3-17 再突入
急いで緋袴を穿き、玄関へ向かうと――――――
そこには赤城の龍の巫女である、神木先輩が困った顔をしながら立っていた。
「おや、神木先輩。お久しぶりです」
「瑞樹の龍神様。お忙しい処申し訳ございません」
「あの~、龍神様はやめて欲しいんですけど」
「いえ、正式に国津神に成られたのですから、呼び捨てにする訳には行きません」
この人は、本当に頭が堅い。
ウチの学園の3年生で、名前は神木 志穂。赤城の龍の巫女を務めてらっしゃる先輩だ。
普通に人には、僕の角も尻尾も見えてないので、龍神様はやめてと何度も言っているのだが
龍神に仕える巫女という立場上、そういう訳に行かないと中々聞いて貰えない。
「先輩は、もうすぐ修学旅行と聞きましたが、どうしたんです?」
「はい、来週には、K都府とN良県へ行く事に成ってます」
本当に直ぐじゃないか
そんな雑談中、赤城の龍神さんから念話が入る。
『千尋さん。志穂のヤツには、我が居る事は内密に……』
『えっ!? それは僕に嘘をつけと?』
罪悪感が半端ないな
「それで神木先輩、何か御用で?」
「……実は……当方の龍神様のお姿が、ここ数日前から見えないのです」
あ~やっぱり
学園祭からずっと、ウチへ遊びに来てるから、赤城に居ないのはそのせいですよ
僕が赤城の龍神さんの事を、言うべきか、言わざるべきか悩んでいると――――――
「あら、3年の神木先輩じゃないですか? 赤城の龍神様なら居間で黒焦げになってますよ」
あーあ、小鳥遊先輩が言っちゃったよ。
「それは本当? 申し訳ありませぬが、お邪魔します」
そう言って居間へ向かう神木先輩
『赤城さん、神木先輩を止められなかったので、後よろしく』
念話を送ってから、僕も居間へ向かうと……雄、男共が皆、アフロヘアになっていた。
さっき騒いでた、帝釈天の雷撃かな?
「どこの雷神様だ!」
「千尋……この姿を見て、開口一番に言う事がそれか?」
「さすがの儂もビリっときたぞ」
建御雷様まで、ウチのアホ龍に合わせなくて良いのに……
神様達はその程度で済んでいるが、尊さんは人間なのに大丈夫かな?
そう思って居間を見渡すと、隅っこで黒焦げになっている物体を発見した。
あぁ、櫛名田比売の疑似神格を得る櫛のお陰で、半神化の対術防御が効いて、焦げる程度で助かったのね。
小鳥遊先輩、相変わらず実の兄に容赦ないな
そう言えば、赤城の龍神さんは?
居間を見渡すが、何処にも居ないのだ。
本当に、どこ行ったんだろう? 神木先輩が、玄関から居間まで移動する間で、逃げる時間は無かった筈だし……
赤城の龍神さんを探していると、神木先輩が僕の方へ歩いて来て、ジッと顔を見詰めてくる。
美人さんが、近距離で見詰めてくると来ると、僕も照れるんですが?
「瑞樹の龍神様……ご無礼を」
そう言って僕の頭の上に手を持って来て、何かを摑まえたのだ
「あー! 赤城さん! いつの間に!!」
「龍神様、やっと見つけました」
成る程、小さくなって僕の頭の上に隠れていたのか……通りで見つからない訳だ。
「いやだいやだ!! 我は、ここのウチの子になるんだ!!」
駄々っ子か!!
