3-19 忘れもしない声
巨大蜘蛛の群れと対峙しながら、足元に開けてもらったペットボトル(大)の水を操る。
その水を、学園祭初日の夜に創った、小さい刃へ変えていきながら、わらわらと集まって来る蜘蛛達に狙いを定め――――――
全ての水刃弾を一斉掃射をする。
音もなく飛んで、子蜘蛛達を貫通をする水刃に、なす術もなく倒されていく異形達。
ほぼ全ての水刃が子蜘蛛達を貫通したが、若干数匹に避けられてしまった。
「命中85%って所か?」
頭の上に乗っているセイが冷静に答えるので、僕は少し見栄を張って
「いやいやいや、90%は行ったでしょ」
「そうか? 肝心の蜘蛛女は討ち漏らしてるし」
「あれは外したんじゃなく、弾かれたんだから仕方がないの!」
そう、女王蜘蛛の両手? と言っても良いのかな? その先の爪が、鎌のように鋭く成っており、それで水刃を弾かれてしまったのだ。
となれば、その爪はかなりの強度を、持っていそうでだ。
「おっと、蜘蛛女がご立腹の様だぜ」
尊さんの言葉に、天井へ張り巡らされた蜘蛛の巣の中心に居る蜘蛛女へ目をやると――――――
子蜘蛛達を殺されて怒った蜘蛛女が、蜘蛛の巣から糸を垂らし降りて来るのだけれど、その巨大さに圧倒される。
天井に居た時は、自動車サイズの子蜘蛛より、少し大きいかな? ぐらいの認識であったが
実際に、目の前に降りてくると、トラックぐらいの大きさなのだ。
いくら天井に居る時は、遠近法で遠かったからって、大きくなり過ぎだろ。
「でけえ……」
「むっ! セイ……それは胸の話か?」
「あ、いや……やだなぁ千尋さん。蜘蛛自身の……ほら、身体の大きさの話だよ」
あははっと乾いた笑いをするセイ……普段呼び捨てなのに、さん付けとか……分かり易すすぎるぞ、このエロ龍め
目も泳いでいるしさ……コンニャロウ
「おい、夫婦喧嘩は帰ってからしてくれないか? 奴さん喧嘩が終わるまで、待ってくれそうにないぞ」
尊さんの言葉で我に返り、蜘蛛女に目をやると、奇声を上げて突進してくるところだった。
すかさず、セイが水のブレスを吹くが、今迄の子蜘蛛と違い、表皮の硬さがあるらしく、貫通迄には至らなかった。
でも、傷は付けることが出来たので、ダンゴ虫よりは表皮が柔らかいみたいだ。
水刃を弾いた時みたいに、鎌のような爪で防ぐかと思ったが、傷つくのもお構いなしに、突っ込んで来る所を見ると……
「傷が治っていく……やはり、再生持ちか」
僕の心の声を代弁するように、セイが呟く。
それはそれで厄介だ、何しろ再生を超えるダメージを与え、尚且つ廃鉱に影響与えない技を考えなければならないからだ。
策を考えて居る僕の前に、尊さんが飛び出すと――――――
「一対一なら負けねえぜ!」
『儂も、お主の草薙剣の中に居るのだ。二対一だろ?』
「そうだった。忘れてて悪るかったよ、建のオッサン」
『よい! その代わり負けるでないぞ!』
中々馬の合った良いコンビである。
あいよ! と元気のいい返事を、建御雷様へ返して、蜘蛛女の爪を草薙剣で受け流す尊さんだが、宝剣を使って要るとはいえ、あの巨大な爪鎌を単身でいなすのだから、凄いものだ。
元気がいいのは良い事だが、ちゃんと、廃鉱の崩れない戦い方を考えてくれているのかだけが……やっぱり心配だなぁ。
生き埋めだけは、御免被りたい。
とはいえ、剣神である建御雷様に、剣術の修行を受けた尊さんの戦っている所へ、割って入る事も出来ず、ただ見ている事しか出来ない。
剣術素人の僕が、下手に手を出せば、邪魔する事に成っても、助けることには成らないであろう。
そんな高レベルな戦いが、目の前で繰り広げられていた。
残念ながら、今回は支援に徹するしかなさそうだ。
僕は残った子蜘蛛が出す、粘性の糸を切る作業に没頭する。
どうやら彼方も学習したらしく、距離を取って糸で絡めてから攻撃しようとしているらしい。
動けなくしてから叩こうなんて、地味だが、実に嫌らしい攻撃だ。
もう一本のペットボトル(大)を温存しようかと思っていたが、子蜘蛛が近寄ってこない以上、水刃を創って飛ばすほかない。
僕は、子蜘蛛の隙を見てペットボトルを開ける間を計っていると――――――
ちょうど、僕の中にいる淤加美様から念話が入った。
『千尋、あの蜘蛛の腹を見よ』
淤加美様の指摘で蜘蛛の後ろの部分の腹を見ると、赤く輝いているのが見てとれる。
『……赤いですね』
『もしかすると、あそこに緋緋色金があるやも知れぬ』
『え!? 緋緋色金って鉱物であって、生物の一部じゃ無いですよね?』
『当たり前じゃ! 鉱物に決まっておる。ただあの赤い色は、昔高天ヶ原で見た緋緋色金と同じ気がするのじゃ』
淤加美様は、断定は出来ないがのっと付け加えたが、あそこに緋緋色金が詰まっているなら、蜘蛛ごと消し飛ばすのはマズイ。
