4-02 龍神伝説
今回は、赤城の龍神様と淵名の龍神様の過去編を挿みました。
実際の神道集の話であります。雄龍になった部分は創作ですが、それ以外は神道集にある話からの要約です。
「それでは、千尋様。赤城の龍神様を、宜しくお願い致します」
瑞樹神社の鳥居の前で、深々と頭を下げる神木先輩。
「先輩……千尋様は、外ではやめてくださいと、言ったはずです」
歳上の先輩が、歳下の僕に対し『様』付で呼んでいるのは、周りの人に変だと思われるので、様はやめるよう、再三に渡って言っているのに、一向に直してくれない。
「龍神様に御仕えする龍の巫女が、正式に国津神となった千尋様を呼び捨てだなんて、出来ようはずがありません」
これだよ……
融通の利かない処を除けば、頭も良くてスポーツ万能。非の打ち所が無い人なのだが……赤城の龍神さんも言っていたが、本当に頭の固い人だな。
その赤城の龍神さんも、先輩の固さに息が詰まり、時々神社を抜け出しては、遊びに来るんだけどね。
僕としては、正直『様』呼びはやめて欲しい。龍神だと知らない人の前では特に……
そういえば、ウチの神使の桔梗さんも、様呼びはやめてくれないよな。
桔梗さんの場合は、主の留守中に神社を護ると言う、神使の役割があるので、神社の敷地から殆ど出ない。
神社から出るのは、ご飯の材料の買い出しに、隣街の商店街へ出るぐらいなので、外で逢う事はほとんどない。なので桔梗さんから様で呼ばれても、知っている顔ぶれの前ばかりだから、まだ良いのだが……
神木先輩の場合、学園でも呼ばれるので、困る事がしばしばある。
まぁ、こればかりは、固い性格の問題だから仕方ないけどね。
「しかし、本当に龍脈で送らなくて良いんですか?」
「はい。帰り掛けに街の大型スーパーで、携帯用の歯磨きを買ったり、洗濯物を入れる圧縮袋を買ったり、懐中電灯を買ったりしないと成りませんから」
なるほど、明日からの修学旅行で必要…………
「神木先輩、ちょっと待ってください。携帯用歯磨きは良いとして、懐中電灯は何に使うんですか?」
「え? 突然の停電とかで必要でしょう」
「ないないない、普通あり得ませんから。もしもの有事の際は、ホテルの非常灯が着いたり、ホテルの従業員さんが誘導してくれますから、大丈夫ですって」
訂正。頭が固いだけじゃなく、やっぱり変わった人だ。
「じゃあ、ロープとかロウソクとかも要りませんか?」
「要りません! なんですか、その旅行に似つかわしくない道具は!!」
「いや、エレベーターが動かない時に、ロープで窓から脱出したり、ロウソクは百物語に必要かと……」
「女子高生が、欧米のアクション映画みたいな事を、しないでください! ハリウッドスターも吃驚ですよ! それと百物語は修学旅行でやらずに、トランプゲームで我慢してください!!」
だいたい、スマホのゲームだってあるだろうに……
「ね、千尋さん。志穂のヤツは変わってるでしょ?」
一緒に見送りに出て来ていた赤城の龍神さんが、溜息交じりにそう言う。
「分かっているなら、赤城さんが教えてあげてくださいよ。自分の処の巫女さんでしょ」
「そうは言いますがね千尋さん。志穂との付き合いは、志穂が生れた時からだから……18年になるが、あの性格一向に治らんのですよ」
いや……性格の問題じゃねえし! もっと根本的にズレている。
「とにかく、旅行は最小最低限の荷物にしないと、移動が大変ですよ」
今は現地で買えるものは、現地で買った方が嵩張らないし
コンビニでも、生活雑貨が買えるからね。どうしても足りないものは、自由時間に買いに出れば良いのだ。
僕も去年、中学の修学旅行で色々学んで……
というか、神木先輩は隣街の廃校からの編入組みだけど、中学では修学旅行へ行ってるはず。それなのに、なぜに学ばないんですか!
「では着替えと、タオルと、枕……」
「まてーい! 枕ってなんですか?」
「枕は寝具の一種で……」
知っとるわ!
