4-03 豊玉姫と穂高見命
豊玉姫の弟神として、作中に出て来る穂高見命ですが
穂高見命と宇都志日金拆命が同一神と言う説と
同一神ではないと言う説がありますが、ここでは同一神と言う方向で、書かせて頂いております。
実際には諸説あるので、お気を付けください。
穂高見様の顔が真っ青で、境内に水溜りが出来そうなぐらい、汗を吹き出している。
『どうやら、姉の声は忘れておらぬようだのぅ』
「ひっ! あ、姉上……お、おおお元気そうで何よりで……」
穂高見様が言った姉への言葉のは、最後の方が蚊の鳴くような声であった。
そこに、淤加美様が現れて――――――
「豊玉よ姿を見せぬか! 主は他神の神佑地へ、盗人の様に隠れて入るのかえ?」
「盗人とは、言うてくれるな淤加美」
突然、僕の背中から声がするので、慌てて振り返ると――――――
「出たぁ!!」
僕は、豊玉姫のドアップに吃驚して、数歩下がる。
「出たとは何じゃ! 妾は幽霊ではないぞ!」
「へんっ! 似たようなモンじゃろうが」
「プカプカ浮いている分霊の淤加美に、言われとう無いわ!」
睨み合う古神の2柱
「ちょっと! 御二方、ストーップ!! 今修繕が終わったばかりなのに、喧嘩始めないでください」
「「 こやつが突っかかって…… 」」
二柱同時に弁解が入るあたり、息は合う様だ。
「取り合えず、この槍は僕が預かります。もう夕方ですし、話は中で伺いますから」
青い顔の穂高見様から槍を受け取ると、そのまま背中を向ける。
「あっ! こら、貴様! 返さぬか!!」
「勿論返しますよ。ただし、穂高見様との話が終わってからです」
下手に神器を持たせて激怒されては、瑞樹神社がどうなるか分からないからね。
穂高見様が、セルジュとか言う執事に騙された経緯とか、全部聞き終わった後でないと返せません。
「槍を返せと言って居るのじゃ!!」
激高する豊玉姫。その豊玉姫に水が集まっていく。
海水の水神なのに、淡水でも関係ないのね。さすが古神の豊玉姫様。
でもね――――――
僕がパチンと指を鳴らすと、豊玉姫に集まった水が霧散する。
「ここは僕の神佑地ですからね、瑞樹の水はいくら豊玉姫様でも、言う事は聞きません」
神器があれば別だろうけど、その頼みの綱である神器の海神の槍は、先ほど取り上げてしまったので、ここ瑞樹の神佑地である限りは、僕の独壇場である。
この瑞樹の神佑地で、僕より強い水の使い手と言うならば、御先祖様の淤加美神以外にない。
「ええい、こざかしい真似を!」
「暴力でなく、話し合いで行きましょうよ……ちなみに、水を集められたとしても、僕も水神の龍ですから、まったく効きませんよ」
「これでも、効かぬかどうか……」
豊玉姫は、僕が学園祭初日の夜に使ったのと同じく、水の短刀をたくさん出すと、僕に向かって飛ばして来る。
おそらく、裏手の小川や手水舎にある、瑞樹の水では言う事を聞かないと思ったのか、空気中の水氣を集めたらしいが、ここが瑞樹の地である以上は同じ事である。
はぁ……効かないって言ったのにな……
僕は水の刃を避けずに、真っ向から受けようとするが――――――
水の刃が、すぐ目の前で回れ右をし、豊玉姫へと向かっていく
「あっ……術反射があるんだった」
すっかり忘れていたけど、術反射が常時発動してるんだったわ。うっかりしていた。
今迄戦った相手が、術以外の物理攻撃する者ばかりだったので、本気で忘れていたよ
その反射された水の短刀を、紙一重で避けていく豊玉姫。お見事!
「おおぉ! 殺す気かぇ!!」
「いえ、僕は何もしてないんですけど……」
立って居ただけだしね。
「豊玉……傍から見て居ると、自分で自分を攻撃している、残念な奴にしか見えぬぞ」
「なんじゃと淤加美。残念神とは、何という言い草じゃ」
「とにかく、まずは居間でお茶でも淹れますから、冷静に話しましょう。ね!」
二柱の間に、割って入る僕を見て、尊さんが――――――
「なあ、建のオッサン。ちょっと剣術を見て貰いたいんで、神社の裏へ良いか?」
「うむ、殊勝な心掛けじゃな。良かろう」
あ! 逃げたなコンニャロメ。
それに続いてセイも――――――
「赤城。10月に入ったし、そろそろ冬の同人誌即売会へ出す本の、打ち合わせをして置きたいのだが……」
「そうだな。じゃあ、お前の部屋へ行くか」
セイ達もかよ!
