3-20 真オロチ対クローンオロチ改
この声……忘れもしない、僕が火之加具土命と戦った時に、水を差した声だ。
どうせ今回も、紙で作った人型の形代を使って、声だけ送っているのだろう――――――
遠い安全な処からね。
とはいえ、僕以外に接触したのは、此処には居ない宇迦之御霊様の神使ハッコさんと、僕の中に居る淤加美様だけだったので、他のパーティーメンバーは誰だか分からない筈。
『ハッコの奴は、千尋の胸のせいで、煎餅の様に成っておったから、声は聞いて居らぬぞ』
と、内側の淤加美様から念話が入る。
そうでした。
あの時は広範囲の術、揺炎を使ったので、術の範囲内に居る宇迦之御霊様の神使、白狐のハッコさんを巻き込まぬ様、術反射を持つ、僕の胸の間に押し込んだ為、目を回して居たんですよね。
もうかなり前の話かと思えるけど、実は先週の話なんだなぁ。
僕は、何処に居るか分からない声に向かって――――――
「シンさん、お久しぶりです」
『ぶばぁ……ゲホッゲホッ! 貴様ぁ!! お茶を吹いたじゃないか!! どこでその名前…………そうか……弥生に逢ったのか……』
急に、しんみりした声になる晴明さん。本名は神農原真
その真と言う字を、シンと呼んでいたのが、フィアンセの弥生さんだったのだ。
後に、安倍晴明の名を継いで儀式事故を起こし、名を剥奪されたのだが、勝手に晴明と名乗っているらしい。
そんな晴明さんに――――――
「ええ、お逢いしてきましたよ。多少……向こう側へ行くのに、手間取りましけどね」
『そうか……まぁシンと呼ぶのは、弥生だけだからな……その呼び名を使っていれば、向こうへ行ったのは、直ぐに分かった』
晴明さんの同級生だった、西園寺さんに聞いたかも知れないのに、弥生さんと相手を限定する辺り……やっぱりこの人たち、何かあったか?
もしかして、三角関係だったり?
でも、真実を知らない内に、ゲスな考えをするのは良くないな。
そんな事を考えて居ると、頭の上に痛みが走る。
「ちょっとセイ! 髪の毛引っ張らないでよ!」
「俺と言う者がありながら、逢引きしているとか……それで、娘の胸は大きかったか?」
オイ!!
「セイ、お前と言うヤツは……」
「私も是非、その辺の話を詳しく聞きたいわね」
振り返ると、香住が物凄い顔で睨んでいた。
「その辺って……胸の話?」
「違うわよ!! 千尋が密かに逢っている、女性の話よ!!」
「密かに逢って居るって言われても、僕もう女の子だし、同性に逢ったって別に良いと思……ひうっ!!」
香住が無言で、僕の目と鼻の先まで顔を寄せてくる。
急にやられると、本当に怖いから止めてよね!
「駄目よ! 前にも言ったけど、私は千尋の保護者なんだから。いわば母親代わりなの! 変な虫が付いたらどうするのよ」
「ちょっと高月さん。今変な虫の件で、私の方を見ませんでした?」
「あらぁ、小鳥遊先輩。聞いて居らしてたのですか? 先輩には、何度言っても分かって貰えない様なので、言葉が通じてないのかと思いました」
あー、また喧嘩が……
「ふふふっ、私は巨大な牛をも投げ飛ばす、ゴリラの言葉も分かるのよ」
牛を投げ飛ばすって……明らかに上層でやった香住の事じゃないか!
