3-09 霧積 弥生 (きりづみ やよい)
気が付くと、夜の草むらに倒れていた。
とりあえず無傷のようだが、これは精神体だと言っていたし、龍洞で倒れているであろう、僕の身体の方が無事だか心配だ。
戻る身体が無くなってた……なんて言うのはゴメンですよ小鳥遊先輩。
周りは常夜と言うだけあって、朝日が上ることの無い夜の世界であった。
東北で入った幽世は、とても遅いが時間の流れはあったのだが、常夜はまったくの時間停止世界である。
この日本には、たまにそういう場所があるんだよね。
有名なのは、昔話に出てくる龍宮城……竜宮城でも良いんだけど
あそこは極端に時間流れが遅いため、そこで接待を受けた太郎には、1日の接待が何十倍もの日数が過ぎていたと言うぐらい、時間の流れが違う。
そんな事も知らない太郎は、数カ月の接待を受けてしまい。あれよあれよと現世の時間は過ぎ、陸に戻った時には、知り合いは居なかったと言うぐらい時間が経過していたほどだ。
確かに此処ならば、呪いで死に掛けている婚約者を、隔離して置くにはもってこいだが
問題は儀式事故……
ちゃんと、この常夜に来ているのだろうか?
上半身を起こし、土埃を払いながら龍眼であたりを見渡すと、何処かの庭の様だ。
ただ、手入れがされていないため、草が生い茂り花壇との境界が分からない
不思議なのは、これだけ緑が多いのに、一切の虫の音がしないと言う事だ。
試しに、念話で淤加美様へ連絡を取ってみると――――――
『おお、千尋か? 無事に常夜へ抜けたかや?』
『分かりません。ただ、龍洞では無い事は確かですね。淤加美様もこちらに出て来て、御自分の眼で確かめて下さいよ』
『それがの……お主の身体の中から、出ることが出来ぬ様じゃ』
『ええ!? じゃあ僕独りって事ですか?』
『魂が繋がって居るからか、声だけは届いておる様じゃが……そちら側には出れぬな。まあ、何かあれば、こちらで頬を叩いて起こしてやるから心配は無用じゃ』
『出来れば優しく叩いてくださいね、淤加美様は加減を知らないし』
『戯け! 緊急事態に優しくも何もあるか! 顔に落書きで眉毛を繋げるぞ』
『分かったので、止めてください』
淤加美様……性格がセイの様に成って来たな
『何か言ったかや?』
『いいえ、何でもないです!』
僕は前方だけでなく、360度見渡すために、ゆっくり視線を回していくと――――――
真後ろの方向に、乾いた噴水とその後ろに佇む洋館を発見した。
どうやら、この草で茂った庭はあの洋館の敷地にあるようだ。
『千尋、何か見つけたかや?』
『とっても嫌なモノ……お化けでも出そうです』
『お主は……霊体ぐらいで怖気づくでない。国津神であろう?』
『国津神だろうと、怖いものは怖いんです。洋館は別の日にして、今日の処は森でも散策しません?』
『それはお主の好きじゃが……また祓い屋の娘の味噌汁を飲むことになるのじゃぞ』
うっ……またアレを飲むのかぁ……
仕方がない……取り合えず、洋館から当たってみるか……ホラーゲームみたいで、嫌なんだよなぁ。ゾンビとか出てきたら泣くぞ。
洋館に近付くと、2階建てで奥行きもそれなりにあり、かなりの豪邸であった。
龍眼の暗視を使い、窓から中を覗き込むと、床には絨毯が敷かれていて、さながら御貴族様の屋敷を彷彿させていた。
真っ暗なのに灯が無いし、食事など生活の跡が無いので、もしかしたら無人の館かも知れない。
電線が来てないので、LEDとは言わないが、せめて蝋燭でも点いて居れば生活感はあるのに……
『やだなぁ、此処に入るのか……』
『ほれ、覚悟を決めんか。それにのぅ、常夜は時間が止まっているが、こちらの現世はもう日付が変わったぞ。現世へ日が昇るまでに終わらせるのじゃ、よいな!?』
マジで!? 気絶していた時間があるとはいえ、現世が0時回ったとか……幾ら時間差があるからって、早すぎだろ
このままでは、何も得られずに戻る羽目になるし、意を決して玄関の扉に手を掛ける
すると、鍵も掛かっておらず、渋い軋み音を立ててゆっくりと扉が開いた。
床を見ると何年……いや、何十年と降り積もったのであろう埃がいっぱいで
その埃を踏んだ足跡が二階へと続いていた。
この感じだと、埃の上を踏んだのは半月ぐらい前かな?
