8 剱岳から来たるモノ
提灯も飾り終え、いよいよ明後日に夏祭りを控えた、夏日の瑞樹神社で
僕らは、夏祭りの最終チェックをしていた。
「よし! コレも点灯オッケー……と」
「千尋様。お掃除の方、終わりました。社務所の御守りは、和枝殿が補充を終わらせたと千尋様へ伝えてくれと━━━━」
「ありがとう桔梗さん。お疲れ様。此方も後1つで終わるから、先に休憩に入って良いよ」
脚立から降りて、蟹の神使である、桔梗さんに言うと
では、先に行って、麦茶の用意をして置きます。と言ってくれる。
凄く出来る神使で、此方も大助かりだ。
最近では、インターネットで現代文化を覚えてくれて、益々スペックが上がっていくが、ネットの嘘の情報まで、本気にしてしまうのが、ネックになっている。
まあ、そこは僕がデマだよって、教えてやるしか無いんだけどね。
僕は、脚立を移動して、最後の提灯へ作業に取り掛かる。
何でも、今年からLEDに替えるとか、急に言われたので、てんてこ舞いだ。
提灯のLED化事態は、数年前から話は出ていたのだが……
少しずつのLED化だと、提灯の名前入りのスポンサー同士で揉めるので、遣るならいっぺんに替えろ! と、要望があり。予算の都合から先送りに成っていた。
しかし、今年は急に予算が出来たとかで、祭り3日前にLEDが届き。
こうして、LEDに取り替えながら、通電を確認しているのだ。
出来れば、吊るす前に、届いて欲しかった。
脚立を移動して、最後のLEDを交換する。
━━━━━━と、町内会の会長さんが来て
「千尋ちゃん、暑いのにご苦労様」
「会長さん、こんにちは。今終わるところです……よっと」
「おお、昼間だから、違いが分からないけど、ついにLED化だね?」
「お陰様で、遂にエコ化ですよ」
まだ点灯するのに、勿体無いと思っても、言わぬが花だ。
「うんうん、良いねぇ。神社下の街道も、出店の組み立てが終わって、試し焼きして居る処もあるから、千尋ちゃんも見てくると良いよ」
ほう、それは良いことを聞いた。
祭り当日だと、混雑で尻尾踏まれちゃうから、今の内に食べ歩くのも悪くない。
「分かりました。街道沿いのチェックも兼ねて、寄らせて頂きます」
そう言って脚立を降り、社務所のばあちゃんの処へ、町内会会長さんを案内する。
ばあちゃんに会長さんを任せ、僕はやっとの休憩にて、クーラーの効いた居間へ入った。
その居間で、大きなバックパックに、荷物を詰めているセイに遭遇する。
「セイ……そのリュックどうすんの? 登山でもするの?」
どうせまた、登山アニメか何かの影響だろう。根っからのインドア派が、何処まで出来るか見物である。
「この雄龍に、そこまでの甲斐性は無いぞ」
ほら、淤加美様にまで、言われちゃったよ……
「ふっ。此れは登山の用意では無い! サークル参加の用意だ」
「はい!? お前な……カタログに徹夜禁止って書いてあるだろ!」
だいたい、一般参加と違って、サークル参加は早めに入る事ができる。
それは、自分のブースで本を並べたり、用意する時間を考慮されて居るからなのだ。
だから徹夜する必要なく、すんなり入場出来る。
そもそも、近所迷惑になるから、徹夜ダメだし。
「徹夜なんかするかよ、龍脈移動があるから、直接中へ行けるんだ」
「アホか! 騒ぎになるから、出来ても遣るなよ!」
田舎と違って、人通りが切れない大都会なんだから……
「まぁ、龍脈移動は冗談だ。余程のことが無い限り電車でいくぞ……だって、初電車で楽しみなんだ~」
「成る程、ずっと神社の敷地から出れなかったし、初電車かぁ」
浮かれっぷりに、水を差す様で言わなかったが、楽しいのは最初だけ……
時間帯にも寄るが、首都圏に入れば、同人誌を求める同胞達の多さで、人酔いするほどだ。
僕も、まだ人間だった頃に、1度正哉に連れられて、一般参加した事があったけど……
完全に、人酔いした。あの人の多さは壮絶だ。
お正月の三が日……それも有名処のヤツより、多いんじゃないかな。
ん、待てよ━━━━━━
「なぁ、セイ……赤城の龍神さんも、一緒に行くんだろ?」
「そうだが? 何か?」
「赤城さん、物凄く人間嫌いだったよな? 治ったの?」
「アイツの性格は、数百年以来のものだ。数ヶ月程度で、治る訳あるまい」
「ダメじゃん! 人混みに水流攻撃したら、どうすんだよ!」
首都が水没する程の水は、流石の赤城さん1柱でも、無理だろうけど……駅一つぐらいなら、遣りかねない。
「心配するな、赤城ん処の龍の巫女も、売り子で来てくれる」
「神木先輩が?」
『神木 志穂』先輩は、学園の2個上の3年生であり。
