3-23 鍛冶工房
翌日
10月に入り、幾分か日差しが柔らかく感じられ、木々の紅葉もだいぶ色付いて来た、北関東の瑞樹神社にて――――――
僕達は、日本鍛冶屋の神、天津麻羅様の処へ行く準備を終わらせ、龍脈を開く準備をしていた。
学園は休みとはいえ平日なので、参拝者に見付からぬ様、瑞樹神社の裏側で龍脈を開こうとしているとしていると――――――
「おはよ、千尋ちゃん。今日から10月よね」
「せ、先輩。抱き着かないでくださいよ……今日から衣替えとはいえ、まだまだ暑いんですから」
先輩の姿は、春先によく着ていた、全身黒服で長めのスカート姿、そして長袖に成っていた。
衣替えかぁ、もうそんな時期なのね……
あと数ヶ月で今年も終わりだと思うと、何だか感慨深い。
一応文化祭の御褒美として、今日明日まではお休みなのだが……ちっとも休んだ気がしないのは、気のせいだろうか?
「ほら、千尋ちゃん。私も衣替えでスカートが長くなったお陰で、独鈷杵も複数隠し放題なのよ」
「こんな処でスカート捲らないでください! お兄さんが微妙な顔してますよ」
「お、おい。俺に振るなよ……だいたい、雨女の友人みたいに、俺は妹好きじゃねえし。妹の太ももなんかに、興味はねえ! それより緑、親父は何か言ってたか?」
「あぁ、お父さんがね。年上のお見合い写真が気に入らないなら、同年代のイケメン探すので帰ってこいって」
「ぜってー帰らねえ!! まず見合い相手が男なのを、改めろよな!!」
まぁ仕方ないよね。御住職は尊さんを女だと思っちゃってるし
そもそも、櫛名田比売の櫛を差したまま、女体化して帰るのが悪い。
「おい千尋、出発しないのか?」
頭の上に居るセイが痺れを切らしている。
「ちょっと待って、香住がまだ……」
ウチの中に入って行ったと思ったら、出てこないのだ。
「厠なら外にある参拝者用のを使えば良いのにな」
「まだトイレと決まった訳じゃないでしょ」
それにしても遅いな
「遅いから、社務所へ行って御神籤でも引いて来るか」
「セイ、お前な……引いたらちゃんと箱に200円入れてけよ」
「いきなり当たりが出たりしてな」
「出るか馬鹿! だいたい当たりってなんだ?」
そんな御神籤聞いた事ないし
「実は籤付きアイスからヒントを得て作った、当たり付きの御神籤なんだ」
「セイの自作かよ!! だいたい当たりが出たら、御神籤がもう一回引けますって、手間なだけじゃないか!!」
そんなの参拝者も喜ばないし
「でも当たりだぞ。嬉しいだろ?」
嬉しくねぇ……
「神使の桔梗さんが吃驚するからヤメレ。また箒持って追い回されるぞ」
「ふっ! 俺があんな蟹にやられると思うか?」
思うから言ってるんだよ!
だいたい、神使はその主人の留守を預かる為、主人と同等の神氣を宿すのだから、強さは僕と変わらないんだぞ。
神格を失ったセイが桔梗さんに勝てるとは思わないし。
あとで当たり籤を抜いて置けよな、まったく……
セイとアホな会話をしていると、香住がやっと現れる。
その姿は、ウチの巫女装束を着ていたのだが……なぜ?
「なんかね、千尋のお婆さん……和枝さんがね。龍神様との繋がりが良く成るから着て行けって」
それで手間が掛かったのか……
巫女装束姿の香住の肩に、小さく成った淵名の龍神さんが欠伸をしている
「でも、巫女装束ぐらいで変わるの?」
頭の上のセイへ聞いてみるが――――――
「さあな。俺は祀られる方で、仕える方じゃなかったしな」
確かに、それは『龍の乗り手』当人じゃなきゃ、良く分からないよね。
僕の場合、セイとかかわった時には、既に龍へ成って行く処だったから良く分からないし。
他に、人間と龍の組み合わせって言えば…………龍の巫女の神木先輩と赤城の龍神さん。
でも赤城さん……人間嫌いだからなぁ。心を通わせるって処で、既にあり得ないかな。
まあ今の処は、香住と淵名さんだけだから、香住に変わったかどうか後で聞いてみようっと。
全員揃ったところで、みんなに声を掛ける。
「各自忘れ物はありませんか? 水筒の中身は水だけですよ、スポーツ飲料水はダメです」
「水持ってくのは、雨女だけだろ!! 500円のオヤツすら持ってねーよ!! 良いから早く龍脈を開け!!」
尊さんからツッコミを受けたので、ハイハイと龍脈を開く。
座標は、前もって鍛冶工房の場所を聞いて置いたので、そこへの直通だ。
どうせ根小屋刃物店の店舗へ行っても、工房へ出払ってて誰も居ないだろうしね。
尊さんから怒鳴られるままに龍脈を開き、鍛冶工房前へと移動をしたのだが――――――
其処は、人里離れた山の中で、自然以外は本当に何もなかった。
座標を聞いてただけなので、初めての風景にみんな無言で見入っているが
ここのぐらい、山の中でなければ、鉄を打つ槌の打撃音で、騒音の苦情が来てしまうのだろう。
その打撃音も先ほどからずっと続いているので、今まさに鍛冶をしている最中なのかな?