「要りませんて!! ホテルにありますから!!」
本当に、疲れる……
とりあえず、僕はメモ帳を用意すると、そこに必要そうなものを書いて先輩へ渡す。
「これでは、少なくて不安です」
「良いんですって、修学旅行では基本制服で移動しますから、私服と違い、毎日違う着物を考える必要がありません。下着とブラウスと靴下の替えがあれば良いんです。あとはタオルとかクリームとか歯磨きなどの生活雑貨」
「生理用品はどうしましょう?」
うっ……それは、元男子の僕に聞かれても困る。
そもそも、雌龍の大先輩である淤加美様の話では、長命の雌龍と人間の女子とで、生理周期も全然違い、雌龍は長めの周期らしく、僕はまだ経験していない。
だいたい、卵生なのか胎児なのかすら、分かっていないのだ。
まぁ長命な龍が、人間と同じ周期で子供を産んだら、この世は龍だらけになるわな。
そういう意味では、短命種なほど、種を残すために短期多産になるのは、理に適っている。
僕が返答に困っていると――――――
「志穂、千尋さんは龍族だから、人間の身体の事は分からんだろう」
赤城の龍神さん。ナイスフォロー
「そうですよね。明日友達に聞いてみます」
友人に聞くものなのか?
「戯け! 明日は出発しているだろうが」
叱り終わって、疲れた顔をしている赤城さん。
心中お察しします。
「とにかく、旅行前の夜更かしは厳禁です。早めに帰って明日に備えて寝てください」
「そうだぞ! 早よ行け!」
赤城の龍神さんの言葉を受け、神木先輩は寂しそうな顔をすると、一礼をし鳥居をくぐって行った。
「部外者の僕が言うのもなんですが、少し神木先輩に、きつく当たり過ぎませんか?」
赤城さんの人間嫌いは、今に始まった事じゃないけれども、尽くしてくれて居る人間に対してまで、冷たすぎる。
「……すみません千尋さん。我はどうしても人間が信用できないのです」
「でも、それを言ったら、僕だって元人間ですよ」
「ええ……知ってますよ。我も元人間ですから」
「…………えええええ!? ちょっ、え?」
僕はさすがに驚きを隠せなかった。だって赤城の龍神さんは、生まれた時から龍だったと思って居たからね。
そんな赤城さんは、ポツリと独り言を呟くように、昔話し始める。
「あれは……今から1600年以上前の事……時代は履中天皇の時代にて、我は人間の姫君として生を受けました」
「姫!? 赤城さん姫様だったの!?」
「そうですよ。龍に成った時に、姫としての生は捨てましたからね。今は雄龍です」
丁度、元男から雌龍に成った僕と逆なわけだ。
赤城さんは、少し懐かしむような顔をしながら空を見上げると、そのまま話をつづけた。
「我が父は無実の罪を着せられ、今で言うこの関東へ島流しならぬ、山里流しに逢って居ました。そこで父は、我が母との間に娘を授かるのです」
「それが赤城さんですか?」
「ええ……しかし、幸せは長く続きませんでした。我が母が38歳で亡くなり、父は後妻を娶ったのですが……その後妻が、父が居ぬ間に、後妻の連れ子に跡を継がせる為、荒くれ者を呼び寄せ、我らを殺そうとしたのです」
マジか……なんか凄い話になって来たなオイ
「あれ? ちょっと待ってください。我らって言いませんでしたか?」
「言いましたよ。我には姉が居まして、その姉と言うのが淵名の龍神なのです。今は雄龍ですがね」
「えええええ!? 淵名さんと姉妹だったんですか!? というか、今は兄弟か……」
「言ってませんでしたっけ?」
「聞いてませんてば! というか、当時いくつですか?」
「長女の淵名が11歳、次女の我が9歳ですね……まだ下に三女の妹が居りました。因みに三女は7歳です」
…………世が世なら、小学生やってるはずなのに
そんな歳で、継母に殺され掛けるなんて、人生ハードモードだな……
「話を続けますね。我と淵名は、それぞれ別々に逃げたのですが……乳母と逃げた淵名は、途中で捕らえられ、利根川の倍屋淵と言う場所に沈められ、溺死してしまいます」
「淵に……それで淵名さんなのですね? じゃあ、赤城さんは赤城山に?」