神使の桔梗さんは、先ほど香住と夕ご飯の買い出しに行ったし。淵名の龍神さんは、その香住の肩へ乗りっぱなしだ。
危機感を感じ取るのが鋭い、婆ちゃんに至っては書置きを残して、とっくに逃げているだろう。
『千尋殿、我も夕方の散歩に行ってくるぞ』
荒神狼のハロちゃんが、子狐ちゃんズを背中に乗せて、飛び出していった。
みんな……薄情だな。
まぁ、淤加美様は僕の中に顕現している限、逃げられないのだが
その淤加美様が、直ぐに喧嘩を売ったり買ったりするからなぁ
古龍だけに、猛々しいのかもしれないが、時と場所を考えて欲しい。
みんなが、蜘蛛の子を散らす様に居なくなった境内で、僕が溜息をついていると――――――
「そんなに悲愴な顔をするでない、淤加美に乗せられて、ついカッと成ったが、別に喧嘩しに参った訳ではないわ」
「何を言うか、先ほどまで激高し……もがもが」
「淤加美様は、ちょっと黙っててくださいね」
僕は、浮いている淤加美様を摑まえると、そのまま口を塞ぐ。
このまま放って置けば、また喧嘩に成りかねないものね。
そこで、ずっと黙っていた穂高見様が、重い口を開ける。
「姉上……実は……」
「まあよい、折角ここの主、千尋殿がお茶を淹れてくれると言うのであれば、中で伺おう」
ふう、やっと話が進むよ。
御二方を居間まで案内すると、好きな処へ座るように促し、お茶を淹れる。
学園祭で好評だった、水神の力で淹れたお茶だ。お茶本来の旨味を引き出せて、香りも失わない。
普通に淹れた時よりも、何倍も美味しくなるので、自分でもお気に入りであった。
「ほう、良い香りじゃ」
「気に入っていただけて、何よりです」
居間のテーブルを挟んで、姉弟がお茶を啜って居る。
なんというか……こんなに静かな居間での一時は、久しぶりだな。
婆ちゃんと二人きりで住んでいた時の事を思い出し、懐かしんでいると――――――
ついに、海神豊玉姫がお茶を置き
「おほんっ! で? 訳を聞こうか?」
いつまでも黙っている穂高見様へ対し、わざとらしく咳をして、釈明をせよと促す。
さすが、昔話の浦島太郎に出て来る、乙姫のモデルになった方。
物凄い美人であるが、その美人が静かに怒ると、普通以上に迫力がある。
あーあ、穂高見様が委縮しちゃってるよ。
「えっと、埒が明きそうにないので、少し僕の方から……」
「まあ本来なら、姉弟の事に口を挟むなと言いたい処だが、海神の槍の捜索依頼を出したのは、他ならぬ妾の方じゃからな、無関係という訳にも行くまい」
「その依頼を受け、東北へ行ったのですが……御依頼の海神の槍を持っていたのは、一人の人間でした」
「人間じゃと? またなんで人間が海神の槍などを?」
「どうもその人間は、日本各地に封印されている、八岐大蛇の首を解き放っているようなのです」
「なんじゃと!? 誠かぇ?」
「ええ、実際に目の前で封印を解かれました。海神の槍は現世側から幽世側の松島へ入る為に、使ったみたいです」
その他にも、海神の槍で海を割り、松島の海底にある封印を解こうとして居たらしいが、それを話すと実際に封印を解いたのは、穂高見様だと報告せねばならない為、黙って置いた。
黙っているだけなら、嘘をついた事には成らないからね。
まぁ穂高見様がオロチの封印を解いたのは、海神の槍とトレード条件だったのだから仕方がない。
本当はその前に止めたかったけど……まあ、過ぎた事を悔いていても、何も始まらないしね。
「しかし、何でその人間は、オロチ封印を解いて回っておるのじゃ」
「その辺の事情は、犯人を逃がしてしまいましたから、結局分からず終いです。ですが、海神の槍を落として逃げる時に、封印の要石を持って行きました」
「要石じゃと? ますます分からん」
「現在、持って行かれた要石で分かっているのは、少なくても3つ。小笠原の1つ、剱岳の1つ、幽世松島の1つです」
「……3つか……」
壱郎君の封印箇所に関しては、北方から来たと言うだけで、はっきりした封印の場所は分からないし。
弐頭目とされている、鴻上さんに関しては、もっと昔に封印が解けていたらしく、小さい頃から富豪の家に入り込んで、人間に化けて生きて来たらしい。
たぶん術かなんかで、今の両親に実の娘だとか吹き込んでるのだろう。
やはり、鴻上さんの封印場所は、謎のままである。
