3-26 修復開始
「只今帰ったぞ! 首尾はどうじゃ?」
鞍馬山から貴船神社へ、僕達を先導していたウチの淤加美様が、貴船の淤加美様へ元気に話しかける。
「うむ、ここ境内では火が使えぬと言うのでな。今、貴船川の岸辺で旅館をしている、伊織の実家で芋を揚げてくれておる」
やっぱり火気厳禁だわな。
由緒ある古い神社だし、水神様を祀って置いて、火事を出す訳には行かないもの。ウチの神社も然りね。
でもまあ、これだけ水氣が濃ければ、そう簡単には火事にならないと思うが……関係者が境内で調理してました。なんて噂が立つと、真似をするネット動画投稿者が出て来るし。
そういう意味でも、此処で調理するのは非常にマズイ。
淤加美様は、先ほどの闘いの記録も本体と同期させると――――――
「この記憶に出て来る陰陽師……気を付けた方が良いな」
「うむ、何時ぞやはイケメンじゃと思うておったが、性格に難有りじゃ」
古風なのだか? 今風なのだか? 入り混じった喋り方に成っていて、おかしな感じだ。
インターネットは、良いも悪いも影響を与えてる。
「それよりさぁ、俺も腹減ったんだけど、揚芋しか無いのか?」
セイがお腹を鳴らしながら言ってくる。
それも仕方ないか……鞍馬山中を、妖探しで歩き回り、結構な時間が経ってたからね。
小鳥遊先輩のスマホを見せてもらうと、時刻は既にお昼に差し掛かっていた。
「あの香住の事だから、揚芋の他にお昼になる様なモノを作ってるかもね。まぁ無ければ無いで、伊織さんの実家で台所を借りて、僕が作ってあげるよ」
「よっしゃ! そういう事なら飯だ飯!」
さっきまで腹減って元気なかったのに、本当に現金な奴。
「そういえば、どこで食べるんです?」
拝殿や本殿でって訳には行かないだろうし……
「それは決まっておろう。伊織の実家じゃ」
「えええっ!? 普通のお客さんも居るのに、大丈夫なのかな……」
そもそも、秋の紅葉シーズン真っ只中に、空き部屋があるのかも疑問である。
流石に、いきなり行くのは気が引けたので、先輩のスマホを借りて香住に連絡を取る
が――――――電話に出ない。
知らない番号からだからで無いのか? それとも調理中で手が離せないのか?
香住が電話に出ないので、スマホを先輩に返していると――――――
「お待たせして、すみませぬ淤加美様」
龍の巫女である、小川伊織さんが、石段を上がって迎えに来た。
「うむ、この時をどれほど待ち望んだことか」
「ちゃんとバターを掛けてくれたな?」
本体も分霊も、両方とも淤加美様本人であるため、性格も喋り方もそっくりだ。
「はい。只今、高月さんが仕上げてくださっています」
なるほど、手が離せない方だったか……スマホで連絡は出来なかったが、一応気をつかって聞いてみる。
「あのぅ、どちらで頂けるんでしょうか? この時期だし旅館は一杯でしょ?」
「はい、生憎すべての部屋が塞がっています」
「なんじゃと!? せっかくの揚芋が……」
淤加美様の落胆が大きいな……なまじ、記憶の同期をして居るだけあって、実際に食べれないのは、かなりショックだったようだ。
「あっ、大丈夫ですよ。川床の方が借りられましたから」
「なぬ? 川床とな? 我ら水龍はその方が嬉しいぞ」
先ほどまでの落胆が嘘の様に、満面の笑みに変わる。尻尾があったら千切れんばかりに振ってそうだが、出しっぱなしの僕と違い、出し入れ出来るのだろう。
人型では邪魔なだけだしね。
「えっと……関東では馴染みが無いのですが、川床って川の上に御座敷をつくって、そこで料理を頂くんですよね?」
小鳥遊先輩が伊織さんに質問する。
「おっしゃられる通り、川の上で頂く事に成ります。本来は9月いっぱいで終わりなのですが……両親に事情を話したら、神様に使っていただけるならと、川床の御座敷の片付けを一時的に中断し、神様方に御越しいただける様、テーブルを用意させていただきました」
