4-05 千年王都と四方結界
「では、留守中お願いします」
瑞樹神社の裏に龍脈を開き、神使の桔梗さんへと、毎度の事になりつつある、神社の留守をお願いする。
「留守中の事は、お気になさらずお任せください。その為の神使なのですから」
確かに、主の居ない留守を預かるのが仕事とはいえ、こう頻繁だとさすがに申し訳ない。
そんな桔梗さんに、申し訳なさの欠片もない龍2匹が、僕の頭の上で腹鼓みを打っている。
「あー、食い過ぎたー」
「本当に此処のご飯は美味しいですね」
そりゃあもう、どんどんプロ並みの腕に成って行く香住と、その弟子の桔梗さんが作ってるんだもの。美味しいに決まっている。
もうすでに、弟子の桔梗さんですら、僕より美味しい料理つくるんじゃないかな?
「まったく……2龍とも、龍と言うより、ツチノコみたいになってるぞ」
「仕方あるまい。居間でお昼を食べてる途中で、淵名の奴が香住嬢ちゃんが作った弁当を、龍脈で届けて来たんだから、お陰で2食分を一気に食ったわ」
「さすがに美味しくても、あの量はやっと食べれましたぞ」
食べ物を粗末にしないのは、食べ物を育てる祈雨と食べ物に関わる五穀豊穣の龍神として、喜ばしい事であるが――――――
流石に加減しろ馬鹿者! 弁当が来た時点で、家のご飯をお代わりするなよな。
「で? 龍脈開けといて、出発しないのか?」
「行くよ。ただ今回は、子狐ちゃん達も故郷の伏見稲荷が心配で、一緒に付いてくるって言うからさ、子狐ちゃん達待ちなんだよ」
「ああ、なるほど子狐待ちか……そう言えばさ、人間と建御雷命コンビは行かないのか?」
「それがね。暫らく鹿島神宮に帰ってないので、一度顔を出してから来るんだって」
尊さんも、建御雷様に付き添って、用事が終わり次第、新幹線で駆け付けるって言っていた。
草薙剣を持ち歩いて、銃刀法なんちゃらに成ると困るからと、他の人に宝剣が見付からぬ様。視覚光を曲げて見えなくして置いたが、効果はもって一日弱……効果が切れた後は、どうするのかねえ。
里帰りと言えば、豊玉姫様と穂高見様……帰らなくて良いのかな?
ゲームで淤加美様に、ボロッボロに負けたのが、余程悔しかったらしく。先程……お昼に帰った時、弟神の穂高見様を相手に練習をしていた。
瑞樹神社としては、彼方此方壊されない限り、泊まっていようと構わないんだけどね。それに、神様を追い出す訳にいかないし。
神が多いと、神佑地の格がどんどん上がるらしいので、現在瑞樹の神佑地は、偉い事に成ってるだろう。
全国の神が集まる出雲ほどじゃないけどね。
セイ達とそんな話をしていると、神社の表側から子狐ちゃんズが歩いてくるのが見てとれた。
「お待たせー」
「どうせ帰るなら、カッコ良いのを着て行けと、龍の姉ちゃんの婆さんが、着せてくれたんだ」
子狐ちゃんズは、思いっきり余所行きの格好で着飾っていた。
婆ちゃん奮発したな。
「似合うかな? 瑞樹神社には男の子が居ないからって、わざわざ買って来てくれたんだ」
あの狸婆さんめ……今年の春まで男子やってた孫が、ここに居たじゃないか!
「和枝は最初から、千尋を雌として嫁に出す事しか考えてなかったんだな……」
婆ちゃんめ……泣くぞコノヤロウ
僕はやけくそ気味に――――――
「じゃあ、忘れ物が無ければ、出発するよ!」
そう言って龍脈へ飛び込んだ。
その後を子狐ちゃんズが続くのだが……瞬く間に京へ――――――
着くはずが、なんだろう……龍脈の中で前方に、光る格子状の網の様なモノがあるのだ。
「あれは何かな……前に伏見稲荷へ行った時には、あんなの無かったのに……」
網目なので、龍脈の氣は途切れずに隙間を流れて行っているのだが、網の目が小さすぎて、僕はおろか子狐達でも通るのは無理だろう。
取り合えず、どんなモノなのか触れてみようと思い、手を伸ばした途端――――――
目の前で火花が散った!
