が戦うかで揉めています」
「仕方のない雄龍らじゃのぅ。まあ相手が火氣ならば、妾の助けは要らんじゃろう。ちゃっちゃと倒して来るがいい」
そう言って僕の分のお茶を啜る。
淤加美様の言う通り簡単そうだし、寝る前に行ってきますか――――――
立ち上がろうとしたら、巳緒が一緒に行きたいと言って聞かないので、ずっと留守番だったし、大人しくしてるならと、渋々承諾した。
すると、巳緒は小さい蛇の姿に成って、僕の首に巻きついたのだ。
ぱっと見で、チョーカーの様に見えなくもない。
何か……やけに好かれたな。
取り合えず巫女の伊織さんを、貴船まで送って行こうとしたが、台所で――――――
「ここで隠し味にお味噌を……」
「うん。抜群に良くなりました」
どうやら、朝餉の仕込みをして居るらしい……邪魔するのも悪いし、戻って来てからで良いか。
そう思って、使ったペットボトルに水を補給し、玄関先でジャンケンを続けている2龍に――――――
「二人とも決まらないなら、僕が朱雀戦を貰うぞ」
「おい千尋。そりゃねーだろ!」
「いくら千尋さんでも、それはあんまりです」
二人に滅茶苦茶文句言われるので――――――
「じゃあ、先に見つけた者勝ちって事で」
「よし! 乗った!!」
「我もそれで良いですよ!」
各自そう承諾して、京の南側へ龍脈を開くのだった。




