3-25 巨鹿と火の車
なんだアレ……
鞍馬山の天狗さんに連れられてやって来た場所には、大きい……鹿? かな?
龍眼の望遠モードを使い、それで見ている限りでは、鹿の様に見える。
でも僕の知っている限り、あんな大きな鹿は、今迄に見たことは無い。
だって、象より少しだけ小さいかな? というぐらいの大きさで、その頭に生える2本の角には、炎が上がっていた。
その炎の角を、近くの木々に擦り付けるのだが、擦られた木の幹が焦げて、真っ黒になっている。
この濃い水氣で、高濃度の湿気が無ければ、直ぐにでも木々が燃えだして、山火事に成るだろう。
一応、付近の水氣の濃度をさらに上げているので、匂いも飛んで行かないだろうけど……
それでも、野生の感みたいなのがあるし、気が付かれるのは時間の問題であろう。
声が聞こえると、気付かれて逃げてしまい、再度探すのが厄介なので、念話で天狗さんに話しかける。
『あの巨鹿がターゲットですか?』
『たーげっと?』
このやり取りも懐かしいな……今では、ウチの龍達も現代の言葉に慣れて、普通に外来語が通じるし
インターネットやらゲームで覚えた、偏った知識ではあるけどね。
『えっと、討伐目標の事です。あの鹿であってますか?』
『うむ、アヤツめ……この鞍馬山の木々を、真っ黒に焦がして回る、極悪非道な奴でな。火氣が強すぎて性格にも影響しているのか、凶暴で手に負えんのじゃ』
なるほど……ただの臆病な鹿、という訳でもないのか
となれば、此処から水刃で遠距離攻撃をかますのが一番かな?
一応、人間の小鳥遊先輩にも伝えておかねば。
人間に念話は出来ないので、手振りでジェスチャーをして、あの鹿がターゲットだと、教えるのだが……
先輩は首を傾げて、良く分かっていない様だ。
それもそうか……気が付かれぬ様に、多めに距離を取っている為、龍眼の望遠モードが無ければ、何か居るけど良く分からないってぐらい離れているのだもの、人間の眼で鹿だとの判別は無理であろう。
やがて何かを思い出したように、先輩はポケットをまさぐり出すと、小さいメモ帳とペンをこちらに寄越した。
どうやら筆談をしろと言う事らしい。
こんなモノまで用意しているとは、さすがプロの祓い屋
メモ帳のページを捲ると、そこには――――――
肉100グラム、人参半分、玉葱半分、じゃが芋3個、しらたき100グラム……
これって……肉じゃが!?
ちなみに、北関東では豚肉を使う事が多い。
まぁ、番組みたいに『あなたの家ご飯へ突撃』をしている訳でないので、よそ様の食卓は分からないけど、周りの友人の話は豚肉が多かった。
しかし先輩も一応、料理の練習してるんだなぁ、結果が伴ってないけど……
このレシピの通りに作れば、まず失敗する筈は無いのに、どうしてあんな化学兵器が出来るのか? すっごく疑問に思う。
僕は先輩のメモに、『どうして、このままレシピ通りに、作らないんですか?』と書いて渡すと――――――
「大きなお世話よ!!」
「「「あっ!?」」」
先輩の大声に、その場のみんなが声を上げる。
と同時に、鹿の姿を確認する為。視線を向けると――――――
鹿は逃げる処か、そのまま突進して向かってくるではないか!
そのスピードは尋常じゃなく速い!!
まるで森を突き抜ける突風の如き勢いである。
「見つかった!!」
あの勢いで跳ね飛ばされたら、人間の先輩はバラバラになりそうなので、すぐさま腰のペットボトルホルダーから水ペットを取り出すと、それを使って光の衣を創るように変換を開始する。
が――――――
相手の距離を詰めるスピードが速すぎる!
仕方なく術をキャンセルし、先輩を抱き寄せながら、鹿の突撃コースである直線軌道上から、横へ飛んで避ける。
刹那! 僕達のいた場所を空振りする巨大鹿。
改めて近くで見ると、その大きさに圧倒されるが、その巨体とは考えられぬほどの、機敏性を持っていたのは計算外だった。
突進が空振りに終わると、そのまま踵を返しこちらに向かってくる。
あそこで切り返せるのか!?
さすが4足歩行である、斜面の森をモノともせず、剥きだした木々の根っこを跨ぎながら突進してくるのだ。
対するこちらは、斜面の戦いに慣れていないので、立ち上がるのがやっとである。
このままでは轢かれる! そう思い、咄嗟に出たのは――――――
「僕にも角はあるんだからな!!」
そう、角同士でぶつかり合った!!