「おや? みなさん。緋緋色金は見つかったんですか?」
工房の中からではなく、僕らの背中から声が掛けられたので、吃驚して振り返る。
そこには、バケツに水を汲んだ。穂高見様が立っていた。
「穂高見様!? どうして外に?」
「いやぁ、それが……やっぱりボクも、水氣が強いと工房を追い出されちゃいましてね」
さすが海神豊玉姫の弟君、陸の上でもその水氣は健在か
「では、いつ頃終わるか分かりませんよねぇ」
「ですね。何度か終わったのですが、また日が昇る前に始まりまして……」
はい?
「ちょっと待ってください。またって言いましたよね?」
「えぇ、今打ってるので……4本目でしょうか? 時々お使いに出てましたので、正確には分かりませんが……」
「お使いって……何か足りないモノでも?」
「いえいえ、なんでも近くの神社から、御神刀を頼まれていたらしく、その刀が出来たので届けに行っていたのです」
穂高見様……良い様に使われてるな。
「じゃあ、歩いて神社まで行って居たんですか?」
「それが……現代では、銃刀法……何とかって言うのがあるそうで、持って歩いていると危険とか言われちゃいまして……許可書を持った、神主殿が取りに来るというので、麓まで持って行きましてねえ」
なるほどねえ、警察に見つかったらアウトだものねえ
翌日の新聞にでかでかと、日本神話の神逮捕! とか出てたら洒落に成らん
でも、それで僕達の後ろから、穂高見様が現れた理由が分かったわ
刀を届けに行ってたのね。
「しかし、鍛冶屋の神が打った御神刀か……凄い値が付きそうだな」
「尊よ、剣神の儂から言わせて貰えば、刀は武器であってだな、飾りでは無いのだぞ」
「古いな建のオッサン。現代では斬れる斬れないよりも、コレクターって言うのが居て、其の武器にまつわる曰く付きや物語に価値が出るんだぜ。鍛冶屋の神が打ったなんて……もしかしたら、億の値がつくかも……」
「何たる……何たる嘆かわしい事だ……」
手で額を抑えながら、頭を振る建御雷様。
二人の言いたいことは分かる、剣神で武神である建御雷様は、武器としての性能を求め
一方……尊さんの方は、現代の銃刀法という法律のせいで、実際に使う事の出来ない飾り物としての価値しか見えて居ないのだ。
よって、二人の価値観が違うのは仕方がない。
「でも、そこまで価値は出ないかも知れないわね」
「何でだよ緑」
「先ほど御自分で、おっしゃったではないですか? コレクターは曰く付きに魅かれると」
「鍛冶屋の神が打ったって言うのが、価値が無いのかよ?」
「価値は物凄くありますね。例え伝説の鉱物、緋緋色金を使って居なくても、鍛冶屋の神が打ったと言うのなら、価値は計り知れないでしょう。でも……その鍛冶屋の神が打ったという証明を、誰がなさるのですか?」
妹の小鳥遊緑先輩に指摘され、あっ! と声を上げる尊さん。
成る程そういう事か!
僕らは実際に、鍛冶屋の神である、天津麻羅様が打っていると知っているが、それをコレクターにどうやって証明する?
鑑定書なんか書いても、その鑑定書自体に信用が無ければ、ただの紙切れに過ぎないのだ。
証明が出来ぬ以上、ただの人間が打った普通の刀と言われても仕方がない。
まあ……建御雷様ほどの剣神なら、見ただけで分かるかも知れないけどね。
人間のコレクターで、そこまでの目利きがどれだけ居るかは疑問である。
話が大きく脱線した処で、工房の槌の打撃音が止んだ。
「お? 作業が終わったみたいだな」
セイの言葉に続いて、工房の中からジューと水が沸騰する音がして、屋根の隙間から水蒸気が漏れる
暫らくして、工房の戸が開いたかと思うと、中から天津麻羅様が現れた。
あれ? 天津麻羅様……少し……いや、かなり痩せた?