言っても片付けない、セイの部屋での埃の積もり方で、日数が分かるとか……何だか酷く悲しくなってきたが
まあ、足跡が在ると言う事は、誰かが出入りしていることは確かだ。
『淤加美様、足跡を発見しました。跡を辿ってみますね』
『気を付けよ、様子が変だと思ったら、強制で起こすからのぅ……多少、後遺症が残るがの……』
今さらっと怖い事を言いませんでした?
取り合えず、淤加美様に安全処置を頼み、屋敷内の足跡を辿ると、足跡は2階への階段へと続いていた。
これ、踏み抜かないよね……
ミシミシ音を立てる階段を上がり、道しるべの足跡を見ると、2階の廊下の一番奥にある部屋まで続いていたが、そのドアの処で足跡は終わっていた。
と言う事は、この中へ入ったか……
一応、部屋の中への氣を探ると、妖氣でも霊氣でもないが、弱弱しい……今にも消えそうな氣が一つあるだけだった
ただ、その氣の質からいって、敵意はない様なので、エチケットとしてノックをする。
「……どなた?」
女の人の声が、部屋の中から聞こえて来た。
「えっと……」
何て名乗ろうかと考えていると、お入りくださいと声が掛かる。
僕は言われた通り、失礼しますと扉を開けると、中へ入らせてもらったが、多少不用心ではないのかな? 僕が悪い奴だったらどうするつもりなんだろう
そう思ったのだが、悪い奴ならノックはしないか
どうやら中は寝室の様であり、女性が一人……ベッドに上半身だけ起こすような形で、此方を見ていた
「こんな格好で、ごめんなさいね。もう一人で歩き回ることは出来ないので……私は、霧積 弥生といいます」
やっぱり弥生さんか……でも……
「歩けないって……どう言う……」
たしか、有村君の話だと、常夜へ移った時点で、呪いは解けている筈じゃ……
「実はね、原因不明の病に掛かっているの……もう、目もあまり見えないんですよ」
直ぐに淤加美様へ念話を送って聞いてみる
『淤加美様、これは一体?』
『分からぬ……儀式事故が原因なのか……それとも、時の止まっている常夜で、呪いも最後に掛かったまま固定されているのか……妾が直接診てみない事には、どうにも……』
どちらのケースでも、救いが無さすぎる
「変な話して、ごめんなさい。もう少し寄ってくださるかしら」
僕は言われたまま、弥生さんのベットに近付くと、弥生さんの手が僕の頬にあてられた
「あの、僕は……」
「きめ細かい肌…………あなた、女の子ね。ちょうど私と同じ歳ぐらいかしら?」
そうか、弥生さんは晴明さんと同じく、学生の卒業間際で時間が止まったままなのか……
「どこの誰だか分からないのに、怖くないんですか?」
「怖い? こんなに可愛らしいのに?」
「そんな事、初めて言われました」
目が見えてないんだし、お世辞かな?
まあ、男の子だった時から近所の奥様方に、カッコイイとは言われた事ないが、動物的な可愛いは言われて居たので、今回もその類であろう。
「先に言って置きますけど、お世辞じゃないわよ」
「え!? 心が読めたりするの!?」
口走ってないのに……
「ふふっ、目が見えない分、そういう感覚は鋭くなってね。本当は、もっと早く気が付くべきだったわ……」
「え?? もっと早く?」
「ええ……私にはフィアンセが居るのだけど、周りの悪意に気が付かず、苦労していたから……私が早く気が付いてあげて居れば……」
「きっと……晴明さんも、同じことを思ってますよ」
「シンの……いえ、ハルの事知っているの!?」
「シン?」
「あ、うん……晴明は安倍晴明と言う名を継ぐ時に貰った名前で、本名は神農原 真。真だからシンって呼んでいるの。ねえ、シンは元気?」