人間嫌いの赤城の龍神さんを、人の身で押さえることの出来る、凄い巫女である。
と言うか、来年卒業式だろうに……受験勉強とか大丈夫なのかな……
「千尋様、麦茶です」
そう言って、神使の桔梗さんが、冷えた麦茶を出してくれる。
「ありがとうございます。桔梗さんも一息入れなよ」
「はい。それでは……」
うん。ちゃんと麦茶だ。麺汁は紛らわしいと苦情が出たので、入れ物を替えた。
お陰で、それ以来、間違える事故は起こっていない。前のだって蓋の処に『めんつゆ』って書いておいたのに、何で皆読まないんだろ……不思議な事象だ。
「のう、千尋や。妾とメリオカートで勝負せぬか?」
暇な人……いや、暇な神が此処にも居たよ。
「えー、淤加美様、負けそうになると、リセットするんですもの……」
「対戦してくれないと、寝てる時に御主の身体で、フルマラソンするぞ」
「止めてください。起きたら、疲れが全然取れて無いじゃないですか!」
それどころか、朝から疲労困憊で、2度寝しそうである。
「ならば……不肖の私、桔梗が淤加美様のお相手をさせて頂きます」
「ほう、新しく来た神使が、何処まで遣れるか、試してやろうではないか!」
こうして、また一人……人間の娯楽に填まるんだろうな……
入れて貰った麦茶を飲み干すと、会長さんが教えてくれた、露店の試し焼きを見に行く。
「お、千尋ちゃん。今日も色っぺーな」
鯛焼き屋のおじさんに、声を掛けられるが、元男として『色っぽい』は複雑である、それに━━━━
「おっちゃん、それセクハラだよ」
「そうなのか!? 試し焼きの、鯛焼きあげるから堪忍して」
そう言って、新しいのを焼いてくれる。
「妙に新しい鯛焼き鉄板ですね」
「いや~、長年使ってたヤツがよ……だいぶ傷んじゃってな、修理しながら騙し騙し使ってたのに……遂に修理も効かないってんで、新調したのさ」
成る程、それで新しい鉄板を、焼き入れしてるのか。
「古い鉄板ってまだ在ります?」
「あるよ、所々歪んで商売には使えないが……家で食う分には問題ねーよ」
そう言って、新聞紙に繰るんだ鉄板を見せてくれた。
「それ、使わないなら、1列分だけ売って貰えません?」
ちょっと、変わった事思い付いたのだ。
「いや、タダで良いよ。不良品売る訳に行かないし、でも持ち手とか取れちゃってるぜ」
「その辺は、鍋掴みがあるので、大丈夫です」
商売で、沢山のお客さんに作るのには、わざわざ鍋掴みを脱着する手間が邪魔に成るが、家で個人で食べる分には、遅くなろうと関係ない。
おじさんにお礼を言って、貰った鉄板を持ち帰る。
後で、冷たい飲み物でも、差し入れして、お礼しよう。
早速材料を用意して、神社の裏側で炭をおこす。此処なら、龍神湖から流れてくる水もあるから安全だ。
炭は、前に秋刀魚を焼いた時に使った残りである。
「お! 良い匂いだな……何焼いてるんだ?」
早速、匂いに誘われた、龍が一匹やって来たな。
「ふふ、それは出来てからのお楽し……ん? ちょうど焼けたみたい、アチチ」
「鯛焼きか?」
鉄板を開いたから、形で分かったか━━━━
皿の上に出して、セイに渡してやる。
普通の鯛焼きと何が違うんだ? と言いながら、かぶり付くセイが━━━━
「何だコレ! 中身がアンコじゃない!」
「気が付いたか? 中身をお好み焼きにしてみました」
「なっ! 邪道だ!」
「そう言いながらも、完食してるじゃん」
「鯛焼きに罪は無いからな……お代わり! あとマヨも塗ってくれ」
散々文句言いながら、お代わりとか……しかも、マヨソースって……まっ、美味いと言ってくれるなら良いか。
他にも、チーズ入りトマトソースでピザ風にしたり、色んなバリエーションを作ってやる。
しかし、なんと言うか……もっと、吃驚なリアクションが来るかと思ったら……
他の皆も、元の鯛焼きを知らないので、『これが鯛焼きか……』と素でボケられてしまった。
最初に、元のアンコ入り鯛焼きを食べさせなかったのが、今回の敗因だ。
鉄板を片付けながら、一人反省会をしていると、スマホが鳴り出した。
西園寺さん? 正に、武甲山防衛戦……事後処理の報告以来の電話だ。
「はい、千尋です」
『あ、千尋君? 急に電話してごめんね』
「いえ、大丈夫ですよ。西園寺さんから電話って事は、参頭目のオロチが見付かったとか?」
『ん~、それなら良かったんだけどねぇ……』
なんとも、歯切れの悪い感じな西園寺さんだ。
「大丈夫ですよ、大概の事では驚きませんから」
『━━━━じゃあ、言うけど……肆頭目のオロチが、そちらへ向かっています』
「━━━━━━━━」
はい?
