3-13 カミオカンデ 神岡鉱山跡
暫く睨み合う、小鳥遊兄妹とスーツの二人組
このままでは、埒が明かないので――――――
「あの……今回は、痛み分けという事にしません?」
僕がそう切り出すと
「確かに、お互い失敗しましたし、睨み合っていても建設的とは思えません。今回は大人しく引きましょう」
背の高い痩せ方の華千院という男が、僕の提案に乗ってくるが
「冗談じゃないわ! 何がお互い様よ! そっちが手を出さな……」
「先輩! 危ない!!」
華千院へ掴み掛ろうとした、小鳥遊先輩の肩を引き戻すと、華千院の肩に白い蛇が口を開けて待ち構えていたのだ。
華千院に掴み掛って居たら、確実に噛まれていた。
白蛇は牙から緑色の液体を垂らすと、垂れた床からジュっと音を立てて煙が上がり、ただの毒ではない事を示しているようだ
「あれは……蛟」
「みずち? ただの白い蛇じゃないんですか?」
「蛟って言うのはね。千尋ちゃん達水神の仲間よ。千尋ちゃん達が龍の水神なら、蛟は蛇の水神」
「さすがプロの祓い屋、詳しいですね。僕は淡水の水神って、龍だけだと思ってましたよ」
海の水神なら龍の他にも和邇とか鮫とか亀等がいるけどね
「千尋ちゃん、何言ってるのよ。瑞樹の地にも日本一の大物蛇である、八俣遠呂智の片割れが居るじゃない」
そうか……オロチの壱郎君も、ウチのクラスの鴻上さんも蛇だったね
しかも、神話級の大蛇
あまりにも人間らしくなり過ぎてて忘れてたよ
だって、一人はアルバイト掛け持ちしながらバイク乗ってるし。もう一人は女子学生で恋愛やってるんだもの……神話で、人間呑み込んで恐れられてたなんて、誰が想像できようか……
先輩は、華千院の肩の上で鎌首を擡げる白い蛇を見詰めながら
「でも、あれは水神まで一歩及ばないわね」
「正解ですよお嬢さん。私に神を使役する程の霊力はありませんから」
華千院はそう言って、指で蛟の顎を撫でると、蛟は擽ったそうに目を細め、ゆっくりとした動作で首の後ろへ引っ込んだ。
「ふんっ! 私だって水龍が居るんですからね! 千尋ちゃんやっておしまい!」
ちょっ! 何時から僕は、先輩の使い魔になったんです? 勝手に使い魔にされても困りますよ。
しかし、蛟を使い魔にしてるって事は……水系は効かないかな
と、なると。もう一人の小太りで背の低い、御堂って名乗った男も、同じく使い魔がいそうである。
何はともあれ、先輩が口を挟んだお陰で、折角痛み分けで終わりそうだったのに、また振り出しの睨み合いに戻ってしまった。
そこへ――――――――――――
「おう、今帰ったぜ」
セイ達、空路組が信一さんの店舗に顔を出す。
「本当に姿隠しの術が、ギリギリで切れて危なかったな」
「セイさんが勝手に、ナビと違う方向に飛ぶんだもの」
と言う香住の言葉で、何で遅かったか合点がいった。
「だってよー、名古屋城のシャチホコと並んで、写真撮りたかったんだよ……」
「千尋さんの、姿隠しの術が掛かってるの、に写る分けないだろ!」
セイが赤城の龍神さんにも、ツッコまれてるし。まっ、気持ちは分かるけどね、僕も空飛べたらツーショットで撮ってみたいし。
でも今回は、そんなセイの不真面目な性格のお陰で、雷獣との交戦に巻き込まれなくて、幸いしたけどね。
「おやおや、ギャラリーが増えてしまいましたので、今回はこの辺で引き上げましょう」
華千院はそう言うと、セイ達を押し分けて店舗を出ていった
「命拾いしたな」
と、御堂が捨て台詞を吐いて出ていく背中に向かって
「次は覚えてろよ!」
尊さん……それ、悪役の捨て台詞ですから
しかし、去っていく長身痩せ型と、短身小太りのデコボココンビの背中を見ていると……
連想される姿は…………狐と狸!