「駄目です! 赤城の神佑地は、どうする御つもりですか!?」
「志穂が管理すれば良かろう?」
「私には神格がありません。ちゃんと龍神様が管理してください」
僕も、自分の神佑地を放置していて、神使の桔梗さんに任せっぱなしなので、正直耳が痛い。
桔梗さんへ、何かお土産でも買って来よう。
そんな時、台所から香住が顔を出し――――――
「料理が出来たから、千尋も運ぶの手伝って」
「はいはい。神木先輩も、せっかく料理が出来たので、食べて行ってください」
神木先輩は、どうするか迷っていたが、赤城さんの分が無駄になっちゃうからと言ったら、大人しく従って赤城の龍神さんを解放した。
念話を使い、社務所に居る神使の桔梗さんに、一緒に食べるか聞いたのだが
すでにお昼は、子狐ちゃんズや婆ちゃん達と食べたとの事だったので、我々だけで頂くことにした。
まあ……既にお昼と言うよりも、3時のおやつに近いしね。
ご飯を頂きながら、神木先輩へ現状報告をすると――――――
「なるほど……それで廃鉱へ潜って居るのですね」
「ええ、日本各地で異形が溢れて居るらしいんですよ」
幸い、ここ瑞樹の神佑地で、異形が出たという報告は来ていないので、他の地へ赴いていられるが、ウチの神佑地で異形が出ていたら、緋緋色金どころでは無かった。
「赤城でも、異形の話は聞きませんね」
「じゃあ、法則みたいなモノがあるのかな?」
「人間の……沼……なんとか言うヤツが、かかわって居るならば、緋緋色金が出やすい所に、異形も集中しておるのじゃろう」
空に浮かびながら、揚芋菓子を食べる淤加美様が、神木先輩との会話に割り込んで、そう言ってくる。
それは沼なんとかではなく、沼田教授ですよ淤加美様。
淤加美様は、居間の空中を飛び回るので、セイから苦情がでる。
「大婆様……ちゃんと座って食べてくださいよ。先程から芋菓子の食べ溢しが、俺のご飯に掛かって……あっ! また!!」
「美味しくなって良いではないか? ほれ、3枚入れてやろう」
「ああっ! おい千尋! 大婆様を何とかしてくれ!」
あーもー。五月蠅くて、会話ができねーし!
「では、この後も廃鉱へ潜るのですね」
周りが騒がしいのに、そのまま話を続ける神木先輩
「そのつもりです。丁度龍脈の座標をセットしてきましたから」
「……一つ思ったのですが、龍脈移動で最下層へ一気に潜れないんでしょうか?」
「ふむ、それは止めて置いた方が、懸命じゃと思うぞ」
「淤加美様、何でです?」
「今回のように、異形で廃鉱が満たされて居る場所へ、龍脈で移動して敵陣のど真ん中へ飛び出したらどうなる?」
なるほど、淤加美様の言う事ももっともだ。モンスターハウス状態に突っ込めば、先程蜂の巣へ突っ込んだ、尊さんの二の舞いになるわけか……
「やっぱり地道に行くしか無いって事ですね」
「それが賢明じゃな」
食後の休憩を挟み、再度廃鉱山への用意をする。空のペットボトルに、水を汲んだりとかね。
「志穂が何と言おうと、我も千尋さんと一緒に行くぞ」
水を汲んで戻ると、赤城の龍神さんと神木先輩が言い合いしていた。
「そうは申されましても、赤城の管理を既に数日放置されております」
埒が明きそうもないので、僕も口を挟む。
「神木先輩。廃鉱探索が終わったら、赤城の龍神さんを送り届けると言うのでは、駄目でしょうか?」
どうせ祀られた神のやる事は、参拝者の願いを聞き叶える事と、龍は龍脈の管理ぐらいだしね。
神木先輩はしばらく考えた後
「ならば、私も行きます!」
マジか!
「いやいやいやいや、危ないですって」
「そうだぞ。志穂は普通の人間ではないか」
僕と赤城さんが全力で止めに入るが――――――
「それを言ったら、高月さんや小鳥遊さんも普通の人間ですよ」
確かにそうだけど、香住は淵名の龍神さんと、ペアで居ればかなり強いし
小鳥遊先輩は、真言も使えるし、現役の祓い屋だけあって、自分の力量をちゃんと把握しており、危ないと思えば素直に引くので、それほど危険だと思わないのだが……
神木先輩は、何か武術をやって居るわけでもなさそうだし、術も使えないなら、完全に普通な一般人と言えよう。
「ええい! 大人しく赤城で待っておらぬか!」
「申し訳ありませんが、何度も騙される志穂ではございませぬ」
騙されるって……赤城さんは、何をやって来たんだ?