片付けの中断とか、何だか悪い気がするが……旅館が塞がってるなら、お客様をどかす訳に行かないし、このまま御厚意に甘えるとしよう。
「でも大丈夫ですか? 僕ら水龍は平気ですが、人間が水の上では寒くありません?」
「そうね……ここ境内でも肌寒いぐらいだし、衣替えの冬服でこれだもの……千尋ちゃんに抱き着いて居ようかしら」
「それだと、香住に半殺しにされますから、やめてください」
命がいくつあっても足らないよ。
「では、人間の方々に使い捨てカイロを出しましょう」
「使い捨てカイロ? なんじゃそれは」
「そっか……淤加美様は、暖かくなってから顕現されましたから、知りませんよね。人間がつくり出した簡易型の……竈? いや、火鉢? と言ったら良いのかな? 懐に入る程小さい暖を取るものです。火は着いてませんけどね」
実際には火ではなく、鉄が酸化する時に出る熱なのだが……今は揚芋で頭がいっぱいで、説明しても、ふ~んで終わると思うし、本気で知りたいなら、御自分で調べる方だしね。
「どうでも良いけど、飯は?」
「分かってるよセイ。とりあえず、川床に行って見ようよ」
実はちょっと楽しみなんだよね。
関東では、なかなか拝めない、関西ならではの川床なのだ。
伊織さんの案内で、川床へ降りていくと、用意された座敷のテーブルに、料理を運ぶ香住の姿が見て取れた。
「千尋、妖退治は上手く行ったの?」
香住の問いに、報酬の緋緋色金を出して、妖退治が無事に終わった事を見せた。
「みんなのお陰で、ほら、この通りさ」
「これで心置きなく、ご飯が食べれるわね。ほら、千尋もお皿運んで」
「あいあい、揚芋以外もあるんだ?」
「ええ、伊織さんの実家の旅館で、余分に食料を仕入れてるらしくてね。それを分けて貰ったの」
「鮎の塩焼き! 牛しゃぶまであるではないか!」
「セイ! 僕の頭の上で涎垂らせないでよ」
早く用意しないと、セイの涎で僕の頭がスライムだらけになりそうだ。
急いで旅館と川床の間を料理をもって往復する。
「これで全部そろったわね」
「料理の豪華さについては申し分ないけど……凄く高そうなんですけど~、支払いの方……大丈夫なのかな……」
財布の中身を思い浮かべながら、少し青ざめる。
小鳥遊先輩がスマホで検索して、料理の相場を見せてくるが、学生の払える金額じゃねえし!
そんな僕の青ざめた顔を見て――――――
「あ、いえ。神様からお金を頂くなんて出来ませんよ」
伊織さんはそう言ってくれるが、さすがにタダって訳には行かない
ここで祀られている淤加美様なら兎も角、僕らは他所の……北関東の国津神だしね。
月賦払いが出来るのかな……
「千尋よ、心配するな。伊織には色々世話になっているのでな。今後、伊織の実家……小川家の安泰は、妾が保障しよう」
「ありがとうございます。これからも、龍の巫女としてお仕えいたします」
「うむ、よろしく頼む。それから……この揚芋をな……供え物のリストに加えてくれ」
「はい。高月さんから、淤加美様の好みを教えていただきましたから」
伊織さんの頼りないガッツポーズが可愛らしい
「代わりにね。私は伊織さんから、京風の味付けを教わったの」
おお、また一つ香住の料理の腕が、プロの域に近付いたか
帰りに京風のお味噌を買わなきゃって言ってるし。今ならネットでも買えるのにね。
「なるほど……これが分霊の妾が絶賛する、揚芋か!! 美味しいという記憶だけ貰って、生殺しじゃったから……うーーん、美味いのぅ。手が止まらん」
「そうであろう、そうであろう。妾の言う通りであろう」
毎回毎回、淤加美様が自分(本体)へ自分(分霊)を自慢してる。なかなか慣れないな……この光景。
まあ、貴船系神社は、全国に500近くあるのだから、分霊も500近く居るって事に成る。
龗神社などを入れれば2000を超えるし
瑞樹神社の様に、神社名が地名プラス神社になっているけれども、淤加美様を祀っていると言う神社も入れれば、分霊の数はもっと多くなる。
……混乱しないのかな?
