6 再利用
K都府某所
8月に入り、数日経つにも関わらず、その屋敷は相変わらずの冷気に包まれていた。
何故なら、其処へ顕現した神が、自分の炎の維持のため、周りの熱を取り込んで居るからだ。
本来なら自分自身で、内側から無限に湧き出す炎を維持できるのだが、1度父神である『伊邪那岐神』に、十拳剣……『天之尾羽張』で殺されて以来、力が安定出来ずに居る。
それもその筈。何せ自分の身体から、色々な神が生まれて居り。その際に、力の殆どを持っていってしまったからだ。
この場合、自ら神霊を分けた分霊と違い。無理矢理、神剣『天之尾羽張』にてバラバラにされ、剥がされたのだから、失った力は戻って来ない。
『くっ……忌々しい』
自分の身体の傷を撫でながら、苛立ちか籠った言葉を吐く。
「悔しいのは分かるが、少し熱を持って行くのを、抑えてくれるか? このままでは、真夏に凍死しかねん」
そう晴明は、何も居ない空間に向かって語りかけた。
『━━━━そうは言うがな……晴明よ。またしても、オロチは失敗したようではないか』
「失敗? 君には、そう見えたのかい?」
『海から本土へ上陸した後に、叩き起こした荒神も、洗われて鎮まり。オロチ本人も遁走……それの何処が成功なのだ?』
「ふふっ、何を持って成功と成すか? 其処が見極められないと……ね」
『ならば、今回の事は、全て計画の内だと言うのか?』
「いや、想定外さ。正直あそこまで、遣れると思わなかった」
『━━━━━━』
「八荒防なんて組織まで作るとは、兼仁め……よく元老院を動かせたものだ。だが、想定外な動きも、愉しみの一つだと思わんか?」
『━━━━ふん。精々、足を掬くわれんようにな』
「大丈夫さ、既に次の手を打っている。肆頭目が解き放たれるのも、時間の問題よ」
はっはっはと高笑いをする晴明の元へ、夏とは思えん程厚着をした狐耳の巫女がやってくる。
「晴明様、お茶でございます」
そう言って、今回はコーヒーを出してくれた。
「タマちゃん、それは良いけどさ……巫女が、巫女装束の上に、コートを羽織るってどうなのよ?」
「服の内側にも、使い捨てカイロを貼ってありますが、何か?」
「そんなに寒がりだっけ?」
「いいえ、普通です。晴明様は、電気ストーブが有るから分からないでしょうが、台所なんて水道が凍って出ないんですよ」
晴明が思った以上に、屋敷は深刻な状況らしい。
「あれ? じゃあ、どうやってコーヒー作ったの?」
「そんなの秘密です」
そう言って、空き缶を後ろへ隠す、おタマさん。
まぁ別に入れたてじゃなく、缶入りの既製品だとしても、拘らないから良いけどね。
最近の缶コーヒーは、昔と違って馬鹿に出来ない程、美味く成ってる。
そこは、企業さんの努力の結果であろう。
「では、次は夕餉の刻にて、御呼びに参ります。空いた食器はその時にでも……」
寒くて仕方ないのか? そそくさと、自室の炬燵へ戻って行く。
犬科の癖に、軟弱者め。
そう、呟きながら、瞬く間に温くなったコーヒーを啜る。
━━━━━━此れは、保温のコップを買わないと、駄目かも知れんな。
吐く息が白いし、バナナで釘が打てそうだ。
願わくは、計画終了迄、凍死しませんように━━━━
そう切実に願う晴明だった。
◇◇◇◇
一方。処変わって、北関東の瑞樹神社。
此方は、むせ返るような暑さに包まれていた。
「あぢー」
そう言って、居間の畳にへばり着くセイ。
「軟弱者め! 妾など、全然平気じゃぞ」
セイを一喝する、ご先祖の淤加美様だが、貴女は思念体ですもの、暑い訳ないわさ。
そもそも本体は、僕の中に居るし。
まあ、その本体も分霊なんだけどね。