「なあ千尋。両者とも引き下がりそうにないし、二人とも置いてっちまおうぜ」
なかなか進まない会話に、業を煮やしたセイがそう言いだす。
「セイ龍、貴様! 一緒に巨牛を倒した仲ではないか! 見捨てるのか!?」
「だってよー、早くしないと日が暮れるし」
確かに、日の短い冬場なら、太陽が山間に隠れ始めても、おかしくない時間だ。
「じゃあ、神木先輩の安全ために、赤城さんが責任をもって面倒を見ると言う事で」
そう言って、龍脈を開く前に、手水舎の水を使い、光の衣の術を全員に掛ける。
これでペットボトルの水は、だいぶ節約できたぞ。光の衣が灯の代わりにもなるしね。
ちょっと待ってください!! と反論をしている赤城さんを他所に、龍脈を開きチェックを入れた場所へと飛ぶのだった。
これ以上待ってられないものね……
◇◇◇◇◇◇
龍脈で飛んだ先は、あの巨大蜂を倒した広い空間である。
「ん? 千尋。なんかおかしくないか?」
僕の頭の上に乗ったセイがそう言ってくる。
「確かに、蜂の巣の残骸とか蜂の死骸が残ってないし……座標を間違えたかな?」
「いいえ、此処であっているわ。蜂の巣から垂れた毒液の跡が残っているもの……」
床に片膝をついて、地面を調べる小鳥遊先輩
「と言う事は、僕らの他に何者かが居るって事なのかな?」
「異形の死骸を引き摺った跡が、奥の穴へと続いているな」
セイの言葉に、全員が奥の通路を振り返る。
そんな中、両手に軍手をはめて、拳の骨を鳴らしている香住が
「何が居ても、倒して進むのみよ!」
頼もしいお言葉ですが、もうちょっと人間の女子らしい反応は、無いんでしょうかね香住さん。
「もう何かいるのは決定ですし、隊列を決めましょう」
小鳥遊先輩が場を纏めてそう言いって
その意見に、兄の尊さんが頷きながら――――――
「それじゃ行くぞ、ジャーンケーンポ……」
「待て待て待て待て! なんでジャンケンで決めるんですか!」
だいたい、一般人の神木先輩が、先頭に成ったらどうするつもりだ。
「古来より、決め事が決まらぬ時は、ジャンケンで決めると相場が決まってるだろ」
「決まってません! だいたい尊さんは、モンスターハウスに突っ込む前科があるのですから、一番殿です」
えー、と不満そうに漏らす尊さんだが、モンスターハウスに突っ込んだ失敗を反省しているのか、渋々ながら殿に納得した。
「じゃあ、前衛をどうするよ」
「それは僕が行きます。みんな無茶しすぎなんだもの」
2番手は……そこまで言い掛けて、香住と小鳥遊先輩が居ないことに気が付いた。
「あの二人は、ジャンケンしないなら別に良いとか言って、奥の通路に入って行きましたよ」
小さく成った赤城の龍神さんを頭に乗せた神木先輩がそう言った。
「もう! 香住も小鳥遊先輩も、いつも勝手に行くんだから!」
僕達は神木先輩を中央に挟むようにして、香住達の後を追う
その通路は、やはり異形によって魔改造されており、広さも小柄なら3人程度並べるぐらいの幅がある。
二人に追いつくように、出来るだけ速足で奥へ向かうと――――――
なぜか地を揺るがすような音が、奥からだんだん迫って来るのだ。
一体何が? 僕が龍眼の暗視望遠を行おうとすると、奥から香住と小鳥遊先輩が走って戻って来るのが見てとれた。
「二人とも勝手がすぎ……」
あれ? なんで通り抜けて逃げていく?