まあ、そんな事を言ったら、宇迦之御霊様の稲荷神社はコンビニより多いし。
常に分霊と同期をしていれば、気に成らないのかねぇ。
「のう千尋や、御主の揚芋と妾の鮎を交換せぬか?」
「別に構いませんよ。せっかく初川床なのですから、此処ならではの料理を頂いておきたいし」
揚芋は関東でも食べれるものね。
やっぱり、せっかく関西に来たのだから。関西ならではの料理を食べたほうが得である
「まて千尋! 分霊の妾は関東で散々食べて来たのだから、その交換は妾とせぬか?」
「それはないじゃろ! 千尋は妾の子孫じゃぞ」
「ならば、妾の子孫でもあるではないか!」
「ちょ、ちょっと。自分と喧嘩しないでくださいよ……弱ったな。セイ、お前の揚芋も交換してよ」
「構わんぞ。千尋の分の、牛しゃぶもくれるならな」
ぐぬぬ……足元見やがってコンニャロメ
まぁ、淤加美様が自分同士で喧嘩するより良いか
古神の淤加美神同士が、本気で喧嘩したら、山津波が起きそうだし。
貴船の平和のために、仕方なくセイの提案を呑む。
そんなやり取りを笑って見ていた伊織さんが――――――
「これほど賑やかな食事は久しぶりです」
「騒がしくてすみません。いつもは、もうちょっと静かなんですが……」
嘘つけ! とツッコミを入れるセイの口に鮎を突っ込むと――――――
「そうね、千尋ちゃんちでは、もっと騒がしいものね」
先輩も要らんことを言う。
「まあ、いつもの事ですよ」
小さい淵名の龍神さんに、茶わん蒸しを食べさせながら、香住まで……
伊織さんは、そんな様子を窺いながら、笑みを浮かべて――――――
「本当に羨ましいです。ウチは旅館経営をしていて、接客が優先ですから、家族で団らんなんて殆ど……」
なるほど、食事時はどうしてもお客さん優先になるわな
それに比べて瑞樹神社は、人外だらけではあるものの、静かにご飯を食べるなんて言うのが、まったく想像できない。
それだけ癖のある奴らばかりなんだけどね。
その後も、騒がしくお昼を頂く僕らだが
片付けも終わり、食後のお茶を啜って居る時に、伊織さんが――――――
「この後、皆様はどうなさるのですか?」
「そうですね……今回は、淤加美様の記憶の同期が目的でしたから、一度北関東に帰りますよ」
本当は休みがもう一日あるので、一泊していきたいのだが、旅館もお客さんで一杯だし
なにより、天津麻羅様達が待ってますからね。天津麻羅様の他に、建御雷様とか豪胆な方々が居られるので、社の無事が気掛かりある。
派手にぶっ壊して無ければ良いな……
「そうですか……残念です」
言葉だけでなく、身体全体から残念オーラを出す伊織さん。
余程、賑やかな食事が気に入ったようだ。
僕としては騒がしすぎて、たまには静かな食事がしたい。まぁ、それこそ隣の芝生は何とやらだわな。
寂しそうにしている伊織さんを元気付ける為に――――――
「えっと、僕ら龍族は、龍脈を使えばすぐに来れますから」
龍脈さえ繋がっていれば、地球の裏でも行けてしまうのだから、便利なものだ。
お腹が膨れ上がって動けないセイを拾い上げると、人目のない場所へ移動し龍脈を開ける。
「きっとまた、遊びに来てくださいね」
「ええ、きっと……料理御馳走様でした。御両親にも、よろしくお伝えください」
そう言ってから、龍脈ん飛び込むと、懐かしの瑞樹神社の裏側に出たのだが――――――
本殿に天津麻羅様がめり込んでいた。
