3-21 反水素と対消滅(アナイアレーション)
オロチの心臓の入った、龍の鱗で出来た勾玉からの力を吸い上げ、本来の八岐大蛇へと変貌していくオロチの伍頭目ちゃん。
その姿は、どんどん大きくなっていき、隣のクローンオロチなどを比べると、既に赤子同然の様で、ブレスの一撃で吹き飛ぶんじゃないかと思えるほどだ。
神話での八岐大蛇は、山と同じ大きさなのだから
いくら今居る空間が広いとはいえ。山の中の空間に、大山レベルが収まりきる筈がない。
4本首のクローンオロチは、まだギリギリ収まっていたけどね。
『むううう。狭いよぉ』
伍頭目ちゃんは、もうすでに天井を突き上げて、狭そうに首を曲げて耐えている。
「伍頭目ちゃんに、まだ意識があるようです。僕はどうにか首元の勾玉を引き剥がしますので、みんなは急いで撤退を」
「撤退? そいつは聞けねえな。だいたいクローンオロチも、落盤の下敷きに成ってるとはいえ、再生が始まってるんだぜ。2匹ものオロチを、どうやって倒そうって言うんだ?」
撤退を告げられた尊さんが不満そうに言ってくる。
「伍頭目ちゃんは倒す必要が無いですって。勾玉さえ外せれば、敵対する必要ないですしね」
それに……みんなが居ると、大術が使えないんだよ!!
「しかし、水はどうするんだ? 千尋は自分で生成出来ねーだろ?」
「セイ龍の言う通りですよ。先ほどの水の入った入れ物だって、大きくなったオロチに踏まれて無くなってしまったじゃないですか」
セイと赤城の龍神さんが、それぞれ心配してくれるけど、僕には秘策がある。
あまり使いたくないけどね
使う水は一滴……いや、一滴でも多い方だ。
ただ威力が尋常じゃないため、皆には避難してもらいたかったのだが……
どうやら、みんな撤退する気はなさそうである。
「分かりました。では、クローンオロチの方をお願いできますか? まだ再生しきっていないので、反撃は無いと思いますので」
「雨女……お前独りでオリジナルオロチを?」
「まあ、伍頭目ちゃんの居るリュックへ、勾玉を放り込んだのは、僕の落ち度ですからね。自分で何とかしますよ」
珍しく心配してくれる尊さんにそう言うと、大きくなっていく伍頭目ちゃんへ視線を戻す。
「まさか夫の俺にまで、頭から降りろって言わないだろ?」
「セイ…………ふふっ、そのかわり落っこちるんじゃ無いよ!」
僕はセイを頭に乗せたまま、伍頭目ちゃんに向かって跳躍する。
あれ? 何だか身体が軽い。
『あの赤城の龍の巫女……龍神祝詞で身体能力向上を掛けおったぞ、やりおるのぅ』
淤加美様の念話で振り返ると、赤城の龍の巫女である神木先輩が龍神祝詞を唱えて、パーティーメンバーへ身体能力向上の術……バフを掛けているようだ。
なるほど、人間である神木先輩だからこそ、神の力を借りられるって事か
身体能力向上のお陰で、いつもより機敏に動ける。これは便利だ。
僕が伍頭目ちゃんの背中に飛び乗ると、他のメンバーがクローンオロチへ攻撃を仕掛けて居るのが見てとれた。
一応パーティーメンバーに、光の衣の術が掛けてあるので、防御方面は大丈夫だとは思うけど……
クローンオロチより、天井から落下する岩の方が厄介だ。
ダメージは防げても、岩の大きさによっては、挟まって動けなくなってしまうから要注意。
みんな神木先輩の身体能力向上の祝詞のお陰で、普段より動きが良いから大丈夫だと思うけどね。
さて、問題は僕の方だ。
まず水を確保するために、自分の光の衣を水へ変換する。
龍の身体は、相手が神器で攻撃でもしない限りは、簡単に傷を負わないしね。
その水を使い、伍頭目ちゃんの首元にある勾玉を丸く包み込んでいく。
「なるほど、勾玉を囲んで力の流入を遮断するのか」
「そう言う事。問題は水量が足りるか……」
「それなら問題あるまい。俺が水を出せばいい」
頭の上のセイが、水を生成してくれるので、何とかいけそうだ。
あとは囲んだ水を光に変えて、完全に勾玉との内外を隔離遮断する。
「おっ? 巨大化が止まった?」
「みたい……かな?」
伍頭目ちゃんの顔を見ると、まだ涙目ではあるが、狭い痛いという叫びは無くなった。
どうやら、少しづつ縮んでいるみたい
「でもよ、ずっと光術で勾玉を囲んで要るわけには……」
「分かっている」
一応、力業で勾玉を引っ張って見たものの、ビクともしないのだ。
『どうやら、見た目は切れていても、神霊的には繋がっておるようじゃのぅ』
淤加美様が念話でアドバイスをくれる
神霊的な繋がりか……
どうやって切るのよ?
