4-06 玄武
昔の偉人が言っていた言葉で、敵を知れば何とやら……つまり、敵を知らずの内に倒すのは、可哀想である。
『いや、違うじゃろ!』
淤加美様から、念話でのツッコミを頂いたところで
本当の処は、敵情視察に出ていたのだ。
それも淤加美様が、揚芋菓子が食べたいとの事だったので、コンビニへ寄るついでに、結界を一回りしてきたのだが……地中とはいえ、結界に触れぬ様に一巡りするのは、さすがに骨が折れた。
情報とコンビニ袋を持って龍脈を抜けると、心配そうな4つの目が、僕を迎えてくれたのだ。
貴船神社奥宮で待って居いた、子狐ちゃんズである。
「龍の姉ちゃん、お帰り」
「ただいま。はい、お土産」
「コンビニの袋? それより結界はどうだったの?」
「それは宮司さんの所で話すよ。ここじゃ目立つからね」
出来るだけ人目の付かない、建物の死角に出たのだが
さすが本家本元の水神社だけあって、黄昏時だと言うのに、まだ人が疎らに居るのだ。
10月に入って、だいぶ日も短くなったのにね。さすが貴船だわ。
「そう言えばさ、龍の姉ちゃんが居ない間に、人間の巫女が来てるぜ」
巫女? 学園が終わって、香住でも来たのかな?
でも其れなら、子狐ちゃんズが知らない顔でもないので、人間の巫女なんて他人行儀な呼び方はしないし……いったい誰?
僕は頭にクエッションマークを付けたまま、宮司さんの所へ帰って見ると――――――
「千尋様! 御帰りに成られましたか」
「え? 伊織さん!?」
そこには、巫女装束でお辞儀をする、貴船の龍の巫女の小川 伊織さんの姿があった。
「はい、本宮に居られる淤加美神様に、奥宮へ行けと言われて吃驚しました」
「やはり本宮の妾も、我々が近くに来ているのを、分かっていたようじゃな」
さすが妾じゃ、と自画自賛しながら、突然姿を現す淤加美様。
そこまで自分を褒めるなら、結界を張られる前に、淤加美様の本体を、貴船神社の奥宮へ移動してください。
自分に酔っている淤加美様を他所に、子狐達が脱ぎ散らかした靴を揃えていると――――――
「千尋様も、来ているなら言ってくださいまし。龍の巫女として、お世話させていただきますのに」
伊織さんの御小言が、こっちに来たか!
「いやぁ、それが……結界のせいで南へ行けないくて……」
下手に結界に触ると、髪にパーマが掛かるからね。
その程度で済んでるのは、寧ろ龍神だからだと淤加美様は言っていた。
小物から中級の妖なら、触れただけで消し炭になるほどの威力らしい。
そんなヤバイ結界張らないでよね。陰陽師め……何時か、みんなパーマにしてやる。
取り合えず、立ち話もなんだしと、宮司さんの所へ上がり込む。
瑞樹神社の様に、寄り合い所を兼ねて広く作られている訳じゃないので、此れだけ龍が集まると少し窮屈に感じる。
本来の神社は、これが普通なんだけどね。瑞樹神社が変わってるだけ。
居間へ入るなり、伊織さんが宮司さんに食って掛かる。
「叔父様も叔父様です! 北関東から龍神様が御越しなら、連絡ぐらいくださいな」
「叔父!? 宮司さんが、伊織さんの叔父さんだって!?」
「申し遅れました。儂はここの宮司を任されている。小川 聡と申します。川沿いで旅館をしている、伊織の父の兄です」
つまり、叔父さんで間違いないんだ……世間は狭いな。
「叔父様……龍神様達に、まだ自己紹介も、していないなんて……」
「仕方ないだろう。龍神様達は忙しそうだったし、我々人間が口を挟んでいいものかどうか、迷ってしまってな……それより、伊織こそ知り合いだったのを、黙っているなんて水臭いぞ」