『火を吹きながら、あの大槌を叩くのじゃからのう、体力も使うのじゃろうて』
僕の中に居る淤加美様が、念話で補足してくる。
なるほど、それだけ大仕事だと言う事か……
でも、そんな疲れなど、ものともせず。天津麻羅様は大声で喋りだす。
「信一殿の鍛冶の腕は、中々のモノじゃな。こいつは将来が楽しみだ」
ガハハハッと豪快に笑う天津麻羅様へ、建御雷様が――――――
「そうか、技術を継ぐ有望な若者が居てよかったのぅ、天津麻羅よ」
「おう! 建御雷来ていたか!? まだ少し荒削りだが、良いモノを持っている」
余ほど嬉しかったのか、更に豪快に笑う天津麻羅様。
だが、そんな御機嫌な天津麻羅様とは逆に、疲れ切った顔の信一さんが、工房から出て来る。
「大丈夫ですか?」
「あ、いや、はい」
大丈夫か駄目か、どっちなんだろ……
無理もないか、穂高見様の話では、昨日の昼から夜通し打ち続けたって言うし
そもそも、人間と神様の体力を同じだと考えてはいけない。
天津麻羅様ですら、あの痩せ様なんだもの……人間の信一さんが、良く倒れていないものだと感心する。
神様によっては、周囲の氣を自然に集め、寝ないで済む神様も居るしね。ウチの淤加美様みたいに……だからこそ、同じ物差しで考えて居ると、酷い事に成るのだ。
まあ、僕の中に居る淤加美様は、本体ではなく、分霊の方だから、寝なくて済むんだろうけどね。それに淤加美様の代わりに、僕が寝ているし。
何はともあれ、人間と神々を一緒に考えては、信一さんが気の毒である。
「お疲れの御様子だし、少し寝られては?」
さすがに、寝た方が良いと思って、信一さんに声を掛けると――――――
「あ、えっと……」
天津麻羅様の方を気にして居るみたい。
仕方がない、助け船を出すか
「天津麻羅様。神器を打ち直すにあたって、やっぱり普通の武具より気を使うのでしょう?」
「そりゃあ、幾ら鍛冶屋の神と呼ばれた儂でも、細心の注意を払うぞ」
「ならば、少し休まれて、英気を養ってから挑んではどうでしょうか?」
天津麻羅様は、暫らく腕を組んで考えたのちに、信一さんの顔色が良くないのを見て
「うむ、確かに一理あるな」
「だったら、少し付き合わんか? 尊の奴は、誕生日が来るまでは、呑めないのでな」
お酒を呑む仕草をする建御雷様。
朝っぱらから酒かよ!!
まあ、信一さんが休めるなら、それでも良いか
「じゃあ、その間……少し休ませてもらいます」
余程疲れているのか、足元が覚束ない感じで工房へ入って行く
どうやら仮眠室があるようだ
後はこの吞兵衛神の2柱をどこで呑ますか……ここで呑ませたら五月蠅くて、信一さんも寝てられないだろうし
瑞樹神社かなぁ……やっぱし
着いたばかりの鍛冶工房前から、北関東へ戻ると、早速ウチの中へ入って行く2柱。
遠慮が無いのが凄いよな……まぁ知らない仲じゃ無いから良いけどね。
でも良かったよ。天津麻羅様が、徹夜の鍛冶にて痩せていてくれたお陰で、龍脈に引っ掛からず済んだし。
その2柱の後姿を見て、龍脈酔いして気持ち悪そうな尊さんが――――――
「……建のオッサンが、済まねえな」
と謝って来るが、別に尊さんの親族じゃないでしょう。
まあ、相棒として一応な、と一言いってから先に入った2柱の後を追う尊さん。
それじゃ御酌は、尊さんに任せてしまおう。
なんか、一気に暇になってしまった。
そこへ、僕の中から淤加美様が現れて――――――
「時間が出来たのなら、K都の貴船神社へ着てみぬか?」
「K都の貴船と言うと、淤加美様の本体が祀られてるところですよね?」
「一度ぐらい良かろう? 本体とも記憶の同期をして置きたくてのぅ」
他のメンバーに聞いたところ、異議はないとの事だったので
急遽、淤加美様が祀られている、貴船神社へ行く事になったのだが――――――
果たして……何事もなければ良いなぁ。