もうこうなると、収拾がつかない。
「なあ、千尋ぉ。逢った女性の胸……」
「よくそれを、婚約者の僕に聞く気になったなエロ龍。だいたい相手は病的に痩せていて……」
『……やはり、病的に映るか?』
あっしまった! 晴明さんの前で、今のはマズかったぞ。
でも、言ってしまったものは、仕方がない。
「失言でした。すみません……でも、それは晴明さんも知っているでしょ? 逢いに行ってるらしいじゃないですか?」
ちょっと可哀想なぐらい窶れて居たので、弥生さんの状態をみんなの前では、わざと話をしない様に、話題をずらして居たのに、ついついエロ龍にのせられてしまった。
何か思うところがあるのか、しばらくの沈黙の後――――――
『……瑞樹の龍神として、弥生は治ると思うか?』
「どうでしょう……そもそも常夜へは精神体で行ったので、水を持ち込めませんでしたからね。水が無ければ、僕にはどうする事も出来ません」
治るかどうか分からないのに、いい加減な返事も出来ないので、晴明さんにはそう言って置く。
晴明さんは僕の言葉を聞いて、そうか……と一言だけ呟くと、また黙り込んでしまった。
ん~少量であるなら、ちょっと本気で頑張れば、草木や大気から水を生成できるが
如何せん、僕には時間が掛かり過ぎて、現世の方の日が昇ってしまう。
淤加美様の慌てようでは、両方の世界が同じ夜の内にしか、行き来出来ない感じだったし
まあ、現世の日が昇っても、その日の夜まで待てばいいんだけどね。
『それは成らんな』
僕の考えを読んだ淤加美様が、念話を入れてくる。
『どうしてです?』
『身体から精神が離れすぎてては、身体が死んでしまうからじゃ』
『仏道でいえば、成仏って事ですか?』
『そうなるのぅ、まあ妾の御霊が千尋の身体に居る限りは、身体は死にはしないだろうがの。ただし、長すぎると妾の身体として定着してしまうのじゃ。妾は嫌じゃぞ……千尋の身体で、あんな若龍と祝言を挙げるのは……』
『あはは……そりゃあ千年以上も存在している淤加美様に比べたら、どの龍も若過ぎに成りますって……』
しかし、淤加美様の話が本当なら、あまり長く常夜に行くのはマズイ。
結局、今の僕には助けられないって事か……
そんなやり取りを淤加美様と念話していると、晴明さんが――――――
『ならばやはり、此方は最初の計画通り、事を進めるとしよう』
「最初の計画?」
『ふふっ、瑞樹の龍神よ。貴女に恨みは無いが、ここで舞台から降りて貰うぞ』
「恨みが無いなら、放って置いてよ!」
『そうも行かぬ、西園寺と組んでいるのだから、いずれ邪魔になるのは分かっている。ならばここで消えて貰おう。出でよ!! クローンオロチ改!!』
クローンオロチ改だって!?
晴明さんの声に反応し、地面に五芒星が現れた。
『あれは、陰陽五芒の陣じゃ』
淤加美様が念話で説明してくる。
『陰陽五芒って、陰陽師の使う五芒星の陣の事ですよね?』
『うむ、前に見た時は、千年と少し前ほどの昔じゃったかのぅ。その時代の京の都での事じゃがな』
さすが淤加美様。千以上前とは……時代のスケールが違う。
えっと、千年ちょっと前というと……平安時代かな?
そんな淤加美様との念話をしている間でも、五芒星の陣から紫色の電気の様なモノが噴き出し、続いて出て来たのは――――――
なんと! 4本首のオロチだった。
『沼田教授の傑作だ、存分に戦ってくれ』
どこか楽しんでいるような、晴明さんの声がムカつく。
「オイオイオイ、雨女。これってマズくないか?」
出て来たオロチを見て、尊さんが及び腰になっている。
それもその筈。前に戦った時は、3本首だったクローンオロチが、今回は4本首なのだ。
単純に8本首が完全体としたら、今回はその半分の戦闘力と言えよう。
これは推測だが、今までタダの女子高生として見付かっていなかった、弐頭目オロチこと鴻上さんが、東北での一件で正体がバレた為、そのDNAも採取されたのかも。
伍頭目ちゃんは、全部終わってから砂浜へ出て来たんだしね。どちらと言えば、鴻上さんのDNAの方が確率が高い。
例えば、戦闘の途中で抜けた髪のDNAを持ち帰ったとかね。
他にもっと悪い事は、今回の戦場になるこの場所は、かなり地形が良くない。
そう、ここは崩れやすい廃鉱山の最深部なのだ。下手に大技を使えば、オロチ諸共生き埋めになる。
異形共が広げてくれていたので、場所自体はかなり広いのだが、強度的にはどうなんだろうか? かなり怪しい。
更に良くない事が――――――
それは今までの戦闘の様に、近くに水源となるダムや川などが無く、手持ちの水だけで戦わねばならないと言う事。
このままでは……
策の一つとして、廃鉱山をわざと崩し、僕達は龍脈で脱出。一度引いて立て直すか? とも考えたのだが……
