3-24 貴船神社と鞍馬山
K都の貴船神社
拝観時間内では、人の気配が切れるのも珍しいと言うほど、有名な神社であり。水神の龍である淤加美神が祀られているのだが――――――
その人気さ故に、龍脈の入り口を開ける場所は、慎重になる。
ちょっと離れた、人気の無い建物の影へ龍脈を開くと、淤加美様の案内で、本体のいる場所まで境内を歩くのだが、玉砂利を踏み鳴らす音が、とても心地よく感じられた。
僕と香住が巫女装束姿であるせいか、貴船神社の関係者と間違われる事も屡々……
まあ、街中を巫女装束で歩くのと違い、神社の敷地内なので、不審がられる事は無いけどね。
本来なら急ぐ事は無いのだけど、こういう時って何かとトラブルに巻き込まれるので、早めに済ませてしまいたい反面……
徹夜で寝ていない、人間の鍛冶師見習いの信一さんを休ませるためにも、最低お昼過ぎまでは、寝せてあげたい。
出来れば、何事もありませんように――――――
信一さんを休ませる為に、空いた時間を使って、僕の中に居る分霊の淤加美様が、本体と記憶の同期を行いたいと言うので、K都の貴船神社まで龍脈移動したのだが……僕も、本体の淤加美様と、直接逢うのは初めてである。
まぁ……分霊も本体も、中身は同じ淤加美神なのだけどね。
「しかし、なんだろう……境内が涼しいを通り越して……寒いぐらい」
まだ10月に入ったばかりだと言うのに、神社全体に異常なまで高密度な水氣が蔓延していた。
「うむ、凄い水氣だな……ここなら氣を貰うだけで、水龍は生きていけそうだ」
僕の頭の上で深呼吸を行うセイ。
「じゃあセイは、マイナスイオンだけで、ご飯は要らないね」
「それはそれ、これはこれ」
調子の良いヤツ。
参拝者に見つからぬ様、淤加美様は僕の中から念話でもって、本体まで案内をしてくれるが。どうせなら、人と同じ大きさまで大きく成れば良いのに……
その場合、淤加美様に容量を使われるので、僕の術は大したものが使えなくなるけれど
別に、戦闘しに来たわけじゃ無いんだしね。
「見て見て千尋! 水占御籤だって」
「水に浮かべると占い結果が出るやつでしょ。あのね、香住……ウチも分霊とはいえ、淤加美神を祀ってるんですよ」
此処、本家本元の貴船神社ほどではないけどね。
「瑞樹神社の御神籤は、当たり入りだぞ」
「セイ……お前は、桔梗さんが見つける前に、当たり籤を直して置けよ」
本当に余計な事をして、神使の桔梗さんに怒られるんだから……
『なんじゃ、水占やって行かんのか?』
僕の中から淤加美様が、残念そうに念話をしてくる。
『瑞樹神社でやっても、御利益は同じ淤加美神でしょ。まあ……瑞樹神社のは、水につけても透かしは浮きませんけどね』
ウチの方は主に闇淤加美神で、ここ貴船神社は高淤加美神であるけれど……どちらも、同一神とされているので、御利益は変わらない。
だから、僕の中に顕現した淤加美様は、光水と闇水の両方を持っており、時々片方を残し、もう片方が外を飛び回ると言う、離れ業をやってのけている。
僕が、香住と小鳥遊先輩の二人に、先へ行くよと急かしていると――――――
「あの……北関東から来た、瑞樹千尋様ですね?」
巫女装束姿で髪を全部背中で束ね、オデコが特徴的で物腰静かな、20代後半ぐらいの女性が話しかけてきた。
「すっげえ美人」
セイ……またお前は胸を……ん?