どうせ本家がどうのこうの言ってたし、分家出身の晴明さんを亡き者にして、自分たちが成り替わろうって言うんだろうけど……そもそも、晴明さんは儀式失敗の責任を押し付けられ、名前を剥奪されたんじゃないのか?
何かその辺の事情が良く分からない。
当時の話を聞こうにも、甥である有村君では母親から聞いた話しか知らないだろうし……
事情を知っているとしたら、同級生だった西園寺さんか? もしくは藤堂さんか?
また精神体になって、常夜の弥生さんに聞いてみるって手もあるけど……またあの先輩印の味噌汁飲むのはねぇ
もう少し、料理の修業をしてください。
僕は、小鳥遊先輩の方へ視線を向けると、イライラを募らせて居るらいく兄の尊さんが――――――
「緑! 塩もってこい!」
「分かったわ!」
「待てーい! 塩など撒くでないわ! 金属が錆びるであろうが!」
天津麻羅様が、塩を取りに行く先輩を止める。
そりゃそうだ。せっかくの名工も塩にやられては、形無しだものね。
全員そろった所で、信一さんの家に上がり込み、お爺さんの登場を待つと、すごい勢いで這って出てきた。
何というか……せむし男が四つん這いになって出てきたような……
見た目は、ちょっとしたホラーだ
「爺ちゃん大丈夫かよ?」
孫の信一さんが心配そうに声をかけるが、席につくなり熱々のお茶を一気飲みする
すげぇ……熱くないのかな……
「鍛冶の神様が御出でなんだぞ、おちおち寝て居られますかってのよ!」
初めて来た時も似たようなこと言ってたし、神様なら何でも良いんかな?
「実はな、ご主人。神器を打つのに工房をお借りしたい」
そう切り出す天津麻羅様
「なんと!? あのような場所で神器を?」
「うむ、それと一人では打てぬのでな。孫の信一殿をお借りしたいのだ」
「おお! 信一良かったのぅ、神の御眼鏡に適うとは……儂の腰がこんなので無ければ、儂が変わりたい所じゃ」
「へへん、爺ちゃん残念だったな。オレが神の御業を習ってくるから、大人しく寝ていな」
「むむむ……天津麻羅様。どうか儂も刀打ちの現場に立ち会わせてくだされ」
「ご老人、身体の方が優れないようだが大丈夫かね」
「そうだぜ爺ちゃん。オレに全部任せなって」
「何のこれしきの腰痛……お願いします天津麻羅様、見学だけで結構ですじゃ。こんな凄い鍛冶に立ち会えぬならこのまま死んだ方がましですぞ」
「すみません、ウチの爺ちゃんが頑固で……」
「いや、立ち会うだけなら大丈夫だろう。それに、その鍛冶魂も気に入ったしな」
そう言われて余ほど嬉しかったのか、子供の様に喜ぶ信一さんのお爺さん
「あとな爺ちゃん。天津麻羅様が緋緋色金って言う金属を探してるんだ」
「緋緋色金じゃと? う~ん……」
「ご老人も御存じないか?」
「いえ……山師の間では量は少ないモノの、本当に稀に出る赤い金属として有名ですが、その熱伝導率の高さに対し加工が出来ませぬのじゃ」
要するに、熱は通るのに形を変えぬらしい
それもその筈
伝承では、金よりも軽く、金剛石よりも硬く、熱伝導率が高い、さらに磁石にもくっつかないし、普段は赤い色をしていて触ると冷えた鉄の様に冷たいと言う不思議な金属である
そんなのどうやって加工するの? と思うかも知れないが
実は人間にも、その加工技術が伝わって、色々な祭祀用の装身具を作成されていたが、浅い層での緋緋色金が採れなくなり、材料の枯渇と共に技術も消滅している。
そして現在。掘削技術の向上により、深い層の掘削が行われるようになり、再度……稀ではあるが採れるようになったと言う。