オロチは、川の神の他に山の神だった為、土属性持なのだ。
水属性の水神の龍が水の中で死なぬ様に、オロチも土に埋もれても、おそらく死なないだろう。
そうなると、崩れた廃鉱から出て来たクローンオロチが、近隣の街を襲った場合。被害が大きく成りすぎる。
後日、テレビで放送され、自衛隊の戦闘機とか出て来て……特撮の怪獣モノみたいに成るのは間違いない。
前のオロチ同様、今回のオロチも高速再生持ちであるなら、そう簡単に倒せないだろうし
今回の神器は、尊さんの持つ、草薙剣だけなのだ。
不利な要素が多すぎる。
取り合えず、人間には念話が飛ばせないので、人間以外の味方へ念話を繋ぐ
『緊急で念話を送ります。セイは小鳥遊先輩を、淵名さんは香住……そして赤城さんは、神木先輩を連れて龍脈で離脱してください』
『千尋さんは、どうするんですか?』
『僕はここで、尊さんとオロチを食い止めます』
『アホか! どこの世界に、嫁を置いて逃げる夫が居るんだよ!』
『アホとはなんだ!? このエロ龍! 人間の3人が居ては、闇術が使えないから連れて出てって言ってるの!』
尊さんも人間なのだが、櫛名田比売の櫛で女体化の半神化しているから、普通の人よりは頑丈だしね。
それに、唯一の宝剣持ちに逃げられても困るので、尊さんには残って貰う。
『千尋! 俺が嫁置いて逃げると本気で言ってるのか?』
『お願い、セイ……本当に人間には危ないんだ。亡くなった両親みたいに、二度と親しい人を失いたくないの……だから先輩を連れて脱出して。それとリュック持ってってね。あ、そうそうこのオロチの心臓入り勾玉も持ってってね。闇術使うと紐が融けて落としちゃうからさ』
そう言って、リュックの中に勾玉を放り入れる。
すると――――――
突然、地震が始まったのだ。
淤加美様が、僕とセイ達との念話に割って入ってくる。
『千尋……御主なんてことを……リュックの中には、伍頭目のオロチが居ったじゃろう!?』
『…………あっ!』
『あっ! じゃねえええ!! 千尋、お前なんて事してるんだよ!!』
しまったぁ!! 伍頭目ちゃん。あまり出番が無く、寝てばかりだから、本気で忘れていた!!
リュックの中から、見る見る大きくなっていく、伍頭目ちゃんを
僕達は見ている事しかできず――――――
「おおお、おい! 巨大化が止まらねーぞ!」
尊さんが、驚愕の声を上げる。
伍頭目ちゃんは、首1本分のオロチなのに、すでに4本首のクローンオロチの大きさを遥かに抜いていた。
さらに大きくなる伍頭目ちゃんを、クローンオロチ達は目が飛び出しそうな程、見開いて見上げている。
念のため言っておくと、決して4本首のクローンオロチが小さい訳ではない。
3本首のクローンオロチより、二回りは大きいのに、伍頭目ちゃんと並んでみると、大人と赤子ぐらいの差があるのだ。
これが、オロチの心臓の力……いや、本来の八岐大蛇と言う事か?
その姿を見て、晴明さんが――――――
『どうなっている!? クローンオロチ改がまるで赤子のようではないか!』
紙で人型につくられた形代が、隠れていた天井から降りて来てそう言った。
「やっと姿を現しましたね。晴明さん」
「千尋、そんなこと言ってる場合か!? オロチが大きくなり過ぎて、天井につっかえてるぞ!」
セイの言葉に天井見ると、既に空間の許容を超えて大きく成って居るものだから、天井を押し上げ、狭くて苦しそうに身を捩る。
その刹那、天井の一部に亀裂が入り、地上へ向かって天井の岩が降り注いだのだ。
「岩が……あっぶね! おい! 雨女、なんとかしろ!!」
直ぐこれだよ……
僕は、願いを叶える猫ロボじゃ無いんだぞ!
とはいえ、今回は僕のミスだけどさ、少しは他の人も考えてよね。
さて、どうしたものか――――――
『千尋や、どうやらオロチの心臓は、完全に融合して居らぬようじゃぞ』
淤加美様の念話を聞いて、伍頭目ちゃんをよく観察すると――――――
確かに、まだ龍の鱗の勾玉に入ったままの様である。
その勾玉も、首と本体の繋ぎ目の処に、浮いていたのだ。
あれを外すことが出来れば、また元の伍頭目ちゃんに戻る筈。
だが、クローンオロチをどうするか――――――
そう思って、召喚されたクローンオロチに目をやると、すでに天井から落下した大岩で潰れ、再生中の様であった。
あのダメージでは、再生が終わるまでは動けまい。
となれば、伍頭目ちゃんを戻す方が先かな。
再びパーティーメンバーへ念話の回線を繋ぎ――――――
『これより、勾玉奪取作戦へと、変更します!』
作戦成功条件の変更を伝える。
さて、上手く行くかどうか……天井から岩が降り注ぐ中、新たな作戦を決行するのだった。