その角勝負で悲鳴を上げたのは、妖の鹿の方だ。
悲鳴と同時に、左の角が砕け、残骸が遠くの斜面に突き刺さった。
「おっかねぇ……こっちの角の方が、丈夫で良かったわ」
「良くねー!! 千尋!! お前は頭の上に乗って居た、俺の事忘れてただろ!?」
そう言って斜面の下に吹っ飛ばされたセイが文句を言ってくる。
「あ~、わ、忘れてないよ。ちょっと白熱しちゃっただけで」
「今、あ~って言ったじゃないか! それに忘れてなけれ……危ない!!」
セイは叫び声をあげると、水の圧縮ブレスを吹きだした。
そのブレスを背を反らせて避けると、僕の後ろに居た鹿に当たったのだ!
「危ないじゃないか!!」
「ちゃんと、危ないと言っただろ」
コノヤロウ……
さっきのお返しかよ!
「千尋ちゃん! 遊んでる場合じゃないわよ!!」
小鳥遊先輩は、懐から独鈷杵より大きい仏具を取り出した。
いつも使う独鈷杵と違うのは、先端が三本の爪の様に成っていて、独鈷杵より格好の良い感じだ。
「先輩、なんですか? それ」
「これは三鈷杵といって、お父さんのコレクションなの。これを……」
三鈷杵をもって、何やら術を唱えると、その先端から炎の刃が噴き出した。
「すごいじゃないですか!」
「不動明王剣……俱利伽羅剣よ」
「凄いのは良いですが、炎の敵に炎は……」
「失敗したわね……いつも強敵ばかりだから、用意したのに……よりにもよって、今回が火氣の妖だなんてね」
「まだ雷の帝釈天の方が良いのでは?」
そう言った途端に、水ブレスを受けたはずの鹿が、僕らの横すれすれを通り抜ける。
「どうやら片角になって、バランスが取れていないみたいね」
セイの水ブレスで、受けた傷の治りも遅いから、再生も強くない様だ。
これならダメージを蓄積すれば倒せる。
そう思った時――――――
遠くの方から燃え盛る……引き車?
平安時代の描写で見掛ける牛車に、火を掛けたようなモノが、此方に向かってきていた。
『あれは妖怪火の車じゃな』
淤加美様が僕の中から念話で説明してくれる。
『火車とは違うのですか?』
『火車は死体を食べる猫の妖怪で、火の車は違う妖怪じゃ』
淤加美様の話だと、よく使われる、家計が火の車と言うのも、この妖怪火の車に乗せられて、苦痛を味わうから来ているのだと言う。
出来ればそんな苦痛は御免被りたい。
だいたい――――――
「鞍馬の天狗さん! 標的は1匹じゃ無かったんですか!?」
て、いねーし!!
アンニャロメ……押し付けて逃げたな!?
「どうするの千尋ちゃん。前に火の車、後ろに炎の鹿……どっちが良い?」
「どっちが良いって……先輩は火属性の俱利伽羅剣しか持ってないでしょ。セイ! 悪いけど先輩のサポートをお願い」
「いえ、大丈夫よ。唵!! 阿半鉢多也 娑婆呵!!」
初めて聞く真言だが、なんだか心地が良い。
『それもその筈じゃ、あれは水天真言』
水天真言!? 良く分からんけど、仏道は奥が深い。
先輩が真言を唱え終わると、腰に下げた鞭が水氣を帯びていく。
その鞭を腰から外し、地面に叩きつけると、水が一気に鞭の先端まで包み込む。水天の鞭の出来上がりである。
「すげぇ……」
「どう、これで私には、水のサポートは要らないわよ」
「じゃあ、先輩は火の車をお願いして良いですか? 僕は中途半端に手を出した鹿の方を倒します」
「了解! ちゃっちゃと倒して、応援に駆け付けるからね」
そう言って、火の車へ向かって駆け出す先輩。
マジか!?
助けに来てね。じゃなくて、応援に駆け付けるって処が、冗談に聞こえない。
「おい、タダの人間である、祓い屋の嬢ちゃんに負けたら、龍族のメンツが潰れるぞ」
小さいセイが、僕の肩の上によじ登って来る。
「分かってるよ。彼方さんもヤル気みたいだしね」
炎の鹿を見ると、地面を前足で掻いて、こちらを睨んでいた。
さすがに角勝負じゃ勝てないと分かったのか、距離を取って威嚇しているだけだ。
ならば此方は……ペットボトルを2本外し、それで刀を創っていく。
さらに今回は、周りに人がいないので、視覚光を捻じ曲げ、水刀の刃を見えなくしてみた。
前回隣にいた尊さんに、危ないから止めろと言われてしまったヤツを初実戦で使う
見えない刃を避けれるのかな?
僕は刀を構えたまま、鹿に向かって突進するが――――――
逃げない!?
僕の武器が見えないので、無防備で居るのか? それとも何か仕掛けてくるのか?
相手までの距離は、5メートルを切るかと言う時に、鹿は突然地面を前足で叩いたのだ。
一体何を?
「千尋! 上だ!!」
セイの言葉に斜面の上を見上げると、大岩が転がって来るではないか!?