「ここは水神の社です。水臭くて当たり前ですよ!」
いや、そういう意味では……と頭を掻く叔父さん。
姪っ子にたじたじですね。
そんな叔父と姪を他所に、少しテーブルを借りますと、居間のテーブルを簡単に片づけて、コンビニで買って来た地図を広げる。
「なんだよ千尋、今回はやけにアナログだな」
「仕方ないだろ、誰もスマホ持って無いんだし。ネット回線も来てないって言うしね」
伊織さんがスマホを持っていると言うけれど、地図を買う時には、伊織さん来てるのを知らなかったし。
皆それぞれ、お菓子を食べながら僕が線を引くのを見ている。
あまり溢して汚さないでよ、神社を管理する宮司さんの住まいなんだから。
線を引き終わると、赤城の龍神さんが――――――
「やっぱり京を四角く囲むように、結界が張られてますね。ちょっと歪ですけど……」
「龍脈を使い、結界のどこかに綻びが無いかを調べて来たけれど、ネズミ一匹と入れる様な隙間もありませんでしたよ」
僕の言葉を聞いて、落胆する子狐達が可哀想だが
そんな子狐達を膝の上に乗せて、優しく撫でてあげる伊織さん……どことなく、母親の持つ母性を感じさせて、子狐達が伊織さんの膝の上で大人しく目をつぶる。
「大丈夫ですよ。龍神様達が、こんなにも居らっしゃるのですから。すぐに京へ入れるようになりますよ」
その言葉を聞き、子狐達がガバッと顔を上げると――――――
「だって、あの龍の姉ちゃんだぜ。大丈夫かな……」
おいっ!
「俺らが心配だよ……」
……コノヤロウ、帰ったらシャンプーハット無しで、シャンプーしてやる。
だが、子狐達にボディソープで反撃にあい。僕が風呂場を転げまわるのは、また別の話である。
子狐ちゃん達に、酷い言われようで涙目の僕に、セイが――――――
「結界の場所は分かったが、どうやって崩すよ?」
宮司さんの淹れてくれた、お茶を啜りながら、聞いてくる。
「崩し方は簡単じゃ、四方を護る四聖獣を屈服させれば良い」
コンビニで買った揚芋菓子を食べながら、淤加美様が芋を4カ所に置く。
「この芋を置かれた場所に、四聖獣が居るのですか?」
赤城さんの問いに淤加美様が――――――
「実際に見た訳ではないがのう、一番可能性があるのはこの辺りじゃ」
結界は、多少菱形に近いけれど、測量技術の無かった平安時代では、ここまで四角く出来れば良い方であろう。
「じゃあとっとと、四聖獣を片付けちまおーぜ」
セイが立ち上がると――――――
「待つのじゃ! 倒すのは良いが、死なせては成らぬぞ」
「え? 淤加美様。死なせては成らないとは?」
「良いか千尋。この平安京……今は京の都だが、その都が千年以上もの間無事だったのは、陰陽師達が張った四聖獣結界があったからじゃ。もし結界そのものが無くなれば、魑魅魍魎の都に成ってしまうじゃろう」
「まさか……今は西暦2000年を越えてるんですよ。魑魅魍魎なんて……」
「出ないとは言い切れまい? オロチや大太坊や雷獣なんかも見て来たではないかえ? 寧ろこういう時代だからこそ、人々の恨みや妬みなんかで、妖を呼び寄せるのじゃ」
確かに東北でも色んな妖に逢ったし、西に来てからも火の車やら鹿の妖だのにも逢った。
それらが、都に流れ込む何て事になったら……
「なんだか風水上、欠陥があるんじゃないんですか?」
「そればかりは、時の天皇である桓武天皇も頭を痛めて居ったわ。しかしのぅ、現代の様に巨大な重機で山を削れないのでな、平地を見つけて都にする以外は無かったのじゃろう」