「「「 ぎゃおおお 」」」
直ぐに手を引っ込めたが、頭の髪にパーマが掛かったのだ。
「やはり結界か! しかし…………まるで高圧電流にでも、触ったようじゃのぅ」
淤加美様が出て来てそう言った。
「淤加美様……結界だと知っているなら、触る前に止めてくださいよ」
「そうですよ。お陰で千尋の頭の上へ乗ってる俺らも、パーマが掛かったじゃないですか!」
「まあまあ、そう怒るでない。妾とて完全に確証があった訳ではないのでな」
僕達の非難の声を、どこ吹く風で流すと、外へ向かって龍穴を開ける。
「大丈夫か? 龍の姉ちゃん」
いまだに、コンペイだかコンタだか分からぬ、子狐ちゃんズの片割れに心配されるが
「大丈夫だよ。髪の毛が多少チリジリに成っただけだから、それより外に出てみよう」
淤加美様が開けた龍穴から外へ出ると、そこは伏見の御山の東側だった。
「やっと帰ってこれた!」
そう言って、御山へ駆け出そうとしていた子狐ちゃんズを止める。
「ごめんね。ちょっと待って……」
龍眼を使い、普段は見えないモノを見える様にすると、地下の結界がそのまま地上にまで突き出していたのだ。
僕が見たモノと同じものをセイ達も龍眼で見えたらしく――――――
「こいつは入れないな……」
「網目が細かすぎて、小さく成って抜けるのも無理……かな?」
セイと赤城さんがそれぞれ意見を述べる。
丁度、伏見の山がすっぽり結界の中へ入ってしまって居るので、抜け道を探すのは無理かも……
そんな僕たち龍の反応を見て、子狐ちゃんズが――――――
「やっぱりお狐通信網も繋がらない」
「ここまで着て…………おーーい! 誰かぁ!! ハッコ様!! 宇迦之御霊様!!」
子狐が大声を上げるが、返事は返って――――――
「なんじゃ? 誰かおるのか?」
返事が返って来たし!
しかし現れたのは、霊狐の類ではなく、人間のお爺さんだった。
「あの……えっと、すみません。騒いじゃって」
「いやいや、子供は元気があってよろしい。大声が聞こえたのでのぅ、何かあったのかと思っただけじゃ。お嬢ちゃん達も散歩……いや巫女さんじゃったか」
お爺さんは子狐ちゃんズの頭を撫でながらそう言ってくる。
そういえば、どうせ神社へ行くんだからと、巫女装束のままだった。
「お爺さんは、伏見大社へお参りですか?」
「いやなに、日課の散歩でのぅ。毎日伏見の御山を登っては降りるのが、運動を兼ねた楽しみなのだよ」
なるほど、下から頂上まで散歩してくれば、小1時間掛かるものね。
良い散歩コースって事か……
「あ、でも……今は止した方が……」
「どうしてだね? 工事か何かして居るのかえ?」
「いえ、その……」
結界でパーマが掛かるとは説明できないし
どう説明しようかと、困っていると――――――
「では、散歩に戻るかのぅ」
お爺さんはそういって、止めるのも聞かずに結界のある方へ、歩いて行ってしまう。
…………あれ?
今、光の格子を素通りして行ったけど?