罠か!?
急遽、消える刃を解いて、水を闇に変換する。
「セイ!! ダークブレス!!」
セイが、僕の持つ闇の刃に向けて水ブレスを吹くと、闇の刃に触れた途端、水ブレスが闇を纏ったダークブレスに変換される。
そのダークブレスは大岩を難なく貫き粉々にすると、斜面まで大きく抉った。
「おおっ! やり過ぎたな」
「上出来!!」
此方が岩に気を取られてるところを、狙いすました様に片角で貫こうとしている鹿
その手には食わないよ。
ちゃんと鹿の方にも、注意は向けていたからね。
僕は持っている闇の刃を、薙刀へと変換させ、そのまま切り払った
闇で出来た薙刀は、鹿の残った炎の角まで切り飛ばすと、余程激痛だったのか、そのまま斜面を転がり落ちていったのだ。
そこへ、今迄どこに隠れていたのか、天狗がいつの間にか現れて、妖の鹿にトドメだけ刺して来る。
アンニャロメ……美味しい処だけ持って行くのかよ。
まあ……こっちは報酬の、緋緋色金さえ貰えれば、言う事ないんだけどね。
後ろを振り返えり、小鳥遊先輩の方を見ると、ちょうど水天の鞭で、火の車を真っ二つにしたところだった。
あーあ。結局一人で倒しちゃったよ……
国津神の僕より、先輩の方が強いんじゃないの?
そのまま先輩は術を解くと、僕の方へとやって来て――――――
「なによ、折角助けようと思ってたのに、もう倒しちゃったの?」
「それはこっちのセリフです。先輩、滅茶苦茶強いじゃないですか!」
「まっ、こっちはプロの祓い屋ですから」
そう言って笑う小鳥遊先輩。本当にこの人は、料理以外何でもできるなぁ
今回は、水氣が強い場所だったというのも、ラッキーな要因だった。
妖退治も終わったし、貴船神社へ戻ろうかと思っていると――――――
「いや~大したものですね」
拍手をしながら現れたのは、雷獣戦の時に一悶着あった、あの胡散臭い陰陽師の二人組だった。
確か名前を、華千院重道と背の小さい方が、御堂進と名乗っていた。
「もしかして、これはアンタ等の仕業ですか?」
「ええ。少しだけ、力試しをさせていただきました」
「力試し? 一歩間違えば一般人が巻き込まれていたかもしれないし、山火事だって起きかねないのに」
「そこはちゃんと、配慮しましたよ。私の使役する蛟が、水氣を集めて燃えにくくしていましたからね」
それで、この尋常じゃない濃い水氣に合点がいった。
まあ、場所が貴船神社の近場だけに、元から水氣は濃いのだろうけどね。
「それで、なんで力試しなんかを?」
「千尋さん。貴女の事、色々調べさせていただきましたが、どうやら晴明とは敵対関係にある様子。どうです? 私達と組みませんか?」
そう言う事か――――――
どうにか晴明さんを倒し、安倍晴明の名を貰いたいので、同じ敵対者の僕達と手を組もうって思ったみたいだ。
敵の敵は味方……か?
「……申し訳ありませんが、その話には乗れません」
「どうしてです? 悪い話ではない筈ですよ。味方は多い方が良いでしょう?」
「なぜって……力量をはかるために、他人に迷惑かけてまで妖を嗾ける。そんな人を信用しろって?」
「そうね。味方だと思っていた者達に、背中から刺されたくないわ」
どうやら先輩も同じ意見の様だ。
この胡散臭い奴らは、どうにも信用できない。
「おやおや、嫌われてしまったようですね。では気が変わったら、こちらへ連絡をください」
そう言って、金色の名刺を渡して来る。
うっわ……趣味悪!
その名刺には、ご丁寧にメールアドレスからホームページまで載って居た。
重道さんは名刺を渡すと、斜面を登って行ってしまった
その隣の、背の小さい進さんは、いい気になるなよと捨て台詞を吐いて、先に行った重道さんの後を追う
どうして、一言余計な捨て台詞を言うかな……あれじゃぁ三流の悪役みたいだ
隣で、小鳥遊先輩が舌を出してから、この名刺純金かしら? なんて言いながら、売れるかどうかの鑑定をしている。
マジで売るんですか?
「おお、そうじゃ、忘れる処だった。今回の報酬だ、受け取ってくれ」
鞍馬の天狗さんは、緋緋色金の塊を僕に渡すと、淤加美殿の社にも酒を持って行くからと言ってから、黒い羽を出して山奥の方へ飛び去ってしまった。
「何はともあれ、依頼完了ですね」
そう言って貴船へ向かって踵を返すと、僕の中から淤加美様が出て来て――――――
「うむ! 揚芋が待っておる!! 急ぎ帰るぞ!!」
張り切りながら、僕達を先導するのだった。