「そうです。我は赤城へ逃げましたが、まだ9歳ですからね、大人の脚に敵う訳がありません。結局、赤城山に火を放たれ、山の南側だけ火が回らぬ様に出口をつくり、そこで待ち構えられ、逃げ出す者が何者でも、片っ端に斬り殺されました」
「では、赤城さんは水で亡くなったのではなく、斬り殺されたと?」
「いえ、炎の上がる森の中を、煙で呼吸が苦しくなるのが嫌で、山の上へ上へと登って行きました」
まあ、9歳の娘では、火の燃える方には、逃げれないわな
山の裾野から迫る炎に、さぞ恐怖しただろう。
僕は黙って赤城さんを見詰めると、そのまま話の続きを始める。
「煙に巻かれながら夜の森を駆け抜け、飛び出した枝で切り傷だらけになり……足袋も破れてしまい足は皮がむけて爪が剥げ、やっとの思いで地を這うように頂上の沼へ着いた時には、息も絶え絶えでして……」
「……現在だって頂上まで、車で何十分も掛かるんですから、9歳の脚で徒歩で登るなんてとても……僕ならとっくに中腹で諦めてますよ」
「それだけ死にたくなかったんでしょうね……いえ、もう一度生きて、姉や父に逢いたかったのかもしれません」
儚い笑顔を僕に見せる赤城の龍神さん
「結局、今龍神に成ってるって事は…………助からなかったんですよね?」
「はい、沼の淵にて死を待つだけだった我に、前任の赤城の龍神が現れて、この沼の龍神を継ぐ気は無いかと聞かれまして、なっても良い代わりに条件を出しました」
「条件ですか?」
「ええ、散々荒くれ者に追い回されて、力の無さを感じたのですが、姫ではなく猛々しい雄の龍ならばと条件を出したのです」
「なるほど、それで雄龍に成った訳ですか」
「ええ。その時に我が学んだことは、人間は汚いと言う事。自分の実子を世継ぎに据える為なら、義理の娘達を手にかける程、人間は欲深いと言う事です」
当時は世継ぎ問題とか、色々あったろうしね。
暗殺だなんだと言うのは、ちゃんと法律が出来るまで、続いていただろう。
そういうのを、龍神として歴史を見ているだけでなく、自分自身が体験したならば、余計に人間の闇の部分に触れて、嫌いになるのも分からなくはない。
「赤城さんが、酷い仕打ちを受けたと言うのは分かりました。でも、今のご時世ならば、世継ぎだ何んだと言うのも…………まあ陰陽師が、今それで晴明さんと揉めてますが……そんなのは、一握りでしょうから」
「ええ、分かっていますよ。人間を恨んだところで、何も変わらないと言うのも……それに、志穂は他の人間と違い、龍の巫女として良くやってくれていると言うのも……」
「じゃあ、それを言葉にして、伝えてあげたら?」
「……それが……ずっと人間を恨んできた手前、褒めると言うのが出来なくなってしまって」
あらら……
「言葉にするのが難しいなら、僕へ向けれる笑顔を神木先輩にも、向けてあげてください。彼女だって遊びたい盛りに、学業以外の時間を赤城の龍神さんの為に、巫女として捧げて居るのですから」
「…………うぅ……難しいな」
まあ1600年も恨んだんだ、今すぐに変えろと言うのも、無理があるのかもしれない。
でも……いつかは、人間と龍の蟠りが解けると良いな。
「でも、待てよ……淵名さんも人間時代に、継母から溺死させられてるんですよね?」
「その筈ですが?」
「赤城さんと違って、全然人間を恨んでないじゃないですか!」
「姉は……いや、淵名はあの性格ですから」
まあ確かに、マイペースと言うか、のんびり屋でボーっとしていると言うか……
もし淵名さんが女子ならば、世間知らずの箱入り娘って感じだ。ウチの風呂場のシャワーをねじ切って壊してたし。
あれは、使い方を教えなかった僕も悪いのだが、セイが普通に使いこなしていたモノだから、同じ龍だし使えると思ったんだよ。結果は壊れて銭湯行に成ったけどね。
淵名さんは雄龍より雌龍の方が、良かったんじゃないかな? まぁ銭湯の時は、性別を自由に変えられてたし、それを見て居る限りでは、性別に拘りは無いのか……
そんな淵名さんも、最近香住にべったりだし、二人とも満更でもない感じ。