その淤加美様の話が本当なら、あの蜘蛛は餌と一緒に少しずつ、緋緋色金の原石を取り込んでいたのかも知れない。
ならば、腹部分は残し、頭胸部へだけの攻撃に限定しないと……
「尊さん! 攻撃は頭胸部だけにしてください。もしかすると、あの蜘蛛の腹には緋緋色金が入っているかも知れません」
「なんだと!? クソッ! そう言う事は早く言えよな!!」
ごめんよ~、僕もたった今、淤加美様から言われたばかりだし。
ただ気がかりなのは、腹部を残して置いて、頭胸部まで再生しないか? と言う事であるが
そればかりは、やって見ないと分からない。
試しに、蜘蛛女の頭胸部へ防御力減少効果……デバフである『水素脆化の術』を掛けてみるが、金属でないのでどれだけ防御力や耐久力を削げるかは賭けである。
なにせ、水素脆化は水素原子を金属に入り込ませ、耐久値を一気に下げる術であるからして、生物に効果があるかは分からないのだ。
もしかしたら、爪鎌とかの耐久値は落とせるかも……そうなったら良いなぁ
尊さんの剣と蜘蛛女の爪が、何度も打ち合うが、やがて――――――
その蜘蛛女の爪が、急にバラバラになって砕けたのだ。
「貰ったぜ!! 雷光烈閃!!」
尊さんはそう言って、雷の残滓が残るほどの速さで、蜘蛛女を切り刻む
何だ……放出系の大技以外も、技持ってるんじゃん!
『見事!!』
草薙剣の中の建御雷様からも、称賛の声が上がる。
尊さんが恰好を付けて、背中を向けると同時に、細切れになり絶命する蜘蛛女。
「どうやら、再生はしない様だな……」
セイが、僕の頭から落ちそうなぐらい身を乗り出して、そう答えた。
尊さんは、そのまま振り返らず、歩いてくる。まるで時代劇でよくある殺陣の終わりのシーンみたいだ。
本当に良い恰好しぃめ!
「ふっ……この技は、派手さに欠けるんで好きじゃ無いんだが……」
「尊さん、貴方はアホですか! 僕が廃鉱が崩れないように、どれだけ苦労しているか……そんな放出系じゃない、良い技があるなら、もっと早く言ってください!!」
「ばっか、おめー、こんな地味な技、つまんねーだろうが」
馬鹿はアンタだ。
「まあまあ、みんな無事に終わったのだし、良かったではないか。教えた技が綺麗に決まったので、儂は満足じゃぞ」
草薙剣の中から出て来た建御雷様が、僕と尊さんの仲裁に入る。
そりゃあ、弟子の成長を見るのは嬉しいんだろうけど――――――
「建御雷様も知っていたなら、何で技の事教えてくれなかったんです?」
「いやほら……尊が地味な技嫌がって、なかなか使ってくれんでのぅ。分かるじゃろ? 無理に使わせようとしても、頑固でな」
ふんっ!! っと、そっぽを向く尊さん。
まったく、この人は……
「千尋ちゃん。兄の事より、あの赤い腹を開けてみましょ」
いつの間にか、残った子蜘蛛を退治した小鳥遊先輩が、緋緋色金の回収に入っていた。
そんな先輩の背後で倒れている子蜘蛛を見ると、丸焦げになっているので、不動明王の火炎術で焼いたな? 巣に引火すると危ないって言ったのに、本当にこの兄妹は話を聞かないな……
しかし先輩の手際の良さは、相変わらず無駄が無いというか……やる事が早いな。さすがプロの祓い屋だ。
小鳥遊先輩の後について、蜘蛛の腹を開けてみると、拳大ぐらいの緋緋色金がどっさり出て来たのだ。
「わあ、宝石みたい」
「香住も、女の子らしい感覚があったんだね。安心したよ」
「ちょっと千尋、どういう意味よ! 私はちゃんと女の子です!」
分かってます。でも、ガサツな処もあるので、これでナックルを造ったら……とか言われなくて良かった。
「天津麻羅様に、拳武器を造って貰えないかしら……」
ほらね、やっぱり香住だ。
絶対言うと思ったよ。
「でもどうしよう、僕のリュックに入り切りそうに無いや」
伍頭目ちゃんも入ってるしね。
「私のリュックも多少は入るけど、全部は無理ね」
其処へセイが――――――
「今回は修復だけだろ? ならば、そこまで多くは要らないんじゃね?」
そうだよね。正確に、どのくらい必要かは分からなかったが、新規製造じゃなく、修復だものね
ならば、多くは要らない筈。
「じゃあ持てるだけ持って、足りなかったら、龍脈で再び取りに来れば良いかな?」
「そうね、そうしましょう」
僕と香住のリュックに詰めるだけ詰め込む。もちろん寝て居る伍頭目ちゃんは潰さないようにしてね。
それでは、龍脈で帰ろうかと、龍穴を開けようとすると――――――
『残念だが、それを持って行かせる訳には、行かないな!』
どこからか、声が聞こえて来たのだ。
この声……聞き覚えがある!
忘れもしない、K都府の晴明さんの屋敷跡で、聞いた声だった。