僕がどうしたら良いか、困っていると――――――
「雨女! こいつを使え!!」
尊さんが抜身の草薙剣を投げてくる。
危ないってば! 神器は僕だって刺さるんだからね。
でも、神器か……これなら神霊的な繋がりも切れそうだ
僕は慎重に、伍頭目ちゃんと勾玉の間の狭い空間へ、草薙剣を滑り込ませる
伍頭目ちゃんの身体に、傷がつかないようにしないと、痛いと暴れられても困るからね。
ゆっくり隙間へ差し込み、そのまま勾玉との間の繋がりを切断する。
刹那! 少しずつ小さく成ってた伍頭目ちゃんの身体が、一気に元の大きさに戻ったのだ。
「ふう……成功した」
「上手く行って良かったな」
「みんなのお陰さ、ありがとうセイ」
「ま、まあ……ほら。嫁を助けるのは、夫として当然だからな」
セイの奴、赤くなって照れてやんの。
僕は紐が切れてしまった勾玉を、セイに持ってもらい。落石が散乱する空間の出来るだけ平らな処へ龍脈を開ける。
「おい雨女、逃げるのか?」
そう言ってくる尊さんに草薙剣を返すと――――――
「大術に巻き込まれたくなかったら入って!」
全員に聞こえる様に大声で言う
小鳥遊先輩が、小さく成ってのびて居る伍頭目ちゃんを抱えると、素直に龍脈へ飛び込んだ
続いて神木先輩に香住……尊さんは最後まで嫌がっていたが、僕がお構いなしに術を始めたのを見て、危険を感じ取ったのか、渋々龍脈へ飛び込み
残ったのは再生中のオロチと、僕の頭の上のセイ。
あとは紙でできた人形の形代である晴明さんだけであった。
『逃げてよいのか? クローンオロチの再生が終われば、付近の町を滅茶苦茶にするぞ』
脅しを掛けてくる晴明さんに――――――
「そんな事には成りません。何故ならみんな消滅するからです」
僕はそう言って一滴の水を指の先に移動させる
その水はだんだん光を帯びていき――――――
『どうせハッタリであろう?』
晴明さんの言葉など、お構いなしに説明を続ける。
「初めて発見されたのは1932年……さらに約60数年後には生成することに成功……」
『いったい何を言って……』
「その物質の原子番号はマイナス1番……名前を『反水素』」
『反水素だと!?』
「この光の粒がそうです。さて、そこで問題です。この反水素を使って何をしようとしているでしょうか?」
『……まさか!? 対消滅!?』
「正解! 晴明さんに、正解の報酬はこれです」
そう言って、僕は光の粒を放り投げる。
放物線を描きながら飛んで行く反水素の粒。
対消滅発動の瞬間は、いくら術反射持ちの僕でも怖いので、見届けずに龍脈に飛び込み、直ぐに入り口を閉じる。
だが、龍脈の中に居ても、揺れが分かるほどのエネルギーが放出されたようで、地上の様子が心配に成り、廃鉱から少し離れた地上に出てみる事に……
地上へ出ると、もうすでに日は落ちており、辺りは真っ暗であるが、そこはそれ暗視のできる龍眼がある。
僕達は龍眼を使い、暗視望遠を行うと――――――
案の定、廃鉱の在った山が半壊していた。
幸い町とは逆方向だったので、残骸に家や人の姿はない様だ。
術を放る瞬間に、一滴でも量が多いかなぁと思って、更に半分以下の量にしたのだが、思った以上に威力があったようだ。
「おっかねーな……」
セイが生唾を飲む音が聞こえる。
「僕だって理論だけで、今初めて使ったんだ……」
こんなに威力があるとは思わなかったよ。
普通なら超大型の設備で生成する反物質を、水龍神の力で反水素を創り出したんだから、CERNも吃驚である。
科学者に、これだからファンタジーは! とか叱責されそうだ。
兎も角、住民に命に係わる被害が出なくて良かったよ。多少は揺れたかもだけどね。
僕は地面に手を当てて、クローンオロチの氣を探る。
どうやら、対消滅のエネルギーで消し飛んだみたいだ。
だけど、晴明さんが言っていた、当初の計画とやらが気になる。
駆け出しとはいえ、国津神を相手にしても怯まないのだから、その計画と言うのは相当にヤバイものだろう。
出来れば一緒に協力して、弥生さんを助けてあげたいが、晴明さんが西園寺さんを良く思っていないらしいし……
もう、ややこしいな。
そんな事を考えて居ると、セイが――――――
「なぁ、そろそろ瑞樹神社へ帰らないか? 腹が減ったぞ」
「お前は食ってばっかだな!!」
「仕方ねーだろ! 子蜘蛛の群れを倒すのにブレスを吹いて頑張ったんだし」
確かに、いっぱい頑張ってくれたし、仕方がない緋緋色金は明日届け……
ん? 緋緋色金?