「ん~、たぶん元気だと思う。いやね……僕も実際には逢ったことが無いんですよ。紙人形の依り代で、声は聞いたけど……」
「そうなの……」
僕の頬にあてていた手を降ろすと。残念そうに俯く
「部屋の外の廊下に足跡があったけど、もしかして晴明……いや、真さんが?」
「晴明で良いわ、彼はそう名乗っているんでしょ? ならば今まで通りに晴明で…………ハルは、たぶん半月ほど前に来たわ……ごめんなさい、日が昇らないものだから時間が曖昧なの」
『淤加美様、半月前と言うと……』
『うむ、現世は今夜が新月じゃからな、それから半月前なら満月じゃ。現世の満月の日に、何やら術を使って入り込んで居るのじゃろう』
月に一度……満月の日だけの逢引きか……
切ないな
「ハルが来てれない時は、もう何十年も、此処で独りでしたのよ。でも、今日は不思議なお客様に出会えて楽しかったわ」
「僕も、弥生さんとお話しできて良かったです。出来れば貴女を現世へ連れ出してあげたいのですが……僕自身、来るのもやっとでして……すみません」
「いいの、ハルも貴女と同じことを、毎回言って行くのよ。別に、こうして逢いに来て下さるだけで私は嬉しいの、だから謝らないで」
「す、すみませ……あ、いや…………」
「うふふ、言ってる傍から謝る。そうね……じゃあ、埋め合わせに何か面白い話をして」
「面白い話かぁ……面白いかどうかは分からないけど、この間ね…………」
僕は最近あった事を、色々と話してあげたら、思ったより笑って聞いてくれた
本当に病気である訳でなく、呪術により衰弱している為
見た目は病的に痩せているが、話す言葉はしっかりしていた。
「それでね、セイの秋刀魚を餌にして、猫ちゃんをおびき寄せてたのに、失敗しちゃって……もうちょっとで抱っこ出来たのに……」
「うふふ、本当に猫好きなのね」
「そりゃあもう! 猫の擬人化なんて最高です!」
「ぎ、擬人化!? 猫の話だと、グイグイ来るわね……」
少し引かれているようだが、そんな事を気にしていられない
そんな時、淤加美様から念話が入る
『千尋、そろそろ東の空が明るくなって来たから、日が昇るぞ』
『え? もうそんな時間ですか?』
『言うたじゃろ、時間の止まっている常夜と違って、現世はどんどん時が進んでいるって』
『ちなみに、日が昇った後に戻れなくなったりするんですか? まだ猫の話が途中なので、もう少し時間が貰えないかと思いまして』
『猫? そんな事後でよいじゃろ? 両方の世界で、等しく夜の内で無いと、現世へ戻れぬかもしれぬぞ』
猫ちゃんを、どうでも良いとか……聞き捨てならないけど、戻れなくなるのは問題だ。
「弥生さん。突然ですが、そろそろ戻らねばなりません」
「そうですか……残念です。また来てくださいますか?」
「ええ、きっと……あと、晴明さんが現れましたら。馬鹿な事は考え無いように、言ってください」
そう言って、弥生さんに背を向ける
「あの、待ってください! お名前を聞いていませんでした」
「僕は瑞樹千尋です」
……また来ます。と言って部屋を出る
『淤加美様、時間は?』
『もう殆どないぞ、早く戻るのじゃ』
『戻れって言っても、どうやって?』
『常夜へ行く時と同じように、そちらで気を失うのじゃ』
どうやって気を失えば良いんだろう……
常夜には、小鳥遊先輩の料理は無いし……
『龍神だから普通のダメージじゃ倒れないし、どうしたら?』
『ん~、帰りは盲点じゃった……どっかの崖から飛び降りるとかどうじゃ?』
『下手すると黄泉行じゃないですか! その一歩手前は無いんですか?』
『まずいぞ千尋。日が昇り始めた』
マジで!?
僕は慌てて走り出すと、階段を下りていたはずの足元に段が無い
しまった、踏み外した!