「ここ関市から一番近い処では、神岡鉱山」
「神岡鉱山!? それは無理かもしれない」
「千尋ちゃん。無理って?」
「僕は、龍神に就任して以来、水に関係する科学の本を読み漁ったんだけど……神岡鉱山は、今カミオカンデとしてニュートリノの実験施設になっているからね」
「にゅーとりの? なんだそりゃ」
「セイ、難しい話になるけど良いの?」
「じゃあ、話さなくて良い」
だと思いました
「まあ、簡単に言うと、鉱山内に馬鹿デッカイ水槽が造られてるのさ。初期のカミオカンデは老朽化しているんで、施設の場所を東へ移して、スーパーカミオカンデに成ってるはずだけど、老朽化した初期施設もハイパーカミオカンデとして再構築されているはず」
「あ~、そのなんだ……スーパーだのハイパーだの……とにかくデッカイ水槽が在るんだな? じゃあ水の中で息が出来る俺たち水神の出番じゃねーか」
「それが……普通の水じゃないんだ。超高純度の純水なんだよ。普通の水は息が出来ても、超純水は試したことないだろ? それに旧施設だって水量が3千トンだぞ。今造ってるのなんか26万トンの水量だし、水圧に耐えられるか……」
「じゃあ、他に行くしかないだろ」
「他って言っても何処が……」
僕が悩んで居ると、赤城の龍神さんが――――――
「ちょっと待ってください、千尋さん。人間はそれだけの水槽を造るのに、土砂を掘削しているんですよね? だったらその掘削した土の中に、あるんじゃないですかね?」
「そうか! 緋緋色金と知らずに掘削されて、残土として捨てられてるかも!?」
「ならば行先は……」
ハイパーカミオカンデ実験場
「どうやら行先は決まったようだな。どれ儂らは工房で刀を打ってみるかな? 信一殿の腕前も見たいしのぅ」
天津麻羅様が、工房で試し打ちがしたいと言い出した。
神の技で、玉鋼を打つなんて……なんか、凄いのが出来そうだな。
「あの……ボクは姉上の海神の槍から離れたくないんですが……」
「ん~穂高見殿も水氣が強いが……まあ、一人ぐらいなら雑用に良いか……ただし、水氣が強いと感じた場合は、外に出て貰うからな」
「それで構いません」
と言うわけで――――――
緋緋色金捜索組と、鍛冶組の二手に分かれる事に成った。
「工房まで、軽トラックで行くんですか?」
「本来トラックの荷台に、人は乗せてはいけないんですが、天津麻羅様は神様であって、人ではありませんから、大丈夫でしょう」
荷台に大槌を持った天津麻羅様を乗せて軽トラックで出ていく
一応姿隠しの術を掛けたが、天津麻羅様の重さで、タイヤがへこんでいるし
人が荷台に乗る以前に、過積載で捕まりそうだ。
じゃあ、残った者たちは、おなじみの龍脈移動で神岡町まで飛びましょう
そう言って龍脈を開けると、G阜県、神岡町にある白山神社へと移動する。
白山神社は、神話の神産みで有名な伊邪那岐と伊邪那美夫婦が祀られており
近くに水神系の神社が無い事から、淤加美様も文句は言わなかった。
その白山神社から川を挟んだ先に、旧カミオカンデがあり、そこの事務所で話を聞いてみることにした。
「すみませ~ん。責任者の方いらっしゃいますか?」
「はい、どちら様です? ああっ、見学の学生さんかな?」
眼鏡を掛けた、優しいそうな30そこそこのお兄さんが出て来て、対応してくれた。
「あ、いえ……えっと……」
僕が何て言おうか迷っていると香住が――――――