今何て言いました? 肆頭目?
参頭目も、行方が分かってないのに、肆頭目!?
「やだなぁ、西園寺さん。エイプリルフールは、とっくに過ぎてますよ」
『………………』
「……嘘?」
『本当ですよ。ちなみに、封印の解かれた場所は、T県……飛騨高山の北部……剱岳』
剱岳
黒部ダムより北側に位地し
3000メートルに、ちょっと届かない。2999メートルでありながら、日本一登頂するのが危険とされている山岳である。
良くもまあ、そんな険しい処に、オロチの頭を封印したものだ。
現代なら、気流にさえ気を付ければ、ヘリコプターって手もあるが
古代では、人力で登頂するしか、無いわけだし……凄いな古代人。
「えっと、それ何日前の情報ですか?」
『昨日ですよ。なので、迎え撃つ場所は2ヶ所』
「2ヶ所!? どういう事です?」
前回、参頭目のオロチでは、人間の建築物や道路を越えるのに、手間取っていたとの事なので、真っ直ぐ瑞樹神社へ向かう場合、どうしても都市部にぶち当たる。
今回の肆頭目も同じ性質だと考え……
まあ、時間を掛ければ、越えてくる可能性もあるけどね。
先日、バレーボールの試合の時。オロチの壱頭目も、鉄筋コンクリート生の中学校校舎へ、直接入って探索している事から、やっぱり人工物には、『鼻が効かない』状態なんだろう。
それが沢山あれば、酔うと言うか気持ち悪いのかも? オロチ本人じゃないから、憶測でしかないけど……
話は戻すが、剱岳から真っ直ぐ此方に向かうと、N県で国道にぶつか事もあり。
人間の造った構造物を嫌うオロチの性質上、千曲川にそって東へ移動するか……北へ移動するかである。
北回りルートで、構造物が少ないところを渡る場合だと、浅間山と白根山の合間を抜けてくると予想され
東ルートだと、川沿いを支流に入って遡り、軽井沢を抜け……旧碓氷峠を通るのではないかと予想していた。
と言うのも、碓氷バイパスだと車通りが激しく。人間の生活に慣れた壱頭目と違い、車に驚きバイパスは敬遠しそう……と西園寺さんが予測したからだ。
『千尋君には、北回り直進ルートをお願いしたい』
「それは構いませんが……此方は僕一人で?」
『申し訳ないが、オロチに通常兵器が通じない以上、対抗できるのは、神器持ちの尊君と水を操る千尋君……そしてデータ不足の八嶋技研製ライフルのみ』
正直ライフルは実績が無いため、僕と尊さんの二人だけって事らしい。
僕が、遠距離近距離両方イケるので、独りで浅間山と白根山の間に配置され
近距離専門の尊さんは、碓氷峠入り口で待ち構え。撃ち漏らして逃がせば、オロチを追い駆けねばならない為
元自衛官の藤堂さんがサポートとして、眼鏡橋で狙撃を試みると言う作戦らしい。
勿論、オロチに外れた方は、すぐ駆け付けると言う事。
僕には『龍脈移動』があるから良いとして、西園寺さん達はヘリコプターで移動なので、着く前に終わらなきゃ良いけど……
「此方は、ハロちゃんと一緒に行きますから」
『ハロちゃん?』
「前回の参頭目のオロチの時の黒狼ですよ」
今は浄化雨で穢れが流れて、灰色だけどね
『成る程、彼ならオロチ戦に、力を貸してくれそうですね……オロチに恨みを持ってそうだし』
ん~、その辺りはどうだろう……前に壱頭目が、神社へ出前に来てても見逃してたし……
参頭目以外は興味ないのかも?
まぁ壱頭目が、あまりに人間世界へ溶け込んで居るので、気が付いてない可能性も考えられるけどね。
取り敢えず、予測ルート上の住民避難が終わり次第、作戦開始と言う事だった。
「行くならスタッチの予備バッテリーを持っていかねばのぅ」
と淤加美様が充電する為に飛んでいく
ピクニックじゃ無いんですがね……
ため息をつきながら、淤加美様を追うのだった。