そんなに大きくない。それなのにセイが反応するなんて……ちょっと意外。
確かに美人だけど……セイの態度に釈然としない。
いつもは、胸だけで判断している癖に、今回の巫女さんに限っては、胸ではなく美人だからと鼻の下を伸ばしているのだ。
むー、僕の事を嫁嫁言っている癖に、他の女性に目を奪われるなんて……
僕は頭の上に居るセイを指で小突く。
「痛て、何すんだよ」
「ふんっ、知らないよ!」
自分でも、こんな気持ちは初めてで、何だかとてもイライラするが
龍神がこれではいけないと、どうにか冷静さを保ち、巫女装束姿の女性に挨拶をする。
「僕が千尋です。失礼ですが貴女は?」
「申し遅れました。こちらで龍の巫女をさせて頂いております。小川 伊織でございます」
お見知り置きを……と深くお辞儀をするので、こちらも慌てて頭を下げる。
「淤加美様は、すぐに参られます故、お待ちくださいませ」
伊織さんの挨拶が終わると同時に、石段を下って来る一人の女性がいた。
「わ、わ。また美人さんだよ。やっぱり京の都は凄いね」
「何言ってるの香住。いつも逢ってるじゃない」
正確に言えば、逢って居るのは分霊体の方だけどね。
「え? あんな凄い美人さん、逢った事ないよ」
そうか、大きいサイズの淤加美様は、宇迦之御霊様の神域で戻っただけだから、香住達は知らないのか……僕も、淤加美様の本体は初めてだけど、そっくりだから直ぐに分かった。
「あれは妾じゃ」
いつもの小さい淤加美様が出て来て、えっへん! と胸を逸らす。
「「えええええ!!」」
普段冷静な小鳥遊先輩も、驚きの声を香住と同時にあげた。
二人が驚くのも分からんでもない。
いつも2~3頭身ぐらいの小ささで浮いてるのに、今石段を下って来る美人は、長身で出る処は出て、引っ込むところは引っ込んだ、理想女性のボディラインなのだ。
セイや淵名さん達は、さすがに神氣で分かったみたいで、驚きの声は上げなかったが、本当に同一神? と言った懐疑的な表情をしていた。
「関東から、よく参られたのぅ」
喋り方は、淤加美様と同じなんだ……
まあ、どちらも本人なのだから、当たり前なんだけど、これでウチの淤加美様まで元の姿に戻ったら、鏡に向かって喋っているようである。
「うむ、ちょっと時間が出来たのでな、記憶の同期をしに来たのじゃ」
「わざわざ、同期に訪れなければいけないとか、自分の分霊がいっぱい居ると、大変そうですね」
「そうでも無いぞ、こんな手間を掛けて居るのは、千尋の中の妾ぐらいじゃ」
「ありゃ、そうなんですか?」
「うむ、普通の分霊なら、霊の繋がりがあって常に同期しておるのじゃが……千尋、御主は術反射を持っておろう?」
「えっと……もしかして、それが障害になっているとか?」
「もしかしなくても、そうじゃ」
あらら、またしても術反射か、あまり恩恵を受けたためしが無いよね。
まぁ、無ければ無いで、闇の衣を纏う時に、自分まで融かしてしまい困るのだけど……
「でも、どうやって同期とやらをするんですか?」
「千尋の身体を通さず、こうして……直接本体と手を握れば……完了じゃな」
傍から見ていると、ただ単に手を繋いだだけなのに完了とか、凄い簡単に終わったな。
「ほう……関東の妾は、なかなか濃い神生を送っておるのぅ」
「うむ、ほぼ毎日がスリリングじゃ」
すみませんね。何度も死んだ!? とか思うような、危ない橋わたらせちゃって
僕の方も学園に入ってから、まともな人の生活を送ってませんよ。
「しかし、まさか父……火之加具土命が生きておるとは……」
「妾が実際に、この目で見たのだから、間違い無いわ」
「うむ、それは先ほど、記憶の同期で見せて貰った。妾の方から他の分霊にも同期して置こう」
目を閉じて聞いていると、淤加美様が独り芝居をしているようだ。
同期前まで古風だったのに、同期してからは、英語や現代の和製英語も通じているようで、もう全く差が分からない。
「じゃあ、同期も終わった事だし、トラブルに見舞われない内に、帰りましょう」
僕が回れ右をして、元の道を戻ろうとすると――――――
「待つがよい! 千尋。御主……この本体の妾にも、揚芋を御馳走して行くのじゃ」
「はい? 同期で味わったのではないですか?」
「それでは味の記憶だけで、妾の腹は膨れぬではないか! まことに生殺しじゃぞ」
「記憶だけで我慢してくださいよぉ。ここでは、じゃが芋も調理器具も無いですし」
困った御先祖様たちだ。
「そんな事を言って居ると、本体の妾が主の神社までついてゆくぞ」
「分霊の妾よ。妾と交代せぬか?」
「するわけ無かろう、瑞樹神社なら毎日食べ放題なのじゃからのう」
「羨ましすぎる! 妾も食べに行くぞ」
そのやり取りを聞いていた伊織さんが――――――
「なりませぬ! 淤加美様が居られなくなられたら、この神域が駄目になってしまいます!」
「ならば伊織よ。お主からも千尋の奴を説得するのじゃ」
うぁ、知れっと援護を増やすし。
「千尋様、なにとぞ揚芋を……」
そう言って境内に膝をつき、土下座まで始める伊織さん。大袈裟すぎるよ!!