通り抜け様に、小鳥遊先輩が神木先輩の手を引いて、元来た道を引き返していった。
僕は、香住達が逃げて来た方向に目をやると、地響きがどんどん大きくなっていく。
「おい、雨女……なんだかヤバそうだぞ」
「いやいやいや、何処かのトレジャーハンターじゃあるまいし、石の転がる罠なんて、日本の廃鉱山ではありえな……え?」
そこまで言い掛けて、僕達は固まった。
大きくて丸い何かが、奥から転がって来るのだ。
「何で石が転がってくるんだよぉ!!」
「雨女、何言ってやがる! あれは石じゃねえ! 巨大なダンゴ虫だ!!」
「ダンゴ虫!? 益虫じゃないですか!!」
「益虫だろうが何だろうが、潰されたら俺らには害虫だ!!」
御もっとも
僕達は180度踵を返し、元居た広い空間へ向けて、走り続ける。
「何で上り坂なのに、加速してくるのぉ!」
「そんな事、俺が知るか! 雨女は神様だろ!? 何とかしろよ!!」
「こんな時だけ、神頼みしないでください!」
どんどん加速する巨大なダンゴ虫から、どうにか逃げ切って、元の広い空間に出ると同時に、僕と尊さんが左右に分かれて、転がるダンゴ虫を避ける。
その真ん中を通り過ぎるダンゴ虫だが、続いて通路から出て来たのは、巨大なカマド馬だった。
何故、上り坂で加速していたのかが分かったわ、このカマド馬に押されて加速してたのね。
さて、前門のカマド馬、後門のダンゴ虫――――――
「尊さんはどっちを?」
「いや、俺たちの相手はダンゴ虫に決定らしいぞ」
尊さんの言葉にカマド馬の方を見ると、先に逃げた香住と小鳥遊先輩が、既に戦闘態勢に入っていた。
僕は持ってきたリュックサックから、水のペットボトル大を出すと、水を使って水薙刀を創っていく。
今回は更に一工夫して、視覚光を屈折させ、見えない武器にする……が
「雨女、ちょっと待て。それカッコ良いけど、太刀筋が見えなくて、横に居る俺が危険だわ」
「そうですか? せっかく実戦で使おうとしたのに……」
僕は水薙刀を見える様にすると、巨大ダンゴ虫に向かって構え直す。
「雨女、一番槍は俺が貰ったぜ!」
尊さんがダンゴ虫へ向かって、建御雷様入りの草薙剣で斬りかかるが――――――
その硬い皮に阻まれて、浅い筋を残す程度しか、斬り込めないでいた
マズイな……上層の巨大牛ほどではないが、再生付きだ。
尊さんがつけた筋状の傷も、直ぐに治ってしまった。
「かてえ!!」
「みたいですね。でも、剣に纏った雷の効果で、麻痺が発生した模様ですよ」
巨大ダンゴ虫の動きが、何処かぎこちない。
「麻痺って言ってもよ……あれだけ硬いと、同時に畳み掛けたところで、たいしてダメージが出ないんじゃね?」
確かにそれはあり得る
むう、闇の術が使えればな……光の衣を使っている以上、神器のサポート無では、両方を使うのは無理なのだ。
だからと言って、水素爆破をしたら廃鉱が崩れるし……
「セイ、何かいい手はない?」
「手ってあのな……千尋お前は水龍だろ? ならば水ブレスが在るじゃないか」
「水ブレスか……細くして水圧を上げれば貫通する?」
「やってみろよ」
簡単に言ってくれる、僕の場合は自分で水を生成できない分、ブレスの様に飛び道具にしちゃうと、確実にペットボトルの水が減る事に成るんだよね。
「セイが試してみてよ。セイなら人工の建物内じゃなければ、自分で水を生成できるでしょ?」
僕の言葉に、仕方ねえなぁと口を膨らませ、僕の頭の上からブレスを吹く!
その細い水ブレスは、ダンゴ虫の表皮に当たると、貫通どころか屈折した。
「なんだあれ!! 硬すぎるぞ。今の水圧なら金剛石も真っ二つなのに……」
マジか! ダイヤも切り裂く水ブレスを弾くなんて……
そりゃあ、神器の草薙剣も容易に通らない訳だわ。
「おい、早く次の手を考えないと、麻痺が解けるぞ」
尊さんの言葉に焦りを感じるが、僕にだってどうしていいか分からないよ!
ダンゴ虫相手に、本気でピンチに陥るのだった。