「私たち、日本の鉱脈に対してレポートを書いてまして、どこの土地からどんな鉱石が出るなどの分布図を作成しているんです」
「宿題かい? 偉いね。実はここで掘削された土砂は、全部業者が処理場へ持って行ってしまってね。ここには無いんだよ」
そう言って頭を掻くお兄さん
「そうですか……他に地層が分かる様な、洞窟とか鉱山とかありませんかね?」
「ん~そうだねえ、この辺は鉱山で有名だった場所だから、廃鉱になってる処は結構あるよ。ただし、そういう所はもう何年も人の手が入ってないから、いつ崩れてもおかしくないんだ。くれぐれも勝手に入ってはダメだよ」
そう注意を受ける。
僕達は、カミオカンデ内の見学を勧められたが、それを断って白山神社へ戻った
ちょっと後ろ髪ひかれたけどね。
「さて、どうするよ」
「二つに一つだね。このまま廃鉱を探すか? 神岡町の捜索は諦めて、他の鉱山に向かうか……」
そもそも、廃鉱とは言え鉱山に無断に入るのもマズイしねぇ。
「なあ、そろそろ昼飯にしねえ?」
「セイは食ってばっかだな、でもお昼も回ったし、どっかで食事にしよっか?」
もしかしたら、食事処で情報が聞けるかもだし
「そうと決まれば、飯屋検索だな!」
本当、文明の利器の使用に慣れたものだな。
セイが、香住のスマホを覗き込んで一緒に検索を掛けている
大食い四天王め……支払いとか、どうするんだろ
そう思いながら、神社の敷地から山の斜面にかけて伐採が行われた跡があり
そこの切り株に腰かけると――――――
「え? なになに!? 切り株が沈む~」
そのまま切り株ごと、地下に出来た空洞の中へ落ちていく
「千尋ちゃ~ん、大丈夫?」
先輩が上から声を掛けてくれるが、打ち付けた腰がかなり痛い
何と言うか、切り株に体重を預けた途端に、崩れたので受け身が取れなかった
例えるなら、椅子に座る寸前に、椅子を引き抜かれたような感覚。
(※危ないので椅子引きは止めましょう)
「痛ててて、何とか生きてま~す」
生きてるって~と先輩の声がするが、出来れば無事だって~にして貰いたい
龍眼を使い暗視モードにすると、横穴が奥まで続いているみたい
「先輩! せっかくだし、ちょっと置くまで見てきますね」
そう穴の外へ向かって声を上げるが、上から何やら降って来る
何これ……ロープ?
僕は落ちてきた穴を見上げると、見えたのは縞々のパンツ!?
「ぐあはぁ……」
「千尋ちゃんごめん。真下に居ると思わなかった」
「先輩……いいから尻をどけて……」
僕がそう言うと、残念そうに横に避ける先輩。
ん? 避ける?
もう一度上を見ると、香住の靴の裏が見えた。
「おぐるぁ……」
「小倉なんか持ってないわよ、それに先輩のパンツ見て興奮するとか、千尋は女の子なのにねぇ……どうしてかしら?」
そのままグリグリと靴を捻じ込む香住さん。あんた鬼だわ。
「香住……香住さん? いいから足をどけて……」
だいたい痛いだけで興奮してないし、僕にマゾの気質は無いよ!
香住が僕の上から飛びのくと同時に、僕も横に避ける
案の定僕の居た処に、龍達が落ちて来たのだ
「何で避けるんだよ」
「そりゃあ、避けるわ! 僕はクッションじゃねえし!!」
結局全員降りて来ちゃったな
一人ぐらい残ってないと、落盤があった場合どうするんだろう?
本当に向こう見ずなんだから……
僕らは、隊列を組み直すと、横穴に向けて探索を開始するのであった。
作中に出て来たハイパーカミオカンデは、2020年後半稼働だそうです。