現代の京とは違い、川幅も広く、治水工事もしっかりしていた訳ではないらしく、簡単に大雨や台風で堤防が決壊するわ、飢饉は起こるわ……剰え妖まで出てしまい、陰陽師に助けを求めたって事か……
色々と後手後手だなぁ。それでは、遷都なんてしなきゃ良かったと、思う人も出て来るわな。
それでも鎌倉時代まで、約400年は続いた平安時代なのだから、陰陽師の手柄も馬鹿にならない。
その風水を整え、妖を退けたのが、四聖獣による四方結界。
只今絶賛暴走中だが、それを鎮めるのが今回のミッションである。
「んじゃ、死なない程度に、ボコってくるか……ここ貴船から西の玄武が良いんじゃね? 近いし山の中だし、人間に被害が出づらいだろ」
「ノリが軽いな……玄武って何だか分かってるのかよ、セイ」
「んなもん、ちょっと強い亀だろ? 引っ繰り返して腹を攻めれば……」
「あのなぁ、一応大陸では神様だったんだぞ、ちょっと強いどころじゃないだろ。しかも、属性的に相性が良くない。水属性なんだ」
「じゃあ、俺らに攻撃は効かねーな」
「そうじゃな、代わりにこちらの攻撃も効かんがのぅ」
淤加美様のツッコミで我に返るセイ。
「ど、どうすんだよ千尋」
こういう時だけ、頼るなよな。僕は軍師じゃないんだぞ。
「どうするって言っても……土属性使える奴居ないだろ。だったら物理攻撃で攻めるか、闇か光で行くしかないでしょが」
「一応言っておくが、玄武は水の他に闇も持っておるぞ」
マジカ……じゃあ光しかないじゃないか
光は広域の術しかないんだよね。水素爆破とか反水素による対消滅とか……使い方間違えると琵琶湖が増えるし。
かと言って、夜だと揺炎も使えないしね
「光の衣で防御上げて、物理攻撃で行くしかないかな」
「じゃ、じゃあ。南の朱雀から先に……」
セイめ、一気に弱腰になったな……まあ朱雀の方が属性的には楽だけどね。
「別に僕はそれでも良いけど……どのみち、遅かれ早かれ玄武とも戦う事に成るんだよ。あとね南側だと結界迂回するのに時間かかって、夕飯前に帰れないしかも……」
「なぬ!? それは一大事だ。この際、亀で良い! 夕飯までに帰るぞ!」
勢い勇んで外へ出ていくセイの後をついて宮司さんの所を出ると、既に黄昏時は終わり、夜の帳が降りていた。
人目が消えたので丁度いいし
「子狐ちゃん達はお留守番ね」
「なんだよ龍の姉ちゃん、俺らを置いてきぼりかよ」
「あのね相手は水氣の亀なんだよ。それも神クラス」
対する子狐ちゃんは、木氣と火氣の霊狐である故、相性が悪過ぎなのだ。
自分たちだけなら、水龍は水に強いので何とかなるが、子狐ちゃんまで護って戦うのは至難の業だった。
「龍の姉ちゃん……ちゃんと無事に帰って来いよな」
「うん、約束する。伊織さん子狐達をお願いします」
子狐達を伊織さんに預け、僕達は西の山へと龍脈移動するのだが、地図で見た平面とは訳が違う。
道もない草木だらけの斜面で、玄武探しは難航した。
「いてて、蛇に噛まれた」
「ちょっと、セイ! 毒とか平気?」
「ふん、こんなもんで龍が死ぬかよ!」
ポイっと蛇を遠くへ投げて、捜索を再開するセイ。
改めて、龍って人間と違うんだな……と実感させられた瞬間だったが
セイが蛇を投げた方から悲鳴が上がる――――――
「うああああ、毒蛇投げるとか信じられん!」
慌てて蛇を他所へ投げる変な奴。誰だろ?
「あの……すみません。どちら様でしょうか?」
「あん? 儂は玄武と言うもんじゃ」
マジカー、亀じゃねーじゃん!
いや、よく見ると亀の甲羅を背負ってるし、まさかそれだけで、玄武だって言うんじゃないだろうな?