止められなかったお爺さんが、結界を通る時にバチバチっと火花が飛ぶと思いきや、そのまま素通りしてしまった。
「どうなってるの?」
お爺さんの姿が見えなくなると、再び現れた淤加美様が――――――
「やはりのぅ。普通の人間みたいに、霊力や神力の無いモノは、通れるようじゃな」
「早く言ってくださいよ! お爺さんの事、心配しちゃったじゃないですか!」
「言ったところで、神力のある我らが入れぬ事には、変わりはなかろう」
それはそうだけど……人が悪いというか、神が悪いな淤加美様。
「じゃあ、これからどうしましょう?」
「この結界が北へ伸びて居る事から、貴船も同じじゃろうな……」
「では、一度北関東へ戻りますか?」
「ふっ、心配はいらぬ。妾に着いて来るがいい」
淤加美様が自信たっぷりに、北へ向かう龍脈を開けると、まっ先に飛び込んだ。
それに続いて、僕が龍脈へ飛び込もうとすると、名残惜しそうに伏見の御山を眺める子狐ちゃんズ。
無理もない。人間より長生きとはいえ、まだ霊狐としては子供なのだ。
人間で言えば、まだ初等部へ上がるかどうかぐらいの容姿なのに、遠い北関東の地へ修業に来ていたのだから、久しぶりに友人や知り合いの顔を見たかったのだろう。
そんな寂しそうにしている、子狐達へ声を掛け――――――
「大丈夫だよ。あの宇迦之御霊様が、簡単にやられるわけ無いって。神使のハッコさんも付いてるしね」
「……うん……そうだね。行こう龍の姉ちゃん」
何度も御山を振り返りながら、龍脈へ飛び込む子狐達。なんだかとっても不憫だわ。
淤加美様が開けた龍脈は、北へ向かって伸びている龍脈だったのだが
やがて、北への結界が止まって90度折れ曲がり西に向かっていた。
どうやら、結界は此処で西へ折れて、四角い囲いで京の都がすっぽり覆われているようだ。
その結界の北東の角に当たる部分。そこで地上への穴を開けると――――――
「ここは……貴船神社の北側かな?」
「そうじゃの。西に結界が折れているって事は。ここから更に東にある、鞍馬の天狗の処は無事の様じゃな」
淤加美様の言う通り、結界が鞍馬山とは逆へ向かって伸びているので、鞍馬山の方角は無傷で済んでいる。
「淤加美様……もしかして、天狗さんの処に厄介になる気ですか?」
「何を言うておる。これから行く処は、妾のもう一つの棲み処じゃ」
そう言って、川沿いを北へ進むと、立派な御社が見えてくる。
「え? こんなに近くに神社がもう1社あるなんて」
「正確には、全部で3社あるのじゃがな。ここが、貴船神社奥宮じゃ!」
「奥宮!?」
「昔は此方が本宮じゃったのだがの。今は此方で闇淤加美神(闇水)を祀り、もう片方で高淤加美神(光水)を祀っておるのじゃ。分けられて祀られておるが、両方とも妾なのじゃから関係ないがの」
「淤加美様、もう1社はどこに?」
「もう1社は結社といってな、ここ奥宮と本宮のちょうど中間にあるのじゃが、そこには磐長姫が祀られて居る」
「磐長姫って、木花咲耶姫のお姉さんですよね?」
「うむ、人間の書いた古事記だと、いと醜いとあるが、別に普通の女神じゃぞ。千尋も神在月の出雲で出会うから、自分の目で確かめて見れば良い」
「ではなんで、醜いなんて書かれたんです?」
「それはのぅ……妹神の木花咲耶姫が美女過ぎて、どうしても姉妹で比べられてしまい。木花咲耶姫を持ち上げる表現がこれ以上無いので、姉を下げて妹の美女と言うのを強調しただけじゃろう。皆が言うほど醜くないと思うが……」
マジか……妹を上げる表現が無いから、姉を下げたなんて……磐長姫が可哀想すぎる。
その磐長姫が、妹の赤子に短命の呪いを掛けたのは、旦那である瓊瓊杵尊が、磐長姫は嫁にいらないと親元へ返した事が原因であって、はっきり言うと瓊瓊杵尊の自業自得である。
お陰で、人間に寿命が出来たとの話だったが、その一件が無ければ、もっと人間は長命だったかもしれない。
怒らせると短命の呪いを掛ける、おっかない神様だが、この貴船の結社では、縁結びの神様として祀られているという。(淤加美様談)
今回は、話に出て来た結社へは寄らず、さらに北にある奥宮へ寄り込もうと言うのだが、人目があるので淤加美様は僕の中へ入ってしまった。
それも仕方がない。だって瑞樹神社より凄い数の参拝者がたくさん居るのだもの……そんな僕の内側へ入った淤加美様が、念話で奥宮を誘導をしてくれる。
さすが本家本元の水神社だけはあり、貴船本宮と同じく、ここ貴船奥宮の境内も参拝者で一杯だった。
「すみませーん。巫女の方、写真一枚良いですか?」
「構いませんけど……僕は此処の巫女じゃありませんよ」
そう注意したのに、構わずシャッターを切る参拝者たち。
どうせなら、もっと美人を取れば良いのに……龍の巫女の伊織さんとかね。
『千尋は、どちらかと言うと、龍の巫女じゃなく、龍が巫女の格好をしている訳だしのう』
人が沢山居るので、みんな念話で話して来る。
『前回、我は来なかったのだが、ここは水氣が充実していて心地いい』
『そうか、赤城さんは来なかったものね。子狐ちゃん達はどう? 寒くない? 大丈夫?』
『あのな……北関東の龍の姉ちゃん処だって、相当の水氣なんだぜ』
『だよな、それで慣れてるから大丈夫』
『そうなの!? 知らなかった……』
どうやら、水神がいっぱい集まっているので、瑞樹神社もかなり水氣が濃くなっているらしい。
考えてみればそうだ。
僕だけじゃなく、水龍のセイや淵名の龍水神、たまに赤城の龍水神まで遊びに来るんだから、水氣は濃くなるに決まってる。
更に古神の水神である淤加美様までいるし、今日なんか海神の豊玉姫様と穂高見様も居たしねぇ。一時的とはいえ、北関東で一番水氣が濃いんじゃないかな?