そう気が付いた時には、そのまま階段を転げ落ち、目の前が暗転していた。
「――――――――痛てて……」
腰を擦りながら辺りを見回すと、行く時に入った龍洞であった。
「よく無事に帰って来たのぅ」
「な、なんで精神体で受けたダメージが本体に……」
「それはそうじゃ、心と身体は繋がって居るからのぅ。心が痛めば、身体にも影響が出るものじゃ……ほれ、これで顔を拭くがよい」
僕の目の前を浮遊する淤加美様がそう言うと、僕に向かって濡れたタオルを投げてくれた。
そのタオルで顔を拭きながら寝惚けた眼に喝を入れると
「新選組の階段落ちは、痛かったでしょうね」
「歴史ドラマとかいう、お話じゃないのかや?」
「さあ? 僕は生まれてませんし。ただ一つ言えることは、地球に重力が確かに存在します。痛っ……」
打ち付けた腰を擦りながら立ち上がった。
「それで、これからどうするのじゃ? 弥生とか言う娘は生きておったのじゃろ?」
「はい、生存の確認は取れました。ただ、救い出す具体的な方法が無い以上、ジタバタしても始まらないので、今出来る事からやっていこうと思います」
「この間から保留になっている、折れた神器の件じゃな」
「ええ。学園が今日から振替休日になって、3日間ほど休みなので、折れたままになっている、海神の槍を何とかしようと思います」
いつまでも放置しておくと、槍を龍宮から持ち出した、穂高見様が可哀想だしね
弥生さんの方は申し訳ないが、そのあと考えます。
僕は、朝ご飯を食べるために戻ると、玄関にハロちゃんが横たわっていた。
「ちょっとハロちゃん!? 玄関先でどうしたの?」
『ち、千尋どの……入っては……いか……』
そのまま気を失って倒れた。
一体何が……僕は慌てて玄関を開け、居間へ向かうと……
昨日の面子が全員倒れているではないか
倒れた者たちに、共通しているのは……味噌汁の茶碗を前にして居る事
昨日僕も飲んだから、直ぐに察しがついた。
「先輩の味噌汁か……」
僕は直ぐに台所へ行って、浄化水を創ろうとするが
台所には、事件の容疑者である小鳥遊先輩が倒れていた。
手に味見用の小皿を持っている事から、自分で自分の味噌汁にやられたらしい。
先輩、順番が逆ですよ
普通は味見してから、他人に出してくださいね。
というか、小皿を持った逆の手に、なんで台所用洗剤が握られているのか、不思議で仕方がなかったが小鳥遊先輩だしなぁ
取り得ず、水道に近い小鳥遊先輩から浄化水を飲ませると、直ぐに気が付いて
「さすが……混ぜるな危険だわ」
「起きて開口一番に言う言葉がそれですか! 本当、死人が出る前に、ちゃんと料理を習ってください!」
皆人間じゃないから、死なないだけで、普通は死にますから!
婆ちゃんは人間だが、危険を察知するのが上手いので、たぶん無事だろう。買い置きのカップ麺が無いし、一人で勝ち逃げしたな
居間で倒れている神様たちにも、浄化水で復活させたが、尊さんは人間でしたね
彼が無事なのは、小さい頃から妹である小鳥遊緑先輩の料理に、慣れさせられて耐性が出来ているからだと思う。
「だから言っただろう! 緑は料理するなって!」
尊さんが、朝からご立腹だ。
他の神様たちはゲッソリしていて、呆けてテレビを見ている。大丈夫か?
「まあまあ。尊さんも朝から怒鳴らないで、味噌汁でも飲んで落ち着いて」
「おい、雨女。この味噌汁は?」
「台所のの鍋にあったヤツ」
「殺す気か!!」
大丈夫、まだ死んで無いから。
「おっかしいわねえ、洗剤で滑りが良くなって、便秘が治る筈なのに……」
本気で頭をひねる小鳥遊先輩を見て
「ほら見ろ! 洗剤入れてるんだぞ! 食えるか馬鹿者!」
そう言われても、あなたの妹ですよ
「まあまあ、落ち着いたら、神剣砥師の処へ行って見ましょう。誰が行くんですか?」
出欠を取ると、龍達3匹が手を上げる、他に神器を折った当事者の尊さんと建御雷様、槍を龍宮から持ち出した穂高見様。
結局皆行くんじゃないのさ
私も行くわ! そう手を上げた小鳥遊緑先輩
「なんで緑も行くんだよ!」
「3日も休みが出来たし、家に居てもお父さんが見合いの写真持って来て、五月蠅いんだもの」
なるほど
「来ても良いが、料理は作らせねーからな!」
尊さんの言葉に、其処に居る全員が無言で頷く
それに渋々同意する小鳥遊先輩
これで食中毒エンドは免れたわけだ。
その後、各自用意に入るが――――――――
今回は、ちゃんとペットボトルと着替えを持って行くぞ。
用意万全のリュックを背負って龍脈を開けると、鳥居の方から誰かが駆けてくる
あれは……香住?
「待って~私も行くから」
「結局、いつものメンバーじゃのぅ」
「確かに……香住ー、早くしないと置いてくよ!」
「私を置いてったら、千尋が小さい頃に色々書いていた、黒歴史ノートを朗読するわ!」
それは本当に止めてください。
結局、いつもの面子で龍脈を抜けて、G阜県へ向かうのだった。