もしかしたら、その二人の封印の要石も回収されているかも知れないし、されていないかも……
なので、最低でも3つ……最高で5つは、持って行かれている計算なのだ。
「そう言う事で、海神の槍は取り返しました。」
折れたのは内緒だ。
知られたら、尊さんと建御雷様が責められかねないし、修復は済んだのだから、言わなきゃ分からないからね。
「そうか…………依頼の件、ご苦労であったな」
「つきまして、依頼料の方なのですが……」
「金か?」
「いえ、社の修繕は済みましたから、急ぎお金が必要と言うのはありません」
「ならば何じゃ!? はっきり言わんか!!」
「穂高見様を、許して差し上げてください」
「なんじゃと!? そんな事をして、お主に何の得がある」
「得ですか? んーそうですね……みんな笑顔になれますって言うのはどうでしょう」
僕の言葉を聞いて、目が点に成る豊玉姫様
「おい! 淤加美。こやつ……お前の子孫は、何を言って居る?」
「ふん。千尋はこう言う奴じゃ。家族や友人を大切にするのが、千尋の良い処じゃな」
『その分、自分を犠牲にするところが、玉に瑕じゃがの』
最後の部分は、僕にだけ聞こえる様に、念話で言ってくる。
『やだな淤加美様。犠牲に成った事なんて、ありませんよ』
『京で、火之加具土命の炎から、妾を護ったじゃろ? 御主には術反射があって、治癒術が掛けれぬと言うのに無茶しおって』
あー、そんな昔の事を覚えていたのか、僕自身すっかり忘れていたのにねぇ。
「とにかく、それが依頼料です。御了承いただけないのなら、依頼料未払いで海神の槍は渡せません」
「むむ……ええい、分かったわ。ただし、何故妾から海神の槍を奪って行ったのかは、話してもらうぞ穂高見よ」
「姉上……申し訳ありません!」
おおぅ、土下座だし。
昔から最高の謝罪として、日本人の伝統なのかねぇ。
「良いから話してみよ」
「実は……ここ数年、無許可での魚の乱獲が祟ってか、漁師の漁獲量が減っているらしく、毎年豊漁祈願に訪れる漁師が不憫でして……」
あー少し前にも、ニュースなったね。組合以外の無許可の船が、決められた漁獲量を超え、まだ小さい小魚まで乱獲するので、年々漁獲量が減っているとか
穂高見様は信州を起点に、日本の北側の海神であり、漁労神、開拓神である為。毎年の豊漁祈願では、頭を悩ましていたのだろう。
それで肆頭目封印を解きに、ちょうどN野県へ訪れていた、セルジュとか言う執事に、騙された訳か……なるほどねぇ。
「どうせ、その人間に豊漁を祈願する為には海神の槍が必要だ、とか唆されたのであろう?」
「はい……申し訳ありませんでした!!」
もう一度、居間の畳に額を押し付ける様に、姉へ謝る穂高見様。
「もうよい。千尋殿にも、其方を許す様に約束したのでな。それに、無防備に寝ていて気が付かなかった妾にも責任がある」
「そうだのぅ、槍と長い昆布をすり替えられて、分からぬ方もどうかして居る」
淤加美様がまた要らんことを言う。
「淤加美……せっかく良い話で終わらせようと思って居るのに、己と言う奴は……」
「なんじゃ? やるのか?」
「御二方、やめてくださいよ。ウチが壊されたら、寝る場所が無くなってしまいます。もし壊したら揚芋は当分抜きですからね」
「うおぉ! 千尋よ、それは無かろう。うーむ……ならばゲームで勝負はどうじゃ?」
「げえむ? 何じゃそれは?」
「なんじゃやった事が無いのかえ? これだから海水神は……」
「うるさい。そんなの塩で壊れてしまうし、仕方なかろう。この陸水神が」
あーあ。ゲーム始めたよ……
豊玉姫様が、毎日ゲーム三昧の淤加美様に、勝てるわけ無いだろうにね。
「穂高見様は、泊まって行かれますよね?」
「あ、えっと……ご迷惑でなければ」
「部屋余ってますから、大丈夫です。じゃあ布団敷いてきますね」
そんな僕に向かって、ありがとうございます。と声を掛け頭を下げる穂高見様。
なんとか大事に成らなくて良かったよ。
僕は、家族を早くに失っているから……出来れば姉弟仲良くして欲しいしね。
部屋の用意をするのに居間から出ると、玄関の方が騒がしくなり。
丁度、みんなが帰って来たみたいである。
静かであったのも束の間。ここ瑞樹神社にて、いつもの騒がしい夕餉が始まろうとしていた。