だいたい擬人化するには、若過ぎるだろ! 見た目、どう見ても僕と歳が同じか若い位だし
「玄武って爺さんじゃないのかよ!」
「失礼な! これでも、齢千年は超えてるんだぞ」
「なんじゃ、千年程度……まだ小僧ではないか」
ちょっと、淤加美様。貴女に比べたら誰でも小僧ですよ。神産み世代より後に生まれた者は、淤加美様より全部年下だしね。
「なんだと、宙に浮いてるだけの珍竹林め」
「珍竹……ほう、よう言うた……熱した水で蒸し焼きにしてやるわ」
「ちょっ、結界維持の為に殺すなって言ったのは、淤加美様ですよ」
「むう、分かって居る。じゃが弱らせて屈服させねばならぬ、多少痛い目にあって貰うぞ」
淤加美様の周りに、水氣が集まっていく。
セイや赤城さんも水は呼べるが、その密度と速さは比較に成らぬ程のモノだった。
もしかしたら、ここ陸上でも津波が起こせるんじゃ無いかと言うぐらい、水を大量に集める
というか、先ほどから、僕の容量が食われまくってるんですが……全然考えてないだろうな……淤加美様だし
「儂には水は効かぬぞ」
「ほう、効かぬかどうか、やってみようではないか」
ヤメテ、山中とはいえ、大水が流れれば山津波(土石流)に成るから
僕の願いもむなしく、大量の水に飲まれる玄武。
しかも渦を巻いている為、洗濯機の中身の様に、ぐるぐる回っているが小石や木の枝が巻き込まれており、ただの渦より凶悪だ。
「これは前に、千尋が海で見せた術じゃ。まさか地上で再現されると、思わなかったじゃろ」
「あぁ、大渦潮……メイルシュトロームですね」
確か台風を鎮めるのに使った術である。
それを地上で再現とか、無茶も良い処だ。
水の渦に赤い色が混ざり始める、どうやら石で身体が削られているようだ。
さすがの水属性の玄武でも、水で呼吸は出来るが水流に乗って来る石までは、どうにも出来まい。
「何か……俺らのやる事ないんだけど」
「古龍様を怒らせるとマズイって事だけは、すごーく分かったわ」
「最近、淤加美様も科学の本を読んだりしてるみたいだしね。僕より水氣がある分、更に凶悪だ」
僕ら3龍で、唖然として見ていると、やがて水流が緩まっていく。
良かった。淤加美様に、玄武は殺さないって言う理性だけはあって……
やがて渦が完全に止まると、傷だらけの玄武が姿を現す。
「おい、大婆様。水に強いはずの玄武を、水で倒しちまったぞ」
「いや、実質ダメージを与えたのは、渦に巻き込んだ石や流木だからね。水を使ってはいるが、土属性攻撃をしたのと変わらないんだよ。水属性に対して土属性は相克であり、効果抜群なんだ」
大量に水を呼ぶことが出来る、淤加美様ならではの力技……いや、力術かな。
「どうじゃ、水属性でも他属性が使えると、千尋の揺炎を見ていて学んだのじゃ。子孫の千尋に出来て、妾に出来ぬはずがなかろう」
僕の場合は水が創り出せないので、色々小細工しているだけなのだが……
まあ、淤加美様らしい、豪快な土属性だった。
息も絶え絶えの玄武が、膝を折り、両手を地面について苦しそうに、やっと息をしているし。
「では、結界を緩めてもらおうか?」
「そ、それは出来ぬ……陰陽師と……盟約が……あるのでな」
苦しそうに喋る玄武だが、その眼は鋭いままで、完全に屈服して居なかった。
「弱りましたね……これ以上やったら死んじゃいそうだし」
「うむ、力の差を痛感したと思うたのじゃがのぅ、強情な奴じゃ」
僕達がどうしたものかと困っていると――――――
「お困りの様ですね」
そう言って、若い人間の男が現れたのだ。
「何奴じゃ? 事と次第によっては、記憶をリセットせねばならぬ」
「淤加美様……それパーに成っちゃいません?」
「しかし、命まで取る訳には行くまい」
「ちょ、ちょっと待ってください、妖しい者じゃございません」
「あっ、その言葉! 和枝が観ていた時代劇のテレビで、妖しい奴が口にする言葉だな」
セイのその一言で、ジト目で人間を見詰める、僕達4龍。
「ほ、本当に妖しくありませんてば。それどころか、四聖獣を屈服させる方法を知っていますよ」
余計に妖しいわ!!
タイミング良く現れた男が、四聖獣の屈服方法を知っているとか、信じられると思う?
しかも、何処かで聞いた事のある、声なんだよね。
声だけだと、イメージが難しいけど……どこだったかな?
だいたい、この男の目的はなんだろうか……
男の話を聞くかどうか、決断を迫られるのだった。