「何事!!」
「すまん千尋殿! 相撲が白熱しすぎてな……」
そう謝って来る建御雷様。
またウチの社が半壊してる……修復したばかりなのに……
「お、俺には止めきれなかった……」
尊さんが、境内の隅にうつ伏せで倒れながら、最後の言葉を残す。
帰るのが遅かったか……
取り合えず、天津麻羅様を引き抜くのだが――――――
「マズイな……徹夜の鍛冶で痩せ状態だったのに、戻ってきている」
「何がマズイんだ? 回復したなら良い事じゃないか」
まだ自体が呑み込めていないセイに
「あのなセイ、鍛冶で痩せ状態だったからこそ龍脈を通ったんだぞ。元に戻ったら龍脈は使えないだろ」
「はっ!? まさか……」
「そのまさかだ。龍脈が使えなければ、龍達で抱えて飛ぶしかない」
それも、前回よりも遥かに長い距離をね
ようやく事態が呑み込めたのか、天津麻羅様の体型が戻り切る前に、送り届けねばと慌て始める
直ぐに神社の裏へ回り、最大級の龍穴を開くのだが、ギリギリ……入るのかこれ?
もし途中で引っ掛かった場合、長く龍脈内に留まる事に成るので、人間の香住と小鳥遊先輩には、瑞樹神社で待っててもらう事にした。
氣に長く浸かり過ぎるのは、人の身ではマズイからね。
人間組には、境内で伸びてる尊さんの事をお願いすると、大きく開いた龍脈に天津麻羅様を押し込んだ。
そのまま、座標登録して置いた、工房の方へ直接出口を創ると、僕とセイと淵名の龍神さんで天津麻羅様を押し出す作業に移る
「ぐおおおおお!! 千尋おぉ、無理じゃねえかああ!?」
「泣き言は良いから、とにかく押せ~!! ここで止まってると、龍脈内の氣が通過出来なくて、龍脈が破裂しちゃうぞおおおっ!!」
「ぐおおお!! 千尋殿! これで龍穴は、めい一杯かのおぉ!?」
「そうですよおおおぉ! これ以上は裂けますうぅ!!」
暫らく奮闘した後、このままじゃ埒が明かないと、一斉に声を掛けて押すことに……
そおおれっ! と押すタイミングを合わせて、力を籠めると――――――
きゅぽんっ! と音を立てて、天津麻羅様が龍穴を抜けた!!
僕達も勢い余って、一緒に飛び出すのだが――――――
「あ~、妖退治より疲れたわ」
「儂も同意……」
「ふぅ……二人ともお疲れさん」
3龍で地面にへたり込む
すると、気を失っていた天津麻羅様が目を覚ます。
「むっ? 不覚にも建御雷に一本取られたわ!」
「左様ですか……」
説明する気力もなく、そう答えると――――――
「なんじゃお主ら、疲れ切ったように、へたり込んで……若いのに情けないのぅ」
その天津麻羅様の様子に、僕達3龍で溜息をつくと、丁度工房から信一さんが出て来て
「仮眠を取らせてもらって元気いっぱいです! さあ天津麻羅様、神器修復に参りましょう」
「そうだな、さっさと済ませて。建御雷と相撲をもう一戦せねば」
もうウチでやるのは、やめてくださいね。
信一さんに、大小2つの緋緋色金を渡す。
「これが緋緋色金なんですね。初めて見ました」
「うむ、人間では失われた加工技術を見せてやろう。そうそう水龍は立ち入り禁止だぞ、水氣が強すぎるからな」
そう言いながら、工房へ入って行く天津麻羅様。
「じゃあ、僕らに出来ることは無いし、北関東へ戻りますか」
僕の問いに、力無く頷く2龍だが、異議はないみたいなので――――――
僕らは再び北関東への龍脈を開くと、瑞樹神社へ帰るのだった。