写真撮影が終わると、また呼び止められる前に、宮司さんの処へ転がり込む。
「すみません。急にお邪魔しちゃって……」
「いえいえ、この歳で初めて龍神様を拝めましたよ」
歳にして50代後半ぐらいから60代ぐらいの宮司さんがお茶を淹れてくれる。
一発で、龍神だと見抜くと言う事は、角が見えて居るのであろう。
セイと赤城さんも、大きく戻ってお茶を頂いている。
見えているなら、淤加美様が出ても大丈夫かな?
宮司さんが動じない人だと分かったので、淤加美様も出て来て、これからの対策を話し合う。
「どうやら、この京の結界は四方結界じゃな」
「四方結界? 何ですかそれ」
「今から千年と数百年前の事じゃ、ここ京の都は平安京と呼ばれていたのじゃが……その時は災害が多くてのぅ。怨霊の仕業だと噂が絶えず、このままではマズイと考えた時の天皇が、陰陽師達を呼びつけ災害を治めたのじゃ」
「あの~、昔話は良いんですが、四方結界とやらが出てきませんよ」
「戯け! 話には順序と言うモノがある。これから話してやるから待っておれ!」
怒られちゃったよ。淤加美様、話が長いんだもの。セイなんか欠伸してるし
「大婆様。まだ話が終わりませ……ぐお」
セイ……欠伸だけで、余計な事言わなきゃ良いのに、退屈そうに言うから叩かれてるし。
「話を続けるぞ。陰陽師達の内で、特に優れていた者が数名居たのじゃが、その優れた中の一人に安倍晴明が居っての。その安倍晴明が考案したのが、四聖獣を使った平安京の結界じゃ」
陰陽師……ここの処その言葉を聞くことが多い。しかも四聖獣だって? また変なモノが出て来るな……
「四聖獣っていうと、朱雀とか白虎とか言う大陸から伝わった聖獣ですよね?」
「うむ、正確には大陸で四神として崇められ、日本に渡る時に四神から四聖獣へと変わったのじゃがの。じゃが元四神と言うだけあって、その強さはかなりのモノじゃ。聖獣の数は4体。南に朱雀、西に白虎、北に玄武、東に青龍。そしてその4獣と、中央に黄龍が居るはずじゃが……日本に入った時に、黄龍は麒麟に変えられておる」
「じゃあ、その元四神の聖獣を使った結界が四方結界?」
「そう言う事じゃ。元々平安京の人間を護る結界だったのじゃから、人間には効かず素通りじゃったであろう? それを見て、間違いないと思った訳じゃ」
確かに。先ほど伏見の東で逢った、散歩中のお爺さんは素通りだったし。
「でも、淤加美様。人間に害がなく、龍脈も止まらずに流れているんだし、問題ないじゃないですか」
僕達は通れないので、不便かもしれないけど、人間に害が無いなら別にねえ。
「大馬鹿者! 龍脈は止まっておらぬが、霊道が塞がっておる。しかも悪いことに、結界が一方通行になっており、流れ込むだけで、外へ出て来んのじゃ」
「えっと済みません。それのどこが悪いんですか?」
「そうじゃな。国津神に成り立てで、現代人の千尋にも分かるように説明するなら……人間の造るダムを思い浮かべてみよ。そのダムへ水が流れ込む一方で、中の水を解放できないとするなら、一体どうなる」
「…………ちょっとそれ! いずれ決壊しますよ! 不味いんじゃ無いですか!?」
「だから、そう言うておろう。流れ込む霊気が、結界内へいっぱいに成る前に、結界を緩めねばならぬ」
なんだか、とんでもない事に成ったし。
しかし、陰陽師か……これも晴明さん絡みだったりして?
お家騒動とかで、京の都を崩壊させるとか、本当にやめてよね。
こうして僕達は、四聖獣を屈服させ、四方結界を元の形へ緩める事に成ったのだった。