神道に置いて面白い処は、神様が自ら神霊を分ける時、いくら分けても、力は減らないのだ。
例えば━━━━━━
有名処の、穀物の神様である『宇迦之御魂神』を祀った『伏見稲荷大社』では、3万を超える分霊を行っており。
全国にある『稲荷神社』と呼ばれる殆どが、『宇迦之御魂神』の分霊を祀って居るのだ。
まあ、一言で稲荷と言うと簡単だが、厳密に言えば『倉稲魂命』と『保食神』と分れるのだけどね。
(※本編と関係なく、長くなるので省略しますが、興味がある人は、検索してみてください。)
淤加美神も然り。
日本各地の龍神を祀った処に、淤加美様は分霊されている。
まあ、双子の闇御津羽神も龍神であるが、此方は灌漑、止水、井戸の神様として有名である。
簡単に言うと、姉が雨を降らせて、妹が雨を止める。
姉は雨が降りにくい地方で祀られ、妹は川が氾濫する水害のある処で、治水の神様として崇められる。
まあ、温暖化でだいぶ天候も変わったし、今はダムなどで貯水も出来るから、降らせる姉神より、治水の妹神の方が重宝されそうだ。
そんな事言うと、姉神様の淤加美様に怒られそうだから、言わないけどね。
僕は、茹で上がった素麺を冷水でしめて、水を切りセイに出してやる。
「ほら、此れでも食べて、暑さを乗り切れ」
そう、干からびた蜥蜴ならぬ、干からびた龍に声を掛けた。
「うむ……クーラーの設定温度、あと3度下げね?」
「十分涼しいだろ。火を使う台所へ来てみろ、もっと暑いぞ」
それを聞いて、うへぇと顔を顰めるセイに、冷えた麦茶を注いでやる。
━━━━━━と
神使の桔梗さんが、ナイスタイミングで戻って来た。
「千尋様、外の作業してくださる人間に、麦茶をお出ししました」
「あ、お疲れ様。桔梗さんも御昼にして、素麺だけど大丈夫?」
「はい。私は基本同族の『蟹』以外は、好き嫌いありませんので」
やっぱり、蟹はダメなのね。
今回は、昆布出汁の汁だけど、蟹が入ったモノは、気を付けて買わないといけないな。
冬に蟹鍋など、言語道断だろう……
「淤加美様も食べますか?」
ゲームに夢中な、淤加美様に声を掛けるが━━━━
「毎回言っておるが、妾は御主の中に居るのじゃぞ、御主が栄養を摂っていれば良い」
左様で……ま、今日に始まった事じゃ無いので、返る答えは知っていたが、やはり皆食べてるのに、抜け者にしてる気がしてしまい。一応、社交辞令でも聞いておこうと、思っちゃうんだよね。
もう二人前作ると、外へ持っていく。
社務所のばあちゃんと、数日前にウチに来た。番犬ならぬ番狼だ。
ばあちゃんへは、居間で食べるように言ったのだが、やはりクーラーの冷風が関節に効いちゃうらしくて、社務所の扇風機で十分だと、中で食べようとしなかった。
そして、件の灰色狼だが━━━━
「今日は、素麺なんだけど……食べれる?」
お盆に載せた素麺を狼の前に出すと、暫くスンスンと鼻を鳴らして、臭いを嗅いだと思うと、盛り付けた素麺にかぶり付く。
『うむ、食べれなくは無いが、味がせぬ』
「あ、ごめん。本来なら汁に浸して食べるモノなんだけど、その狼の手じゃ、お箸持てないものね」
『ほう、浸け汁とは……人間の食い物は面白いな、汁を全部かけて、置いてくれて良い』
「えっと……汁は良いとして、薬味なんだけど……ネギ系は、犬が食べちゃダメなんだよね?」
『我に聞かれても知らんぞ。後な……瑞樹の龍神よ、我は狼であって犬ではないぞ』
あ、ちょっと怒ってる。
でもなぁ、人間の分類だと、狼はイヌ科なんだよね。
日本には、絶滅しちゃってて、実際に狼は居ないけど。
ん~、梅とかワサビとか生姜とかもダメなのか?