「やめてください! そこまでしなくても、スーパーやコンビニで、売っているじゃないですか!!」
慌てて伊織さんの腕を取り、立ち上がらせて土下座をやめさせる。
「「 嫌じゃ~売り物じゃなくて、揚げたてが欲しいぞぉ~ 」」
ウチの淤加美様まで一緒になって、左右からステレオで駄々をこねてくるので、正直面倒くさい。
そんなやり取りに見かねた小鳥遊先輩が――――――
「千尋ちゃんが嫌なら、私がじゃが芋を揚げて……」
「祓い屋の娘……御主の気持ちはありがたいが、此処は千尋に……」
どういう意味よ! と、ご立腹の小鳥遊先輩だが、神殺しは重罪ですからね。
その後も、ダブル淤加美神と、伊織さんの瞳が僕に突き刺さり――――――
「もう……分かりました。その代わり、材料を買ってこなければ成りませんよ」
やった! とハイタッチををする淤加美様。
そこへ――――――
「何やら水氣が濃くなったと思って、見に来てみれば水龍が増えて居るな」
どこからか、声だけが響いてくる。
ほら来たよ……トラブルが……
「鞍馬の天狗殿か? 久しいではないか」
淤加美様が周りの木々に向かって声を掛けると、木の枝に腰かけた天狗が黒い羽を広げて降りてくる
そういえば、ここ貴船神社のお隣は、鞍馬天狗を祀っていましたね。
天狗は地面に降り立つと、器用に背中の黒い羽をたたんで――――――
「儂は鞍馬天狗、すぐそこの山に住んで居る者じゃ」
僕らは、それぞれ自己紹介をすると、ここに来た目的を掻い摘んで話す。
「それで何しに来おった。妾達はこれから忙しいのじゃ」
淤加美様が、折角の揚芋を邪魔されて、少し機嫌が悪い
「おお、そうじゃった。実はのぅ……先日の満月騒ぎで、妖が出て居ってな……その妖退治を御助力いただけたらと思ったのじゃ」
あぁ、ほぼ新月の夜に、急に満月になって妖が湧いた時の話ね
やっぱり関東だけじゃなかったんだ。
あの時は、淤加美様と建御雷様のお力を借りて、日本中に浄化雨を降らせたのだが……偶然にも雨が掛からなかった妖が、まだ残っていたのか……
天狗さんの頼みに、淤加美様は――――――
「駄目じゃ! 今日は、まっこと日が悪い! 後日に出直して参れ」
「ちょ、淤加美様。断っちゃうんですか? 神佑地に出た妖を放って置いては……」
「妖など何時でも倒せるわ! じゃがのぅ、揚芋は待ってくれぬ!!」
いえ、待ちますよ。
また今度、材料を持って作りに来れば良いんだし。
淤加美様に断られた天狗さんが、困ったという表情で――――――
「なんと……う~む。相手は火氣の妖故に、儂の木氣では不利になるのでのぅ。水氣を持っておられる淤加美神に頼もうとしたのだが……」
「ならば、僕が行きましょうか?」
「「 なっ!! 」」
ダブル淤加美様から、驚きの声がステレオで木霊する。
「なんと! 若き龍神が行ってくれるのか!?」
「本当は、午後から用事があって、あまり時間が無いのですが……」
「それでも、水氣の持ち主が手伝ってくれるのなら、百人力じゃ! ありがたい」
「ならぬ! ならぬぞ。千尋が行ってしまったら、誰が芋を揚げてくれるのじゃ!!」
そうは言っても、被害に遭うのは其処に住む人間だしね。やっぱり元人間としては、放って置けないよ。
それまで黙って聞いていた香住が――――――
「仕方ないわねぇ。私が千尋の代わりに、芋を揚げますよ」
「おお!! 香住嬢ちゃんか!? これは千尋より美味いやも知れぬ」
オイ! まったく調子の良い神様だ。
「じゃあ私も……」
「祓い屋の嬢ちゃんは、千尋に着いて行ってやってくれ」
「……どういう意味ですか!」
記憶を同期したことで、先輩の料理の腕前は、知れ渡ったようである。
まぁ、揚げ芋の方は、香住と伊織さんに任せて――――――
僕達は天狗さんに着いて行き妖退治に出かける。
足元の悪い、木の根が張り巡らされた斜面を、鞍馬天狗さんに着いて歩く
大昔に足場の悪い此処で、あの牛若丸が修業をしたと思うと、何だか感慨深いものがある。
「千尋よ、早めに終わらせるぞ」
ウチの分霊の淤加美様は、僕の中に顕現している為。一緒に着いて来ているのだが
「淤加美様の本体に、揚芋を食べて貰うだけで良いじゃないですか?」
「嫌じゃ! 妾も食べたい!!」
本当に、揚芋限定で食いしん坊なんだから……
「しかし、本当に若い龍でありながら、その水氣……尋常じゃないと思ったら、淤加美神の子孫だったとは……」
「うむ、正式に国津神に任命されたばかりじゃ」
「ほう!? 国津神とな? これは生半可な報酬では、いけませんな」
「別に僕は、報酬が欲しいわけでは……」
そこまで言いかけて、鞍馬天狗さんが出した紅い鉱石に、目を奪われる
「報酬は、此方でどうかのう」
「それは!? 緋緋色金!?」
「うむ、ちょっと前に倒した妖が、飲み込んでおったモノじゃ」
これは、なんというタイムリーな!
正直、香住が持ち出してくれた、コブシ大の一つだけでは、心許ないと考えていた所に
サッカーボールぐらいの、緋緋色金が報酬になるのだから、張り切る他はないでしょう。
「これはもう、全力で妖退治をしちゃいますね!」
「うむ! 急いで終わらせて、祝勝会は揚芋尽くしじゃ!」
「そんな安請け合いして、大丈夫なのかしら……」
と先輩の呟きが聞こえるが
今回、神器がないとはいえ、水氣の濃いこの鞍馬山では、全然負ける気がしない。
僕たちは、楽観的に構えていたのだが、この時はまだ……これが陰陽師達の罠だとは、知る由もなかったのである。