まぁ仲良きことは、美しきことかな。
このまま、僕へのプロレス技が減ってくれれば、言う事なしです。
「赤城さん。そう言えば、三女の妹さんはどう成ったのですか?」
気になったので、三女の結末を聞いてみると――――――
「我は龍に成ってから妹とは逢って居ませんが……逢いに来た人間の父の話によると、上手く逃げおおせて、最後は仏門に入り、仏に成ったとの話です」
そうか、赤城さん達には不幸な出来事であったが、妹さんだけでも助かったのなら、まだ良かった。
赤城さんと、そんな話をしていると、昼食の休みが終わったセイ達が、ウチの玄関を開けて出て来る。
僕と赤城の龍神さんの姿を見るなり、セイが――――――
「おーい千尋! 午後の仕事始めるぞ」
「分かったよ。赤城さんにも、ウチに泊まる以上は、修繕を手伝ってもらいますからね」
「うむ、任せてもらおう」
僕達も神社の修繕に向かい、大工の棟梁と赤城さんのお陰で、夕方には何とか修繕を終える事が出来たのだ。
「棟梁、本当にありがとうございました」
「嫌なに、地元唯一の神社だからよ。壊れたままじゃ神様も泣いてらーな」
その神様達が、修繕を手伝ってたなんて知ったら、腰をぬかしそうだ。
棟梁は、帰りに寿司屋の壱郎君の処へ寄るからと、空の寿司桶も持って行ってくれた。
本当に色々助かります。国津神に成り立てて、御利益のほどは分からないが、棟梁に家に幸あれ。
今はこれが精一杯である。
まぁ冗談はさて置き、あるか分からない御利益より、御酒を婆ちゃんに持って行って貰おう。未成年の僕が持ち歩いてると、職務質問とか面倒だしね。
さて……ちょっと神器修復の鍛冶の様子を、見に行って見ようかと思っていると――――――
鳥居の方から、誰かが歩いてくる。
最初は、大工の棟梁が道具でも、忘れ物したのかと思ったが、その姿は紛れもなく……
「穂高見様!? どうして北関東に?」
そう神器修復の依頼主であり、修復を見届けると言って、工房の前に残っている筈の穂高見様が、ウチの神社に現れたのだ。
「こんにちは千尋殿。今日で5日ぶりです」
確か最後に見たのは、火曜の午後だったが――――――
「ひょっとして、神器修復を失敗したとか?」
「いえ、見てください! ちゃんと修復は終わりました!!」
布でぐるぐる巻きにしてあった、海神の槍の布を取り、僕らに見せてくる
「「「「 おおっ!! 」」」」
その場に居る全員が、驚きと歓声を上げる。
「良かったではないか!」
「我らも材料探しに、苦労した甲斐があった」
「ふう、これで神器へし折ったのは、ノーカンだな」
「良かったー、本当に良かったー。神諮りにかけられたら、どうしようかと……」
セイに続き、赤城さん、尊さん、建御雷様とそれぞれの感想を述べる。
特に、尊さんと建御雷様は、神器を折った張本人だし。修復が無事に終わった安堵感は、一入であろう。
「本当に良かったですね。今、龍脈で様子を見に行こうかと思ってたんですよ」
「それは、入れ違いにならなくて良かった。実は昨日修復は終わったのですが、終わった途端に、天津麻羅殿も、人間の鍛冶補佐殿も倒れるように眠ってしまいまして。連絡の仕方も分からずに途方に暮れて、広い道を歩いていたら、親切な人間が『とらっく』と言うモノに乗せて関東まで連れて来てくれまして」
ヒッチハイク!?
いきなりヒッチハイクで、北関東まで来るなんて、凄い神様だな……
まあ、人間と違いほぼ寝ないで居られるから、ずっと横で会話して居れば、眠気防止で乗せた人も悪い気はしないだろう。会話の量も何千年分とあるしね。
何はともあれ、神器修復も終わり、此れで心配事は消えたと喜んでいたら――――――
『やはりな……御主が持ち出しておったか』
そう瑞樹神社の境内に、木霊する女性の声があったのだ。
声を聴いた途端に、穂高見様がガタガタ震えだし、尋常じゃない汗を垂らし始める。
「あ……姉上……」
マジカ!? おいおい、神社の修繕が済んだばかりなのに、姉弟喧嘩はやめてくれよ……
僕はそう願わずには、いられなかった。