そもそも、狼の姿ってだけで、荒神だしねぇ。言葉も念話混じりで喋るし。
どうしたものか……
「じゃあさ、ネギは止めておいて、薬味が何もないのは可哀想だから、刻み海苔と生姜を極小でっと……危険を感じたら吐き出してね」
そう言って、ぶっかけ素麺にして出してやる。
ガツガツ食べている処を見ると、大丈夫そうだ。
狼より先に、荒神だと言うことかな。
『いやはや、面白い食べ物じゃ。先日頂いた……ほれ、黄色くて伸びるヤツ……』
「あぁ、一昨日の夜に食べたピザだね。セイの奴が好きなんで、出前だと直ぐソレなんだよ」
『あれも面白い食感で、旨かったが。この素麺ってヤツも、暑い日には、サッパリしていて旨いぞ』
どうやら、お気に召したようだ。
後は━━━━━━
「食べて居る処、申し訳ないけど、呼び名どうする?」
『呼び名など、我は気にせんぞ』
「いやいやいや、此方が気にするんです。狼さんって言うのもマズイし」
日本で絶滅した筈の、狼が居るなんてバレたら大騒ぎだし。
そもそも、喋るし。その時点でテレビ局が殺到する。
しかし、名前かぁ。どうしよう……
元龍神のセイの時は、青龍の『青』から取ったけど、此方は灰色狼だからハイロウ? 何か語呂が悪いな……グレイ?
いや。一層の事、ハロちゃんって言うのは、どうだろう……
僕の呟きが聞こえたのか?
『ちゃんは恥ずかしいから止めよ、ハロで良い』
と言われてしまった。
この恥ずかしがり屋さんめ。
名前も決まったし。これ以上、食事の邪魔をするのも何なので、退散することに━━━━
「じゃあ、お皿はまた取りに来るから」
そう言って、先月末日に小鳥遊 尊さんによって、開けられた穴を塞いでくれている作業員さんに、麦茶のお代わりを持っていくが━━━━
「よう! 今日も暑いな」
作業員の中に、ヘルメットとタンクトップ姿の、見知った顔が挨拶してくる。
「おまっ! 壱頭目のオロチ!? 何遣ってるんだよ?」
「何って……土木作業のバイトだが?」
「いやいやいや、それは見れば分かるが……」
確か、寿司屋の出前も遣ってたし、うどん屋も遣ってたよな……
色々と手広く遣ってるみたいだが、今回の作業員の姿が、1番しっくり来てる。
「オレってさ、『水の神』の他に、一応『山の神』でもあるじゃん? だから、地属性の仕事探してたら━━━━あったんだよ」
成る程、妙に似合うのも頷けた。
「しかし、そんなに稼いでどうすんだ?」
「いや……『ばいく』って言うのに興味があって……アレなら、配達も自転車より楽だし、移動も速いからな」
マジか!?
免許証とか、どうすんだろ。
つい、教習所へ通う、オロチの姿を思い浮かべてしまった。
━━━━バイク姿か……満更でも、ないかも。
オロチと言っても、人間に化けて居るので、見た目普通の金髪兄ちゃんだし。
出来れば、このまま心臓探しなんて、止めてもらい。人間として、普通に暮らせば良いのにね。
そうして貰えば、僕も安心して居られるのに……
気掛かりなのは、未だに正体不明な弐頭目のオロチと、前回逃げられた参頭目のオロチの行方だ。
参頭目に関しては、武甲山で撮った写真から、西園寺さんが顔認証で追っては居るが、人間の姿でさえ化けてるモノだし、他の姿に化けられたら、どうにもなら無いしね。
それに、最終的な行き先は、ココ瑞樹神社のオロチの心臓なのだ。
途中の居場所は分からなくも、此処で待ち構えていれば、必ず現れる筈。
出来れば、この間の武甲山で捕獲……もしくは再封印して起きたかったな。折角、県道封鎖までして貰ったのに……
でも、あれ以上三峰の神佑地で暴れたら、参頭目オロチ処か、僕まで三峰の神使に、噛み殺され兼ねない。
まぁ、欲張りすぎは良くないよな。退けただけでも良しとしよう。
ポジティブに考えて、壱頭目のオロチのコップに、冷えた麦茶を注いでやると、一気に呷り飲み干した。
「か~。ウメーなおい!」
「そっちこそ、良い飲みっぷりで……」
「此れが酒なら、言うこと無しなんだがな」
「仕事中だろ、我慢しろって」
酔っぱらって境内弄られても、直す処か……余計壊されそうだし。
日本神話で、オロチは酒の罠に掛かって、スサノオに倒されるのだから、無類の酒好きなのは分かるが……仕事中に呑むのは、正直止めて欲しいものだ。
「なあ、雌龍……少し気になったんだが、彼処の物干し……神器じゃねーか?」
そういって、物干し竿になってる八尋鉾を指差す。
「違うね。あれは物干し竿だ」
「どこの世界に、12メートルの物干し竿が在るんだよ!」
「彼処に在るじゃん! しかし、メートル法分かる様に成ったんだね」
「まあな。土木関係の仕事だと、嫌でも使うんで覚えたわ」
流石オロチ、飲み込みが早い!