「ああああっ!! リュックに入れて潰れたまま、置いてきちゃったじゃないか!!」
「そんなの知るか! 俺は勾玉持たされてるんだぞ、背負い袋までは面倒見切れん」
「香住は!? 香住は持って出たかな?」
「さぁな、瑞樹神社へ帰れば分かる事だろ」
そうだった、冷静さを欠いていたわ。
香住……持って帰ってくれてれば良いな……そうで無ければ、今回の廃鉱探索はすべて無駄になってしまう。
僕は、一縷の望みを込めて、瑞樹神社への龍脈を開くと、その中へ飛び込んだのだ。
急いで龍脈から飛び出すと、みんな泥だらけで夜の境内に座り込んでいる。
さすがにお昼過ぎに戻った時ほど、みんなに元気はなかった。
だが一組だけ元気な2人組が――――――
「嫌だ!! まだ帰らん!!」
「龍神様! 終わったら帰ると言った約束を、反故になさる御つもりですか?」
「終わったら! だろうが!! まだ終わっておらぬ」
「そう言うのを、屁理屈と言うんです」
あぁ……赤城の龍神さんと龍の巫女である神木先輩の二人か
時々、赤城の龍神さんが、僕の方に助け船を寄越してくれと、目で合図してくるのだが――――――
僕も神木先輩に、終わったら責任もって帰す、と約束しちゃったしなぁ
どうしたものかと、考えて居ると――――――
「千尋様、皆様。夕ご飯の用意が出来ました」
ナイスタイミングで神使の桔梗さんの声が掛かる。
「はい、今行きます。神木先輩も夕ご飯ぐらい、一緒に食べて行ってくださいな」
「むっ、確か昼間もそんなノリでズルズルと……」
「良いではないか、折角のお招きを無下に断るのも失礼であろう」
渡りに船とばかりに、僕の背中から肩に手を置いて玄関まで押していく赤城の龍神さん
まったく、赤城さんも仕方ないなぁ
「おい、俺の嫁に気安く触るな」
頭の上からセイが文句を言うが、赤城さんは余程帰りたくないのか、悪い悪いと軽く返事をしてそのまま玄関に入ると
赤城さんは、神木先輩に聞かれたくないのか、念話に切り替えて――――――
『いや……志穂のヤツは頭が固すぎてな、息が詰まるんだ』
成る程、そう言う事か……早い話、息抜きがしたいわけね。
其の点、瑞樹神社は、婆ちゃんの逆鱗さえ触れなければ、大概自由だからね。遊びに来たってわけか。
『赤城の龍神さんも、来週まで待てば、神木先輩は修学旅行で留守になるのに、其処まで待てなかったんですか?』
『ええ……10月後半に行くと、出雲行きの用意がありますから』
あー、すっかり忘れていたわ。
神無月……出雲では神在月でしたね。旧暦の神在月に、出雲へ行かねばならない。
出雲かぁ……出雲?
「おわあああ! 神器の修復を、それまでに終わらせないと!!」
「だな、そのために俺達は、緋緋色金を探してるんだろ?」
「そうだ! 香住!! 香住は何処!?」
僕は香住を探しに台所へ行くと、エプロン姿の桔梗さんに、香住の事を聞いてみた。
「え? 香住師匠ですか? 服が汚れ過ぎているとかで、一度お帰りに成りましたよ」
「一度って事は……」
「はい。着替えたら、夕ご飯をご一緒するそうです」
そうか、じゃあ待って居れば緋緋色金の事が聞けるな
果たして香住は、緋緋色金を持ち帰ってくれたのだろうか?
今は、其れだけが気掛かりな、千尋であった。