蛇だけに……丸呑みってか?
「まぁ、正確には、八尋鉾だったモノかな」
生命力の尽きたセイを、甦らせるのに使った為、中身は神器として使えない程、空っぽの状態だ。
龍玉みたいに、龍脈の濃い処へ浸ければ、神器として戻りそうだけど……長すぎて、入り口で引っ掛かってしまうのでね。
何せ12メートルも在るし、長さが電柱と同じだもの。
結局、神器の外側だけ残ってしまったが。元神器を、ノコギリで半分にする訳にも行かず……
仕方なく、物干し竿として、活躍して貰ってるのが現状だ。
「中身が空っぽだからって……物干しで良いのかよ」
「良いんだよ! 薪にして燃やす訳にいかないだろ」
元神社本庁の西園寺さんが、薪にされる神器を見たら、卒倒しそうだ。
幼馴染の香住みたいに、分からない人が見れば、タダの長い物干し竿だなって思われるだけだし。
分かる人だと、今のオロチの様な反応が返ってくる。
そう言えば桔梗さんも、1発で神器だと見抜いて、吃驚していたな。
こ……これに、洗ったお召し物とか……干しちゃって良いんですか? って青い顔で言っていた。
洗ったお召し物どころか、セイのトランクスも干してましたよ。
最近やっと、褌からトランクスに替えてくれたんで、紐とか絡まらず洗濯は楽になったが、前は頑なに褌一筋だった。
アニメ好きなのを利用して、アニメプリントのトランクスを買ってやったが、キャラを汚すようで穿けぬ! とか抜かしおって、今では無使用のまま自室に飾っている。
なんと言うか……掃除でセイの部屋へ入り、アニメ柄の下着が飾られたのを見る度に、シュールな光景だと思うのだが、買ったのは僕なので何も言えない。
本当は、穿いて欲しくて買ったんだけどね。まあ、結果的にトランクス派に成ったので、良いとしよう。
そんな僕の苦労も知らず
「━━━━━━この神社は、色々と可笑しいぞ」
と宣うオロチだが、失礼な奴め
「オロチ……今のご時世、再利用は地球に優しいんだぞ」
「其れを言うなら、『りさいくる』って奴じゃ? 『てれび』と言う奴の、中の人間が言っていたぞ」
「リサイクルは再生利用、八尋鉾は再利用だからリユースで良いんだよ」
「む?? 西洋文化には着いて行けん」
そう言って、終始『?』マークが頭上にあるオロチだが、午後の仕事が始まるとかで、木陰から出て行った。
今度、涼しい居間で一緒に食べれば? と思ったが……
居間の神様達と仲が悪いので、オロチに声を掛けるのを躊躇った。
どちらも、喧嘩しながら食べたく無いだろうしね。
さて、狼ハロの空いたお皿を回収して━━━━
夏祭りの準備を進めますか!
陽炎の立つ境内を歩きながら、午後の用意に気合いを入れて挑むのだった。